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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

グリム・インストーラー


 彼は後悔している。

 ふとした時、毎晩寝る時、何度も何度も『何故あんな物を』と繰り返し後悔する。


 発明を思いつき、製作に1年を費やした。そして、彼女に使用した瞬間の光景が何度も脳裏に蘇るのだ。






「これでアシュリーが少しでも楽になってくれれば……」


 彼が両手で抱える箱の中には己で発明した新型の機械が入れられている。

 無数の歯車で構成された機構と精霊石という動力源を備えた金属製のヘッドギア。


 彼はそれを持って、研究所に併設された病院棟を訪れていた。

 目的の部屋の前に到着すると手馴れた手つきで病室のドアを開ける。


 白く綺麗に磨かれた壁、透明度の高いガラスが取り付けられた窓。

 窓から射し込む陽の光に照らされた室内に設置されたベッドで眠る、たった一人の愛する家族。


 寝ている少女の容姿はとても整っており、肩に掛かる程度伸びた金髪の髪は綺麗に切り揃えられている。


「アシュリー。起きているかい?」


 いつもと同じ、彼が病室を訪れた際に最初に問いかける言葉。


「………」


 しかし、彼女からの返ってくるのは沈黙。

 彼女が眠ってから2年間、返ってくるのは沈黙だけだ。

 

 彼女が2年間も眠り続けている理由。それは謎の奇病とされている『永眠病』というモノを患っているからだ。

 この奇病は50年前から現れ始め、年に片手で数え切れるだけの人数が発症する。


 発症すれば最後、死ぬまで眠り続ける恐ろしい病。

 数々の医者が臨床試験や新薬を試すも完治せず。


 家族の同意を得た人体実験を行った、などという噂もあったが未だ治療法の発見には至っていない。


 この病室で眠り続けるアシュリーも医者からは目覚める事は無いと診断されているが、諦めきれない彼はいつもこの言葉を投げかける。

 沈黙しか返ってこない、と心のどこかで思いながらも「もしかしたら、明日には、きっと明後日には」と何度も何度も先の未来に希望を抱いてしまう。


 彼は目を伏せて深呼吸をし、気持ちを切り替えてから再び瞼を開けた。


「今日はアシュリーの為に機械を作ってきたんだ」


 ベッドの隣にあるサイドテーブルの上に持ってきた箱を置き、中身を取り出す。

 中から取り出したのは金属製のヘッドギア。


 ヘッドギアにはケーブルが数本生えており、先端にシール型のパッチが取り付けられていた。


「これは睡眠学習用のヘッドギアを改良した物でね。寝ている間、夢を見せてくれるんだ」


 彼女の頭のサイズに合うよう丁寧に作られたそれを装着し、ケーブルの先端にあるパッチを彼女のおでこやこめかみに貼り付ける。


「アシュリーが言っていたのを思い出したんだ。眠っていても大好きな物語の夢を見たいって言ってたのをね」


 彼女がまだ起きていた(・・・・・)時、夜眠る前に毎日物語を読んでくれとせがまれた。

 大好きだった物語の名は赤ずきん。


 赤い頭巾を被った少女が病気の祖母の家へお見舞いに行き、少女と彼女の祖母を食べようと企む悪い狼を少女が勇気を出して撃退するという内容。

 アシュリーはこの物語が大好きだった。


 特に好きだったシーンは、後半部分。

 悪い狼は赤ずきんの祖母をクローゼットに押し込み、祖母に成りすまして赤ずきんの少女を食べようとするのだが、赤ずきんは悪い狼の正体を見破った上に祖母の家にあったバールのようなモノで悪い狼をやっつける部分だ。


『私も赤ずきんの少女みたいに、お兄ちゃんが狼に襲われたら助けるわ!』


 さぁ、そろそろ寝なさいと言って本を閉じれば――


『寝ている時、夢の中でも物語が読めたら良いのに』


 そんな事を言いながら笑顔を浮かべていたのが懐かしく思えてしまう。

 彼は少し涙ぐみながら持ってきたヘッドギアをアシュリーの頭にセットした。


 彼は懐から研究所の最新技術であり、未だ限られた者しか持っていない『記録カード』という物を取り出してヘッドギアに挿入する。

 記録カードの中身は勿論、彼女の好きな『赤頭巾の少女』の物語だ。


 ヘッドギアのスイッチをオンにすると動力源の精霊石が発光し始め、精霊石の力によって記録カードの中身が読み出される。

 読み出された記録はヘッドギアのケーブルを通り、アシュリーの脳の中へ吸い込まれていった。


「せめて、夢の中では好きだった物語を楽しんでくれ……」 


 彼は愛しい妹が起きる事を願っている。

 しかし、心のどこかでは半ば諦めてしまっているのだ。


 そんな思いが芽生える程に彼は絶望し、疲れ切っていた。

 眠る少女とそれを見つめる兄。


 見つめる先の妹が永遠に目覚めないという事実を隠せば、平和な家族愛に溢れた1ページに見えるだろう。

 だが、少女は目覚めない。これからも、ずっと。


 零れ落ちた一筋の涙を服の袖で拭い、愛しの妹の髪を撫でる。


 ベッドの横にある椅子に座り、ヘッドギアから漏れる精霊石の光を見ていると病室のドアがノックされた。

 どうぞ、と部屋の中から返すと現れたのは彼の研究室に所属している研究生の1人だった。


「ケビン博士。そろそろ学会の時間なので呼びに参りました」


「ああ、ありがとう」


 彼――ケビン・オーウェンは最後にチラリと妹のアシュリーの寝顔を見て病室を後にした。


 この日の夜。


 彼女の妹、アシュリー・オーウェンは病室から姿を消した。

 

