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第1話 深淵の水魔②

「ここにあるって?」

「はい」

「それだと意味ないだろ。少なくとも受信装置か送信装置のどっちかは波斗原にないと」


料理をこの城まで送ってもらうということだからこっちにあるべきは受信装置だ。


「そうですけど…」


パティはノラに視線を移して続ける。


「ノラさんが大丈夫だって言ったので…」


僕もノラに視線を注ぐ。ノラは僕とパティからの視線に気づいたのか、促される前に口を開く。


「駄目なの?魔力はちゃんと送られるんでしょ?」


眉根を寄せながら、さながらおかしなことを言ってるのは僕たちの方だと言わんばかりに。


「送られるけど電波に変換されてるんだ。それをもう一度魔力に変換しないと魔法は発動しない」


ノラはより一層眉根を寄せ、


「ねえアーサー。聞きたいんだけど」


ノラは質問に質問で返す。


「電波って何?」


どうしてこいつはパティと会話が成立してたんだろうか。


「電波が何か分かってない状態でパティに大丈夫だとか言うなよ…」

「しょうがないでしょ!私の専門外なのよ!」

「専門外だとしても受信装置と送信装置が両方同じ側にあったらどうにもならないって分かるだろ!?」


ノラは口をつぐむ。大好きだった説明が満足にできなかったこともあってか、その視線は鋭い。

とはいえ僕の言ってることが正しいと悟ったのか。彼女は「いつかぼろかすに論破してやる」と目で語るにとどまった。


「と、言うわけで折角作ってもらっておいて悪いけど、波斗原から潮離の料理を取り寄せるのは無理だな」

「そう…ですか」

「そんな…あんまりよ」


パティとノラは共にうなだれる。


「やっとの思いで完成させて、アーサーの料理をこれ以上食べなくてよくなると思ってたのに…」


失意に沈みながらもノラが僕の料理をけなしだした。


「確かに潮離の料理は絶品だったけど、僕の料理もそんなにひどいものじゃないだろ」

「そうですね。食べられないことはないです」


パティが僕のフォローに回ってくれたかと思ったが、言葉の意味を考えるとそうでないことに気付く。


「そ、そんなにひどいのか…?」


パティは基本的に中立でノラみたいに性格も口も悪くない。だから僕の料理は本当においしくないということになる。


「あ、いえ。私が作るものと比べれば圧倒的にアーサーさんの方がおいしんですけど…ただ、ちょっと」

「パティ。こういうのははっきり言ってあげた方がいいわよ。私たちのこれからの食事のために」


僕の今後のためではないのか。


「はい…それじゃあ…」


パティが遠慮がちに言葉を紡ぎ出そうとしたその時、


「潮離はどこだー!」「潮離のめしー!」


叫び声と共にドアがものすごい勢いで開かれ、シニステルとデキステルが入ってきた。

彼らはノラの弟たち。「万全の剣士」である双子だ。2人とも青いフェルト生地の半袖シャツに黒のズボンを身に着けている。


「待て双剣!まだ入っては!」


2人より数歩遅れてオスカーも厨房に踏み込んで来る。


「あれ?潮離来てるんじゃないのか?」「もしかしてもう帰ったのか?」


2人はその間に鏡があるかのようにタイミングを寸分も狂わせずに厨房を見渡す。


「落ち着け2人とも。ここには潮離も潮離の料理もない」

「なんだよー」「ないのかよー」


2人は同時に肩を落とす。この2人との付き合いも長くなるが、未だに僕は彼らのうちのどっちがどっちかというのを、顔に付いた傷でしか判別できない。

左目に傷が入っているのが左利きのシニステル。右目に傷が入っているのが右利きのデキステル。外に出る時は2人とも剣を装備するので剣がぶら下がってる側からも判別できるが、室内にいる今は2人とも剣を持っていないのだ。


