『アーリス邸浴場・その2』
嫁‘sの背中を流して、その余韻から復帰して程なく、
「……おっと、忘れるところだった」
お湯を掻き分けながら浴場の入り口に戻る。
「……御主人様、何か?」
「ぬっふっふ〜! まあ、見ていなさい!」
この浴場は、俺の理想が詰め込まれているのと同時に、統合浴場のサンプルモデルとしての意味合いも兼ねている。
アスガンティアの浴室では基本となる3つの窪み、『増熱』『鎮熱』『浄化』の隣りに、新たな『風穴』の窪みが追加されているのだ。
「――っ、いくぞ!!」
ホルダーからマナ石を掴んで、うきうきしながら風穴の窪みに石を移す
――次の瞬間。
〈ボボボボボボッ〉
ほぼ浴槽の全面に配置された風穴の紋章陣から、一斉に気泡が噴出した。
「わ〜〜っ!!」
「きゃっ!?」
――ジャグジー起動。
通気の管も無いのに何故? とか、考えるだけ無駄だ。異世界だからでQ.E.D.。
んな事より、紋章陣を踏まねば!
踏み。
「うひょー!!!」
足の裏で気泡を受け止めて、その独特の感触にはしゃぐ。
「きゃはははっ! おもしろ〜いっ!」
「わっ!? わわっ!?」
俺を見て真似する2人。
(………………)
楽しんで戴けてなによりなのだが、飛び跳ねるボインボインがスゴイです。真顔になっちまったじゃねーか。
「……お湯の中の風って、そんなに騒ぐ程のものなの?」
「ふむ……入浴って、休憩っていうか、休息の為の時間じゃん?」
「まあ、そうね」
「その時間にマッサージもされちゃう感じ?」
「……成る程。つまり、効率が良いのね?」
「…………」
なんかズレた方に解釈されたな。
妖精だから血行とか肉体疲労の話しても伝わるかどうか微妙だし……ま、いいか。それ程間違った認識でもないしね。
きゃいきゃいする2人を胸目と尻目に収めつつ、浴場の中心に向かう。
(は〜、ホントに頑張ってくれたなぁ……)
――『展望浴槽』。
最初の俺の構想からは、随分と掛け離れたものになった……が、とは言っても改善であって、改悪ではない。
元々は屋根をスライドさせてから、外への進路を確保する予定だった。つまり、『屋根を動かす』駆動と、『浴槽を動かす』駆動の2つが必要になる。
この設計に対し、技師達の方から「屋根を持ち上げるのでは駄目なのか?」という提案があったらしい。また『打たせ湯』も、腰掛けの柱をくり抜いたて造った方が、工期が短縮出来るとか。
……流石本職、眼から鱗ですよ。確かにその方法なら『持ち上げる駆動』だけで済むし、樹の中を色々弄る必要も無くなる。即採用しましたとも。
(……これか)
螺旋階段の幹側の手摺り。その少し上に、マナ石を嵌める場所が有った。
(確か『木動』の紋章陣だっけ?……まんまだな)
窪みは2つで、それぞれに上昇・下降と書かれていた。
早速上昇の方に石を置いてみる。ていっ!
〈カラカラカラカラ……〉
何かが回る絡繰の音と同時に、ズズズッと樹が上に動いていく。
「おおおぉぉぉ……!!」
天井の部分が、蓋が開くかの如く斜めにパカリと持ち上がり、そのまま天辺の浴槽は外へと突き出されていった。
「すっごい! すっご〜い!!」
「これが展望浴槽ですか……。香油を置きに上に昇った事はありますが、この形態を見るのは初めてです」
2人も見学に来たらしい。
「……完了、かな?」
駆動の音が止まった。
「…………んじゃ、上がってみようか?」
「お〜!」「はい」
素っ裸の3人が螺旋階段をテクテク上がって行く。先頭は当然俺だ。この2人の背後に尾ける訳ねーだろ、お尻しか見えないじゃん。
「……寒っ!?」
「う〜、さむいよ〜」
これはミスった。天井が開いているので、気温差も相まって外気がもろに入ってくる。
「ナスタ頼む!」
「しょうがないわね〜、ちょちょいっと……」
ナスタが風を操り、外気の侵入を遮断した。
「……う〜ん、ナスタが居ないと使えないのは困るなぁ……」
アスガンティアの建築物は基本的に壁が高い。室内の天井でも平気で5〜6mくらいはあるし、この浴場はもっとありそうだ。
上の浴槽まで辿り着くには、どうしても時間が掛かる。夏は兎も角、冬は利用する度に風邪を引きそうである。
「う〜ん……」
「……あの……」
「ん? どしたのシャリア?」
「上の浴槽に浸かってから『木動』すれば良いのではないのでしょうか?」
「………………」
「………………」
そーじゃん。至極ごもっとも。
上の浴槽の縁にも木動の窪みがある筈だ。そっちで動かせばいい。
「シャリアナイス、今度からそれで行こう」
「はい」
んな事している間に、展望浴槽に到着。ナスタのバリアーが効いているので、寒さは全く感じない。
「ほえ〜!」
「……凄いです……」
満天の夜空を見上げて、感嘆の声を上げる2人。
(……こりゃすげえわ)
アスガンティアにはスモッグが殆ど無いので、星の灯がよく見える。それどころか、カラフルな星雲まではっきりと視認出来た。
「……ノーイルが憧れるのもわかるな……」
「そうだね」
――天文学者:天体を観測し研究する者。
星には興味が無いし、知人親戚にも居ないから詳しくは知らないが、前の世界では多分こんな立ち位置なんじゃないかな?
(でも、アスガンティアの天文学は違うんだよな)
アスガンティアでは、星を『神の眼』と別称する。
ノーイル曰く、『真実の眼』を見出す為にリンリャスが提唱した学問なのだとか。
(お偉いさんの考える事はわからんなぁ……)
んなもん見つけてどうすんだ?
(……ま、気持ちはわかるけどね)
なんて事はない、ただの『浪漫』だろう。
憧憬や賛美などの、好意的かつやや狭窄じみた思想のカタチ。凝縮された感情の受け皿。
理も欲も得も含まない。情の熱だけで動く非合理の究極。
人間だけが持ち得た『芸術』の原点。それが浪漫だ。
芸術大好きな俺としては、全力でノーイルを応援せざるを得ない。
「御主人様、湯が温まりました」
「うん?……あ、ゴメン。有り難う」
技師達の意見を採用した結果、お湯を上に通す管も不要となった。屋根を、丁度見張り塔を隠す様に持ち上げる事で、覗きの懸念は完全に解消されたからだ。
目隠しの噴水? 要らねーだろ、って事である。
代わりに展望浴槽の縁には、紋章陣の窪みがずらりと並んでいる。
『増熱』『鎮熱』『浄化』『風穴』と『木動』の上昇と下降。
あと『造水』、水を造る紋章陣だ。アスガンティアまじチート。水不足の懸念が無いとか大概である。
「いっちば〜ん!」
リリアが元気に浴槽へダイブして行った。
「俺達も行こうか?」
「はい!」
wikiより:『Q.E.D.』
数学、哲学などにおける Q.E.D. はラテン語の『Quod Erat Demonstrandum』(かく示された)が略されてできた頭字語。証明や論証の末尾におかれ、議論が終わったことを示す。
ただし現代の数学において Q.E.D. はほとんど使用されていない。(へ〜)
ちなみに、英語だと『Quantum Electro Dynamics』(量子電磁力学)の略になるみたいです。(ほ〜ん)