 病室に残っていたのは看護師の惨殺死体と何者かに改造されたヘッドギア。

 ヘッドギアの中に装着されていた記憶カードの中身はケビンの用意した物とは違う『初版:赤頭巾の少女』という別物であった。



-----



 ダグラフト帝国 トーラス市内


 買い物客が行き交う市場の外れ、一般市民が好んで住むような物件なんぞ存在しない古い建物が並ぶ街の奥にあるブロック。

 この街は比較的治安の良い街であるが一部に悪の吹き溜まりが存在する。


 悪の吹き溜まりは旧市街と呼ばれるスラムのような場所であり、チンピラのようなガラの悪い連中や法を犯した者が紛れるにはうってつけの場所。

 その場所に続く路地をこの街の人々は裏路地と呼ぶ。


 古く老朽化の進んだ建物と建物の間、陽の当たらない通路。善良な一般人など全く近づかない。それが旧市街へと続く裏路地。

 そんな裏路地の入り口に、真夜中でありながらチョコンと少女が座っていれば誰もが目を疑うだろう。


 穴の空いていない黒いパーカーを着用し、黒いフードを被って、膝を抱えながら座って膝に顔を伏せている。

 足元は革製の靴を履いている少女はどう見てもスラムにありがちな『不幸で貧乏な少女』とは思えない。


 そう思ったのは、たまたまそこを通りかかった市街警備隊の隊員の男も同様であった。


「お嬢ちゃん。こんな所にいてどうしたんだい? ここは危険だよ」


 小さな精霊石の光を使うランタンを持った隊員は立ち止まった道の真ん中から、ランタンの光を少女に向けながら声を掛けた。

 しかし、彼女は光を向けられるとスッと立ち上がり、そのまま裏路地を歩いて行ってしまった。


「おいおい。家出少女か? 勘弁してくれ……」


 最近、帝国で流行っているらしい貴族家庭の子供による家出。

 帝国帝都で家出した大貴族の娘が悪い男に殺害されたという事件もあり、家出したと思われる子供を見たら『見つけ次第即時保護せよ』と城からお達しが来ていたのを男は思い出す。


 トーラス市にいる貴族の数は少ないが、ここで見て見ぬフリをして少女が翌日に冷たい遺体になって見つかりでもしたら、自分どころか警備隊全体に雷が落ちる。

 男は「減給だけは勘弁してほしい」と思いながら暗い路地の中に足を踏み入れた。


 コツコツ、と老朽化し所々割れている石畳の道をランタンで照らしながら歩き、腰に吊るしたホルスターにある銃を手で触りながら慎重に進む。

 お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、と声を掛けながら路地を進むと家と家の間にある中庭のような、やや広い空間に出た。


 警備隊員の男がランタンで周囲を照らすと左側にあるレンガ造りの建物の壁に少女は寄り掛かっていた。

 だが、1つ先程と違う点がある。


 黒いパーカーを着た少女を追っていたが、寄り掛かっている少女は赤いパーカー(・・・・・・)を着て赤いフード(・・・・・)を被っていた。


「君はさっき入り口にいたお嬢ちゃんかい……?」


 ランタンを少女に向け、問いかける。


「ええ。そうよ。お兄さん、私を追いかけて来たの?」


 警備隊員の問い掛けに対し、少女らしい可愛い声音が返ってくる。


「ああ。そうだよ。ここは危ないから戻ろう。家まで送って行くよ」


 ランタンを掲げ、少女の顔を見ようとするが赤いフードの中は見えない。


「でも、知らない人に着いていったらダメって言われたわ。知らない人は()だから、着いて行ってはいけないって言われたわ」 


「狼……? 私は警備隊員だ。さぁ、危ないから早く行こう」


 男は狼とは何の事だ? と疑問に思うが、それよりも早くこの悪の吹き溜まりに続く道から離れたいという気持ちが強い。

 

「証明して? 狼じゃないって証明して? じゃないと私は行かないわ」


「証明? 警備隊員のプレートを見せればいいかい?」


「ううん。違うわ。こうするのよ。こうするの」


 そう言うと赤いフードを被った少女の姿が一瞬、ブレる。

 そして、次に聞こえたのはシュッという風を切る音と周囲を照らしていた光が消えた事だけ認識できた。


「えっ――」


 警備隊員の男は何が起きたのかはわからない。

 だが、目の前を照らしていた光が何故か足元にある。


 足元に顔を向けると、地面に転がっていたのはランタンを握る自分の腕だった。


「あ、あ、ああああ!!??」


 転がっている自分の腕を視認すると、腕が生えていた場所がマグマのように熱くなる。

 まだ生えている手を伸ばして熱い場所を触ると、ぬるっとした液体の感触が手に伝わる。


「何だ!? 何なんだ!? あぎっ!?」


 何が起きたのか分からず、混乱していると警備隊員の男はバランスを崩すように地面に倒れた。

 倒れた衝撃と切断面から発する熱さで顔を顰めるが、伏せていた瞼を開くと見つけたのは自分の片足。


「ああ、ああああ!?」


 腕が落ち、足も落ちている。何が起きているのか未だに理解できない。

 すると、頭上から聞こえたのは少女の声。


「ああ、ダメだわ。まだわからない。狼か、わからないわ」


 声の元へ顔を向けると、赤いフードの中にある頬に返り血を付着させながら愛らしく笑う金髪の少女。

 彼女は手に持った包丁を口元まで運び、ペロリと血を舐めた。



-----



 この世界で最も大きい国はダグラフト大陸にある。名はダグラフト帝国という。

 その昔、大陸にあった国々を持ち前の軍事力で侵略して大陸統一を図った軍事国家。


 様々な国を呑み込んで大きくなったこの国は、人種差別や奴隷制度といった暗い過去も存在していたが今では平和そのもの。

 30代も続く皇帝の血族が安定した政治と治安を提供する大国となった。


 別大陸では未だ国同士の戦争が続けられているようであるが、別大陸からの侵略を受けた記録はここ250年以上存在しない。

 その理由は周辺国のを呑み込みながら高めていったダグラフト帝国の持つ高い工業力と軍事力。


 元々帝国のあった地には豊富な天然資源が埋蔵されていたという事もあるが、この世界でいち早く『工業技術』という技術を取り入れ、天然資源を有効活用し始めたのが大きい。

 周辺国の製鉄技術が甘い時代に帝国は既に技術を確立させており、戦争に使用する武器や兵器が敵国よりも数段上。


 更に、そんなイケイケな帝国が次に手にしたのは精霊石という奇跡の石の存在。

 

 この世に魔法は無い。

 だが、魔法の一歩手前――奇跡のような事象を起こす石が精霊石。


 精霊石は内部に万能的なエネルギーを貯め込んだエネルギーの結晶体と言われ、産出されるのはダグラフト大陸内のみ。

 このエネルギー結晶体をいち早く実用化したダグラフト帝国は、精霊石を機構に取り込んだ機械兵器を開発。


 強力な機械兵器を手に大陸内を統一し、別大陸からの侵略も跳ね飛ばす大国となったのだ。

 大陸統一を成す一番の要素となった機械兵器を生み出す為に使用される学問『機械工学』は兵器開発だけでなく、今や一般市民の使う生活用品にまで及ぶ。 


 ケビンの所属する帝都随一の研究機関。ダグラフト帝国第1機械工学研究所も兵器から生活用品まで様々な物を生み出す為の研究施設だ。

 その研究施設の最高責任者(所長)であり、帝国の魔女と呼ばれた女性――ヒルダ・カーマインの部屋にケビンは呼び出されていた。


 ノックした後に入室すると、部屋の奥には大きな窓。壁には壁に沿ってビッシリと配置された本棚。

 部屋の中央にはテーブルとソファーが配置されているが、テーブルの上には食べかけのテイクアウト料理が入った紙箱とフォーク。

 

