『ナウゼルグバーグ討伐計画』
まさか、『掌上』で礼を受けるとは思わなかった。
俺の意識の上では、初めてやった掌上。込み上げる不思議な実感を、手が離れた後、にぎにぎと確かめていると、
「さて、今後の話をしようか」
改まって、ランフェスが告げた。
「本日、11時にレーゼルの成前式を行う」
「……11時ですか?」
随分と急だな。
「理由は二つある。一つ目は、君を『アーリス』と呼べる環境を早めに整えたい」
アーリスは成名だ。成前式で授かる名で、今の状況では確かに、公的に使用する事は出来ない……が、
(……それが理由?)
何故?と、浮かんだ疑問について考える前に、ランフェスがその答えを出す。
「レーゼルとアーリスは別人だ……君をレーゼルと呼ぶ事は、君の為にならない」
解答としてランフェスが投じたのは、慮外ものだった。
「君の立場では無理もないのだろうが、気負う必要は無い。……私達はね、アーリス、君の存在を容認しているんだ」
相貌に笑みを浮かべて、ランフェスは語る。
「君の意志では無いにせよ、君はレーゼルの身体を救った。誰もが、そのまま失われるであろう事を覚悟していた子供が、再び息を吹き返したというのは……」
何かを想うように目を細めて、
「『奇跡』と呼ぶ他に無い。……おそらく、君が思うよりも、ずっと……それに近いものだ」
言われて、初めて……前の世界でも考えた事のないそれを、想像してみる。
……もし、自分に子供がいて、目の前で息を引き取ったら、どう思うか。
ーーそして、その子が別の人格で蘇ったら?
受け入れるだろうか?
気味が悪いと思うだろうか?
中身が別人だとしても、どの様な存在であっても、
殺す様な事は出来ないのではないだろうか?
…………わからない、答えが出せない。
(……よっぽど、その存在がどうしようもなく、悪意みたいな、犯罪とか害にしかならないようなものだったりしたら……)
自分の子供の身体で、そんな勝手はさせられない。させたくない。だから……、
(……手にかける…………と思う……)
出来るか、はわからないけど……。
なら、善良までは行かなくても、普通の人だったら?
(例えば、自分の娘に……っ、ぬぁぁぁぁぁ〜〜……)
内心で翻筋斗打って悶える。
まさかだった。
娘の身体に入った『おっさんの魂』を想像してしまった。
(なんてことだ……)
あの神様の話から考えると、陽魂の性質上、身体が変化する女性体への転生は、おそらく有り得ない。
……筈なのだが、前の世界の投稿サイトで、1ジャンルとして確立する程に盛り上がっていた題材、著作も豊富だ。読んでいた分、無駄にリアルに想像出来てしまう。
(……考えたくない)
両目を覆うように頭を抱えた。
(……つーか、考えすぎだな、俺)
ある意味、いい感じに気が抜けた。
異世界なんて異常な環境に放り出されれば、無理もないかもしれないが、らしくない。
(もっと、気楽でもいいんじゃね?)
思いつめ過ぎてもしょうがない。
「念願の異世界に来たぞ!うぉぉぉぉ!」と、までは行けなくても、もう少し楽観的になった方が良さそうだ。
「悪く言えば、君の存在を『気に入らない』、と処分出来るほど領主家に余裕が無い。管理する領地に対して、人数が圧倒的に足りていないからね」
「困ったものだよ」と、冗談めかしてランフェスが言う。
場の空気を変えようとしているのがわかった。俺が思い悩んでいるように見えたのだろう。
「すいません、大丈夫です」
悩んではいたが、途中から『娘におっさん』なので、悩みのベクトルがまるで違う。
また思い出す前に、話題を変えたい。
「……二つ目は?」
なので、こっちから聞く。
「……ナウゼルグバーグに付けられた『印』が消えていない」
ランフェスの表情も空気も一変した。
俺も思わず首に手を当ててしまう。
ナウゼルグバーグは、獲物の首に印を付けるからだ。
「消えてないんですか?」
誰も言わなかったから、思考から外れていた。思い返せば、ハウゼ医師が指診で最初に触れた部位は首だ。
ランフェスが頷いて肯定する。
「レーゼルの身体は、まだナウゼルグバーグと因果が繋がっている……、領民にも気付かれているだろう」
それが何を意味するのか、瞬時に悟った。
ナウゼルグバーグは印の付いた獲物を追い回す。
幾ら子供達を助けたとしても、自身の生活が脅かされるとなれば、大衆は手を翻す。
考えが甘かった、勇名などとんでもない。
今の俺は、まるで災厄の誘引剤だ。
早急に印を消さなければ、暴動が起きる。
「……やはり、違うな。何を考えた?」
「……印を処理しないと、暴動が起こる所まで考えました」
「…………………………」
ランフェスが沈黙する。
(あれ?見当違いだったかな)
質問の解釈を間違ったか、解答がちょっとズレていたか。
「……アーリス、君は……」
辛ければ答えなくてもいい、と前置きして、「生前、政治学か地政学を専攻していたか?」と質問してきた。
「へ?……いいえ。してません」
そんな難しそうで、頭が痛くなりそうな学問、わざわざ選択する様な、粋狂な真似しない。
俺の返事を聞くと、ランフェスは再び押し黙った。
解答が足りなかったらしい。
「選択したのは、数学と化学です。好きだから選んだだけで、得意とは程遠いですけど……」
謙遜ではなく事実だ。実際、途中から珍紛漢で、着いて行けずに挫折した。
ランフェスは「わかった」と、大きく息を吐いた後、「説明が手軽になるのは楽だ。続けよう」と繋いだ。
その後にランフェスが語ったのは、ナウゼルグバーグの特徴と対処法、考案された作戦の内容と推移状況、そして、俺の役割だった。
「……囮ですか」
と、思わず口を衝いたが、妥当だろう。
弓兵に仕事が出来れば100%成功する作戦。俺の役目は、近づき過ぎない様に逃げるだけ。
「……印付きが居る以上、他の者が囮となる事は難しい。君の安全を確保する為に、長耳族を一人手配した」
(おお!エルフ!!)
異世界ものの定番種族。
レーゼルの姉もエルフだし、アスガンティアでは物珍しくも無いだろうが、記憶のそれと、生で観るのとでは趣がまるで違う。
否応もなくテンションが上がった。
「安心して貰えたようで何よりだ。長耳族の属性は水だ、守りに長ける。君の護り手として申し分無いだろう」
俺の反応を、少々見当のズレた方向に解釈したらしい。
「3日後には到着、と言っていた。早ければ明後日には着くだろう」
「その人が到着し次第、討伐に出る……」
「正確には、到着後、休憩を挟んでからになる……、大丈夫か?」
最後の言葉は、複数の含意を感じた。
理解したか、
体調は、
囮に不安はないか、
それらに自問した上で、返答する。
「はい、問題ありません」
正直、レーゼルの記憶にあるナウゼルグバーグは、子供の視点と、成人の視点の違いによるものか、身体から黒い靄が出てる只の犬にしか見えない。
恐怖を振り撒く不慮の死神、なんて呼ばれるくらいだから、容易な相手では無いと思うが、逃げ回るだけなら何とかなるだろう。
……放って置けば、領民に被害が出るのだ。
俺の平穏の為にも、そして、レーゼルの仇でもあるアイツは、絶対に討伐したい。
何としてでも、成功させなければ……。
硬く拳を握る。
それに気付いたランフェスが言った。
「……まずは、成前式だ」




