『無邪気な二人』
「何でぅわぷっ!」
何で此処に? と、聞く前にリリアがタックルしてきた。
(のぉっ⁉︎ ちょっ、つよ⁉︎)
頭一つ小さい女の子に、あっさり倒される俺。
「う〜〜レーゼルぅ〜〜!」
そのまま俺の頭に抱きついて、ぐりぐり……いや違う、むにむにと胸を押し付けてくる。
「!! リリア⁉︎ ちょむっ!」
離せない。日頃から斧と盾を持って動き回っているだけあって、異種族のリリアの腕力は、レーゼルを上回る。
……のくせに、身体はどこも柔らかい。
10歳とはいえ、レーゼルの鍛えた身体で本気を出したら、腕なんか折れちゃいそうだ。
(理不尽な⁉︎)
鍛えれば硬くなる筈の筋肉……の、逆を行くリリアの不条理に突っ込みを入れる。
「へへへ、心配かけたヤツにはリリアのおっぱいの刑だ!」
ユーシャの勝ち誇る声が聞こえた。
(お前の差し金かよ! 刑じゃなくてご褒美だよ!)
リリアの奇行の原因は、ユーシャの仕業のようだ。
「二人とも、それくらいで離してやってくれないかな?」
ランフェスの困ったような声が聞こえた。
同感だ。
このままリリアの胸を堪能する事に、不満などあろうはずも無いが、今は時間が無い。
リリアが、しぶしぶといった態を隠そうとともせず、ぶすーっ、としながら離れた。
(はぁ〜、やっと解放された……ん?)
存分に堪能する事の出来ない、もどかしい天国から帰って来ると、ジト目のアゼスターとランフェスが待っていた。
「…………え〜と……」
どう見ても、俺は被害者の筈だが、扱いはまるで加害者だ。
(理不尽すぎるだろ!)
痴漢冤罪なんて単語が脳裏に飛来する。
元凶のリリアを見ると、うきうきと言うか、わくわくと言うか、なんかそんな感じで俺を見ていた。
……このままでいると、もう一回飛びかかって来そうである。早く立ち上がろう。
「……よっ、と」
立ち上がって、パンッパンッと衣服の埃を払う。
「急いで戻るぞ」
「父さんは先に戻って下さい。私がこちらを担当します」
「頼んだ。……アーリス」
「はい!!」
緊張感のある直立不動、親のお説教を待つ子供のそれである。
「……頼むから、これ以上問題を起こしてくれるな」
「…………はい……頑張ります……」
この状況に至った経緯がまるで掴めず、対処法も思い付かない俺は、父の懇願を玉虫色な返事で誤魔化す。
……そんな俺の頭に、アゼスターが手を置いた。
「え?」
わしわしと動く手は、大きくて固い。
時折感じる痛みが、返って心地良かった。
……それを堪能する間も無く、あっさり離れてしまう。
踵を返して、そのままアゼスターは行ってしまった。
(……不器用すぎんだろ)
領主の立場故か、性格か、難儀な父だと思った。
「……すまないが、二人にも同行して欲しい」
ランフェスがユーシャとリリアを誘う。
「いいの⁉︎」
「やったぜ!!」
はしゃいでいる、当然か。
領主館は領民が気安く入れる場所じゃない。大抵の案件は、神殿所の一階で処理されるし、外壁の内側には一部貴族の邸宅や庁舎の類いがあるだけ。内壁の内側に至っては、何も無い。領主館が在るだけだ。領民の必要とする施設が無い上に、許可の無い訪問者は拘束され、徹底して調べ上げられる。
領民にとっては何の魅力もない、近寄る事すら危険な建物だ。
友人を自室に招くというのは、割とありがちなイベントだと思うが、まさか『一緒に遊ぶ』なんて理由で許可は下りないし、レーゼルもそれが判っているから、友人を招いた事はない。……招きたいとは思っていたようだが。
だから、初めて間近で見る領主館のあまりの大きさに、二人が歓声を上げるのは至極当然と言えた。
「……でっけ〜」
「おっきーい!」
「そうなんだよ、大きすぎるんだよ」
全力で同意する。
「レーゼルは此処に住んでるんだよね?」
「リリア嬢」
ランフェスがリリアを諌める。
「彼はアーリスだ。今後はその名を使用して欲しい」
「……あ、そっか。成前式終わったんだもんね。おめでとう、アーリス!」
「おめでとう。……良かったな、希望通りの名前で」
リリアに続き、ユーシャが含みのある祝辞を垂れた。
「……ありがとう。……二人はどうしてここに?」
神殿所の前には、領主館の守兵が並んでいた筈だ。
「光ったから!」
「……みんながそっちに気を取られてる間に、忍びこんだんだ」
リリアが動機を語り、ユーシャが手段を説明した。役割分担が完璧すぎる。
聞いていたランフェスが頭を抱えていた。
「……光ったって?」
聞きたくは無いが、聞かねばなるまい。
「神殿場の方から凄い光が、こう……ピカーッと光ってさ……」
ユーシャがジェスチャー付きで報告してくれるが、さっぱりだ。『凄く光った』事しか伝わらない。
(……領民の目にどう映るかな?)
想像出来ない。ランフェスが頭を抱えるのがわかる気がした。
「おじゃましま〜す」
「……お邪魔します」
リリアが元気に、ユーシャがおずおずと領主館に入る。
「誰もいないね?」
「大掃除か?」
二人の反応が実に微笑ましい。
「アーリスの部屋は二階だ。アーリス、先に行ってくれ。私は二人を見てる。探検されるのは困るからね」
「はい。……リリア、ユーシャ、こっち。絶対に他の部屋に入っちゃ駄目だからね?」
俺からも念押しする。
「は〜い!」
「大丈夫だ。わかってる」
「……ここだよ」
「とうちゃ〜く!」
「本当に広いな。自分の部屋まで、こんなに歩くのかよ」
流石に前後で挟まれて監視されては、二人も動き回る事は出来ない。
あっちを見てははしゃぎ、こっちを見てははしゃぐ。
賑やかではあったが、列から離れる事なく素直に同行してくれた。
二人のおまけを連れて、レーゼルの部屋に戻ってきた。




