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第3話 狡猾の獣人③

翌朝、僕はあくびを噛み殺しながら、獣人帝国に入国するまでのはこびを皆に説明する。

フェアリーゴッドマザーと話し終わった時刻は既に短針がてっぺんを回った頃だったのに加え、この州の時間の進み方は体感よりも早く過ぎるということもあって少し寝不足気味だ。


「今日、朝10時に獣人帝国と妖精の園で物々交換が行われる。それを手伝うという名目で僕らは同行し、マザー直筆の書状で獣人帝国の中に入れてもらう」


僕以外のみんなはちゃんと眠っていたようで辛そうではない。

と思った矢先、ノラがあくびをした。大方、転送魔法の新しい術式とやらの開発のために昨日遅くまで起きていたのだろう。


「質問が」


パティが手を上げる。


「何だ?」

「獣人帝国とはいったいどのような州なのでしょうか。名前からは隠しきれない野獣のさがを感じるのだが」

「ああ。それは大丈夫だ。マザーは彼らのことを温厚な農家って言ってたし、僕の知識も大体同じような印象だ」

「なるほど」


パティが納得したように頷くが、その2つ隣で双子が手を上げる


「どうした?シニステル、デキステル」

「物々交換って言ってたけど」「何と何を交換するんだ?」


どうしてそんなことを気にするのかと思ったが、それは僕の知っていることだったので口が勝手に答えてしまう。


「妖精の園は木の実と蜂蜜を、獣人帝国は肉とミルクだ。昨日僕たちが食べた焼肉は獣人帝国で育てられた牛のものなんだぞ」


この妖精の園に妖精以外の動物はいない。朝にさえずる鳥やお花畑を飛ぶ虫、川を泳ぐ魚だって正体は妖精だ。

妖精じゃない生物と言えば植物くらいのものだろう。


「へーそうなんだ。…じゃあ質問」


今度はキレネが手を上げる。


「私たちはここの人たちが運ぶ木の実や蜂蜜と一緒に向こうに行くんだよね?」

「ああ。そうだ」

「じゃあその木の実とかってつまみ食いしてもいい?」

「いいわけないだろ」

「1粒だけ」

「駄目だ」

「じゃあ2粒は?」

「1粒が却下された時点で察しろ」


キレネは不満げにため息をついたが、予想できた答えだったようで、心から意気消沈した、という風には見えなかった。


「他に質問はないか?」


誰も動かず、何も言わずに数秒経過する。


「じゃあもういいか。それじゃあ出発まで解さ…」

「あ、マスター。質問ではないが言い忘れてたことが」


僕が解散を宣言しようとしたその時、パティが口を開いた。


「手紙の返事だが、今朝早くに送信を実行した。向こうに到着するのは作戦の開始時刻と同じころかと」

「そうか分かっ…え?今いつって言った?」

「作戦の開始時刻、ヒト、マル、マル、マルと言った」

「送ったのは昨日なんだよな?」


僕からの問いかけにパティはおずおずと頷いた。聞き間違えではないようだ。


「ちょっとアーサー。あんた何か勘違いしてない?」


僕が頭を悩ませているとノラの声が耳に届いた。


「どういうことだ?」


ノラはわざとらしく一度溜め息をつき、口を開く。


「何でも知ってるくせに分からないの?」

「知ってるだけで何も見えてないんだよ。何か僕が勘違いしているんだったら教えてくれ」


ノラは再びため息をつき、話し始めた。


「ここと波斗原は船で2週間かかるくらい離れてて、普通に転送魔法を使っても魔法が届かないの」

「それは分かってる」

「じゃあ転送魔法でものを波斗原まで飛ばしたければどうすればいいと思う?」


それができないから装置を開発したんだろ?と僕が言う前にノラは言葉を継ぐ。どうやら僕からの答えを期待した問いかけではなかったようだ。


「転送魔法が届くところまで近づくのよ」

「え?いや、それは…」

「そう。結局普通に船で届けるのと変わらないわ。つまりかかる時間は2週間。でもパティの装置はそれを5時間に短縮したのよ。何が不満なの?」


確かにそう言われると自分の考え方が間違っていたという気になる。転送魔法という言葉からものを瞬時に目的地に送る装置を連想していたのがそもそもの間違いだったようだ。


「それに…」


僕は納得したのだがノラの方はまだ不十分と思ったのか、さらに続ける。


「あの装置…えっと…」

「ピジョンボックス」

「そうそれ」


擁護するなら名前くらい覚えてあげろよと思ったが口には出さなかった。


「それは転送魔法と一緒で、移動してる間時間の影響を受けないのよ」

「分かった。もう十分だ。ちゃんと理解できたよ。僕が無知だった」

「そうよ。…だからパティ、あなたは何も悪くないのよ」

「いえ…。改良の余地があるというのは事実で…なのだ。5時間というのは待つには長すぎる」


ああそうか。と僕は気付き、自己嫌悪に陥る。

僕の発言はパティの発明を、ひいてはその開発者のパティを貶めるものだったのだ。ノラの言葉ちょくちょくが辛辣だった理由が分かった。


「えっと、じゃあ他に誰か質問はないか?なければ解散して出発に備えてくれ」

「あ、質問じゃないけど言いたいことがあるわ」


ノラが手を挙げた。

まだ僕への文句が言い足りていなかったのかと思わず身構えそうになるが、ノラの口から出てきたのはそのことではなかった。


「昨日ちょっと夜更かしをして、外から転送魔法で城に入る術式を完成させたのよ」