 ソファーの上には彼女の脱ぎ散らかした洋服と下着が惜しげもなく散乱していた。


 部屋の奥にある窓の前にはヒルダの執務机があり、彼女はいつも通りのヨレヨレの私服の上に白衣を纏いながら執務机にある書類を左右に分けていた。

 彼女はケビンが入室するとメガネを掛けた顔を向けて、名の通り赤く長い髪を耳に引っ掛けながら口を開いた。


「ケビン。ああ、椅子には座らない方が良い。どうせ私の話を聞けば立ち上がる」


 彼女の言う通り、執務机の対面に用意されていた椅子に座ろうとしたケビンであったが、何故か椅子を用意したであろう彼女自身に止められた。

 じゃあ何の為に用意したんだ、と普通の者は思うだろう。

 

 だが、彼女と付き合いの長いケビンは特に気にした様子もなく言われた通りに立ったまま話を聞く事にした。 


「君の妹。アシュリーがトーラス市に現れたよ」


 その一言にビクリ、とケビンの体が反応した。


「では……」


「ああ。いつも通りの手口だ。これが詳細」


 ヒルダは手元に置いてあったファイルをケビンに差し出す。


「現場には市街警備隊員の惨殺死体。他3件の事件と同様に被害者は血抜き(・・・)されていた」


 ヒルダの口から事件の概要を聞きながら、ケビンはファイルを開く。

 中には検死報告書と現場の映像が記録された記録カード。


 ケビンはスーツの懐から記録カードの読み取り機である『リーダー』を取り出した。

 成人男性の手と同じくらいの大きさであるリーダーに記憶カードを挿し込み、スイッチをオン。


 リーダー側面にある歯車をカリカリと回すと、正面に取り付けられた薄いガラス版に記憶されている現場の様子が再生された。


「………」


 ケビンは再生された現場の様子を睨むように見つめる。

 彼の見つめる現場は他2件と全く同様だった。


「アダム警部には既に話は通してある。彼とトーラス市の支局で合流したまえ」


「所長。何で毎回助けてくれるんですか?」


「君の発明品にゴーサインを出したのは私だ。何者かに改造された(・・・・・・・・・)とはいえ、君が責任を負うというのであれば上司である私にも責任があるのさ。それに……この件を城に知られれば研究所の存在も危うくなる」


 貴方の責任ではないだろう、問題を起こした部下など切れば良い。それが正論であり、正しい判断だとケビンも思う。

 だが、ケビンは現状誰かの助けを得て解決に当たるしかない。


 特に『権力者への顔が利き、警備隊にまで手を回せる程』の権力を持つ者からの協力は必要不可欠だ。


「すいません……所長。ありがとうございます」


「ああ、気にするな。可愛い弟子よ。昨今溢れる甘えん坊達に比べて、失敗しても己の尻を己で拭う気概を見せるのであれば、私は止めないし協力を惜しまないよ」


 そう言って、ヒルダは長い髪を耳に掛けながらニコリと笑う。

 ケビンはもう一度彼女に礼を言ってから退室していく。


 ヒルダは退室して行くケビンの背中を見つめながら執務机の上で頬杖をつく。


「私には責任があるんだ。そう。責任が、ね」


 ヒルダはそう小さく呟いて、ケビンには見せていない別のファイルを空いている手で開く。

 中にある報告書2つ。


 どちらも赤字で『極秘』の文字が添えられてあり、題名は『黒魔術組織による犯罪報告書』『精霊石の産出状況』と書かれていた。


 


