『ダークエルフ』
頗る快適な目覚めの先に居たのは、仁王飛びしたナスタだった。
「……おはようございます」
「おはよう。いい夢見れた?」
「……むしろ寝る前に見た気がするな……」
「安心なさい。それは現実よ」
頭を抱える。
(……やっちゃったか〜)
《あんなに綺麗に我を忘れるとは思わなかったわ》
ナイスバディとは言え、10歳の女の子に我を忘れた俺。
自己嫌悪が酷い。
(ヤバイな……結構たちが悪いぞ、これ)
成人の精神で子供の身体は、かなり深刻だ。
我慢が効かない。
脳の欲求に対して、身体が正直すぎる。
『脳は思念を通し、固定する為の機関』
……神様の言葉を思い出した。
俺が欲求を覚え、それが脳に固定される。
固定された欲求を、脳は満たす為に身体へ命令する。
本来ならここに『理性と判断』が入るが、それが無い。
レーゼルの脳が、それを学んでいないからだ。
結果、俺の停止命令が間に合わず、身体が暴走する。
駄々を捏ねる子供と同じだ。脳の欲求と、それを満たす為の行動がそのまま繋がってしまう……やっていることは比較も出来ないくらい、犯罪係数が高いが……、
(……どうする?)
困った事に、俺は成人だ。
当然、性的知識も相応に有り、脳が受け取る欲求もそれに応じたものになる。
身体は、その脳の欲求を満たさねばならない……が、学習させてやる術が無い。
食欲は食べればいい。
睡眠欲は寝ればいい。
性欲は……どうにもならない。処理する器官が、まだ育っていない。
三大欲求の『性欲』を『排泄欲』と代えて考える事もあるようだが、ここでは省く。むしろそっちなら話は早かった。
(……最後に俺にやったのって、頭に負荷でもかけたのか?)
《逆よ。『抜いた』の》
(……マナを抜いて、意識を飛ばしたのか……)
《正解。残念ながら、『そっち』には使えないわ》
マナで活力を補う『逆』をやった訳だ。
精神・心理面は、マナが幾ら有っても駄目っぽい。
(運動で発散も違うよな?)
《あんたの場合、肉体じゃなくて精神の欲求でしょ?……対策にはならないわ》
(ん〜〜……、まいった、思い付かん。何か無いか?)
本気で深刻だ。
初日でこれだから、成人までの5年はどう考えても持たない。
《……精神作用だと、『木』か『水』ね》
(有るの⁉︎)
言ってみるもんである。
《精霊の力で擬似的に『持っていく』事は可能……かも?》
(……持ってく?)
《幸福感か絶頂感。要するに精神を満足させればいいんでしょ?》
……ナスタの案は、精神と脳の間で欲求を消化する、というものだ。
欲求を脳が受け取った瞬間、若しくは命令が行く前に処理出来れば、身体の暴走は無い。
(…………理屈は合う……か?)
《……やってみないと判んないわね〜》
(……だな〜)
横に寝ているリリアを見る。
《……可愛いわね》
(……傷つけたく無いなぁ)
スヤスヤしていらっしゃる。
……精神だけで欲求を処理出来れば良いが、そんなもんは無理だ。修行僧じゃあるまい……し?
(……そうだ!『瞑想』!)
《……めいそう?》
(前の世界の……リラックス方法の1つかな? 精神安定とか、鎮静とか、何か色々効果があるらしい)
《へ〜。どんなやつなの、それ》
(……人によってやり方が違うから、一概に『これ』ってのは無いんだけど、俺流のがある)
何の気なしに目についただけで、特に目的があって始めた訳ではない。
お金も掛からず、場所も道具も要らない。
手軽な精神統一方法だったと言うのが、理由に当たるだろうか。
メジャーなのは『呼吸』を意識したものだが、俺のは『一点凝視』と言われるものだ。
これに、『凝視し続ける自分を後ろから見る』という意識を追加したのが、俺流の瞑想になる。
相応に効果を感じたので、前の世界ではちょくちょく続けていた……1分だけど。
《……ちょっと試してみる? 私が様子見てようか?》
(……そうだな、自己暗示の類だけど、やってみるか)
いざ、と姿勢を正そうとした所で、「んっ」とリリアが寝返りを打った。
速攻で視線を逸らす。
《やだ♡寝てても大胆……って、大丈夫?》
(実況すんな……セーフだ)
油断ならない。そそっと毛布をかけ直す。
そんなことで俺が肝を冷やしていると、ノックと共に、ランフェスが現れた。
……ダークエルフの女の子を連れて。
(おおおぉぉぉ!! 可愛い!!!)
