『マイホーム』前編
アスガンティアの暦は前の世界と類似点が多い。
類似しているというだけで全く同じという訳では無いが、それでも俺の常識の範疇に収まる範囲なので、馴染み易くてマジで助かる。
まず、1年は365日だ。
そして、1月が30日。
曜日は『火水木風土』の順に巡り、5日で1週間。
つまり、1ヶ月6週間になる。
綺麗に割り切れるので、前の世界と違い、曜日の途中で月が変わったりしないのだ。
(日付と曜日が完全に一致する辺り、こっちの方が優秀じゃないか?)
十二月だけ31〜35と余剰の5日間が追加され、この間を『暦代わり』と呼ぶ。
そして、4年に一度の閏日は、この暦代わりの最後に加わり、アスガンティアでは『無日』と呼んでいるらしい。
(まんま太陽暦なんだよなぁ)
……まあ、アスガンティアの動物や植物の在り方を考えれば、自転・公転などの天体運動と、外気温に直結する日照時間に、前の世界と大きな差異が無いのは至極当然と言える。
――生物は環境に適応する。
気温、湿度、風土、陽光の量や時間、外敵の存在、捕食の術、住処の場所。
新天地でも目指さない限り、基本的に環境は変えられない。
だから自身が変わる。
適した形へ進化する。
……要するに、異なる環境下ならば、進化の方向も自ずと変化し得るという事だ。
前の世界とアスガンティアの環境に大きな違いがあれば、生態系全般への影響も否定出来ない。動物や植生に大きな差異を感じない点からも、この星の自然環境が前の世界と近似の位置にあるのは明白だろう。
(もし、日照量とか時間とかが違う世界があったら、異世界どころか別世界だな)
太陽や太陰が意味もなく2つ3つあるとか、大陸が何か不思議浮遊してるとか。浪漫は大いに感じるが、そんな環境で生息する生物が真っ当な系統樹を描くとは思えない。少なくとも、俺の脳味噌で想像出来る範疇には収まらないだろう。
(SFチックなクリーチャーが蔓延ってるような世界でなくてホントに良かった。有難うアスガンティア)
閑話休題。ちょっとアレンジされた太陽暦からの考察は置いといて、アスガンティアの年月日は兎も角、年度の数え方には問題がある。
アスガンティアでは陽暦と陰暦を交互に繰り返す。
前の世界の太陽暦や太陰暦という意味では無く、暦代わりを挟んで陽暦から陰暦、陰暦から陽暦へと年の呼び方が変わるのだ。
今年は陰暦なので、来年は陽暦。
……終わり。これだけなのである。
(いや、数字があるんだから数えろよ⁉︎)
過去に執着しないアスガンティア人。歴史への造詣も低いらしい。
明確な決まりが無いので、各々の領で好き勝手にカウントしているようだ。因みにこれを『領暦』と言う。
フロードは開拓から領暦の数字を重ねてきたようだが、領主が代替わりする度に1から数え直す領もあるらしい。そんな虚栄心要らない。
……とまあ、何故、俺がいきなりこんな事を考え出したかと言うと、
「アーリス〜、馬車の準備出来たよ〜」
(――よっしゃ!)
