『王子と騎士の物語』
跳ね橋を渡ってから馬車は右に曲がった。
頭に叩き込んだ図面によると、この先の左手側、家の角の部分に馬房があるらしい。
そろそろ止まるかな〜と身構えていると、俺の予想に反して馬車はノンストップで進み、そのまま家の中に突っ込んでいった。
……一般邸宅のスケールでは無い。
(…………もう深く考えるのやめよう)
アスガンティアの常識は俺の想像を遥かに越えるらしい。考えて抵抗するより、受け入れて流される方が楽だ。どうにでもな〜れ。
「とうちゃ〜く!」
「はい、お疲れ様でした」
リリアの号令に合わせる形で馬車が止まった。色々と諦めつつ御者台から降りて、ゆっくりと中を見回してみる。
「……ほほう」
其処は馬房というより荷下ろし場&倉庫と言えるような場所で、木箱やら段ボール箱やらが随所に積み上げられていた。
右手側に馬を繋ぎ止める場所が設けられているらしい。シャリアが馬を連れてそこに向かった。
「ソシエちゃん、これなぁに?」
「……それは衣類ですね。後で二階の衣装室に運びましょう」
珍しげに積荷を検分していくリリア。
馬を繋ぎ変えながら答えるシャリア。
キョロキョロと忙しなく駆け回るトリア。
手持ち無沙汰で惚ける俺。
……せっかくの我が家だというのに、我が家感がいまいち湧いてこない。途中から気分は観光である。
「何一人でボサッとしてんの?」
人目が無くなったからだろう。ナスタが俺から出て、ふよふよと段ボールの山の前を空中遊泳していた。
(そういや、あるんだよな……『段ボール』)
異世界に於いて、資金源として不動のポジションをキープし続ける段ボール師匠。
アスガンティアには大層昔から姿を見せていたらしく、俺が改めて紹介あそばせる余地は無かった訳だが……。
(………………)
この三ヶ月の間に色々と話を聞いた。
出来れば本でしっかり調べたかったが、引っ越し時の邪魔になるので収集は控えた。
書籍の類いはナスタがランフェスに色々と発注かましたらしいし、本格的な調査はそれからでもよかろう、という考えもあったので、裏付け的な事は何一つ進んでいない。
……が、現段階で推測出来ることが一つ。
『王族、或いは中央に関与出来る位置に転生者が居る』。
アスガンティアには『流行は中央から生まれるもの』という認識がまかり通っているのだが、聞いた話だと微妙にニュアンスが異なる。
流行の発信源ではなく、『既存にない有用な知識・技術・規則の提供者』と評する方が、王族に対して正鵠を射た表現になるだろう。
――紙、書籍、文具、工具、段ボールなどなど。
――農耕、調理、鍛治、建築、縫製などなど。
――文字、数字、記号、暦法などなど。
上げ始めればキリが無いほど前の世界と酷似した知識や技術の片鱗。これらは王族から各領へと公開、或いは提供され、その源泉は『神託によって授けられる』そうだ。
……実に胡散臭い。
俺が実際に転生しているし、話もしたから実在は間違いないが、神様自身がこの世界への直接的な関与を否定していた。
もし、神託なんてもので介在が可能であれば、俺を転生させてどうこうと画策する必要など無い。王族は既に情報の発信源として揺るぎない位置にあるのだから、変革なり救済なりと望めばやりようは幾らでもあるだろう。
……神の関与は否定される。
なら、提供者は『誰だ?』。
前の世界から転生した人物が、神の存在を利用してアスガンティアにこれらの知識を流布したというのが、一番しっくりくる。
……んだけど、
(……消される筈だよな?)
転生時の障害になるので、魂に色を付けるうんたらは消去すると言っていた……と思う。
これを回避する幾つかのケースが想像出来るが、想像止まりだ。確証にはとても届かない。
(ま、俺も名称が抜け落ちてるだけで知識の方は残ってるから、そっからサルベージすればいいだけの話かな?)
知識譲渡&技術供与は然程でもない。試行錯誤が叶う予算と環境が整えば、俺でも幾らかは再現出来るだろう。
(……そう。名称が消されても、根幹の部分が曖昧でも、残ったものを地道に繋ぎ合わせれば再現出来る……問題は『時間』……)
王族から市井に提供されたものは多く、それは大昔から連綿と続けられてきた行事であるらしい。
(……特性かな……やっぱ)
人間の寿命は頑張っても100年。転生先がエルフだったとしても200年が限界。一人ではまるで足りない。
……でも、複数の転生者が引き継ぎながら王族に協力してきたというのも、ちょっと考え難い。
『五人の内の誰かが特性で『永遠』を望んだ』
……俺の視点だと、これが一番有力。
(……大丈夫なのかな?)
