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第1話 深淵の水魔⑧

遭難者を隔離、もとい出来立ての客室へお通ししたのち僕らが何をしたかというと、実質何もできなかった。

遭難者を保護するためにルートを変えたり減速したりした結果、水魔城に到着するのが日が沈んでからになりそうだったからだ。

そこで予定を急遽変更して水魔城には明日の朝潜ることにし、日が昇るまで離れた海域で待機することにした。


「さあみんな。夕飯だぞ」


例によって城に僕の声を伝播させてみんなに知らせる。


「もうなの?早いわね」


直後にノラが音もなく出現する。

いつもなら次に来るのは双子なのだが、今日はオスカーとパティが次に姿を現す。


「いつもより早いな。…これはまさか、戦の前の早贄はやにえというやつか」

「早贄…?」


それはモズという鳥の生態のことで、早めに食事をとるという意味はないのだが。


「作戦の決行は明日ということだ。食事を早めに済ませて十分な睡眠をとれということだろう?王よ」


オスカーはしたり顔で僕の意を得たりという風だが、実際は暇を持て余し、いつもより早めに夕飯の準備を終えてしまったというだけのことだ。


「もちろんだ」


しかし言ってることは正しく健康的なことだったので肯定しておいた。


「双子はまだなのか?」


夕食の告知をしてからそこそこの時間が経過したが、まだ双子の席が空いていることに気づく。

あの2人が夕飯に来ないとは珍しい。嵐でも来るのだろうか。


「ちゃんと城内全域に僕の声を響かせたのに」


城の中にいる限り聞こえないはずはない。


「ん?待てよ…城の中…」


僕は自らの失策を悟った。今双子がいると考えられるのはプール。屋上に作ったのだから城内に響く声が聞こえなくても不思議ではない。


「ノラ。多分あの2人はプールにいると思うんだ。呼んでくれないか?」

「ええ。いいわよ」


ノラはそう言って数秒間目を閉じる。思考伝達魔法で双子を呼んでいるようだ。その直後だった。双子が天井のプールへと続く階段から下りてきたのは。


「もう飯なのか?」「いつもより早いな」


双子は髪から水を滴らせながら階段を下りてくる。


「ちょっとあんたたち。髪濡れたままじゃない。そこで止まりなさい」


そんな2人を制止してノラは2人のいる方向に手をかざす。すると一瞬で2人の髪は乾き、いつもの髪形に戻った。

双子はまだ水着を着たままだったが装着を解いた状態なら普通の服と変わらないので問題ないだろう。


「今日は魚なのか」「久しぶりだな」


2人の言う通り、夕食の献立は焼き魚とみそ汁だ。みんなは味が濃い方がいいとのことなので味噌は多めに入れておいた。


「この魚…わが眷属が捕獲したものか?」


パティが皿の上の魚を指さして言う。


「ああそうだ」


パティが偵察用に出していたオートマトン、確か名前はノイズホーク、は城に帰ってくる途中に魚群を発見し、13機いたオートマトンがそれぞれ1匹ずつ捕獲して帰ってきたのだ。ちなみに取ってきたのは30センチほどのアジだった。


「まだあと7尾残ってる。お替りもあるからな」


今のは主に双子に向けた言葉だ。そこそこ立派なアジなので1匹で僕らは十分だろう。

余談だがこの中で一番魚を食べるのが遅いのは僕だ。この中で波斗原出身というか原産というかなのは僕だけで、本来箸を扱うのは僕が一番うまいはずなのだが、箸の扱いはオスカーとパティの方がうまい。

ノラは転送魔法を駆使して食べられる身だけを分離させるので魚を食べるのに技術は必要としない。双子は頭と背骨以外は肉とみなして食べてしまうので一番箸の扱いに慣れていないというのに魚を食べるのは一番速い。