「せっかくアーサーの料理を食わずにすむと思ったのに」「あの滅茶苦茶味の薄い料理を食わずにすむと思ったのに」


溜め息をつきながら2人はそんなことを言う。


「何だって?僕の料理の味が薄い…?」

「サラダは葉っぱのままだし」「肉は塩味しかしないし」

「味付けに芸がないのよ」


ノラも参戦しだした。


「そう思ってたなら言ってくれればいいじゃないか」

「だって、言ったらアーサーは拗ねて料理しなくなるでしょ」

「ぐっ…」


まるで僕の心を読んだかのような的確な発言だった。


「でも、食事の時はみなさん各自で味付けできるので味が濃いよりはいいかと…」

「あれ?パティ」「喋り方変だぞ」


僕を擁護してくれたパティだが、双子はどうでもいいことを指摘する。

パティの中二病が仮病であるということは双子にも伏せられている。2人がそれを知ってしまえばオスカーにそれが知れることは必至だからだ。

あの2人に僕らのように器用な気の遣い方はできない。


「失礼。言語インターフェースの調整に一時的に不備が出たようだ」

「「ふーん」」


パティの発した単語は2人の語彙を超えていたためか、興味を無くした様子でそれ以上の追究はしなかった。


「えっと…オスカー?」

「ああ、主よ。申し訳ない。止めようとしたのだが『潮離』の名を聞くなりすごい勢いで」

「ああ、分かるよ…」


オスカーは心底申し訳なさそうな顔をする。しかし脳裏に浮かぶ双子の急加速の光景は、僕からオスカーを糾弾させる気を失せさせるには十分だった。


「でも話はもう終わったから大丈夫だ」

「え?まだ終わってないでしょ?」


ノラが口を挟む。


「そうで…そうだ。まだ『亡国への翼』は羽ばたかれていない」

「そうは言っても『亡国への翼』は使いようがないだろ」

「だったら使えるようになる方法を考えなさいよ」


ノラは僕に食って掛かる。とんだ責任転嫁だ。


「潮離の料理が食べられなくてもいいの?」

「それは…」


そう言われると弱い。潮離の料理は食べられるのであれば毎日でも食べたい。


「分かったよ。じゃあ僕の方でも考えておく」


そうは言うが、僕は科学や魔術に関して知ってるだけなので考えたところで突破口が見える公算はない。

どうせ期待はそこまでされていないだろう。


「…そういえば全員集まってるんだな」


今この城にいるのは僕を含めて6人。それが今一同に会しているということを僕は厨房内を見渡して気が付く。


「丁度いい。そろそろエレツの領海に入るだろからこれからの流れを確認しよう」

「それよりも腹減った」「先に昼めしにしてくれ」

「潮離の料理はないわよ」

「ああそっか…」「そうだったな…」


双子は露骨に残念そうな顔をする。本当に辞めてやろうか。料理当番。


「私たちは装置を片付けながら改良案を練っておくわ。できたら呼んで」

「分かった」


ノラはオスカーとパティ、そして亡国への翼を伴って転送魔法でどこかへと、十中八九ノラとパティ共同の研究スペースだろうが、飛んで行った。

僕の提案は無言のうちに流され、食事が優先されたようだ。


「シニステル。デキステル。お前達は…」

「もの切るくらいならできるぞ」「何か手伝おうか?」


僕が頼むよりも早く双子は自主的に手伝いを申し出た。出会ったばかりのこいつらなら遊んでくると言ってどこかに走り去っていたというのに。

2人の成長に心を打たれながら僕たちは調理に取り掛かる。

さして事件は起こらず、1時間ほどで調理は終わった。


「よし。できたな…Golem. Call Nola」

「Yes sir」


僕は床に指示を出す。城にはこの失われた言語を用いて指示を出せる。今この世界にこの言語を知っている者はいないが、言語に関しては文法も発音も僕の知識に全てあるのだ。

波打った床が了解を告げた数秒後、ノラ達が転送魔法で厨房に飛んできた。


