『マナプレート』
10歳にしてお嫁さんをゲットした。
……前の世界では、相手すら見つからなかったと言うのに。
(世の中って難しい……)
《なに黄昏てんの?》
(色々あるんですよ……)
流すように視線を動かすと、時計が目に入った。
「そう言えば、2人は時間、大丈夫なのか?」
もうすぐ15時だ。お昼が遅かったから、時間の進みを早く感じる。
「レイジェルもノーイルも行っちゃたし、街があんな状態だから、外にも出れないしな」
「……あんな状態?」
「ナウゼルグバーグ警戒して、街壁に兵士が並んでるんだ」
(……ランフェスと、朝話した内容にあったやつか)
街壁の直ぐ外に俺を立たせる。素敵な釣り餌。
護り手のエルフさんが精霊で俺の耳を塞ぐ。
街壁の上の弓兵達がズバズバする。
ナウゼルグバーグ、乙。
これだけである。
ナウゼルグバーグは遭遇自体が珍しいだけで、魔獣としてはとても弱いらしい。
とは言え、やはり魔獣であり、10歳の子供が単身で挑んで勝てるような相手ではないようだ。
特徴から、印持ちが耳を塞いで接近戦もいけそうだが、ナウゼルグバーグは接近戦に『付き合わない』。
なんというか、のらりくらり躱すらしい。実際、レーゼルも躱されてた。
精霊耳栓もマナを消費する。長時間の運用は財布に優しくない。有料であり有限なのだ。
囮を使った、弓で遠距離集中砲火が最適の対処法となる。
「……早く討伐しないとな」
首の印を撫でながら言う。
「……印が付いた時、『やった!』と思ったんだ」
ユーシャが呟いた。
「言われるほど、ナウゼルグバーグは大した奴に見えなかった。……なあ、あの後……いや、いいや。ごめんな」
ユーシャが手で仰いで発言を取り消す。
「アーリスの印、かっこいいね! みんなも褒めてたよ?」
リリアがまた天然で際どい発言を……ん?
「みんな褒めてた?」
「うん! さすが領主の子だ〜、って」
「……暴動は?」
「……ぼうどう?」
「あ! あれじゃないか、今朝ニック達の親父さんとかが『見舞いさせろ〜』って騒いでた……」
「ああ! いっぱい集まってたね!」
「………………」
呆気に取られた。
「ランフェスさん? 今朝の話「君の勘違いだ」」
「いや、でも『説明が手軽になるのは楽』って……」
「今回の一件で、『領民の暴動』を懸念する君の発想を是正するのは、骨が折れそうだったからね。実際に見せた方が早いだろう?」
そう言う意味かよ!
説明責任を放棄しておいて『楽』とか酷い!
「それじゃあ、こんな徹底して隠す必要無いじゃないですか⁉︎ 神殿所まで空にして……」
「……? 昼食の休憩時間をずらしただけだから、実害は無いが?」
「……あ〜……」
あるある過ぎて泣けた。
「…………見舞いの対応にも貴族の手が必要になる。これ以上業務を増やしたくは無い」
「……はい。大人しくしてます」
「結構。……朗報だ、今晩には護り手が到着する」
「……3日後とか言ってませんでした?」
「リムルツェーケルを出したらしい」
魔獣リムルツェーケル。
マナで飼える魔獣で、凄く速いらしい。緊急事態で使用する為に、各街に一体ずつ配備されている筈だ。
「今の魔獣警戒態勢は、一刻も早く解除したい。この後、アーリスは少し寝ておくように」
机の上の出されたままの筆記具を見て「朝が早過ぎたようだ」と、就寝を促す。
「明日の早朝を討伐決行時刻で進めている。囮が動けないようでは困る」
頷く。確かに少し寝ておいた方が良さそうだ。
「申し訳ないが、2人はこのままこの部屋で待機してくれ。保護者には手配済みだ」
「んな⁉︎」
「わーい!」
「おっしゃ! 読める!」
カレーの手配と同時に処理したのだろう。最早エスパーの域にいないか? この人。
「俺だけ寝るんですか?」
「3人で一緒に寝ればいいだろう?」
「んにょ⁉︎」
《あんたって、時々妙なリアクションするわね》
だから、ほっとけと。
「……後は、これを頼みたい」
ランフェスが懐から、カードのような物を取り出し、テーブルに置いた。
(……黒いマナプレート)
《………………》
マナ石は子供の手に収まる程度の、綺麗な丸い石ころだ。
マナプレートは精錬され、装飾された芸術品に近い高級感がある。見れば、フロード領紋が刻まれていた。
当然、貯蔵出来るマナ含有量は、マナ石と比べ物にならない。
「決行時刻短縮に係る負担と、リムルツェーケルに与える分のマナを支援して欲しい」
「……『色』は?」
ナスタが必要な額を尋ねる。
「……『青』以上を希望したいが、無理を言うつもりはない。可能な分でいい」
「………………」
俺はまだ子供だ。紋章を得たばかりで、使い方がわからない。
マナ石も定期的に補充して貰っていたから、経験を積む「いい機会だ」と思い、手を伸ばそうとする。
《止めなさい》
素気無くナスタに止められた。
(何で? ちょっとやってみたいんだけど……)
《あんたがやったら一瞬で『赤』になるわ》
ーー手が止まった。
『五精族に任せないと死ぬ』
『大きな力には相応のリスクが生じる』
背筋が冷えた。
人間は経済的動物だ。
2つの生存圏を確保しなければ、安寧は維持出来ない。
生物的生存圏。
経済的生存圏。
領域に収まるのが重要で、『突出してはならない』。
目の前にあるのは、マナ石ではない。
……『マナプレート』だ。同じ色でも、動く額が違う。
目の前に居るのはランフェス。
為政者、政治家だ。
先程のファミリーの構想でも証明済。
必要であれば、『身内でも徹底して搾り取る』。
……警戒度を引き上げる。
黒いマナプレート。
色から見て、中身は無い。マナ残量はゼロだろう。
(……測りに来た?)
《……多分、ね》
ここで軽率に『赤』を出す訳にはいかない。
余裕で『圏外』だ。
「……妖精は精霊とは違うの」
「……そのようだね。先程調べたが、『過去50年以上遡っても』妖精などと言う五精族は確認出来なかった」
(……マジか?)
《マジよ》
妖精って、そんなレアキャラだったのか。
SRどころか、期間限定SSRくらい希少だったらしい。
「……精霊は契約に則って『主人の要望』に忠実に従う。逸脱しない。運用するマナも当然、それに倣うわ」
「……その通りだな」
「妖精は『素力の調整』を主眼としているの。主人のマナの管理と運用は、妖精の管轄下にある。以降、アーリスにマナの支援を要請する時は、先ず私を通しなさい」
「……了承しよう。契約が必要か?」
「不要よ。……出すわ」
ナスタがマナプレートに触れる。
黒から黄、緑とグラデーションしながら色が変わっていく。
「おおぉぉ!」
「すごい! はじめて見た! ナスタちゃんすごい!」
「へ〜、補充ってこんなの何だな〜」
黙々と推移を見守る大人達、ランフェスとナスタ。
一方、子供達からは歓声が上がる。
悲しいかな、俺は子供側だった。