〈ガタッ!〉
――フロード領暦760年、陰の暦、文月の頃、四つ巡る風の日。
今日がマイホームの完成日で、身支度しながらカレンダーを眺めていたからなのだ。
「オーケーだ、行こうか諸君!」
「おー!」
「み〜!」
リリアとトリアを連れて仮宿を出る。後日管理の人が掃除とか内装のチェックを行うので、鍵は開けっ放しで良いらしい。
「ご主人様」
「シャリア、行ける?」
「はい、こちらへ」
先導に従い馬車の中へ。荷物はもう運び込んであるので、移動するのは住人と最後の手荷物だけだ。
乗り込むのはセベックから購入した馬車。
……そう、『マイ馬車』である。ふっふっふっ。
パワフルな二頭引きもそうだが、特徴はその内装にある。なんでも移動手段としてだけで無く、中での会談を可能にする程の快適性を追求したのだとか。
んな無茶な……と思っていたが、言うだけあって本当に快適だったりする。果実水美味しいです。
面白そうなので色々聞いたが、車輪とスプリングにかなりの創意工夫が施されているそうだ。振動を抑制し、馬に掛かる負担を軽減しないと、内装に拘る事も出来ない、と胸張って蘊蓄された。なるほろな。
もっとも、紋章術という素敵パワーが使われているという下りで興味は失せた。構造に対する力学的着想の話は期待出来そうもない、と察しが付いたからだ。
(ま、購入に踏み切ったのは『ドア』の方だけどね)
一般の馬車は御者と客席の場所が分かれる物だが、この馬車は違う。中の扉から双方に出入りする事が可能だ。
会談を視野に置くとなれば、秘匿性も考慮しなければならない。御者は身内、出来れば従者である方が好ましい。
……が、従者は護衛を兼任する。主人から離れて御者台で轡を振るうのは、その役割から離れた配置になる。
そこで、この扉である。室内と御者台を繋ぐスライド・ドア。これなら従者も大満足……とまではいかないが、外から回り込むよりかは遥かに対応し易いだろう。
(ぶっちゃけると、俺が御者台に乗ってみたかっただけなんだけどね)
運転席は男の憧れだというのに、シャリアが許してくれないのだ。
そんな訳で、購入という強行手段に踏み切った次第である。走行の度にマナを消費するという話だったが、素力変換の使い手である俺の気にする所ではない。御者台超乗ってみたいし〜。
と、そんなこんなで走行より十数分。郊外へ出たのを確認した俺は、いそいそと御者台へ移動した。
「御主人様?」
「見学に来ました!」
「あたしも〜!」「みー!」
全乗員が御者台の方へムーブかましたので客席には誰も残っていない。テラワロス。
困ったように苦笑しながら横にずれるシャリア。遠慮なく隣りに座って、闊歩する馬のお尻を眺める。
(綺麗な毛並みだな〜)
茶色い葦毛がキラキラと輝いてらっしゃる。ゆっさゆっさと揺れる尻尾に、そこはかとない愛嬌を感じた。馬房に入ったらブラッシングしてあげよう。
「あ! 見えてきたよ!」
リリアが後ろから俺の肩に手を当てて、はしゃぎながら前方を指差した。頭にリリアぱいが乗っかってるんですけ……ど……?
「……へ?」
眼前に広がる未開拓の平原。街道の先、リリアが指差す方向。
視察で来た時には何も無かった其処に、柵で囲われた雑木林のようなものがデデンと生えていた。
「ナニアレ?」
「アーリスのお家、あたしの所よりおっきいね!」
「……そーね」
川から水を引き込んで堀を造る的な話は聞いていたが、その周囲に植林かまして柵で囲う的な話は聞いていない。
……マイホームは俺の知らぬ間に大豪邸へと変貌を遂げていた。
旧暦一覧
旧暦=呼称 :別称
一月=睦月 :正月、祝月
二月=如月 :梅見月、令月、初花月、次郎月、
木芽月、小草生月、雪消月
三月=弥生 :花月、桃月、桜月、花咲月、
花見月、夢見月、雛月、禊月
四月=卯月 :植月、卯花月、夏初月、立夏、
始夏、花残月、清和月、正陽月
五月=皐月 :早苗月、稲苗月、菖蒲月、橘月、
啓月
六月=水無月:季夏、松風月、風待月、涼暮月、
蝉羽月
七月=文月 :七夕月、親月、女郎花月、文招月、
穂含月
八月=葉月 :落葉月、桂月、初来月、穂張月、
月見月
九月=長月 :菊月、夜長月、紅葉月、稲熟月、
稲刈月
十月=神無月:神去月、初霜月、時雨月、雷無月、
大月、陽月、鏡祭月、鎮祭月
*各地の神様が帰ってくるので、出雲に限り『神在月』。
十一月=霜月:霜降月、霜見月、雪待月、雪見月、
暢月、神楽月、神帰月
十二月=師走:極月、臘月、暮来月、春待月、
梅初月、窮月、除月
……別称がこんなにあるとは知らなんだ。