僕は背骨から外した身を数回口に運び、濃い目の味噌汁をひとすすりしてあることを思い出しパティに尋ねる。


「遭難者はまだ起きないのか?」


遭難者を入れてある部屋にパティの監視用オートマトンも1体一緒に入れており、目を覚ませばすぐに分かるようにしてある。

あれから3時間ほど経過している。もうそろそろ目を覚ましてもいい頃だ。


「…まだ彼女はまどろみの中にいます。詳しく調べたところ、脳波は正常値を示した。つまり、眠っているだけだと言える」

「眠っている。か。居心地よくしすぎたかな…」


遭難者を部屋に入れる際、何も敷いてない床に直接寝かせるのは可哀そうだと思い、予備の枕とタオルケットと共に彼女を敷布団の上に寝かせたのだが、それが彼女の眠りをさらに深めてしまったのかもしれない。


「体力を消耗していると考えられる。目覚めればすぐにエネルギーを補給させるべきかと」

「そうだな。じゃあもう1尾焼くか。シニステルとデキステルはお替りするか?」

「うん」「する」


双子がむさぼっているアジはまだ半分ほど残っていたが2人はそろって頷く。

食事の途中だったが僕はもう一度味噌汁をすすってから席を立ち、ダイニングのすぐ隣の厨房に入る。

パティの発明した、確か名前がエバーブリザードとかいう冷却装置からアジを3尾取り出し、それらを金網の上にのせ、これまたパティが作った、ヒートランチャーとかいう発火装置の上にセットし火をつける。


「待てよ。あの遭難者がエレツの人間だとすれば焼き魚は好まないか?」


ひっくり返してもう片面を焼き始めた時に気が付いたが、しかしもうここまで来たら戻れない。焼いた肉は生肉には戻せないのだ。


「よし。そろそろいいか」


両面に焼き色が付き、その身から脂を滴らせるアジを3尾大皿にのせてダイニングに戻る。


「2人とも、焼けたぞ」

「ありがとう。アーサー」「待ってたぞ。アーサー」


2人は両端のアジを同時に取り、醤油をかけてから焼きたてで湯気を上げる身を皮ごと背骨から外し、小骨も気にせずに口に運ぶ。

薄味派の僕は気付きすらしなかったが、みんなアジには醤油をかけていたようだ。


「ノラ。この焼き魚、亜空間に保存しててくれないか?」


曲がりなりにも客人に出す料理だ。温かいまま出せるに越したことはない。


「ええ。いいわよ。……アーサーの魚もそうしておけばよかったわね」


大皿ごとアジを亜空間に転送しながら、先ほどまで僕が食べていたアジに目をやって言う。そうしてくれればありがたかったが、そのことに気づかなかったのは僕も同じだ。構うまい。

冷めたごはんというのもそれはそれで味わいがあるというものだし、みそ汁にいたっては適温まで下がり、飲みやすくすらなっている。


「じゃあ、ごちそう様」


魔法を駆使してアジを解体したノラが最初に食事を終えていたようで、自身の食器とともに転送魔法でいずこかへと消えていった。

そこから黙々と晩餐は続き、双子とオスカーが同時くらいに食べ終わった。そのころ僕は反対側の面の小骨と格闘しているところだった。

やがてパティが食べ終わり、最後に僕が食べ終わる。


「ごちそう様。…こういう焼き魚って食べてる途中におなか一杯になるよな」

「あ、分かります。解体に集中しているうちにだんだん食欲が薄れていきますよね」


オスカーがいなかったのでパティは普通の口調に戻っている。

目の前の食器は箸をおいたとたん消え失せた。間違いなくノラの仕業だが、どこかから見ているのだろうか。


「あ、アーサーさん。遭難者の方が」

「起きたか?」

「はい」


端末を除いていたパティが声を上げる。

すぐに行こう。と僕が言ったのとほぼ同時だった。視界が歪んでリビングに転送されたのは。


「何が起こった!?異界から精神世界への干渉か!?」


僕とパティとともにオスカーも飛ばされていた。オスカーの様子から察するに、彼も突然転送されたようだ。

実行犯は僕たちの目の前にいた。


「この壁の向こうよね」


ノラだ。彼女はリビングの壁を指さしながら僕らの目の前で立っていた。


「ああ、そうだよ…Golem, open the…」


この場合なんと言えばいいんだろうか。ドアのない部屋だから「ドアを開けろ」というのは理論的に破綻した指令だが、かといって「壁を開けろ」というのはそれはそれで滅茶苦茶なことを言ってる気がする。