「そうなのか」

「…何よ」


僕はそうなのかと思ったからそうなのかと言っただけだったのだが、どうやら僕の言葉はまたノラの気分を害してしまったらしい。


「あんたの感動はその程度なの?これから先、エレツのどこからでも好きな時に城に戻れるのは便利でしょ?少しは喜びなさいよ」

「ああ。ありがとう」


ノラなら多分こともなげにやってのけると思っていただけにどうにも僕のリアクションは薄いものとなってしまう。


「すげえぞ姉ちゃん!」「さすが姉ちゃん!」

「フッ。万能の化身とはまさにこのこと」

「ククッ。さすがはノラさん。いつも目にものを見せてくれる」

「えらい!えらいよノラちゃん!」


反面、僕以外のメンバーは温かい、あるいは単に暑苦しいだけの声を送る。

ノラはその声援に何も返さなかったが、気をよくしているのは確かで、徐々に口角が上がっていく。


「難しい仕事だったのか?お前が夜更かしだなんて」

「まあ、難しといえばそうだったわね。無理難題とまでは言わないけど、難題であったことは確かだわ」


ノラの様子からこの話が長引く予感がしたので僕はそうなる前に手を打つ。


「ノラ。その話はみんなに聞かせなくてもいいだろ?僕が聞いていれば」

「そんなことないわ。あんたじゃなくても、誰でもいいのよ」

「まあとにかく、オスカーとパティは道具の点検もした方がいいだろうし、僕がここに残る。だからみんなは僕に構わず行ってくれ」

「その言い方だとあんたが自己犠牲で私の話を聞いてるみたいじゃない」


当たらずとも遠からずだったが、しかし僕は首を横に振っておく。


「いずれにせよ、道具の点検をしなければいけないのは事実。パティ。行くぞ」

「そうしよう。兄者」

「待ちなさい」


立ち去れるものと思っていたオスカーとパティはぎくりと動きを止める。


「折角完成したんだから私の魔法で送るわ。…転送魔法、術式『昼顔』」


ノラの手から流れ出た魔力は2人を囲むように集まり、円は徐々に持ち上がって球になる。球の天井が閉じられると同時に


「成功したのか?」

「当たり前でしょ。失敗の恐れがある魔法を仲間に使ったりなんてしないわよ」


確かに。失敗すれば事件だ。


「で、さっき言ってた昼顔って何だ?」

「植物の一種よ」


知らないの?とでも言いたげな表情でノラは僕を見る。当然ながら知ってる。


「そうじゃなくて、さっきの魔法のどの辺りが昼顔っぽいんだ?」

「それが分からないのよ。でも昨日寝落ちする前、この魔法を見て昼顔を連想した覚えがあるの」

「寝落ちしてたのか…」


昼顔を連想した原因は何となく分かった。眠気で朦朧とした頭が昼間に聞いたサツマイモの話を思い出したんだろう。大した雑学じゃないとか言ってた割にしっかり胸に刺さっていたようだ。

同時に、そんな頭の状態で編み出した術式と知って不安が鎌首をもたげる。オスカーとパティは転送に成功したとのことだからよかったが。


「さあ、あんた達も帰るでしょ?」


ノラは手の平から魔力を放出しながら双子とキレネに向かって言う。


「待って。私は残る」


キレネは手の平を見せてノラを制する。


「え?あ、そうなの?」

「うん。ノラちゃんはここでアーサーと2人で魔法の話をするんだよね?」

「ええ」

「じゃあ、私も聞く」


僕は少なからず驚いた。キレネが魔法に興味があったとは。

双子を城に転送してからノラは話し始める。


「まず、どうして普通に転送魔法を使っちゃ駄目かというと、転送されたものがフェアリーグラマーの影響を受けないまま転送されるからなの」

「つまり、普通の魔法で今の城に転送すると城の中に埋まってしまうってことか?」

「そういうことよ」


ノラからの肯定を得るのと同時刻、キレネが聞いてるなら僕が一緒に聞く必要はなかったんじゃないかという考えが頭をよぎるが、さすがにもう引き返せなかった。


「そこで私は転送すると同時に転送されたものを城と同じように変形させればいいと考えたの。そこで周囲の空間の歪みを感知する魔法とその歪みに合わせるように対象を変形させる魔法。これがフェアリーグラマーね。を合わせた術式を作ったの。それがさっきの『昼顔』よ」


キレネはしきりに頷いていた。魔法の知識を持たないのに理解するとは、やはり地頭はいいんだな。と思って視線をキレネに向けると、彼女の目は閉じられており、頷いているのではなくうとうとしているだけだったと判明した。


「今回主に手こずったのはフェアリーグラマーを見よう見まねで再現しようとしたからよ」

「見よう見まねで…相変わらずの万能ぶりだな」


いわずもがななことだが、普通の魔術師にはそんなことまずできない。


「マザーの言っていた通り、フェアリーグラマーはフェアリーカーペットの粒子があってようやく安定する魔法。私に言わせてみれば不完全な魔法だから、その魔法の力を借りるというのは癪だったわ」

「待て。まさか苦労したって精神面のことを言ってるのか?」

「半分はそうよ」


ノラは悔しそうに呟く。

キレネはもう舟はこいでおらず、完全にテーブルに突っ伏していた。

この会話の1時間後、僕たちは獣人帝国へ運び出す木の実と蜂蜜と共に、獣人帝国と妖精の園の境界まで荷馬車で揺られたのだった。

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