レーゼル『別れ道』
「……犬か?」
僕には何となく靄が見えるだけだけど、ユーシャはもっと色々見えるらしい。
「犬がいるの?どこに?」
周囲には犬どころか、他の動物達の姿も見つからない。
「……見えないか?あの黒い靄の中に犬みたいのが居るぞ」
ーーーーーー!!!
全身が粟立った。
ーー『ナウゼルグバーグ』。
「……何で……こんな所に居るの?」
最悪だ。絶対に戦っちゃ駄目な奴だ。
「……レーゼル、どうした⁉︎」
「たぶん……ナウゼルグバーグだ……」
「ナウゼルグバーグ?…………!アイツが⁉︎」
「直ぐに逃げよう。早く父さんに言って討伐してもらわないと……」
「待て!」
ユーシャが戻ろうとした僕を止める。
「何⁉︎急がないと手遅れになるよ⁉︎」
声が荒くなる。グズグズしていられないのに!
「……アイツ、結界越えてるぞ」
「え⁉︎」
ナウゼルグバーグの位置を確認する。ユーシャの言う通り、黒い靄は結界柱よりも内側に居た。
「何で!」
結界が足止めにならない⁉︎
「知るか!それより……マズイ。アイツの向かう先にニック達が居る!」
「ーー⁉︎」
目を凝らしても、僕にはニック達が見えない。けど、ユーシャが言うなら間違いない。
「レーゼル、ナウゼルグバーグってどんな奴だ?」
「あんなに本読んでるのに、何で知らないの⁉︎」
「洞窟にナウゼルグバーグは居ないんだよ!洞窟でヤバイ奴はフェルジストリュートだ!」
「そっちは僕が知らないよ!」
読んでる本の種類が違うから、知ってる事がお互いあべこべだ。
「絶対接近しちゃ駄目!黒い靄に触ると怖くなって動けなくなる!」
出来るだけ簡単に、必要な情報をユーシャに渡す。
「獲物の集団の内1人に印を付ける!印を付けられると、靄は平気になるけど、咆哮が怖くなる!」
駆け足で説明する。と、ユーシャが途中で僕を見た。
「……ひょっとして、マナの攻撃が効かない?」
「知ってるじゃないか!」
僕の今迄の説明は何だったの⁉︎
「フェルジストリュートに凄え似てる」
「倒すには、遠距離からマナを含まない弓とかで狙撃すればいいんだ」
「……俺も弓持ってっけど、流石に遠すぎるな」
「駄目だよ!囮なしでやるのは危険すぎる!!」
印付きがナウゼルグバーグの注意を引いてやらないと、靄が飛んできて動けなくなる。
「ナウゼルグバーグは印付きに絶対反応するんだ。やるなら、誰かが印を貰わないと駄目だよ」
「……打つ手なしか……ッ!なっ!あいつっ⁉︎」
ナウゼルグバーグの進路を見ていたユーシャが、顔色を変えた。
「今度は何⁉︎」
「リリアだ!あの馬鹿!ニックの所からこっちに向かってる!」
「ーー!」
ユーシャの視線を追う。僕にも見えた。ナウゼルグバーグに一番近い位置に居るのはリリアだ。
ーー嫌な予感がした。
それは、絶対に見たくないもの。考えたくないこと。
このままだと、リリアはーー、
「……僕が行く」
「ーー⁉︎、レーゼル待て!」
「待たないよ。僕が印を受けて、引き付ける」
街に戻っている時間は無い。リリアを助けたいなら、ここで誰かが囮になるしか無い。
「ふざけんな!お前は領主の子だぞ⁉︎囮なら俺がなる!」
「駄目だよ。ユーシャは近接戦の心得がない。ナウゼルグバーグの攻撃が凌げないじゃないか」
腰の長剣を撫でながら言う。ユーシャが悔しそうに顔を歪めた。
「……わかった。俺が弓で仕留めてやる」
「ううん。リリアを連れて逃げて」
「ーー!何でだよ⁉︎お前が囮の間に、俺が「矢が足りないんだ」」
ユーシャの言葉を遮って告げる。
「3班の全部の矢を足しても足りない」