-----



 トーラス市は帝都から西方向への列車で2時間の地域にある。

 他の地域に比べればまだまだ発展の余地があり、トーラス市から少し離れれば長閑な田舎風景が見られるような地方都市だ。


 都市周辺では果実園や野菜畑が広がり、帝都周辺にある機械を生産するファクトリー都市とは違って食糧生産に力を入れた色を持つ地域。

 帝国内に流通する食料の30%がこの地域から出荷される為、地方都市と言っても地方行政が潤っていないわけでではない。


 主な特産品は帝国民が愛して止まない『ブドウ』である。

 ワインにして良し、冷やして食べて良し、加工してデザートにして良し。


 トーラス地方で毎年作られるブドウは質が良く、皇室献上品としても扱われる程だ。

 帝国内に数多くある食料系量販店でもトーラス市産のブドウは他の地域の物に比べて桁が1つ違う。


 普段は平和で長閑なトーラス市の列車の発着場にある柱に寄り掛かる男は、スーツの胸ポケットから懐中時計を取り出して現在の時刻を確認した。


 男の風貌はヨレヨレのスーツに手入れをしていない顎ヒゲ。

 ネクタイは緩みっぱなしで口には火のついたタバコを咥えながら、次の列車で到着するであろう同行者を待っていた。


 待つ事10分。


 ピー、と駅員が首からかけている笛を鳴らし、利用客に列車の到着を知らせる。

 男の目にも駅のホームに減速しながら入ってくる列車が見えた。


 列車は所定の位置にゆっくりと停まると、ブシューと音を立てながら精霊エンジンに篭った熱を外に蒸気として噴出。

 次に列車のドアが開くと列車からはアリの行列のように人が姿を現した。


 その行列の中に目的の人物を見つけた男は、寄り掛かっていた柱から背中を離して腕を軽く上げる。


「おおい。ケビン博士。こっちだ」


 スーツ姿のケビンは片手に大きめなトランクケースを持っていて、列車を降りたばかりのケビンも馴染みの声に気付く。足を止めてから顔を声の方向へ向けた。

 声の主が分かると、彼は小走りで男へ駆け寄った。


「アダム警部。支局で合流だったのでは?」


「いや、支局の奴等が現場に出向いていてな。直接向かおうと思ったんだ」


 その考えがあって、アダムは駅でケビンを待っていたと言う。


「そうでしたか。すいません」


「いや、構わんよ。外に車を停めてある。早速向かおう」


 2人は駅の出入り口へ向かう。

 アダムは入場券を駅員に見せ、ケビンは列車の切符を手渡した。


 駅の外に出れば、ぐるりと商業施設で囲まれたロータリー。

 アダムの先導で向かう先、石畳みで舗装された道路の上に丸みを帯びたボディの車が停めてある。 


 アダムがカギを開けると運転席に座り、ケビンは「失礼します」と言ってから助手席に座った。

 運転席のアダムが車のキーをハンドルの下にある挿入口に挿し込み、ガチリと捻ると動力源である精霊エンジンに火が点る。


 ボ、ボ、ボ、というアイドリング音を鳴らしつつ、アダムはダッシュボードを開けて中にあったファイルをケビンに手渡した。


「今回の事件の概要だ。支局にあったヤツな。御宅の魔女に渡した物より情報が更新されている」


 ケビンは中にある報告書に目を通した。


 被害者である警備隊員は右腕と左足を鋭利な刃物で切断。

 その切断面は実に綺麗で、一撃で切断したと思われる。他の欠損箇所も破壊された部分も無し。


 死亡原因は手足切断による大量出血死で間違いないが、その出血は自然に流れ出た類にしては不自然。

 検死結果からは『まるで動物の死体を血抜きしたように体内の血が外へ出ている』と付け加えられている。


 そして、仮に犯人がその場で被害者を『血抜き』したとしても、現場に残された血溜まりは人が出血死するにしては量が少ない。

 何者かが被害者の血を持ち帰ったと推測される。


「………」


 ケビンは報告書を読み、確信した。

 否、研究所でヒルダから渡された報告書を読んだ時点で確信していた。


「やっぱり、妹ちゃんかい」


「間違いないでしょう……」


 2人は犯人が誰なのか見当が付いている。

 というのも、この犯人の犯行現場を見て現状生き残っているのはケビンとアダムだけだ。


「3ヶ月の沈黙は何か意味があると思うか?」


「わかりません……」


 そう、3ヶ月前。

 3ヶ月前に今回の事件と同様の手口の犯行が帝都内で2件起きた。


 1件目の事件から捜査の担当はアダム。 

 そして、1件目の重要参考人――否、目撃者として現場で保護された人物こそがケビンだった。


 最初の犯行が行われた夜、ケビンが犯行現場にいた理由。

 それは病室から消えた妹を捜索していたからだ。


 帝都の警察に捜索願を出したが有力な情報は得られなかったし、捜索の進展は無かった。

 我慢できなかったケビンは独自に捜索を開始していたのだが、その際に出くわしたのが1件目の犯行。


 彼はアダムの取調べでこう答えた。


『妹に似ている金髪の少女。少女が暗い路地へ被害者と入って行くのを見て追いかけた』


 結果、ケビンはそこで残酷な結末を見た。

 妹に似た少女――それは妹であるアシュリー本人だった。


 ケビンが追いかけた先にいた彼女は赤いパーカーの赤いフードを被り、月明かりに照らされながら銀に輝く刃物で被害者の首を切断していたのだ。

 追いかけてきた兄――ケビンを見た少女はニコリと笑ってこう言った。


『あら? 私を目覚めさせた、お兄様だわ』


 彼女はクスクスと笑いながら、彼女の背後から這い出た得体の知れない黒い影のようなナニカを使って、被害者を宙に吊るし上げる。

 そして、どこからともなく取り出したワインボトルに被害者の切断面から滴り落ちる血を詰め始めたのだ。


 ケビンは頭がどうにかなったのかと現実を受け入れられなかった。

 ただただ腰を抜かして地面に崩れ落ち、歯をカチカチと鳴らしながら股からジョロジョロと温かい尿を漏らす事しかできなかった。


 愛しい妹が殺人鬼になってしまった。

 これだけでも受け入れ難い、信じられない事実だが、何よりその原因を作ったのは彼女の口から語られた『自分のせい』という事だ。


 何故、どうして、何がいけなかった、何が悪かった、私達兄妹が何をしたのだ、と混乱しているケビンに愛しの妹はこう告げた。


『お兄様は狼さんじゃないわ。だって私を目覚めさせた人だもの。狼さんじゃないわね? 狼さんは別の所にいるものね?』


 彼女は被害者の血が詰まったワインボトルと刃物を片手にクスクスと笑いながら闇へと消えた。

 闇へと消える彼女に恐怖しながら見送っていると、そこに現れたのがアダム警部。これが彼との出会い。


「魔女に言われたから協力するし、現場にも連れて行くが……大丈夫か? 次は前のように殺されないって保障は無いぞ?」


 ケビンは帝都警察の支局で事情聴取を受け、目の当たりにした最大級の恐怖体験も相まって、素直に真実を話した。

 身元引受人として支局にやって来たのがヒルダであり、ヒルダは帝都警察にまで顔が利く事もあってケビンはすぐに釈放された。


 その後、ヒルダとアダム、更には帝国警察の上層部も交えて何やら話をしたようで、アダムはケビンがアシュリーを追う為の協力者になってくれたのだった。


「大丈夫です。次は、必ず」


 兄である自分がケリをつけます。

 そう言って、ケビンは膝の上に置いたトランクケースを撫でた。



-----



「帝都本部のアダムだ」


「はい。報告は受けております。そちらの方は?」


「ああ、こっちは協力してもらってる研究所の人間だ。一緒に通してくれ」


「はい。どうぞ」


 アダムは現場の前――路地の入り口に立っていた警備隊員に身元を話し、2人は路地を進んで行く。

 進む事5分程度の場所に殺害現場である広場があった。


「帝都から来た人かい?」


 2人は広場に入ると警備隊の中でも指揮官にあたる、帝国の国紋章である鷲の紋章が描かれた赤い腕章をつけた者に声をかけられた。

 アダムが「どうも」と返事をした後に指揮官と話し始めた。


「何か出たかい?」


「いや、見ての通りサッパリだ。死体と血だけ」


「旧市街の連中の仕業ってセンはどうなんだい?」


