ナスタ『霊界』
アーリスの家に移住したその日の夜。子供達が寝静まったのを確認したナスタは、契約室の紋章陣に向かった。
《シャリア、少しの間2人をお願い》
《はい》
長耳族であるシャリアは睡眠時間に融通が利く。今日だけなら任せても大丈夫だろう。
(ようやくね……)
ナスタが欲した『拠点』とは、アーリスの邸宅では無く、この契約の紋章陣の事だ。
貴族にとって精霊との契約は欠かせない。契約後も都度の『昇級』で必要になるので、貴族の家には必ず設置される。
五精族と交信する為の紋章陣だが、それは同時に五精族の郷へ至る道でもある。
身体のある者では通る事の出来ない道。
五精族だけが通れる『霊界へ至る経路』。
契約室の中央、大きく描かれた紋章陣の中心へ、ナスタは踊るように飛び込んだ。
郷愁、と評するには些か語弊があるが、それでも懐かしいと感じるだけの時間が過ぎていたようだ。
(………………)
……もうすぐ、結果が示される。
無数の星に似た灯で溢れた漆黒の路を、ナスタは期待と不安を等しく抱えて突き進んだ。
有翼族の集落を飛び出してから、これまでに費やした時間。それが有為なものであったか、或いは、
……無為なものであったかを。
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(…………着いた)
到着を確信し、ナスタは引き絞っていた意識を解放した。認識を広げ、知覚する。
五色の属性で彩られた、五精族の世界。
全ての魂の故郷とも言える、アスガンティアの真奥。
――『霊界』。
其処には空も大地も無い。
方角は疎か、上下すら危うい空間。常人であれば、半刻と保たず発狂に至るような場所。
……そんな世界に、その『柱』は在った。
比較に足る対象が存在しない此処では、単一のそれを推し測る術が無い。
立っているのか、或いは横に倒れているのかすら判らない。大きさも、何時から在るのかも、何者が創ったのかも不明。あやふやで、不可思議な五角の柱。
妖精達が『霊柱』と呼ぶその柱には、何物にも変えがたい無二の特性があった。
『各面がアスガンティア全土の属性総量を示している』。
人間は疑問に思わないようだが、『属性』は事象を分類するだけのものでは無い。属性そのものに意味がある。
赤の火属性。
――失われれば、世界は零下に呑まれ、死滅する。
青の水属性。
――失われれば、全てが枯渇し、現象は脆く崩れる。
緑の木属性。
――失われれば、実りは得られず、生命は飢餓に喘ぐ。
紫の風属性。
――失われれば、万物が停滞し、万象が澱み腐敗する。
黄の土属性。
――失われれば、大地は浄化されず、大気は毒素で塗れる。
属性はアスガンティアの活力だ。損なえば、あらゆる存在がその悉くを失うだろう。
(――ッ、おねがいっ)
祈り込めて霊柱に向き合う。
五角形の柱。
五つの面。
属性の五色。
その内の一つ。
(…………あ)
風の属性を示す『紫』。
失われ続けてきた風の力。
(――あぁ!)
今尚、他に比べて圧倒的に劣る値。
だが、見間違う筈もない。
(……ひ……ふ、ぐぅ……うぅぅ、ぅ……)
――増えていた。
自分が飛び出した、あの時よりもずっと。
(うあぁっ、わあああぁぁぁん!)
無為では無かった。
自分は間違っていなかった。
焦燥から飛び出して今迄。
何も得られず、だがその先に出逢った主。
(……ひっ、く……)
アーリスのマナで風の属性は回復した。
自分の力が証明された。
属性の象徴である霊柱が示した。
――その行いは救世に繋がると。
(……ありがとう、アーリス)
結果を見た。
確証を得た。
(――っ!!)
『この道は正しい、と霊柱が告げた』
「シーレ!」
ならば、後は突き進むだけだ。
「キサラ!」
焦燥はもう要らない。
「テルコ!」
迷う必要ももう無い。
「パルナ!」
五精族の使命を果たそう。
「集まって! 五属性の盟友たち!!」
世界の活力を取り戻す為に、
霊柱を色濃く染める為に、
素力の調整役、
属性の観測者、
「……久しぶりね、ナスタ!」
妖精達が動き出した。




