『領主館』
諸々の後始末を済ませ、レーゼルのマナ石を回収して不浄箱から離れた。
(……水で流したくなるのは、最早本能に近いな)
凄く落ち着かない。
終わった後、何もない所を一所懸命に引っ掻く猫の気持ちがわかる。
「……着替えるか」
時計を見ると、あと30分で11時になる。
身支度を始めるべきだろう。
とは言っても、俺の成前式は事情が事情だけに、「簡易なもので済ませる」と、ランフェスが言っていた。病衣から私服に着替えるだけでいいらしい。
成前式は、領民全員が10歳になれば、必ず行う通過儀礼。一々格式張ったものを行ってなど居られない。ただでさえ、それを担う貴族に限りがあるのだから。……と、ランフェスがぶっちゃけていた。
異世界もので貴族といえば、平民と明確に差別化されて描かれる事が多い。貴族が上で、平民が下。権威も権力も資金も貴族が独占し、平民は生まれた時から絶対に逆らえない……、なんて極端な物まである。
……が、アスガンティアはちょっと違うように見える。
レーゼルの記憶だけだと、まるで公務員のようだ。
前の世界から引用すると、立ち位置はそれが一番近いと思う。役割は勿論色々違うが。
要するに、現在のフロード領には公務員が圧倒的に足りていないのだろう。
(公務員足んないとか、……キツイな)
確証の無い推測でしかないが、成人していないレーゼルは、政治に関与していないし、騎士志望で興味も無いから調べていない、勉強もしてない。
これでは、俺も穴の空いた想像しか出来ない。
(……そういえば、成前式の後に、貴族のイロハをみっちり叩き込まれるんだっけ?)
レーゼルを立派な貴族にする為、外に出る事も出来ない様なスケジュールが組まれているらしい。
レーゼルはユーシャに、「父さんの勉強が始まる」とぼやいて嫌がっていたが、俺は望むところだ。
(レーゼルの知識だけじゃ、政治経済関連がまるで埋まらん)
特に、この世界の金の流れ、アスガンティアのマナの流れは把握しておきたい。
「……こんなもんかね」
私服でいいと言うのだから、私服でいいだろう。
クローゼットには礼服もあったが、窮屈なので遠慮したい。
シャツにスラックスにベスト、我ながら渾身の私服。
姿見まで行って確認してみる。
「……目立つな」
首の印の黒チョーカーが、白シャツとのコントラストにより、存在感が増していた。
「……ん〜〜」
出来れば隠したい。
どーにかならんもんかと唸っていると、ランフェスが迎えに来た。
俺を見るなり、プッと笑う。
「本当に私服だな」
「俺の力作です……ただ、印が隠せないんですよ」
「構わない、そのまま行こう」
(へ? いいの?)
呆気にとられる俺を、先導するように、とっとと行ってしまう。
置いて行かれないように部屋を出ると、レーゼルからは見慣れた、俺から見たら馬鹿みたいに広い通路があった。
(……目測は苦手だけど、40m位有るんじゃ?)
レーゼルの住んでる領主の住居は、領主館と呼ばれているが、領主『城』の方が適切な気がする。
(……あれ?)
すぐに気付いた。誰も居ない。
「人払いをしてある」
「はい⁉︎」
俺の印を見られたく無いのだろう。
理由はわかるが、無茶苦茶だ。
「そんなに長い時間では無いし、館内に領主の命に背く者は居ないよ」
強権執行を隠しもせず、しれっと口にするランフェスが怖い。
「……徹底的に隠すんですか?」
「出来るだけ領民を刺激したくは無いからね」
その返答で、かなりマズイ事になっているのは想像がついた。
「……了解です」
異は唱えない。早く成前式を終えて部屋に戻ろう。
ランフェスと共に、足早に神殿に向かった。
領主館は中央の『龍脈塔』を四角に囲んだ館だ。
四隅の角には『施設棟』、それを『住居棟』が繋いで龍脈塔を囲んでいる。
3階建てで、レーゼルの部屋は東住居棟の2階、一番北にある貴賓室が宛てがわれた。
慣例では領主一族は3階に私室を構えるのだが、施設棟の学習室まで、遠すぎることをレーゼルが嘆き、その隣の貴賓室を希望したからだ。
自ら学習を望む子供に、否を突きつける程、アゼスターも慣例を重視してはいなかったのだろう。3階の私室をそのままに、2階への移住が認められた。
学習と言っても、やっていたのは本を読む為の字の勉強と、騎士の本でわからない単語を調べに行くという、レーゼルらしい趣味一辺倒のものだったが。
目的地である神殿は領主館の南、内壁に隣接した位置にある。
レーゼルの部屋から南へ、
施設棟を向かって右に曲がって、南住居棟へ、
左手にある多目的ホールを過ぎて、正面階段を降る。
(……デカすぎんだろ)
と、呆れる程広い正面ホール。俺の目視測量の限界を越えてる。
「……どれぐらい広いんですか、これ」
呆然と見渡す俺に、軽く虚空を見遣ってランフェスが答える。
「……うろ覚えだけど、700㎡はあったかな?」
……数字聞いても全然ピンとこない。
(信じられるか? 四角の『一辺』なんだぜ、コレ)
それが三階建てである。移動するだけで疲れる。
「……居住空間として失敗してませんか?」
我慢出来ず突っ込んでしまう。
「元々、居住を想定して設計されたものじゃないらしいからね」
「そうなんですか?」
「領主館は龍脈塔の為のもので、龍脈は領主の管轄だからね。残念ながら、私も詳しくは知らない」
ランフェスも知らないとなると、相当セキュリティーが高そうだ。
話しながら歩いていると、正面扉に差し掛かった。
扉を開けて、そのまま外に出る。
(……マジかよ……守兵の詰所まで空にしてんぞこの人)
あるのだ、玄関の両側に詰所が。そして、領主館を囲むように『内壁』があって、更にそれを囲む『外壁』まである。
若干引く程に、龍脈塔を守護する作りだ。
「守兵は神殿の外に配備した」
俺が聞く前に、守兵の行き先が説明される。
「時間は掛けられない、急ごう」
玄関から外に出れば、正面に神殿が見える。
誰にも遭遇する事なく、目的地に到着した。