「いや。アイツ等は確かに悪党だが、警備隊に喧嘩を売るほど馬鹿じゃない。奴等の頭とも話したが本当に何も知らなさそうだ。他に不審な点と言えば……」


「言えば?」


「被害者のランタンが見当たらない。夜の警邏だからランタンを持ってたはずなんだがね」


 ここで、ケビンが話に加わる。


「ランタン? 持ち去ったのですか?」


 指揮官は話に加わってきたケビンの顔をやや見つめた後、再び口を開く。


「そのようだ。壊されて破片があるわけでもない。ランタンが欲しくて襲ったわけ……ないよな」


 犯行の動機がランタン欲しさに、などとふざけた理由にも程がある。

 それはないだろう、と指揮官の男は自らの言葉に首を振った。


「そりゃそうだろう……ん?」


 アダムも指揮官の言葉に苦笑いを浮かべながら応えていると、広場の先――奥にある旧市街へと続く路地の入り口に1人の少年が立っているのを見つけた。

 少年はアダムと目が合うと、路地を駆けてスラム方向へ進んで行った。


「追うぞ」


 アダムはケビンを見た後に短く告げる。

 長年この仕事に就いてきた()が追いかけろと警告を発するしたのだ。


 アダムとケビンは指揮官の男が叫ぶ「旧市街は危ないから注意しろ」という忠告を背中越しに聞きながら、少年を追って路地を進んだ。

 真っ直ぐ進む事3分程。


 路地に別れ道が見え、どちらに進むべきかと思案していると右側の道に先程の少年が立っていた。

 アダムとケビンが少年に顔を向けると少年は2人を招くように手をヒラヒラさせた。


 ここは旧市街に続く裏路地だ。指揮官の男は旧市街は関わっていない、と言っていたが悪党に奇襲される可能性もある。

 2人がゆっくりと警戒しながら少年に近づいた。


 すると、少年は鉄製のゴミ箱の中に半分体を突っ込み、何かを探し始めた。

 それを見守っていると、少年は目的の物を見つけたのか2人へ再び向き合う。


「ん」


 少年が差し出したのは1枚の小さなメモ。

 アダムがそれを受け取り、メモの内容を見ると顔を顰める。


 その表情のままケビンにメモを手渡すと、ケビンもアダムと同じように顔を顰める。


『1日だけ待ってあげる。見つけられるかしら?』


 メモには赤黒い字でそう書かれていた。

 そして、赤黒い字の正体は恐らく血だろう。


「少年。これは誰から渡された?」


 アダムが少年に問う。


「赤いお姉さん。昨日渡された」


 赤いお姉さん。その人物は2人の追っている人物で間違いないだろう。

 さらに渡されたのが昨日だという事は、まだこのトーラス市に潜んでいるという事。


「挑発……いや、誘っているのか?」


「何か話したい事があるのか……しかし、見つけられるかと書かれているし、探せという事なんでしょう」 


 今後の行動をどうするか、と話し合う2人。


「ん」


 アダムとケビンが眉を寄せていると少年は小さな手を突き出して、何かを要求するような目を向けていた。


「情報料」


「……逞しいね」


 アダムはポケットから500エル札を取り出して少年の掌に置く。

 

「足りない」


「………」


 アダムはハァと溜息を吐きながら追加で1000エル札を渡すと、少年は路地の先へ消えて行った。


「一旦戻りましょうか」


「そうだな。支局で準備してから捜索しよう。あと、途中でコーヒー奢ってくれ」


 2人は来た道を引き返し、支局へ向かった。



-----



 トーラス市の上空には闇が広がり、雲に隠れて淡く光る黄色い月と青い月の2つが浮かぶ。

 外は風もなく、夜の街を出歩く人影も無い。


 支局に戻ったアダムとケビンが殺人犯がまだこの街に潜伏している可能性があるのでは、と指揮官に伝えて夜間の外出禁止令を発令させたおかげだ。

 街を囲む壁の外には田舎風景が残るせいか、人の活気が鳴りを潜めるトーラス市に響くのは虫の鳴く音と2人1組で夜間警邏を行う警備隊員の靴音のみ。


「昼間は空振り。まぁ、姿を現す可能性があるは夜だとわかっていたが……」


 アダムとケビンは暗い夜道を照らす小さな精霊石が嵌め込まれた街灯の下で、首を切断されて死亡している警備隊員の死体の前に立っていた。

 場所はトーラス市で起きた最初の事件現場である旧市街へ続く路地の近く。


 どう考えても偶然ではないだろう。

 

「血抜きされた形跡は……無いですね」


 ケビンが死体に触れると、その死体はまだほんのりと温かい。

 更には切断された首からダラダラと血がまだ流れている最中だった。


「この近くにいるのか……?」


 アダムとケビンは周囲を見渡すが何も無い。

 あるのは人の暮らしていない家やボロボロになった店舗があるだけだ。

 

 街を囲む壁へと続く道の先には街灯が等間隔に立っているが、見える範囲内に不審な人物が立っているような影は見られない。


「先に……進んでみましょうか」


「ああ」


 ケビンの提案に頷くアダム。

 彼は腰にあったホルスターからリボルバーを抜いて、両手でグリップを握りながら銃口を下に向ける。


「少し、待って下さい」


 ケビンはトランクケースを開けると、中にあった部品を組み立て始める。

 カチャカチャと組み立て始め、完成したのは1丁の銃。


 研究所製の新型精霊銃であるポンプアクションショットガン。

 それを見たアダムは口笛を吹き、彼の口角が上がる。


「いいねえ。そりゃあ新型か?」


「ええ。研究所の武器開発チームから無理言って借りてきました」


 生きて帰れれば使用レポートを提出しなければいけないんですけどね、と付け加えながら組み立てたショットガンに12ゲージのシェルを10発装填。

 持ってきた残りの弾を専用のポーチに入れて腰にベルトで固定する。


「うちに配備されるのはいつの事やら……」


 アダムは軽口を叩きながらも先頭を歩く。

 等間隔に並ぶ街灯を目印に、周囲を注意深く警戒しながら進んで行くと最初の犯行現場である路地の入り口に到着した。


 先頭のアダムは路地の入り口横の壁に体を寄せ、路地の中を覗き見る。

 

「おいおいおい……」


 路地の中を見たアダムは顔を戻し、ケビンの顔を見やる。


「中にランタンの光が見える」


 そう言われ、ケビンは中腰に屈みながらアダムの前へと進み、低い姿勢で路地の中を見る。

 すると、最初の犯行現場である広場からは小さな光がユラユラと浮かんでいた。


「誘われてるな」


「でしょうね。でも、行かないと」


 ケビンは立ち上がった後に路地へ体を出し、ショットガンを構えながら進む。

 アダムはリボルバーを構え、後ろを警戒しながらもケビンの後に続いた。


 広場に到達すると、路地から見えていた光の正体はやはりランタンの光。

 ランタンは先程殺されたと思われる警備隊員の顔の上に不安定な状態で置かれて、ユラユラと揺れていた。


「いるんだろう!」


 ケビンが叫ぶと、広場の奥――旧市街に続く路地からクスクスと笑う少女の声と石畳をコツコツと鳴らす靴の音。

 少女の声と靴の音がどんどんと近づき、広場の入り口に入った時。


 家と家の間にある路地へと降り注ぐ月明かりに照らされて現れたのは赤いパーカーのフードを被った少女。


「ようやく見つけてくれたのね。見つけてくれたのね」


 赤いフードの中でクスクスと笑う少女は右手に血濡れの刃物を持ち、左手にはワイン瓶の入ったカゴを持っていた。 


「誘っておきながらよく言うね」


 アダムは少女に銃口を向ける。


「あら。余計なのがいるわ。私はお兄様とお話したいの。――したいのよ?」


 そう言って伏せ気味だった顔を上げた少女。

 赤いフードの中には綺麗な金の髪と赤く染まった瞳が見え、少女は獰猛な笑みを浮かべた瞬間。


「そうかい、そりゃざんねガッ――!!」


 ケビンの隣にいたアダムはナニカによって後方へ吹き飛ばされた。


「アダム警部!!」


 ケビンが驚きながら振り返ると、アダムは路地の入り口まで吹き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がっているところであった。

