『誤想』
心臓を鷲掴みとは、よくも言ったものだと思う。
握り潰されるような痛みを抱えたまま、2人を見やる。
リリアとユーシャの視線は、レーゼルを見るものでは無くなっていた。
(……何時から……?)
ナスタが笑う。
「……そんなの気にしてどうするの?」
下唇を噛む。
……その通りだ。
二人には、もう気付かれた。
考えるべきは次だ。
ーー『どうする?』
簡単な事だ。
俺はレーゼルとして生きる事が出来ない。
早々に見切った。
レーゼルの代わりではなく、
共に生きる事を選んだんだ。
伝えればいい。
簡単な事だ。
簡単な事だろう?
ーー出来ない点を除けば。
「……根が深いわね、それ」
「ナスタちゃん?」
「……いい匂いがするな」
ユーシャの発言から間を置かずに、カラカラとワゴンの音が聞こえた。
程なくして、ランフェスが入室する。
「……ユーシャ、私と一緒に立食で構わないか? アーリスとリリア嬢に、テーブルを譲りたいのだが……」
「俺は構わないぜ。ランフェスさんこそ、いいのか? 貴族が立って食べたりして……」
「パーティーは殆どが立食だよ。それに、レディー・ファーストだ」
「…………アーリスは?」
名を呼ばれて、身体が引き攣った。
「……病み上がりに立食を強要する気かい?」
「そりゃそうだ、ごめんな、アーリス」
「……あ、…………」
……言葉が出ない。
「……これが人間の食べ物なの? 凄い匂いね」
「ナスタちゃんも食べる?」
「お誘いは有り難いけど、五精族は食べないの」
「えぇっ⁉︎ 人生の15割を損してるよ⁉︎」
「……それ、一回終わってから次まで行ってるじゃないの」
ヒクッと身体が動いた。
「カレーはそれくらい美味しいんだよ! ね、アーリス?」
「……う…………ん」
「……冷めない内にいただこう」
カチャカチャと音がする。
正式な卓に着いている訳でも無いので、礼儀にうるさく言う者はいない。
美味しくいただけばいい。
カレーだ。
これはカレーの筈だ。
香辛料がふんだんに使用された、辛い食べ物。
なのに……何の味もしない。
ーーわかっていた筈だった。
リリアはまっすぐだ。
嘘を見抜くとか、暴くのではなく、
感情と、感覚にストレートな娘。
レーゼルに違和を感じれば、そのままぶつけてくる。
ユーシャは目がいい。
それは、遠方を望むだけの意味では無い。
観察眼。
違い、変化、異常をいち早く発見する力。
狩りで得た、仲間の為に磨いた力。
……この二人には、必ずバレる。隠す気も無かった。
だが……まだ、俺は結論を得ていない。
この二人と、レーゼルの仲間たちと、これからどの様に接していくのか?
辿り着いていない。
……何故、これほど難しい?
昨日はどうした?
レーゼルの家族に、俺は何を言った?
『俺は何をした?』
「「ご馳走さまでした!」」
「お粗末さまでした。どうだった? 領主館のカレーは?」
「美味しかった!」
「俺はもっと辛くてもいいな〜」
「そうか、次の機会があれば、激辛を用意させよう」
「アーリス、食べきれなかったね〜」
「……病み上がりにカレーはきついんじゃないか?」
「食べたいって言ったのはアーリスだよ?」
「見誤ったか……自分が見えてない奴だな〜」
ドクンッ、と握り潰される。
ーーそんな意味ではない。
さっきから過剰過ぎる。
落ち着け。
しかし、周囲がそれを許さない。
「さて、お腹も膨れた事だし、続けようか」
ーーーーーーーーッ!
「……本当に歪んでるわ、あんた」
「……え?」
……ナスタ?
「中途半端に壊れるくらいなら受け入れなさいよ」
(……何を?)
「……ナスタ嬢、私が代わろう」
「……そうね、お任せするわ」
「ランフェスさん、ここ座る?」
「いや、リリア嬢はそのままでいい」
そう言って、ランフェスは寝台の横の椅子を運んで、自分で座った。
「ここにいる者は『レーゼルの死』を受け入れている」
「………………え?」
真っ白になった。
「……い…つ……から?」
「最初からだ」
床に手を置き、結界を張ったランフェスが語る。
俺の誤りを……。
ソギルと名乗った門兵は、子供達の目に留まることを考え、死亡を意味する『赤』が上げられなかったと詫びた。
実際、彼が上げた信号弾は黄色だ。期待したよ。医師の手配も完璧だった。
だが、領主館に着いた時、彼が背負っていたのは君の遺体だった。
外傷はいくつか有ったが、綺麗な状態だったよ。
……死んでいるとは思えない程に。
遠巻きに見ていた者は気付か無かっただろうね。
……しかし、近くで見た者はわかる。
ユーシャとリリア嬢もそこにいた。
日頃から狩りをして、生物の『死』を見ているレーゼルの仲間達なら、レーゼルを知っている者なら尚更気付く。
……あれは、『遺体』だと。
ハウゼ医師の診断で、マナの枯渇が確認された。
精霊医の死亡通知だ。
絶対と言っていい。
追悼の最中に、
……君が目覚めた。
私は最初から疑っていた。
何か別のモノが入り込んだのではないか、と。
……今朝、君に聞かせたが、繰り返そう。
『奇跡と呼ぶ他にない。』
レーゼルの身体に入ったのは『君』だった。
レーゼルの最期を我々に語り、
レーゼルの記憶と意志は此処にあると、
辿々しく、レーゼルと共に生きると言った。
悪しき化生の類いではなかった。
君には悪いが、神に感謝したよ。
……レーゼルを二度殺さずに済む事に。
君が語ったものを、全て真実だと我々は解釈した。
偽りにしては、荒唐無稽が過ぎる。
ならば、君には……何も残っていない。
全てを失った君が、縋れる唯一がレーゼルだけだったのだろう。
我々はレーゼルの死を受け入れている。
……君だ。
レーゼルを失いたくないのは、
レーゼルを死なせたくないのは、
レーゼルを諦められないのは、
君の方だ、アーリス。
レーゼルの記憶と意志は残っている。
事実なのだろう。
でも、
それだけだ。
成長しないものを、生きているとは言えない。
変化のないものを、生きているとは思えない。
受け入れなさい、アーリス。
『レーゼルは死んだ。』
その身体はアーリス、君のものだ。
……レーゼルも認めた。
成前式の紋章付与は、マナの最適化が行われる。
不要なマナは、そこで排除される。
君が不要ならば、そこで消えていただろう。
成前式を終えて、
……君は未だ、ここに居る。
その身体に必要だと認められた。
レーゼルが認めたんだ。
誰にも否定出来ないだろう?
「今、ここに生きているのは、アーリス、君だ」