《即落ちじゃないのよ!》
(馬鹿野郎!! ダークエルフの女の子だぞ⁉︎)
《見れば判るわよ!》
(何故判らんのだ⁉︎)
《だから、見れば判るってば!》
予想外の、生ダークエルフに興奮する俺。多少の睡眠で回復した理性が、あっさり崩壊する。
《また『抜く』わよ!》
(ーーッ⁉︎)
ここで気絶すると、彼女を観賞する事が叶わなくなる。そんな、自分でもしょうもない理由で踏み留まった。
(……おーけーだ、ナスタ。助かった)
《成り行きはどうあれ、折角得た私の主人がこんなのって……》
不敬な奴だ。
ほっといてエルフっ娘を見る。
黒髪を肩口で揃えたショートヘアで、肌の黒いエルフ。黒いと言っても、肌の焼けた小麦色の黒さで、とても健康的に見える。
とがった耳がちょっと下向きに垂れてて、何か可愛い。
10歳前後だろうか? 今は年齢差と身長差で、年の離れた兄妹にしか見えないが、成長したら隣のランフェスとお似合いになりそうなほど、綺麗な顔立ちをしている。
そして、眼が水色。ランフェスが強い青だから、余計に透き通って見える。
(『水』の属性か?)
《……そうだけど、何、この娘……》
(何が?)
《……『黒髪』の異種族何て、初めて見たわ》
言われて、思い返してみる。
……確かに居ない。だが、
(……そんなに重要か? それ)
前の世界では、周りに黒髪しか居なかったから、そこまでの違和感は無い。アスガンティアでも、人間の髪の色は黒か茶か金だ。気にするほどでも無いだろう。
……それより、
(……あるな)
《あんたって、何でそこのチェックは欠かさないの?》
無視だ。チェックしない男などいない。
リリアを比較対象にするのは意味がないので、ゼロスタートで考える。
……10歳前後で『持てそう』なくらいある。異種族って発育良すぎない?
因みに、リリアは『埋まる』。本気で比較にならない。
……と、そこでエルフっ娘が、顔を赤くしながら、何故か胸を張った。
(……? なんだ?)
《……『もっと見ろ』って事じゃない?》
(……そうかな?)
俺の妹みたいな事する娘である。
前の世界で、俺には3つ下の妹が居たが、成長に伴い胸が膨らんできた。
それをチラ見していたら、「見たいなら言いなさいよ。見せてあげるから」と、言い放ったのだ。
「淑女としてそれはどうよ?」と思いつつ、遠慮なくガン見した俺も俺だが。
補足するが、服の上からである。いたってノーマルな兄妹であったと言えよう。
それはそれとして、「見ろ」と言うのであれば、見ねばなるまい。
俺の全力をお見せしよう、と構えた所で、ランフェスのストップが入った。
「……そろそろいいかい?」
「あ、おはようございます」
挨拶を忘れてた。……存在も忘れていた。
「……ああ、おはよう。目覚ましは動かなかったようだね」
苦笑混じりに呟く。
リリアは今も爆睡中。
目覚まし役を買って出たユーシャも、椅子の手摺に身体を預け、本を開いて顔に被せて眠っていた。
(……現実であんな寝方する奴、初めて見た)
《器用よね〜》
全くである。
レーゼルの本がよだれで皺にならないと良いけど。
リリアを起こさないように、そっと寝台から降りる。
「早速だが、紹介しよう。『ソシエ・シャリア』。12歳の長耳族だ」
爆睡中の2人に気を遣ったのだろう。声のトーンを落として紹介された。
ランフェスの後ろに控えていたシャリアが、一歩前に出る。
……見惚れるほど滑らかな動きだ。表現が難しいが、一切無駄がなかった。
動き始めてから、止まるまで淀みが無い。制止の後のブレも無い。
「ソシエ・シャリアです。『ソシエ』とお呼び下さいませ」
外見に似合った愛らしい声で、丁寧にお辞儀した。