 まさかアダムが、とケビンの脳裏に嫌な予感が過ぎったが、アダムはもがくように体を動かしている。


 衝撃で骨が折れたのか、動けず苦しそうにしているのを見て死んでいない事だけは確認できた。


「ねえ。お兄様。お話しましょう?」


 少女の声にハッとなり、ケビンは慌てて前へ姿勢を向き直してショットガンを構える。


「ねえ。お兄様。何でそんな物を私に向けるの?」


「お前こそ、何を言っているんだ! 何でこんな事をするんだ!?」


 質問に質問で返したケビンに、赤いフードの少女――愛しの妹であるアシュリーはクスクスと笑う。


「何で? 何でってお兄様は知っているでしょう? だって――」


 ――私がこうなった原因はお兄様じゃない。


 アシュリーの言葉が、ケビンの胸に刺さる。

 そうだ。全ての元凶を作ったのは他でもないケビンだ。


 物語を読む(リード)だけの機能しか無かったヘッドギアが何者かに改造され、物語に登場する人物を使用者の脳に刷り込む(インストール)する機械にされてしまった。

 ヘッドギアを改造した者が黒幕なのは間違いない。罪の大半はその者にあるのも間違いない。


 だが、全ての始まりを作ったのは自分自身。自分にも罪はあるのはわかっている。

 もしも、あんな物を作らなければ。ケビンは常にそう思いながら過去を後悔している。


「もう止めてくれ! アシュリーの中から出て行ってくれ!!」


 ケビンは悲痛な表情を浮かべながら、愛しの妹であるアシュリーに刷り込まれた人格――赤頭巾に叫ぶ。


「出て行って? 何を言っているのかしらお兄様。私は私よ?」


「嘘をつくな! アシュリーは俺を『お兄様』とは呼ばない!!」


 ケビンの言う通り、アシュリーは兄であるケビンを『お兄ちゃん』と呼ぶ。

 目の前にいるのは刷り込まれた人格である赤頭巾だ。


 物語の中で祖母が狼に喰われている場面を目撃し、悲鳴を上げて街に逃げ帰った赤頭巾。

 その後ろには赤頭巾を尾行した狼がおり、狼を街まで誘導してしまう。


 街を見つけた狼は街の人を何人か喰い殺した末、赤頭巾に告げるのだ。


『街まで案内してくれてありがとう』


 生き残った街の人々は赤頭巾に激怒した。

 そして、幼い少女である赤頭巾の罪を代わりに被った彼女の母の四肢を切断し、処刑した。


 処刑台に晒された母の死体の前で、赤頭巾の精神は狂ってしまった。

 その日以降、狂った赤頭巾の目には他人の顔が狼に見えてしまう。


 結果、赤頭巾は娼婦の真似事をして男を誘い、殺された母のように誘った相手の四肢を切断する。

 全ての元凶である狼を殺し続ける、小さな殺人鬼となった。


 街の者を殺し続けた赤頭巾に元凶となった狼は再び会いに来て、彼女の耳元で呟くのだ。


『君も立派な群れの仲間だ』


 ここで物語が終わるのが『初版:赤頭巾の少女』の内容。

 最悪で、何の救いも無い、赤頭巾の少女の物語。


 その物語の赤頭巾がアシュリーの中にいる。

 彼女を捕まえて、処置をすればまだ間に合うかもしれない。

 


-----



「もう、お兄様は私を忘れてしまったの?」


「違う! お前はアシュリーじゃない! 頼むから大人しく捕まってくれ!」


 ケビンはショットガンを片手で構えながら、空いた手で手錠を取り出す。


「……そう。わかったわ」


 アシュリー ――否、赤頭巾の少女は顔を少し伏せ呟く。

 だらんと手を下げて、大人しく捕まる姿勢を見せたように思えたが彼女はニタリと笑いながら再び顔を上げた。


「お兄様も狼になってしまったのね?」


 その邪悪な顔に一瞬固まったケビンに赤頭巾はもの凄い速さで瞬時に肉薄する。

 間合いに入り、月明かりで銀に輝く刃物を振りかぶってケビンの右肩へ振り下ろす……が。


 その速度に反応したケビンがショットガンの腹を降りてくる刃物と自分の体の間に挿し込み、ガギン、という音を鳴らして防御。 


「このッ!」


 ギリギリギリ、と鋭利な刃物が金属を削る嫌な音を立てながら2人は至近距離で顔を見合わせた。

 しかし、その時間は長く続かず、赤頭巾は地面を蹴って自身の後ろへ飛んだ。   

   

「すごいわお兄様! まさか防ぐなんて! 今まで殺した人、誰一人として反応しなかったのに!」


 赤頭巾は目を見開きながら、口に三日月を浮かべて心底楽しそうに叫ぶ。

 そして再び、人とは思えない速度で間合いを詰めて刃物を振り下ろすが、それもケビンに防がれる。


 また後ろへバックステップした赤頭巾は「すごい、すごい」と興奮気味に叫ぶ。

 再度、先程と同じように急接近からの刃物を横に振り回す攻撃。ケビンはそれをバックステップで避ける。


「でも、私はこれだけではないのよ?」


 そう言って赤頭巾はニタリ笑う。

 次の瞬間、彼女の背後にある少女の影が動き、黒い鋭利なツメが生えた腕のようなモノが生まれるとケビンに向かって伸ばされた。


「クッ!」

 

 避けようにも今はバックステップで距離を取った動作の最中。何も無い場所を蹴って避ける、などという芸当はできない。

 刃物と同じように持っているショットガンを盾に防ごうにも、明らかに人のモノとは思えない力を受けるのは躊躇いが生まれた。


 故に、ケビンのとった行動はショットガンを発砲するという行為。

 本当は()を撃つなどしたくない。


 銃口を迫り来る影の腕に向け、心の中で赤頭巾に対し「どうにか避けてくれ」と願いながら発砲した。

 ドン、と大きな発砲音。銃口から発するマズルフラッシュが一瞬だけケビンと赤頭巾の顔を照らす。


 撃った弾はバックショット弾。弾のほとんどは伸びてくる影の腕に当たり、影は霧散する。

 発砲に反応した赤頭巾は横飛びで弾を回避しようとするが、彼女の右腕に掠ったようで赤いパーカーの肩が破れていた。

 

