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第1話 深淵の水魔④

「ああ、皮膚が…焼ける」


ダイニングから文字通りの突貫工事を行い、屋上にプールのためのくぼみを作った僕だったが、実質何の労働もしてないのに日光に当たっただけで僕の肌は悲鳴を上げ始める。


「長いこと外に出てなかったせいか…」


それに加えて黒い僕の髪は熱を集めやすい。その分苦痛は上乗せされていると言って差し支えないだろう。


「は、早く水を…Golem, pump up water to the hollow」

「Yes sir」


もちろん飲むための水ではない。城から声がしてから数秒後、プールの底に穴が開き、水が湧きだす。放出された水は白波を立てながらくぼみのうちでかさを増していく。

景観自体は涼しげだが、僕の体感温度自体は全く下がらない。まあ当然か。時折はねる水しぶきではさすがに限界がある。

3分ほどで満タンになるだろうと僕は予想したが、しかしその3分を僕の皮膚が耐えられるかどうか分からなかったので


「Golem, stop water when pool is filled up」

「Yes sir」


プールが満タンになったら水を止めるように指示を出し、城の中に戻ることにした。日陰に入ってもまだ僕の髪は熱く、手を当てると熱が流れ込んでくるのが分かる。

階段を下りてダイニングに降り立った僕の目の前には既に全メンバーが集合していた。


「プールは?」「できたのか?」

「水を張るのにまだ少し時間が掛かる。…みんな着替えてるみたいだけど、それが水着なのか?」


双子を含めノラ、オスカー、パティ全員の服装が変わっていた。


「ククッ。否、主よ。これは水着ではない」


パティは口の端を不敵に吊り上げて僕の質問に答えを返す。


「何だ。違うのか」

「そう。これはわが作品。パーフェクトプルーフスーツ、略してPPスーツ」

「またの名を、レジスタンス」

「私と兄者が来ているのがプロトタイプ。皆さんが来ているのはver2」


つまり水着だった。


「何でお前たちはver2を着ないんだ?」


ノラと双子が来ているのは陸で着ていても違和感のない普通の長袖長ズボン。強いて違和感を上げるとすると上下ともに何の模様もない無地だという点くらいだ。

色はノラが灰色、双子が黄色だった。対してオスカーとパティのは紺色で上下が繋がっており、一目見てすぐに水着と分かる。否、潜水服と言った方が適切かもしれない。


「え?何故、と言われると…」

「響きがいいからだ」

「プロトタイプの響きがか…?」


まあ、2人が望んでしたことならば深く追及はしないが。


「主よ。これは主の分です」

「ああ、ありがとう」


パティがよこしたレジスタンスは上下に別れているver2だったが色は黒だった。太陽の下では熱くなりそうだなという考えが僕の頭をよぎる。


「アーサー。それ持ったままじっとしてて」


パティから水着を受け取った直後、ノラに言われて僕は脊髄反射で動きを止める。


「はい。いいわ」


これじゃまるで飼い犬じゃないかと反省も十分でないうちに今着ている服がレジスタンスと入れ替わった。


「アーサー。まだ水溜まってないのか?」「そろそろいいんじゃないのか?」


双子が焦れたように声を上げる。


「どうだろうな。ちょっと見て来てくれ」


まだ少し早い気もするが、ここで大人しく待たせておく必要はない。そうでなくとも双子をじっとさせておくのは至難の業なのだから。


「じゃあ私も行ってくるわ」

「え?行くのか?」

「当たり前でしょ。何のために着替えたのよ」

「それはそうだけど、上はすごい日差しだぞ」


ノラの肌の白さは生まれつきでもあるのだろうが、血を分けた双子達と比べてもなお白いのは引きこもりのお陰と考えられる。そんな日光に耐性のない彼女なら火傷とさえ言えるほどの日焼けを負うことにもなりかねない。


