『専任侍従』
カーテシー。
確か、そう呼ばれる挨拶の所作だったか。
スカートの左右を少し摘んで上げて、脚を交差させて、そのまま軽く傅く挨拶だ。
スッ、と滑らかにそれを終えると、ソシエは両手を前で揃えて、居住まいを保つ。
……侍女としては、かなり運用の難しい娘だと思う。
彼女自身が『目を惹き過ぎる』。
側にいる主賓が陰るだろう。
余程器量の有る人物でなければ、彼女に食われてしまう。この若さで、ランフェスと並んで見劣りしないだけで相当なものだ。
「元々はメルシアの侍従を務めていた娘だ。実力のほどは保証する」
あ、納得した。
メルシアは『ランフェスの嫁』だ。これだけで、器量の度合いが推し量れる。ソシエを侍らせても、見劣りなどしないだろう。
寧ろ、メルシアとソシエで相乗して、会場の視線を独占出来そうな勢いである。
「ナウゼルグバーグ討伐で、君の護り手を担当する」
……はい?
「かわいいですよ⁉︎」
ソシエがピクリと反応した。
ランフェスもびっくりしている。
「……何言ってんの、あんた?」
「……すみません、端折り過ぎました」
暴走気味だ。落ち着いて訂正しよう。
「可愛い女の子ですよ?」
「だから! 何言ってんのよ、あんたは!」
ナスタの突っ込みが炸裂する。
ソシエが真っ赤になった。
「いや、危ないだろう? 女の子に護衛させる何て……」
アスガンティアでは、不思議でも無いのかも知れないが、気が進まない。
「……そう言う意味か、安心したまえ。彼女は『この場に居る誰よりも強い』」
「…………え?」
自分でも間抜けな反応だ。
思わずソシエを見つめると、彼女もこちらを冷静に見ていた。……耳がまだちょっと赤いけど。
「メルシアに仕えていた者の中でも、彼女は上から数えられる技量を有している。給仕、護衛技量、精霊の行使、どれも優秀だ。信用して任せてあげて欲しい。仕える者に、『主人の信用』ほど価値のあるものは無い」
ランフェスの熱のある推薦に、拒否をぶつけられる程の忌避感があるわけじゃ無い。実力があるなら尚更だ。「わかりました」と応じるしかなかった。
「それから、彼女も件の騎士団所属を予定している」
……ファミリー計画のやつか。優秀な実力者を集めて、自衛力を確保するのであれば、若い異種族で武芸に達者らしいソシエは、確かに候補に上がるだろう。
「討伐作戦の後、そのまま君の侍従を専任して貰う」
「…………ほえ?」
「……もう突っ込まないわよ」
それは何よりだ。いや、違う。そんな事より……、
「侍従専任⁉︎ 俺は男ですよ⁉︎ 執事は⁉︎」
領主系列の貴族は、男であれば同世代の『執事』、女であれば『侍従』を付ける。
同性なのは、『付き従うのに不都合が出る』からだ。
執事の職務は執務補佐。体力勝負になる。女性でも出来なくは無いが、周囲のイメージが悪い。『長時間密室で男女』とか、要らぬ俗な噂が立ったりすると、払拭も難しい上に、自由も効かなくなる。婚姻時の弊害にもなり兼ねない。
一方、侍従の職務は『身の回りの世話』になる。女性の貴族には特に必要で、着替えや入浴などは、男性では当然対応出来ない。
双方に『護衛』と言う役割が付随する以上、主人に同伴出来ないようでは、従者の側も職務の遂行が難しくなる。
主人に対し、異性の従者を付けるメリットを見出す事の方が困難だ。ソシエもやり辛いだろう。
「彼女が2人目だ」
……2人目?
「成人すれば、君の伴侶となる事が内定している」
……ああ、そういう……。
一気に頭の芯が冷えた。
「『命じたんですか?』」
自分でも底冷えするような声が出た。
ナスタを含めた3人が、驚きを御しきれない様相を見せる。
因みに、ここまで全て小声で話している。
2人はまだ起きない。はしゃぎ過ぎだろう。
「……だとしたら?」
挑戦的にランフェスが笑う。
……良い度胸だ。買って差し上げよう。
「個人の意思を尊重しない考えには、同意しかねます」
「彼女は異種族だ。良縁は限られる」
「そんなもん、この娘の器量ならどうにでもなるでしょう?」
「君は判っていない。人間と異種族の価値観の違いは、容易く埋められるものでは無いんだ」
「どうでもいいです。彼女自身に価値を見出す人間はごまんといますよ?」
「何故断言出来る?」
「十分魅力的じゃないですか。まだ12歳ですよ? 器量良しで、実力も保証されてる。非の打ち所がないです」
「……黒の長耳族だ。黒髪の異種族も珍しい」
「外見で判断する輩は放って置いて良いでしょう。心底下らない」
「君は違うと?」
「当然でしょう? 寧ろ綺麗だと思いますけど?」
「……ふむ、他には?」
「耳がちょっと下向いてて可愛いですし、彼女自身に気品があります。立っているだけで目を惹くじゃないですか」
「目を惹くとは?」
「軽く見回して、思わず目が止まる娘です。彼女を『仕えている』のが、そのまま主人の格になります」
「……会場に異種族の者を侍らせる貴族は少ない」
「馬鹿馬鹿しい価値観ですね。俺なら自慢しますよ?」
「……君も黒髪だしな。並べば似合いそうだ」
「そりゃもう当然……ん?」
あれ、なんか会話の方向が……?
「メルシアの後任も既に決まっている。彼女の行き場所はもう無いんだ。このままだと、職を失うだろう」
ーーッ! 何て勿体ない!
「誰も貰わないなら俺が貰いますから!」
「成る程」
ランフェスが意地の悪い笑みを浮かべた。
「……だ、そうだが?」
「…………え?」
ランフェスの視線の先を辿ると、顔どころか、首まで真っ赤にして、俯いてプルプル震えるソシエの姿があった。
「少々風変わりな主人だとは思うが、仕え甲斐はあるだろう。君の事も大変気に入ったようだ」
「……うぁ」
……やられた。やっちまった。顔が熱い。
「あのですね⁉︎ 今のは「辞めとけこの誑し」」
「いや⁉︎ ナスタさ「諦めろ。あんたの負けだ」」
「うっ、いやでも「ソシエとか言ったわね?」」
「ひゃい」
「「「………………」」」
見ていて可哀想になるくらいカチカチである。
最初の『出来る』感が抜けて、ただの女の子になっていた。
「将来の婚姻云々は後回しで良いわ。専任侍従、頼めるかしら?」
「……はい。……よろしくお願いしましぅ……///」
「「「………………」」」
頑張ったが、ちょっと惜しかった。