永遠なんて苦行だ。俺には耐えられないし、考えたくもない。
〔ある国に、二人の青年がいた。〕
〔一人は王子で、もう一人は騎士。〕
……だったかな? 王子と友誼を交わし合える位置に居たから、たしか庶民では無かったと思う。
〔その二人は自国を愛し、繁栄と発展に身を窶す事を互いに誓い合った。〕
〔……そして、とある森で、二人は魔女に呪いを受けた。〕
…………本気で覚えてないなぁ……何でだっけ? まあいいや。重要なのは次からだから。
〔王子は1000年を生きる呪い。〕
〔騎士は1000年を眠る呪い。〕
〔1000年も眠り続けたら何も出来ない、と悲嘆にくれる騎士に、王子は約束を交わす〕
〔一人でも力を尽くすと、〕
〔この国を1000年の先まで守り続けると、〕
〔1000年後に再び会おうと、〕
〔王子は宣誓し、騎士と再会の約束を結ぶ。〕
〔……そして、1000年。〕
〔騎士は目覚め、山と川の位置から自国を割り出し、探し求めて、やがて辿り着く。〕
〔其処には1000年の時を経て、尚存続する自分の愛した国がしっかりと残っていた。〕
〔感涙に咽び泣く騎士。約束を果たす為に、真っ直ぐに王城へと向かう。〕
……色々端折ったが、騎士はこの後、国の家臣達から王子の顛末を聞かされるのだ。
――100年。
多くの後継者の中から、王子は見事に王位を勝ち取った。
武に、知に、勇に優れ、義を重んじる王様は、国を盤石なものへと導いた。
――200年。
自国の開墾を終え、治政も安定した頃。
更なる発展の為か、王様は近隣諸国へ宣戦を布告。
長い戦乱の時代が始まる。
――300年。
勝利を収めた王様は、奪った領土の支配をより強固なものとした。
総督に自身の系譜を送り込み、決して裏切らぬようにと籠絡する。
色に溺れ、食を貪り、贅を積み上げ、民に圧政を強いた。
――400年。
全てを手に入れ、頂点に君臨してから、およそ100年。
早朝の玉座、毒の入った容器とともに王の遺体が発見された。
その突然の死に誰もが凶手の存在を疑ったが、遺体に動かされたような形跡は無く、果実酒とグラスが側にあった事から、『自ら毒を呷ったもの』との判断が下された。
……王は自害したのだ。
騎士との約束も、あれだけ愛していた国も見捨てて、自らその道を閉ざした。
……何処で読んだかは覚えていない。そもそも本ですらなかったかも知れない。
面白かった? と聞かれれば、つまらなかった、と答えるだろう。結末も覚えてないし。
……ただ、『残る』作品だったとは思う。
永遠や不老長寿、延命などの単語を見る度に、何故かこの話を思い出すのだ。
――約束を交わし、
――願いのままに突き進み、
――欲望に負けて、
――自ら幕を引いた。
……それだけの話。
人の願いか、或いは願望か…… その手の創作物に、長命種族は必ずと言っていいほど登場する。
――600歳のエルフ。
――1000年を生きた魔王。
――万の年月を見続けた竜。
一行にすら満たない文字で描写されるこれら。非難するつもりは無いが、見る度に軽いと思う。
『人間の理性は400年と保たない。』
300年も厳しいだろう。頑張って200年くらいか? 人生をマラソンに喩える事があるが、実に的を得ていると思う。
……疲れるのだ。人間が生きるという事は。
「趣味〜」とか、「生き甲斐〜」とか、そういう次元では無い。純粋な時間の経過。これに理性を保って挑み続ける事が難しい。
理性とは突き詰めれば、己を律し、道徳を尊重する思想の事だ。欲求を制し、他者を認める心情の在り方と言い換えてもいい。
それは環境の中で育まれる。人間の社会では特に顕著で、理性を持ち得ない同族は基本的に許容されない。
人の営みの中で確実に育つ。
時間をかけて成長していく。
本能を否定し、欲求を制御し、多の他の為に自我を鎮める考え方。思想。概念。
理性が時間の果てに辿り着く場所。
――『無我』。
……普通なら保たないだろう。辿り着けたとしたら、それは人間とはかけ離れた別の何かだと思う。
もし、不老不死のような永遠の存在があるとすれば、それは生存本能・欲求のみで行動する動植物のような、最初から理性を持ち得ないものに限られるだろう。
理性があれば、その永遠の時間の重圧に耐えきれず、必ずどこかで自害を選択する筈だからだ。
理性をよすがとする人間が、
『100年以上の時間に挑むなど無謀でしかない。』
『100年以上の長寿を望むなど愚かでしかない。』
……だから、心配だ。
想像もせずに漫然と『永遠』を求めたのであれば、
転生者が『特性』でそれを得てしまったのならば、
……きっとどこかで壊れるだろうから。
「――アーリスッ!!」
「にょふぉうっ⁉︎」
気付けば、超至近距離にナスタが居た。
「いつまでボーッとしてんの? 庭園に行くんでしょ?」
「そうでした!」
段ボールから随分と派手に脱線したものだ。無駄思考乙。
早く素敵ガーデンを見に行こう。