狩りで持ってくる矢は大抵5〜6本。小動物は一矢か二矢で足りるし、大きい獲物は罠を使う。
獲物を狩っても、持って帰れないと意味が無い。荷物は最小限にするのが普通。矢は、的を外さなければ使い回せるので、最初の方に削られる武器だ。
僕達も、ニックとベインの班も10歳班。熟練の部類に入る。……矢は最小限。
ユーシャも矢筒要らずの三矢。サギゥ目的だったから、ノーイルが持っているのは……網。
ナウゼルグバーグは動物ではなく『魔獣』だ。矢で射殺すなら必中を条件に、最低でも20は欲しい。
「……死ぬ気か?そんなの「リリアが好きなんだ」」
「ーーーーッ!」
「死ぬ気なんか無いよ」
「……どうすんだよ」
時間がない、僕の考えを話す。
「まず、ユーシャの弓が欲しい。使うかはわからないけど、手段は確保しておきたいから」
僕はこれから近接戦でナウゼルグバーグに挑む。けど、遠距離の選択肢も持っておきたい。
「僕がナウゼルグバーグに近づいて、靄に注意しながら挑発する。ユーシャは僕の首を見ていて」
「……首?何で?」
「ナウゼルグバーグは獲物の首に印を付けるからだよ」
自分じゃ見えないから、ユーシャに確認してもらう。
「印が付いたら、リリアの盾を崖から落として音を立てて」
「なんでそんな事すんだよ」
「僕がユーシャを見る余裕は無いし、ユーシャが叫ぶのも危険だからだよ」
ナウゼルグバーグの靄から、視線を逸らしたくない。
「盾を落としたら、ノーイルの所へ戻って合流。ベインとニックの班に伝令を出したら、みんなで街まで逃げて、助けを呼んで来て」
「……凌げるのか?」
「……大人の武器は、みんなマナが通ってる。でも、僕は武器にマナを通せない」
ユーシャがハッとしたように顔を上げた。
「そうか!靄はマナを弾くけど、マナが無ければ剣で攻撃しても靄に弾かれない!」
「……多分、凌ぐくらいは出来る。後は……」
「咆哮か……」
そう、咆哮だけは対策が無い。
「耳に何か詰めるか?」
「詰められるものが、土くらいしか無いよ?それに、盾の落ちた音が聞こえなくなる」
印の付いていない状態だと、靄が危険だ。変な感じだけど、印は早く欲しい。そして、印の付いた瞬間を正確に判断したい。
「ザスティンの騎士は、精神力で抑え込んでたし、何とかなるかも?」
「お前、物語と現実を一緒にすんなよ!」
「ははは……うん、大丈夫。諦めないよ」
覚悟はしている。
ーーリリアは絶対に助ける。
ーー絶対に凌ぎきって見せる。
「……行くか」
いよいよ本格的にリリアの位置がマズイ。
「行こう」
ユーシャから弓矢を受け取る。
二人で頷き合って、一気に走り出した。
「しっかし、お前、リリアが好きだったんだな。いいのか?領主の息子が、異種族の娘に惚れちゃって」
「フロードは異種族に理解があるから、大丈夫だよ。シャリル姉さんも長耳族だしね」
「リリアの何処が良いんだ?超食べるし、超賑やかだし……」
「超おっぱい大きいよね」
「ちょっ、お前、そこかよ!」
二人で笑いながら段差を飛び越える。
あと、もう少し……、
「ユーシャは、レイジェルでしょ?」
「んなっ、誰から聞いた⁉︎誰にも言ってないのに!」
「今、本人から聞いたよ」
「…………。」
「レイジェルは賢いから、バレてるんじゃ……」
「やめろーー!」
「あははは!」
もう、すぐそこまで……、
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そして、辿り着く。
「……帰って『来る』よ」
僕は、ナウゼルグバーグの所へ……、
「……行って『来い』よ」
ユーシャは、リリアの所に……。
ーー別れ道に。




