『異世界』
「…………ぼろぼろだな」
ランフェスが呟く。その通りだよ畜生め。
酷い状態だった。涙と鼻水が止まらない。
安直な表現だが、心身共にズタボロだ。
……徹底的に打ちのめされた。
レーゼルを擁護したい俺を、先回りして全て砕かれた。
『成長しないものを、生きているとは言えない』
『変化のないものを、生きているとは思えない』
……ああ、そうだ。俺もそう思う。
確かに俺の中のレーゼルは記憶と意志があるだけで、成長も変化もしない。
俺が思い込んでるだけで……ただの情報だ。
『成前式の紋章付与は、マナの最適化が行われる』
『不要なマナは、そこで排除される』
『君が不要ならば、そこで消えていただろう』
これは、俺の存在証明。レーゼルの身体に残っているのは俺の方だと、成前式を利用して証明された。
『その身体に必要だと認められた』
『レーゼルが認めたんだ』
『誰にも否定出来ないだろう?』
……感情だ。
『この身体を俺が使う事を、レーゼルならどう思うか?』
感傷に過ぎない、俺の唯一出来る反論まで潰した。
『今、ここに生きているのは、アーリス、君だ』
……とどめだ。卑怯すぎる。これはランフェスの説得だ。誰でもわかる。
『置いて、先に行け』……と、
俺は頭が良くない。……のクセして考えるのが好きな変わり者だ。
だからだろうか、理路立てて、整然と説明されると、感情を無視して納得するきらいがある。
昨日泣いた、あの『決別』とは違う。
これは……納得出来てしまう。
レーゼルの死を、認める事が出来てしまう。
(……嫌《認めなさいよ!》)
いきなり割って入ったナスタの声に驚き、思わずそちらを見ると、
「ぬお⁉︎」
なんか目の前に仁王立ちならぬ、仁王飛びしていた。
「あんた『死』に慣れてなさすぎ! 忌避し過ぎてる! 死は神聖なものよ? 尊ぶべきものよ? 何でそんなに否定するの? 『こっち』は山程人が死ぬの! そんなんじゃ持たないわよ⁉︎」
……言ってる意味はわかる。
アスガンティアは人間が支配し切れていない、魔獣という敵が存在する世界だ。
一部の魔獣とは、相互の関係性を築けるようだが、ナウゼルグバーグのような、人類の天敵が存在する。
争いは避けられず、死にたく無ければ、戦う力がいる。
でなければ、子供の頃から安全な結界の中で、行軍の真似事で狩りをさせる必要がない。
……そんな世界なのだ。死がずっと近くて、切り替えて行かないと生き残れない。
安穏とした前の世界とは違う。まだ判ってなかった。
ーーもう、認めよう。
『ここは異世界だ』
前の世界との類似点を必死に探して、安住の地を見つけるのは無理だ。
僅か10歳で命を落とした子供を嘆いて、憐れんで、縛られたままでは進めない。
俺は、この世界での生き方を決めなきゃならない。
「……アーリスは、レーゼルの次をやるの? レーゼルの続きをやるの?」
「……⁉︎」
リリアが尋ねてくる。
(……本っ当に真っ直ぐだな、リリアは……)
凄いタイミングで、平然と凄い事を聞いてくる。
……腹は決めよう。
「……レーゼルの『次』だ。俺は……アーリスだから」
「うん、良いと思うよ?」
「……え?」
「ランフェスさんに言われたからな、レーゼルに認められた、レーゼルに似た奴が、レーゼルの身体の中に居るって」
「……………………」
「レーゼルと同じ様に接して構わない。でも、呼ぶ時はアーリスだって」
「あたし、忘れちゃってた」
「でも、似てるってだけで、やっぱりちょっと違うんだな。レーゼルは自分の事『俺』なんて言わない。よくわかんなくなってきたから、リリアと一緒に聞いてみる事にしたんだ」
「あなたは誰?「お前は誰なんだ、ってさ」」
……幼い子供の思考は、往々にして真っ直ぐな感情で、己の望む答えに辿り着く。
「……俺もリリアも、レーゼルが死んだって散々泣いた。諦めてた。死んだら生き返らない」
死んだら生き返らない、嫌だ。
「だから、光の中にレーゼルがいて、起きてて、びっくりしたの。うれしかったの」
生き返った。うれしい、良かった。
「お前も死んじゃったんだろ? 身体が無くなったお前を、レーゼルが最後に助けたって聞いた」
中に誰が居るかなんて気にしてない。
道徳と倫理が育ちきっていない。
「レーゼルらしいね! アーリスに身体あげちゃうなんて!」
理論が飛ぶ。
辿るべき経路を無視する。
「ああ、本当に、最後まであいつは『騎士』だったんだなって……」
そんな、単純な思考。単純な解。
「だから、お前は……」
ごちゃごちゃ考える俺を笑う。
「あいつが最後に助けた、俺たちの『仲間』だ」
難しく考えすぎだ、と。
「よろしくね、アーリス!」
「よろしくな!」
俺より先に答えを得る。
《面倒くさいのよ、あんた。とっとと追いつきなさい》
(……無茶だろ? どんだけ先行ってんだよ)
《あんたが立ち止まってた分でしょ? スタートは一緒なんだから》
(……スッパリ過ぎ無い? 昨日の今日で追悼みたいな概念無いの?)
《……さっきからみんな言ってるじゃない》
(……何が?)
《あんたで良かったって》
(…………………)
《逆に聞くけど、生きてる奴相手に追悼出来んの?》
(……レーゼルは死んだんだろ?)
《そっちのレーゼルは死んだけど、こっちのレーゼルは生きてるじゃない》
(……は?)
《概念がおかしい、歪んでるの、あんた》
(……歪んでる?)
《一緒でしょ? あんたもレーゼルのくせに》
(……ランフェスは、レーゼルとアーリスは別だって)
《マナは別。身体は一緒》
ナスタがとんでもない事を言う。
《……性格が変わっただけじゃない?》
ーー予想外すぎた。
(はあ⁉︎)
《レーゼルの身体のあんたが、レーゼルに見えない訳がないでしょうに》
(いや! おかしいだろそれ⁉︎)
《……本当に面倒くさいわね、あんた。周りが新しい性格のレーゼル受け入れたんだからいいじゃない》
ナスタが呆れ顔で俺を見た。
《前のレーゼルの追悼は、もう終わってるの。終わったもの掘り返して、あたふたしてるのが、あんた》
……時系列で考えよう。
レーゼルが死亡。
追悼。
俺がレーゼルの身体に転生。
……あれ? 本当に追悼終わってるの?
《……バカじゃないの?》
(いやいやいや⁉︎ やっぱおかしいだろ⁉︎)
《何処が?》
(…………何処だ?)
《知らないわよ……》
(いや、これ俺じゃなくて世界の方が間違ってるだろ……)
俺の抵抗をナスタが粉砕する。
《あんたから見たら異世界なんだから、当然でしょ?》