「いや、これでいいか。…Golem, connect living room and guest room」

「Yes sir」


うまくいったようでリビングと隔離部屋との間に通路が形成される。


「よし。行くぞ。くれぐれも怖がらせないようにな」


まあこの中に異形の存在なんていないし、平均身長も平均年齢も低め…いや、平均外見年齢というべきか。エルフのオスカーとパティは外見年齢の10倍の実年齢だからな。


「では、武運を」

「え?」


通路をすでに3歩進んだところで僕は足を止めてしまう。原因はパティの吐いた言葉だ。


「ちょっとアーサー。いきなり止まらないでよ」

「あ、ごめん」


後ろからついてきていたノラがぶつかりそうになる。


「パティ。お前は来ないのか?」

「私はこの左腕に虚無を宿す。…耐性を持たない者にとっては物質の前の反物質に同じ。まずは無限を宿す兄者に行ってそれを確かめて貰う。…その間ここは私が守る」


要は遭難者がどんな人か分からないからオスカーに見てもらうと。そういうことだよな。

つまり人見知りか。


「王よ。パティの言う通り、万が一の事態に備えて部屋の外に伏兵は必要だ。パティに任せよう」


僕の解釈とは違う解釈をオスカーはしているみたいだが、パティがオスカーの背後で激しく首を縦に振っている。オスカーの方が正解ということだろうか。


「まあ、そういうことなら3人で行くか」


僕たちはパティを残して遭難者の待つ客室へと進む。


「やあ。目が覚めたか?」


遭難者はいまだに布団をかぶっているが、しかしパティ曰く起きているらしい。おびえて隠れているつもりなのだろうか。


「怖がらなくて大丈夫だ。君は海の上で気を失っていたから僕たちが引き上げたんだ」


返事はない。


「僕の名はアーサー・マクダナム。人間だ」


僕はまず自分の胸に手を置いて自己紹介をする。


「彼女はノラ・カタリスト。この船の魔術師だ。そして彼はオスカー・テンペスト。この船の乗組員でエルフだ」

「そして右腕に無限を宿す」


続いてノラとオスカーの紹介をする。オスカーの紹介は不十分だったようで、本人から補足が入る。


「できれば君の名前と、どこから来たのかも教えてほしいんだけど」

「……」


返事はない。まあ想定内だ。


「心配しなくていい。ここには食べ物もあるし、必要なら服だって貸してあげられる」

「……」

「何か、反応を返してくれないか?起きているんだろ?」

「……」


まだ彼女は答えない。このままでは我慢比べになりかねないのでこちらから仕掛ける。強硬策ではあるが、布団を引きはがす。


「あれ?」


彼女は布団の上で、穏やかな寝顔で寝息を立てていた。


「まだ起きてなかったのか?」

「いえ。それはないわ。起きてたのは私も魔法で確認したから」

「じゃあ狸寝…」

「いえ、今魔法で見たんだけど、本気で寝てるわ」

「えっと…つまり」


この女、この状況でまさか二度寝しているのか?

いや、ありえないだろ。海の上で気絶して、気が付いたら見知らぬ部屋の中。その上その部屋には出口がない。間違いなく睡眠を優先させるべき状況ではない。

しかもこの女、引きはがされた布団を探して右手で宙を掻いている。


「ん…んん?」


さすがに目覚めたようだ。眠たそうに半開きの目で、布団を引きはがし、いまだそれを持ったままでいる僕を見据える。


「誰?君たち」

「ああ、えっと」


もう一度しないといけないのか。さっきの自己紹介。

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