『境遇』
「そろそろ私は行くが、最後に……アーリス」
「はい」
「メルシアから言伝がある」
「へ?」
何でランフェスの嫁さんが俺に?
ランフェスとの婚姻式で遠巻きに見ただけで、当時まだちっちゃかったレーゼルは、メルシアさんと話した事もない。
「『私の侍従であったシャリアに、不実な行いをしたら、絶対に許しません』だそうだ」
「しませんよ! 何でそんな……っ⁉︎」
……やばい、流石ランフェスの嫁。これ、釘刺されたよね?
この言伝だけで、シャリアが大事にされていたのが判る。しかも『不実な行い』ときた。
シャリアに不本意な思いをさせるな、相応しい主人になれ、というメッセージが込められているのだろう。
(むむむ……)
《何が「むむむ」なのよ?》
(いや、シャリアに相応しい主人ってどんなのだろうと……)
《……もうなってるじゃない?》
(そういう意味じゃなくて、……ま、いっか。後で考えよう)
速攻でぶん投げる。アスガンティアの貴族について、詳しくも無い内から考えても仕方がない。
シャリアと「決行は4時の予定だ」と言う言葉を置いて、ランフェスは出て行った。忙しい男である。
(いよいよ大詰めみたいだし、仕方ないか)
時計は20時をちょっと回った。2・3時間後に、もう一度寝れば丁度良さそうだ。
シャリアの淹れてくれた紅茶を飲みながら、今尚夢の中の2人を見遣る。
「……まだ寝てるなぁ」
小声とは言え、結構騒がしかったと思うが、2人の起きる気配が無い。
「ユーシャはついさっき寝付いたばっかりだし、リリアは倭人族だから……」
「……せやな」
動物は睡眠で体力をある程度回復する。理由は知らないが、ドワーフは更にそれが顕著だ。
《チャンスね♡》
(……何だ、その最後のハートは?)
碌でも無い事を考えていそうだ。
《シャリアに『処理』して貰いましょう?》
(…………何を?)
《あんたの性欲》
「ブッ! えほっ……ごほっ……何をっ!!」
「ーーッ⁉︎ 大丈夫ですか⁉︎」
シャリアが慌てて、ハンカチで飛沫を拭き始めた。
「申し訳ありません。熱かったでしょうか?」
「いや、違う。熱くもないし、美味しかったからシャリアの所為じゃないよ」
そこの駄妖精が原因です。
(何をいきなり《水の精霊の使い手。適任よ》)
《おまけに専任侍従で、あんたの側に常時付く。早めに落としたいわ……いや、もう落ちてるか》
(何を言っているんだ、ナスタさんや?)
発想が飛びすぎである。
(……大体、どう説明すんだよ?)
《……俺の性欲を(犯罪!!)》
何故ナスタはこうも直截な物言いしかなさらないのか。人類の判りづらい有り様を学んで下さい。
《12歳なら間違い無く『性知識課程』も履修済みでしょうし……》
(性知識課程って、性教育か?)
12歳なら確かにしていてもおかしくないだろう。俺も小6くらい? でやったような気がする。
《ええ、『赤ちゃんは何処から来るの?』から『男をその気にさせて、深淫に至るまで』ね》
……想像以上に実践を想定した教育だった。
(……って、しんいん?)
《……あんた、成人してんじゃないの? 深い淫らで『深淫』。子作りの事よ》
……アスガンティアではそう言うのか。やっぱり色々前の世界と違う。
《シャリアにはもう知識がある。別に身体で奉仕しろって訳じゃないし、精霊に必要なマナは、あんたが出せばいい。……イケるんじゃない?》
……ちょっと、真面目に考える。
現状、精神からくる性衝動は、自身では処理も制御も出来ない。
瞑想はまだ試していないが、やはり難しいだろう。
暴走を避ける為にも、可能なら精霊の力を借りたい。
……道徳のもやもやを無視すれば、確かにシャリアは適任……と言うか、他に居ない。
(……話は判ったが、説き伏せる自信が無いぞ?)
つーか無理。
《いいわよ、私から説明するから》
(………………)
生物的にはともかく、性別的には同性のナスタ。任せても大丈夫……か? 自分で出来ないから、任せるしか無いけど。
(……………………頼む)
盛大に悩んだ末、『よし、やっちまえ』を発動する。
《オッケー》
「シャリア、ちょっと来て」
不思議そうに首を捻るシャリアを連れて、衝立の向こうに行ってしまった。
(頼むぞナスタ! 穏便に、慎みを《はいはい》)
本当に大丈夫だろうか?
……早まったような気がする。
シャリアを後ろに連れて、衝立の裏に移動する。
子供2人の周囲の素力は、少し弄ってあるので、ちょっとやそっとじゃ起きない筈だ。
……ランフェスはアーリスを使う気だ。
シャリアにある程度の事情は話してあるだろう。後で発覚して溝になるのは、彼の計画からも遠ざかる。
(……私もこの娘は『欲しい』)
あの誑しに既に落とされた娘。いや、落ちない道理があるだろうか?
シャリアは自分を『異端』と称した。
12の娘が望んで自称する単語じゃ無い。
……では、何故?
『周囲の者にそう呼ばれていた』からに決まってる。
そんな境遇にいた、成人にも満たない小娘が、
容姿と、力量と、成名と、意思を尊重され、靡かない訳がないだろう。
(コンプレックスを突けばチョロそうよね〜)
アーリスに見られて、シャリアは胸を張った。
倭人族のリリアが居たからだろう。
(……本当に可愛い)
『どれだけ自分が恵まれているかも知らずに』。
「……シャリア?」
衝立の裏で声を掛ける。
「はい、ナスタ様」
「『様』は不要よ。私達は同じ主人に仕える者。同僚でしょ?」
「……はい、ナスタ」
嬉しそうに笑う。可愛い。
その笑顔を見て確信する。
『シャリアに懇意な同僚は居なかった』。
この娘の周りに居たのは内面の敵。
シャリアは己を磨いて抗するしか術を持たず、それが更に周囲の嫉妬を招く。
どれだけ優秀な主人でも、従者の内面は弄れない。
よくぞ、歪まずに辿り着いてくれたと思う。こんな幼い少女、壊れてもおかしくなかった。
「時間があまり無いの。本題に入るわ。レーゼルは知ってる?」
「…………『お身体の名前』ですね?」
上出来の答えだ。やはり優秀、是非欲しい。
……この娘の子供が。
「……アーリスは成人しているの」
「……はい」
「精神は大人でも、身体は子供のまま……辛いと思わない?」
「……すみません、ナスタ。何がでしょう?」
「自分で処理出来ないのよ」
「ーーーーッ⁉︎」
察しの良い子。真っ赤だ。履修済みで間違いない。
「貴女は『水』使いよね?」
「……はい」
「私では無理なの。出来る?」
「……///」
嫌悪では無く、羞恥で迷う……か。
……チョロいわ。素敵。
「原因は『リリア』」
「ーーッ!」
……そんなにきつく握って、悔しいの? それとも嫉妬?
今迄、実力で周囲を抑えてきた貴女が、成名を捧げた主人の『一番』になれないのは耐え難いでしょう?
……だから、
「アーリスは胸が好きだから、『見せてあげて』?」
初めての同僚の私から、お願いして理由をあげる。
「……わかりました」
よしよし、良い娘ね〜。
《アーリス、こっち来て》




