『成前式』
神殿は領主館から20mくらい離れた所にある。
俺が今使ったのは内壁側の裏口の方。外壁側に領民達の入り口があり、中では真っ直ぐに繋がっている。
一階の左右には、領民からの要望やら、手続きやらを処理するスペースが並んでいて、まるで役所のようだ。
(……ようだ、じゃなくて役所だよな、これ)
『神殿所』と呼ばれているらしい。俺には呼び方が違うだけのようにしか思えない。
そして、まさかとは思っていたが、此処にも誰もいない。
(役所一つ空にしやがった!!)
お父さん……権力がマジぱないです。領主怖い。
「成前式は2階で行う」
ランフェスが通路中央の、左右にある階段の右の方にスタスタ進んで行った。
2階は儀礼用のスペースだった筈だ。
神儀場と言ったか。残念ながら、ここから先はレーゼルの記憶に無い。
(知っとけよ、領主の息子)
10歳の子供に、大人しか使えない施設へ関心を抱けと言うのも、無茶な話だが。
階段を上がると、これまた馬鹿みたいに広い空間が俺を待っていた。
「……おお!」
広いと言っても、領主館の正面ホール程ではない。だが、同じ広いなら俺はこれぐらいが丁度いい。室内空間が広すぎると落ち着かないのだ。閉所依存症かも知れない。
「……レーゼル」
呼ばれた方に振り向くと、レーゼルの父、アゼスターが居た。
いつもの執務服だ。儀礼衣ではない所を見ると、本当に私服OKだったらしい。
(この手の場所で、正装しないといけないような気がするのも、難儀な話だな)
我ながら、色々引きずっているなと思う。
「始めるぞ、中央に来い」
アゼスターと共に、中央へ向かう。
「……体調はどうだ?」
「平気です……と、言いますか、自分で探したんですけど、不調な所が見つかりませんでした」
「ならば良い、……………………此処だ」
アゼスターが立ち止まった。その足元に、マナ石のようなものが埋め込まれているのが見える。
視界の端に、似たようなものが見えたので注視すると、等間隔に同じようにマナ石が埋まっていた。
(模様かと思ったら、全部マナ石かこれ!)
黒から青までの色のマナ石が散らばっている。
(……総額どれぐらいだ?)
思わず暗算を試みてしまう。
速攻で諦めたが。
「……掌上を掲げよ」
神儀場の中央、更にその中心に俺を据えて、アゼスターが見下ろした。
掲げろと言われても、大人と子供では身長差がありすぎる。
跪いて掲げた方がらしいのだが、手が届かない。
仕方ないから、そのまま両手を上げた。側から見たら、『おねだり』しているようにしか見えないだろう。
プッと、吹く音が耳に入った。ランフェスだろう。アゼスターも眉間に皺を寄せて強く目を結んでいる。
(あれ、間違った? でも、他のやり方習って無いような……やらかした?)
どうする? と、迷っていると、アゼスターが懐からあの時の紙を取り出した。
「父、アゼスターより、子、レーゼルへ、成名アーリスと紋章を与える」
紙を俺の掌上に置いた。
「掌上にて、確かにお受けしました」
返礼を述べた途端、紙が光った。
(おお、なんか発光しとる……って、熱!)
紙を持っている両手の甲と、額が熱を持った。
熱いと言っても、それは火の熱さでは無い。激しい運動の後の血液の熱さだ。
何となくわかる。
これが『紋章』だと。
いつまでそうしていれば良いか判らず、そのままじっと耐えていると、
「……うお⁉︎」
紙が消えて、額と両手の紋章から、マナが噴き出した。
光る粒子にしか見えないそれは、一瞬で俺を取り囲み、外界と完全に遮断してしまう。
「凄え……まさかこんなサプライズがあるとは」
キラキラと渦巻いて、虹のように煌めくマナの流れに感嘆の溜息しか出ない。
「…………先に言っといてくれれば良いのに」
割と本気でびっくりした。そこだけがちょっと不満だ。
ーー 銀髪の少女が笑う。
「……見つけた、レーナの運命の人」
ーー 遥か東の遠方を見て、
「神さまが教えてくれる……」
ーー 願いを口にした。
「待っててね、成人までに必ず会いに行くから!」
「ちょっと、あんた!!」
「へ?」
幻想的な光景を堪能している最中に、切羽詰まった感じで呼ぶ声がした。
そちらに向くと、
「何してんの! 早く止めなさいよ!!」
手のひらサイズのちんまい紫色の妖精が居た。
「……妖精?」
「そうよ! 早く止めて!」
レーゼルの記憶を含めても、妖精を見るのは初めてだ。
じっくり鑑賞したいが、彼女の様子だと、この状況は緊急事態っぽい。
「どうやって止めれば良い?」
勝手に噴き出たのだ。俺には止め方がわからない。
両手の紋章を、手で塞いでもすり抜けて行く。まるで効果が無い。
「……ダメ、あんた資格持ってない」
(……資格?)
「う〜〜……でも、こんなの絶対ほっとけな……あーー!」
実に騒がしい妖精だ。
「今度は何?」
「おでこ!」
「……おでこ?」
額の紋章に何かあるのだろうか?
目線を上にあげて、額を見ようとしてみる、
……見えるわけがなかった。
「……ぬお!」
そんな事をしていると、妖精が勢いよく顔めがけて飛んできて、俺の額に、おそらくは頭をくっつけた。
「何を「あんた名前は!」」
俺の疑問を遮って質問してくる。
「……アーリス」
目の前の妖精の胸を見ながら返答した。
(……そこそこあるな)
近すぎてボヤけて見えるが、結構ある。
いや、むしろこの身体で、この大きさなら、かなりのものをお持ちなのでは?
(……触ったら怒られるかな?)
身体のサイズが違いすぎて、『異性』という認識が迷子になっていた。
「繰り返して!」
「ん」
視線はロックしたまま、頭を動かすと彼女を振り回しそうなので、短く応じるに留める。
「神に奏上す!」
「……神に奏上す」
(やばい、結構長そう)
脳裏焼付を準備する。
「甲、アーリスと」
「甲、アーリスと」
「乙、ナスタリアルプテニトピットの」
(名前なげーよ! 繰り返せるか!)
準備しといて良かった。
「……乙、ナスタリアル、プテニトピットの」
「五精の契約を結び給え!」
「五精の契約を結び給え……え?」
(五精の契約?)
何だそれ? ……ん? 契約?
(……嫌な予感。やらかしたような気がする)
ちょっとタンマ、と思った時には既に手遅れだったらしい。
「……やった! 通った!!」
彼女は大喜びだ。
それが、俺は不安だ。
「いっくよ〜!」
掛け声一つ。
何をしているのか、見る間にマナが逆流して、俺の紋章に戻っていく。
「おお〜凄い!」
どうにもならなかったマナが、どんどん紋章に引き寄せられる。
入り易いように両手を前に出して、甲を上に構えた。
……そのまま、待つ事数秒。
マナが全て綺麗に片付いたそこに、目をきつく閉じて鼻筋を摘むアゼスターと、頭を抱えて呻くランフェス、
……そして、
「……レーゼルぅ……」
「……何だ、元気そうじゃんか」
ーー レーゼルが、最も会いたかった二人。
ーー 俺が、最も会いたくなかった二人。
何故か、リリアとユーシャが居た。