「問題ないわよ。私には魔法があるから」


しかしノラはそう言い残して消えてしまった。恐らく転送魔法で飛んだのだろうが、転送魔法は目視するか写真を見るかなどして位置情報を把握しないと思い通りに飛べない。

ついさっき増設したばかりのプールには飛べるはずもないのだが…まあうまくやるだろう。ノラには「魔法があるから」


「フッ。ならば俺が遅れをとるわけにはいかないだろう」


そう言ったオスカーは胸の前で両腕をクロスさせるようにして水着の袖同士を触れ合わせる。その瞬間水着が縮み、さらに袖と裾から液体の様に生地が出現し、首から下全てが水着に覆われた。


「パティ。先に行ってるぞ」

「後から追う。武運を」


オスカーは背を向けたまま頷き、猛然と階段を駆け上がっていった。


「…パティ」

「はい」

「何だあのスーツ」

「パーフェクトプルーフスーツ。略し…」

「いやそうじゃなくて」


名前はさっき聞いた。略してPPスーツ、またの名をレジスタンスだ。しかし欲しい答えはそれじゃない。


「袖から布が…」

「自己組織化と呼ばれる現象を利用しました。現象としては雪の結晶が出来たりトカゲのしっぽが生えてきたりするのと同じです」

「自己組織化…」


知ってるが分からん。それを利用して何であんな風に繊維が流動するんだ。


「あまり難しく考えないで魔法だと思ってください」

「僕が理解できないと思って馬鹿にしてるだろ」

「いえいえ。そんなことしませんよ」


パティは両手と首をぶんぶんと勢いよく振る。その勢いが真に迫っていたのでそういうことにしておいた。


「じゃあ今僕が着てるこれもああなるのか?」

「はい。装着の仕方はお兄ちゃんがやってたのと同じ方法です」

「胸の前で手首を合わせる。か」


試しにやってみる。

全身が締め付けられたと思った次の瞬間、きつさは適切な具合に緩んで両手と両足に水面をくぐるような感覚が訪れる。


「装着完了。見事でした」


確かにスーツが変形して僕を包んでいく光景は見事だったが実際僕は腕をクロスさせて突っ立てただけだ。褒められるいわれはない。


「で、着心地はどうです?」

「着心地は…うん。いい」


腕を回したり足踏みしたりして確かめてみるがまったく引っかかるところはない。むしろいつもより体が動かしやすいくらいだ。


「で、これ脱ぐときはどうするんだ?」

「ふふ。見くびってもらっては困りますよ。ちゃんと方法があります」


別に見くびって聞いたわけじゃないし、そんなに得意げになることでも無い。まあ大事なところで抜けてるパティにとっては進歩みたいなものかもしれないが。


「着る時と同じポーズをして下さい」


僕は言われた通りもう一度胸の前で手を交差させる。すると手足を覆っていた生地が引っ込み、肌に密着していた水着が元に戻る。

解除して初めて気付いたが、上と下に別れていた水着は「装着」することで繋がっていたようだ。


「なるほどな」

「どうですか?これなら誰でも使えますよね?」


パティが目を輝かせながら僕の顔を覗き込む。


「そうだな」

「ふふ。これで分かりましたか?私はお兄ちゃんにしか使えない武器ばかり作ってるわけじゃないんですよ」

「これ、武器なのか?」


得意げなパティに水を差すのは気が引けるが、てっきり便利品だと思っていた。確かに防水、防刃と言えば戦場でも役立ちそうだが。


「攻撃は最大の防御。防具こそ最大の武器です」

「理論のすり替えをされた気がするのは気のせいか?…まあそれはいいとして、首から上は守れないのか?」

「首から上?」


パティはキョトンとして首を傾げる。


「防具にするならやっぱり一番大事な頭を守らないといけないだろ?」

「そうですが、体を覆うのと同じ素材で頭まで覆ってしまうと窒息してしまいます」

「うん。それはその通りだな」


