レーゼル『一矢』
*文字サイズ100%以下推奨です。
ユーシャと別れてから、更に速さを上げてナウゼルグバーグの所に向かう。
ーーナウゼルグバーグが、リリアを見つけた。
黒い靄が、蠢くようにぶれる。
ーーッ、間に合え!
走りながら、ユーシャの弓を構えて、放つ。
狙う余裕などなかった。ヒュンッと、風を切る音を立てて、矢が飛んでいく。
ナウゼルグバーグが、矢の方を見た。
そして、
(え?)
靄が、僕に向かって伸びて来た。
「ーーーーッ⁉︎」
横に飛ぶ。
足がもつれたような、無様な転倒。
「……クッ!」
あの位置から、矢ではなく射手を狙うとは思わなかった。
直ぐに起き上がり、ナウゼルグバーグを確認する。
変わらず、そこに居た。
リリアの方を向いていた身体が、ゆっくりとこちらを向く。
(……いいぞ)
挑発は成功したようだ。
靄の動きに集中する。
ナウゼルグバーグの身体から、ゆらゆらと腕のような靄が伸びる。
2本、3本……5本の靄の腕。
伸びたり、縮んだり、カクカクと曲がったりで、動きが全く読めない。
(……何あれ?)
何がしたいのか……靄の腕は奇行ばかり、ナウゼルグバーグもそこから一向に動かない。
(……狙える?)
矢は、あと二本。
仕留められるとは思えないけど、当たればダメージになる。
膠着状態は望む所だけど、印を貰わないとユーシャ達が動けない。
(作戦失敗したかな……)
こんなに簡単に時間が稼げるとは思ってなかった。
視線を逸らさず、腰に刺した矢の数を、途中で落としていないか再確認しようとした、その時、
「ーーハッ!」
伸びて来た腕を躱す。
「ーーッーー!」
避ける。
……速さはあまり無い。最初の攻撃も、予想外で慌てたけど、脅威には遠い。
ナウゼルグバーグの攻撃は単調で、一直線に目掛けて伸びてくるだけだ。
(……どうしよう……)
……逃げられるかも知れない。
あの程度なら、みんなと合流して逃げ切れる。
……本当に、あの程度なら。
悩んでいると、ナウゼルグバーグの動きが止まった。身じろぎひとつせず、僕をジッと見てる。
この距離で、
僕に見える筈は無いのに、
ナウゼルグバーグの目が、
ーー[『黄色く』光っているのが見えた]ーー
首が締まる、
(グッーーガハッーーッ!)
息が出来ない、
「ーーブハッ!ハッ……はぁ〜っ」
一瞬で解放された。
〈……ゴッ…………ゴォンッ……ガァンッ!〉
背後で『盾』の落ちる音。
『印を付けられた。』
ナウゼルグバーグに、オマエは獲物だと宣言された。
[怖い]
走る。西の方角に。
[怖い?]
作戦通り、印を受けた。
[ねぇ、怖い?]
ナウゼルグバーグは、僕に執着する筈。
[怖くないの?]
時間を稼ぐ。
[死ぬんだよ?]
出来るだけ長く。
[死んじゃうんだよ?]
黒い靄はもう怖くない。
[何で怖くないの?]
音のした方、
[何で無視するの?]
盾を探す。
[こっち見なよ]
……あった!
[ねぇ、追いつくよ?]
そのまま上を辿る。
[無視すんなよ]
良かった……誰も居ない。
[何が良いんだよ!]
ユーシャとリリアは無事。
[……もういいよ]
次は、 [次は、]
「僕の[おまえの番だ]番だ」
呟いた瞬間に、吹き飛ばされた。
「ーーなっ⁉︎」
転がる視界の端、僕に体当たりしたナウゼルグバーグが見えた。
(いつの間に⁉︎)
走る音も、咆哮も無かった。そんな気配、微塵も無かったのに!
(……ユーシャ達を、確認したから?)
盾を探して、二人の姿を確認しようとした、あの時間が致命的だったんだろうか?
ナウゼルグバーグが、黒い靄を一面に広げた。
「……まだだ、まだ!」
立ち上がって、抜剣する。
何をしたいのか知らないけど、棒立ちだ。印を受けた僕に靄は効かない。
(ーーッ! 今だ!)
近接。ナウゼルグバーグの横を抜けるのと同時に、一撃を合わせる。
〈ブンッ!〉
……躱された。でも、やっぱりそんなに速くない。何で追いつかれたんだろう?
そのまま黒い靄を抜けて、もう一度対峙する、
……筈だった、
「……え?」
目の前に広がる空、下の方には川が見える。
(これが狙い⁉︎)
崖を隠す為に靄を広げたのか!
迂闊にも、僕はそれに飛び込んでしまった。
「ーーまだだよ!」
剣を手放し、弓を取る。
川を背にして、矢を番える。
(ーー来い! 僕を見ろ!!)
崖を覗き込んだ眉間に当ててやる!
「ーークッ! ナウゼルグバーグッ!」
……既に遠い。
ヤケクソに矢を放ち、僕は川に落ちた。
背中に感じる衝撃は、ナウゼルグバーグの体当たりが優しく思える程で、僕はそれに耐えられなかった。




