『意識外の難問』
「成前式の準備をしてくる」と言って、ランフェスは出て行った。
「迎えに来るまで、外に出ないように」と、注意も頂いた。
(つまらん……)
隣の学習室で、本を漁りたかったんだが……、
「……って、ランフェスに頼めば良かったじゃん」
本くらい取ってきてくれただろうに……、相変わらず判断鈍いね、俺。
「……しゃーない、ナウゼルグバーグの事でも考えるか」
レーゼルの最期を思い返すのは、正直気が進まないが、囮の俺が何も考えない訳にもいかない。
レーゼルが実際に見た攻撃方法は、黒い靄と体当たり。咆哮とやらは、結局使われず仕舞いだった。
(何で使わなかったんだ?)
鏡の前まで移動する。
黒髪、黒眼の小年が映っていた。
(これが、印か)
首に、黒いチョーカーの様な痣が見える。手で印を撫でながら、見慣れた身体を観察する。
(……女顔だな)
レーゼルはアゼスターの様な、髭の似合う大人になりたいらしいが、難しそうだ。精悍なアゼスターより、美形なランフェスに似てる。ランフェスも髭は似合いそうにない。
(10歳の割に筋肉もそれなりに付いてる……つーか、俺、負けて無い? 腹筋薄っすら割れてんだけど)
服を捲って、色々確認する。
(……外傷はあんま残って無い……どころか、一つも無いな……?)
最初にハウゼさんが色々治療していたのだろうか?
起きた時に何も感じていなかったから、異常は無いと思うが、念の為に、身体を捻ったり曲げたりして、痛みや、しこりを探す。
(………………)
少し思うことがあったので、下履きを捲る。
(……あ〜〜、うん、ですよね)
わかっていたが、男として確認せずにはいられなかった。
(俺はどれぐらいの時だっけ? 13か14?)
……出来れば、早めに成長して欲しいと思う。
盛大に脱線したな……、思考を戻そう。
(懸念の一つは、やっぱり咆哮か)
しかし、これは既にランフェスがエルフを手配しているので、対策済みと考えて良いだろう。
聞こえなくなればいいだけだ。レーゼルの時と違って、耳を塞ぐ事に制約も無い。
(……もう一つ)
レーゼルが、ユーシャとリリアを確認した時。
俺とレーゼルで、この時間に対して差異が発生する。
レーゼルの意識では、あれは5秒程度の事。
俺から見ると、20秒以上確認に費やしている。
(何だ? この差は?)
レーゼルの記憶に妙なところは無い。違うのは、おそらく体感だ。
(これだけ時間を、短いと感じている体感時間が…………いや、違うな)
今、俺はレーゼルと身体を共有している。体感時間であれば、同じように感じなければおかしい。おまけに走って移動しているから、距離で逆算可能だ。5秒以上走ってる。
(………………思考速度か?)
この時のレーゼルは、何か鈍い。間延び、とも違う……寸断でも無い。
(……別に思考が途中でぶつ切れてる訳じゃ無いし、間隔? ……あ、これだ)
俺から見ると、考えが細かくて、間が長い。
「……………………なんだこれ⁉︎」
気付けば異様だった。本人が気付かないまま、思考時間が伸びている。
(……駄目だ、レーゼルの意識では思考は全部繋がってる。切れて無いし、ブランクも無い……なら、何で結果が変わる?)
時間停止? 違う、身体は動いてる。
思考停止? 違う、思考は連続してる。
(……気持ち悪い……答えが出てるのに、問題がわからん)
「…………あ、そっか、移項すれば良いのか」
前の世界の義務教育、ありがとう。俺に方程式を教えてくれて。でなければ、この発想は無かった。
「求めるXを=の次じゃなくて、前に置けばいい」
=の次は既に出てる。時間の誤差だ。
(なら、5秒を20秒にした方法じゃなく、する方法を考える)
考える式は、
[20=5+X]じゃない、これは結果が出てる。
[X=15]こっちだ、このXを作ればいい。
(本人に意識させずに、時間を伸ばす。何でもいいぞ〜、出来るかどうかなんて、どうでもいい。答えになりそうなら、何でもいい)
暫し黙考する。
(……結構出てくるもんだなぁ)
「『洗脳』『催眠』『意識介入』『サブリミナル』『幻覚』あと、『ペテン』かな? 異世界的な『ズル』『チート』……俺の脳味噌じゃこんなとこか」
正解があるかは不明だが、心構えは出来る。
「……ナウゼルグバーグか?」
原因が他に考えられない。レーゼルが視線を切った時に何かしたんだろう。
「……絶対に目離さない方がいいな」
気付けて良かった、何をされるかわからない。
対策は思いつかないが、気に留めて置こう。