その通りだが、何か別添えのヘルメットと接続できる仕様にしたりなど、色々やり様はあると思うんだが。

そう指摘する前にパティは口を開く。


「それに、戦闘において頭部を守ることは当然のことです。わざわざ装備で守らなくてもいいと思いますが?」

「いや…それは違うだろ」


理論がどこかでねじれている。


「まあでも一応検討はしておきます。そんなことより上には行かないんですか?みんな待っているのでは?」

「そうだな。行こうか」


けして「そんなこと」では済まされない理論のねじれなのだが、まあいいだろう。水着としてのみ使うことにしておけば。

プールへと続く階段を上り終えた僕は再び陽光に肌を焼かれることを覚悟したのだが、その覚悟は無駄になった。


「何だこれ?」


僕は頭上を覆う灰色の円盤を見上げて呟く。それによって日差しは完全に遮られていた。


「魔法よ。見れば分かるでしょ」


そう口にしたのは水面にプカリと浮いたノラだった。まるでベッドの上に寝ているようだ。黙っていれば水死体に見えなくもない。


「魔法でこんな傘みたいなのを作ったのか?僕に言えば城を変形させて屋根にできたのに」

「言ったでしょ?私は今魔力が有り余ってるのよ」

「そんなことも言ってたな」


じゃあこれはノラの魔力のはけ口というわけか。


「パティも来たのね」


ノラは横にしていた体を縦にしたがプールの底には僅かに足が届かず立ち泳ぎのような格好になる。体が少しもぶれないところを見るに、ここでも魔法を使っているんだろう。


「じゃあ打ち上げるわよ」


言ってノラは僕たちに背を向け外を、海と空以外には雲しかない2色の世界を指差す。プールの中で泳いでいた双子とオスカーも動きを止めてノラの指差す先に注目する。

まずは灰色だった。青と白の中に一筋の灰色、ノラの魔力が飛んで線を引く。

灰色は100メートル程進み、文字通り咲いた。赤や黄、緑や紫と言った極彩色をベースとした魔力の花火は太陽の光の中でも存分に自らの存在を主張し、数秒後には潔く消え去る。


「綺麗…」


僕の隣でパティが呟く。確かにそれに関しては僕も同意見だった。しかし、僕の口から飛び出したのは別の言葉。


「何してるんだノラ!今すぐ止めろ!」


僕は説明したはずだ。もうエレツは近いと。

海の上に巨大とは言わないまでもそこそこの大きさの船というか城というかを浮かべているのに、見つけて下さいと言わんばかりに花火を連続で発射している場合ではない。


「安心してアーサー」


しかしノラは飄々と僕にそう返す。


「この花火はこの城の中にいる者にしか見えないようにしてあるから」

「え?」

「それに、もし私たちに近付いてくるようなやつがいればそれを探知する魔法も作動させてあるわ。範囲は大体5キロよ」


どれだけ魔力が有り余ってるんだこいつは。あの規模の爆発と言うか炸裂というかを僕たちにしか見えないようにする魔法といえばかなり複雑になるし魔力の消費だってかなりのはず。


「あの、ノラさ…万能の魔術師よ」

「何?」

「範囲を5キロメートルと言っていたが、それは既に我が眷属の術中。わざわざ魔法で監視する必要は…」


パティの言う通りこの城の城壁の各所にはパティが発明した監視及び障害物探知装置、名前を何とか言ったが、を設置してある。それの有効範囲はおよそ5キロメートル。ノラの魔法は本当に魔力の無駄でしかないのだ。


「え?そうなの…?」


その事実を耳にしてノラは表情を曇らせる。


「じゃあ仕方ないわね。範囲を広げて10キロにするわ」


しかし魔力の無駄遣いは止めないようだ。

ノラは目に見える動きはしなかったが、魔法の有効範囲を広げたようだ。さて、なぜ僕たちにもそれが分かったかと言うと


「アーサー」


ノラが口にしたこの言葉がきっかけだった。


「何かいる」

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