『精霊契約・2』
「……しっかし、契約なんて改まってる割には、文言があっさりしすぎてない?」
リリアの精霊契約が、恙無く完了した事に安堵する俺。
「……そう?」
「こう……『エロイムエッサイム!』とか『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!』みたいな、かっちょいい詠唱は無いの?」
ほっとしたのか、何も考えずになんとなく不満を漏らしてしまった。
「……それ、どんな意味があるの?」
「へ?」
俺自身、売ったつもりは無かったのだが、ナスタ的に無視出来ない物言いだったらしい。
「今の手法は人間のやり取りを参考にしたものなのよ? 頭語の挨拶から、契約を結ぶ甲乙の名前を示して、契約の内容を告げて、報酬を提示する。……他に何か必要ある?」
「………………」
……真顔で反論された。
詠唱の様式美を真剣でぶった切られた。
(ぬぅ……侘び寂びの解らん奴め!)
と、思うが、魔法やら召喚やらの『詠唱』に、合理的な説明なんぞ出来る訳も無い。
(何か『場』を創るとか、自分の『意識』を変えるとかだっけ?)
ファンタジー要素抜きで、真面目に詠唱の効果を考えた時、理由として真っ先に候補に挙がるのは『自己暗示』だろう。
人間は特定の状況・行動で脳内物質を分泌している。この脳内物質は、身体や精神状態に影響を及ぼすとされているものだ。
面白そうなので調べた事があるが、当時は7つ程の種類が挙げられていた。研究が順当に進んでいれば、更に増えているかも知れない。
俺の考える自己暗示は、この脳内物質を任意に分泌させ、『覚醒状態』に入る事だ。
発想:アセチルコリン
興奮:アドレナリン
焦燥:ノルアドレナリン
恍惚:エンドルフィン
安息:セロトニン
幸福:ドーパミン
休眠:メラトニン
以上7つ。詠唱という行為によって分泌が考えられるのは、大声や歌唱などで生じる『アドレナリン』と、「長たらしく小難しい詠唱を完遂した」という達成感から得られる『ドーパミン』辺りだろうか。
『興奮作用と幸福感で高揚し、覚醒状態に入る事で新たな能力に目覚めるのだ!』
……浪漫である。わかりみが強いですな。
俺的にはこれで充分なのだが、存在がファンタジーなくせして思考がリアルな妖精には通じないだろう。
『黄昏よりも昏きもの……』とか、とあるラノベの呪文を丸暗記し、妹に力強くドヤ顔で披露して白い目で見られた経験のある俺は知っている。
解らん奴には解らんのである。
「…………無いです」
ってな訳で撤退安定。
「……何が言いたかったのよ、あんた」
「くっそ!」
小癪な奴である。むっちゃ悔しい。
(説明出来る浪漫なんぞ存在しないんだよ! チキショーめ!)
呪文詠唱の浪漫について、理解が得られない事実に憤懣していると、
「……? リリア、どうした?」
ふと、肩を落としているリリアに気付いた。
さっきまでむっちゃ喜んでいたのに、いつの間にかしょんぼりである。……何があった?
「……わたしの『フェルルちゃん』、ナスタちゃんみたいにお喋りしないの……」
「……フェルルちゃん?」
「あの精霊の名前でしょ」
「いや、それは判るが」
「リリア、精霊は意思疎通の術を持ちません。妖精とは異なるのです」
見兼ねてシャリアも慰めるが、リリアの顔は晴れない。
「ぐすっ、……アーリス〜……」
フェルルちゃん(確定)を、ぎゅっと抱き締めて涙目で俺に訴えるリリア。
(……くっ! 何だこの罪悪感は!?)
何故か責められているような錯覚に陥った。俺は何も悪く無いのに!
「……ナスタ、精霊って何で喋れないの?」
原因は喋れる妖精の存在だろう。
つまり、喋れるナスタが悪いに違いない。
なので、諸悪の根源であるナスタに事情を伺ってみる。
「え!? いや、いきなりそんな事言われても!? え〜と……言語を持ってないから、かしら?」
「……言語が無い? 知性はあるのか?」
「知性が無いと言霊に従えないでしょ!」
それもそうか。
特定の指示に対し、忠実に従う。これは本能ではなく、判断によるものだ。知性はあるだろう。
(取り敢えず、犬猫的な動物で考えてみるか……)
人間と意思疎通を可能とする言語を持たず、しかし指示等に順応出来るだけの知性を持つ動物。
……それなら、
「意思と感情もある?」
「そりゃあるわよ。表現する手段を持たないし、契約で縛られてるから余地は無いけどね」
「ふむ……」
自己はあると考えていいだろう。契約で縛られているから、その表現が規制されているだけだ。
「んじゃ、主人が命じれば余地は認められる?」
「…………否定はしないけど、話せないし、文字も使えないのよ?」
「……せやな。…………う〜ん……」
リリアの要求は、自分の精霊と何らかのコミュニケーションをとりたいというものだ。
会話はまず無理。言語が無いとナスタが明言しているし、念話のように思念で会話が可能なら、とっくにそれを示唆しているだろう。
行動も不可。特に否定や反抗は、契約に引っ掛かる可能性が高い。
(……なら、嬉しい時は◯とかで、間接的に表現させるか?)
「……記号は判る?」
「記号ねぇ……それぐらいは判るんじゃない? ただ、画数の多い文字とかは無理よ?」
「◯とかXとかは?」
「…………それぐらいなら扱えるでしょうけど、どうやって使うの?」
「嬉しい時は◯に……」
ナスタが被りを振った。
「肯定と否定でしか使えないなら意味は無いわ。精霊に拒否権は無いもの」
「む〜〜ん!」
真面目に本気でどうにかしたい。
今まで精霊は道具として使われていた。これは、アスガンティアの共通認識で、誰もが不自然に思わなかったものだ。
が、リリアは違う。
最初に出会ったのが妖精で、コミュニケーションが叶う存在であると知っている。
俺とナスタの関係を見て、自分もフェルルと同じ様に在りたいと思うのは当然だろう。
(フェルルはリリアに請われて真っ直ぐに飛んだ……)
例え、契約による強制の行動であったとしても、二者の友誼はこの時に確立した。
リリアはもうフェルルを道具視出来ないだろう。俺も、この幼い少女に「開き直って達観しろ」と強要するのは酷だし、したくない。
(何か無いかなぁ………………あ!)
あるじゃん! 誰にでも使えて、ぱっと見で感情の判別が付く記号!!