「酷いわ。お兄様。本当に私を撃つなんて!」


 酷いと言いながらも彼女の表情は楽しそうに笑っている。

 銃を警戒してか、やや距離を取りながら今度は影から2つの腕を伸ばし、ケビンへ差し向ける。


 それも再びショットガンで対応し、霧散させると赤頭巾は初めて表情を変化させて困ったように呟いた。

 

「もう。お兄様ったら簡単に死んでくれないのは困るわ」


 そう言って赤頭巾は持っていたカゴからワイン瓶を取り出して中身を呷った。


 グビグビと飲む赤頭巾の口から溢れた血のように赤い(・・・・・・・)液体が喉を伝って彼女の体に滴り落ちる。

 ぷはっ、と可愛らしい息を吐くと赤頭巾はワイン瓶を地面にコロコロと転がした。


「お兄様は特別よ? これは他の人には見せた事、無いんだから」


 そう言って、赤頭巾の赤い瞳が怪しく光る。

 すると、建物の影となっていた場所からウゾウゾと黒い何かが這い出て来た。

 

 やがてその影は2匹の狼の形となり、赤頭巾の横へ侍る。


「さぁ。やりなさい」


 赤頭巾がスッとケビンへ人差し指を向けると、影の狼は唸り声を上げながらゆっくりとケビンを獲物として認識する。

 本物の狼が群れで狩るような、一匹が前面に威嚇しながら隙を狙い、もう一匹は回り込むようにケビンの横へと移動し始めた。


「クソッ!」


 3対1という急な展開にケビンの顔には焦りが浮かぶ。

 赤頭巾を殺せば影も消える……かもしれないが、その選択肢は排除せざるを得ない。


 彼の目的は妹を正常な状態に戻す事なのだから。

 とにかく、背後から狙われるのだけはマズイ。更には広場と言えど、狭い場所である為に動き回れるスペースも少ない。


 かと言って、路地の入り口に逃げようものなら負傷して未だ倒れているアダムに危険が及んでしまう。

 つまり、ケビンが使えるスペースは――上だ。


 ケビンは前面の影狼に牽制射撃をした後に、左側にある建物の壁へ走る。前面の影狼は弾を避け、その隙に横へ回り込もうとしていたもう一匹の影狼がケビンの背中へと迫る。 

 背中に迫る狼に追いつかれないよう全力で走り、ケビンはそのまま壁を蹴って(・・・・・)垂直に空中へ飛ぶ。


 左の建物は嘗て商店だった3階建ての建物。

 その屋根に届くほど飛んだケビンは、反対側の建物を目指して再び壁を蹴る。

 

 空中でクルリと体を捻って、反対側の建物の屋根へと飛びながらも下にいる影狼へ銃口を向ける。

 ドンドンドン、と3発撃ち込み、影狼を1匹霧散させた。


 トン、と靴底を鳴らしながら屋根へと着地したケビンは再び銃口を残っている影狼へと向けて発砲。

 霧散させると、ポーチからショットシェルを取り出してリロードを行う。


「アハハ! スゴイ! スゴイ! お兄様スゴイ!」


 赤頭巾は両手をぶんぶんと振りながら、初めて曲芸師を見たかのように喜びながら声を上げる。

 

「お兄様! お兄様はどんなモノを自分に刷り込ませた(インストール)の?」


 彼女の言葉にケビンはピクリと反応する。

 壁を走って空へと飛び上がり、反対側の建物へジャンプするなど並の人間では到底無理な身体能力だ。

  

 彼女の予想通り、ケビンは使った。

 赤頭巾による1件目の犯行を目撃し、彼女が異能(・・)を使っているのをその目で見て確信したのだ。


 人ならざる者を制するには、己も人の枠を超えなければならない、と。

 病室に残されたヘッドギアを解析し、人格を刷り込む(インストール)という機能に制限機能を掛けて使用した。


「もう諦めるんだ。大人しくしてくれ」


 ケビンは赤頭巾の問いには答えず、屋根の上から銃口を向けて告げる。


「教えてくれないのかしら? まぁいいわ。もっとスゴイところを見せてね?」


 残念そうに肩を落とした赤頭巾は再び瞳を赤く光らせ、次に生み出したのは4つ足の狼ではなく、2足歩行する狼の顔を持った影の狼男。

 ギョッとしているケビンを余所に、狼男は口を開けて吼えた後に猛スピードで建物の壁へ走る。


 手に生えたツメを壁に突き刺しながら壁を這い上がり、ケビンの元へと向かってくる。 

 壁を登って来る狼男の顔が見えた瞬間、引き金を引いて弾を発射する。


 着弾した弾が狼男の顔を半分削り取ったにも拘らず、狼男の突撃は止まらない。 

 腕に生えたツメを振り下ろされ、咄嗟にショットガンでガードするとキリキリキリ、と金属を削る嫌な音。


 そして、次の瞬間にはもう一方の腕で下から救い上げるようにツメでケビンの左腕を引き裂く。


「ぐあああッ」


 引き裂かれた腕が燃えるように熱い。

 腕が切断されたわけではないが、裂けた部分はかなりの深手で出血が激しい。


 それを耐えながらもショットガンの引き金を必死に引いて狼男へ弾を2発お見舞いした。

 狼男の上体右半身が霧散し、狼男は少しよろめくが残った左腕で突くようにケビンの腹へツメを刺し込む。


 突き刺さったツメから逃げようと目論むケビンだったが、痛みで鈍った体は上手く動かない。

 狼男は突き刺したままの左腕を動かし、背後にある建物の壁へケビンを放り投げた。


「ガハッ」


 壁にヒビが入るほどの衝撃を背中に受けたケビンは口から血を吐き出し、そのまま重力に従って地面へと落ちる。

 地面に落ちたケビンはうつ伏せ状態で、ゴホゴホと咳き込みながら口から血を吐き出し、腕に力を入れて立ち上がろうとするも屋根から降りてきた狼男が彼を見下ろす。


「お兄様。残念ね。もうお終いだわ」


 クスクスと笑う赤頭巾の声に狼男は呼応して、左腕を振り上げてケビンにトドメを刺そうとするが――


 ドンドンドン、と三発の銃弾が狼男の体に着弾する。


「クソッタレ! 何がどうなってんだ!!」


 左脇腹を左手で抑えながら、余った右手にリボルバーを構えたアダムが路地から叫ぶ。

 アダムに注意を向けた狼男の隙をケビンは見逃さなかった。


「消えろおおお!!」


 ケビンは体の痛みを叫びで誤魔化しながら、近くに落ちていたショットガンに手を伸ばし、中に残っている弾を全弾狼男に撃ち込む。

 上半身に何発も撃ち込まれ、下半身のみ残った影狼男はそのまま動く事無く下半身を霧散させた。


「あら、消えちゃった」


 影狼男が霧散した事を大して気にしてないようで、赤頭巾は軽い口調で言うとゆっくりとした足取りでケビンへ近づいて行く。


「ふふ。お兄様の血、美味しそうね?」


 赤頭巾はケビンの体から流れ出る血を見ながら舌なめずり。

 彼女はどんどんと近づいて来るがケビンの体は限界を迎えていた。うつ伏せ状態のまま体はピクリとも動かず、辛うじて首を動かして赤頭巾を視界内に捉えることが出来るのみ。


「ふざけんな!」

 

