『成名の主人』
「彼女の扱いは君に任せる。良くしてやってくれ」
さらり、と言いのけるランフェスが小憎たらしい。
……が、取り敢えず今はほっとく。カチコチのソシエをどうにかせねば。
「……すいません。無理強いするつもりはありませんので、宜しければ少しの間、侍従として付いて下さい」
微笑を意識しながら、ソシエに伝える。
「……はい。畏まりました」
仕事モードに入ったようだ。応対が最初の頃の彼女に戻って来た。
立ちっぱなしも何なので、座ろうかと身体を向けたら、ソシエが先に動いて椅子を引いた。
「どうぞ」
……マジか。メイド凄え。
当たり前だが、前の世界で給仕何て職種を雇った事はないし、椅子を引いて貰った経験も無い。
当然のように行われる奉仕に感動する。これに慣れろと?
……遠慮せずにとっとと座ろう。腰掛けてソシエを見上げる。
「……そういえば、『ソシエ』は幼名ですよね? 何故成名を使わないんですか?」
何か話題を、と思って口から出たのは、そんなしょうもない事だった……が、口にしてから気付いた。何でだろう?
「……フロードには『シャリル』が居る。……彼女に非が無いのは判っているが、誤解を促す様な呼称は容認出来ない」
ソシエに聞いたつもりだったが、ランフェスが答えた。
シャリル・フロード。
レーゼルの姉。異種返りのエルフ。
今は……いや、去年から『礼園』と呼ばれる異種族専用の全寮制の女子校のような所へ行っている。侍従の『カンナ』も一緒だ。
就学期間は4年。成人直前までは帰ってこない。……これも、貴族不足の理由の1つだ。
「……あれ? ソシエは礼園には行かないんですか?」
言ってから、聞かない方が良かっただろうか、と思い至ったが、手遅れだ。ランフェスから回答を貰う。
「彼女は、メルシアの侍従の空席を埋める形で、急遽編成された。その時に色々あってね、礼園入りは断念したんだ」
比較的真っ当な回答だった。地雷で無くて良かった。
「成る程。……でも、今シャリルは礼園に居ますから、成名を使用しても構わないのでは?」
「……残念だが、このフロード領で『シャリル』の名は特別な意味を持つ。許可は出来ない」
シャリルとシャリア。
一字違いの成名。
領主一族と誤認されてもしょうがない種族の類似。
……食い下がりたいが、難しいか。
ーーアスガンティアの成名には『意思』がある。
例外もあるが、幼名は母親から、成名は父親から与えられる。
幼名は産まれた時に付けられるものだ。前の世界のものと変わらない。
焦点となるのは成名の方で、この名は『自身の希望』を反映する余地があるのだ。
前の世界で『キラキラネーム』と言う、親の存念を押し付ける名付け方が話題になり、一時社会問題にまで発展した。
名前は生涯使うものだ。軽率な思い付きで、安易に与えるものでは無い、と言う至極最もな意見が強かったと思う。
アスガンティアにその様な配慮があるかは不明だが、自分で決める機会が与えられている。
レーゼルも、父と母の名から一字が欲しいと希望を出していた。……結果は女性名に近いものになったが。
ユーシャなんかは特にわかり易い。『勇者』だ。冒険譚好きで、憧れの強い子供らしい名前だと思う。
……そして、レイジェル。これは『男性名』だ。女の子に付けるものでは無い。事実、レイジェルの幼名は『セイラ』だ。
レイジェルが自分で付けたと言ったこの名前は、画師として旅に出る事を決意した『覚悟』の名前だと思う。家族と一緒とは言え、女の旅は危険をはらむ。男性の名が、それを遠ざけるかも知れない……両親の進言もあったのだろう。
……成名は10歳まで生きた子供が、その後の人生で使用する名前。何らかの思い入れや願い、覚悟や意思の入る余地がある。
シャリアもその筈だ。生涯その名を使う事を決めた、10歳也の『何か』が込められている。
出来れば尊重したいと思う。シャリアと呼んであげたいと思うのだが……仕方ない、次善策だ。
「……公的にはソシエ。私的な時間にシャリアと呼ぶのは、大丈夫ですよね?」
「え?「何?「はい?」」」
3連の疑問符。そんなに変なことを言っただろうか?
ランフェスから、シャリアに向き直る。
「安易に成名を付ける子供は、おそらく居ません。生涯、その名前を使いたいと思ったんですよね?」
「…………はい」
「なら、使うべきです。埋もれさせては駄目だと思います」
「……はい」
「フロード領の事情で、公的に使用するのは難しい。でも、私的な時間なら許されていいでしょう?」
「…………」
「俺も、可能なら成名の方で呼びたいから、使い分ければ良いかな? と思うんだけど、どうかな?」
「はい! よろしくお願いします」
はにかんでシャリアが喜ぶ。良かった良かった。……しかし、笑うとますます可愛いな、この娘。
「……自覚無いのよね〜、こいつ」
「本当に予想を越えるな、君は。まさか、ナウゼルグバーグが用済みになるとは思わなかった」
「……へ? ナウゼルグバーグ?」
どっから出てきた、その話題?
「確認するけど、良いのね? ソシエでは無く、シャリアの主人にして……」
「……はい。アーリス様をシャリアの主人にしたいです」
「こいつ、本っっ気でわかって無いわよ?」
シャリアが嬉しそうに微笑む。
「異端の私が、求められたのです。この様な機会は二度と無いでしょう。真意の所在など……」
そこで、シャリアが俺を見た。
少し悪戯っぽく「どうでもいいです」と言って、にこりと笑う。
……ナウゼルグバーグ辺りから話の流れが読めないな……口を挟めない。どんな状況だ? これ?
「メルシアにはどうする?」
「私から御報告申し上げたいと思います」
「……そうか。ならば、後は婚姻だが……」
「あ、シャリアの意思を省みないのは、絶対に駄目ですので」
ここは徹底抗戦だ。絶対に譲らぬ。目に力を入れて、睨みを効かせる。
「ああ、大丈夫だ。彼女の意思を全面的に尊重しよう」
「……あれ?」
ガチバトルするつもりだったから、肩透かしを食らった。
「……逆に聞くが、アーリス。君は彼女の意思を尊重するのか?」
「当然でしょう」
即答だこんなもん。
「シャリアが自ら選んだのであれば、文句は有りませんよ」
「………………」
「……こんなやつよ?」
「……嬉しいです」
揃えた両手を胸に当てて、シャリアが華やぐ。
「私は、この為に己を磨いて来たと思えますから」