 そうはさせまい、とアダムが2発発砲するが赤頭巾の刃物で弾は弾かれてしまう。

 弾を弾かれたアダムは一瞬だけ信じられないモノを見たような表情を浮かべたが、影の狼なんてモノを作り出す赤頭巾なら不可能ではないと思うと再び彼女を睨み付けた。


 最早、2人ともこれまでか、と覚悟を決めようとした時。

 路地の入り口方向から多数の足音が聞こえてきた。


「ったく! ようやく来たか!」


 アダムは向かって来る足音とカチャカチャと微かに鳴る聞き慣れたホルスター内の銃が揺れる音を聞き分けると、やって来る者達は味方だと確信した。

 

「あら、時間切れね」

 

 そう言って赤頭巾はケビンに近づく足を止め、路地の入り口へ視線を向ける。


「ふふ。お兄様。また今度、じっくり遊びましょう?」


 多数の警備隊を相手にするには分が悪いと思ったのか、それとも単純に相手をするのが面倒になったのか、赤頭巾は路地の奥――旧市街の方へ歩いて行く。


「ま、待て……」


 ケビンは言う事の利かない体に命令を下し、ブルブルと痙攣する腕を伸ばす。

 彼の伸ばした腕は届く事無く、月明かりの届かない路地の奥まで行った赤頭巾はそのまま闇に溶けるかの如く姿を消した。

 

「アシュ、リー……」


「おい、博士!」


 赤頭巾が闇に溶けるのと同時に、ケビンの視界は暗転した。



-----



 帝都 高級住民街 レストラン『石垣亭』



 帝都にある、評判の良い高級住民向けのレストランの奥に用意されたVIP席でトーラス市産の最高級ワインを飲む者が2名。

 内装はとてもシンプルな白い壁に、天井には部屋を照らすやや小さめの室内灯。


 室内で小さく再生される帝国音楽団の最新作である、複数の弦楽器で奏でられた音楽が落ち着きある空間を演出していた。

 そんな室内の中央に配置された白いテーブルクロスの掛かった席に座るのはダグラフト帝国第1機械工学研究所 所長であるヒルダ・カーマイン。


 いつもはヨレヨレダルダルのだらしない私服を着ている彼女だが、今日は背中がパックリと空いたセクシーな黒いイブニングドレスを纏い、美しい赤い髪を後ろに結い上げての正装。

 首には綺麗に磨かれたエメラルドのような精霊石が嵌めこまれたネックレスをかけており、その姿はまるで妖艶に男を誘う悪い魔女のよう。


「それで、どうなんだい?」


 ヒルダ・カーマインは同席者に一言問いかけると最高級のワインを一口飲み、濃厚な口当たりを味わった後に飲み込む。

 美しい彼女の容姿も相まって、ワインを飲む仕草を見ているだけで女性に免疫の無い者はコロリとやられてしまうだろう。


 だが、同席している男性はそんな愚かな行為は侵さない。


「部下によると、ターゲットは逃げたようです。貴方のお気に入り(・・・・・)は重症で病院に運ばれたそうですよ」


 ヒルダの対面に座る男性。彼もまた美しい魔女と釣り合うくらいの美男子。

 綺麗な黒髪に、黒い瞳。そして、整った容姿は道行く異性が必ず振り向いてしまう程に美しい。


「そう……。それで? 関連はわかったの?」


 ヒルダは一瞬だけ憂いの表情を浮かべたが、すぐに表情を切り替えて目の前にいる男性の黒い瞳を見つめる。


「ええ。彼らの狙いは魔法(・・)のようです」


 黒髪の男性はそう言ってワイングラスを口へ運ぶ。


「いやはや、狙いは魔工学の技術ではなく本物の魔法か。……本当に魔法を手にしようと考える愚か者がいるとはね」


 ヒルダは心の底から馬鹿にするように肩を竦めると、ワイングラスに入った残りを飲み干す。


「私もそう思いますよ。異界から伝わった物語の人物を生み出せば魔法が使えるようになる……なんて考えを思いつくとはね。まぁ、魔法は神の奇跡、もしくは神と同等の力なんて本気で信じてる連中ですからね。城も魔術組織にそこまで危機感は持っていません。一部を除いてね」


 男性はテーブルの上にあったワインボトルを持ち、ヒルダのグラスにワインを注ぐ。


「管理局か」


「はい。あちら側に気付いた者が出たか、もしくはあちら側から接触があったか……魔術組織とやらを探り始めたようです」


「奴等は必死だろうね。外国にあちら側の技術を持たれたら面倒だ。第2の帝国が生まれ、海を挟んだ戦争が起きると懸念しているんだろう?」


「それもありますが、一番はあちら側との扉が開いた事で魔法を使う侵略者(・・・・・・・・)がこちら側に来るのでは、と」


 黒髪の男性はワインを飲み干し、再び自分でグラスにワインを注ぐ。

 つられてヒルダもワインを一口。


「何にせよ、貴方のお気に入りが開発した物が関わっているのは確定です。管理局にバレるのも時間の問題でしょう。その前に、証拠を消す事をオススメしますよ」


「やはり、証拠は消さないとマズイかね?」


 ヒルダの問いに、グラスを口に運ぼうとしていた男性は苦笑いを浮かべながら手を止める。


「流石に魔女である貴方でもマズイですよ。任意の人格を刷り込み(インストール)、異能すらも手にしてしまう機械なんて、管理局に見つかったらロクでもない事になりますし、巻き込まれますよ」


 管理局どころか軍事局も騒ぎ出す、と黒髪の男性は付け加える。


「はぁ。わかったわかった。研究所の方はどうにかしておくよ。幸いにも、彼が報告して来た後ですぐに関連書類やらは手元に集めたからね」


「取り残しの無いよう、しっかりとお願いします。この世界(・・・・)でも、魔女狩りになんて遭いたくないでしょう? 私もその巻き添えを食うのは御免ですからね」


「全く、面倒な事をする奴が現れたもんだ……」


 ヒルダは溜息を吐きながら、ネックレスに嵌め込まれた精霊石を撫でた。


連載投稿しているやつの合間に勢いで書いたやつです。

設定とかは激アマのユルユルなのじゃ。

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