「かなり時間かかったわね」

「ああ、その代わり自信作だ」

「そう。じゃあ料理も一緒に運ぶわ…料理はどこ?」

「料理はまだ盛り付けてない。鍋ごとダイニングに運んでくれ」


ノラは蓋の隙間から湯気を漂わせている2つの鍋、一つは底が深く、一つは浅くて広い鍋をその目に捕らえ、


「転送」


一言そう呟いた。

直後に僕の視界は歪み、瞬き一つの後に歪んだ景色はダイニングに変わっていた。初めて体験した時は転送直後によくバランスを崩していたが、今となっては慣れたもので、直立不動で降り立つことができる。


「主よ。今回我らの血となり肉となるのは一体どのような…」

「ああ、それは」

「いや!みなまで言うな」


オスカーは右手を勢いよく前に突き出し、僕を制する仕草をする。


「宇宙が俺に告げている。…鍋の中身は、カレーだな」

「ああ…正解だ」


正解だが、思うに告げているのは宇宙じゃなくて嗅覚だ。

僕と双子は作っている段階で鼻と言わず全身にその匂いを浴びたので既に麻痺しているが、転送魔法で飛んできた3人はすぐに分かっただろう。


「まあ、大穴としてカレーうどんというのもあったんだけどな」

「何訳の分からないことを言ってるの?アーサー」

「何でもない。…いや、何でもないし、訳分からなくもないだろ」


しかしそんなノラでもよく気が付くようで、鍋だけではなく食器と水も一緒に転送してきていた。


「さ、早く食べましょう。各自で盛ればいいのよね」

「ああ」


さすがに職務怠慢とは言うまい。僕は一番最後によそい、席に着く。


「じゃあ、いただきます」


僕のいただきますの後に続いてみな同じ言葉を発し、その口にカレーを運び始める。


「……」

「…」「…」

「……」

「……」


一口目を口にした全員が無言だった。黙々と咀嚼し、やがて飲み込む。


「どうだ?さすがにこれで味が薄いということは無いだろ」

「ええ、そうね。大丈夫よ」


そう答えたのはノラだったが。そう言った直後に彼女は右手で空を掴むような動作をする。

直後に厨房から転送されたのであろうソースの瓶が彼女の手の内に現れる。

自分のカレーに丸を描くようにそれを注ぎ、ノラは食事を再開した。


「姉ちゃん俺らも」「次貸してくれ」

「我、汝が漆黒を所望する」

「同じく」


全員だった。

今回ばかりは味が薄いという苦情は来ないものと思っていた僕はみんなの反応がにわかには信じられず、自分の皿によそったカレーを口に入れる。

スパイスが舌を刺激しつつ香りが鼻から抜けていく。一晩寝かせたものにはかなわないかもしれないが、うま味は十分に感じられた。


「普通においしいじゃないか」

「ええおいしいわ。あなたは何も悪くないのよ」


さすがに今のノラの言葉をそのままの意味で受け取るほど僕は純粋じゃない。


「まあまあ。アーサーさ…わが主が我らの健康を気遣った結果、塩分値を抑えてくれたのだろう」


パティがフォローに回ってくれたが、それならソースをかけるべきではないだろう。

パティのソースはノラが使ったソースよりも多い気がする。気のせいだろうか。


「はぁ…。そうだな。そういうことにしておこう」


偶然僕の味の好みと彼らの好みが違っただけだろう。わざわざおいしくない物を食べさせる必要はない。みんなの好きなように食べればいい。

そう割り切ることにして僕は皿に残ったカレーを掻きこんだ。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさま」

「「ごちそうさま」」

「糧に感謝を」

「恵みに謝意を」


オスカーは1度、双子は2度お代わりをした。僕とノラとパティはお代わりをしなかった。結果的に食べた量は違ったが、しかし食事はみなほぼ同時に終了した。


「食器はそのままにしておいて。私が片付けるから」


そのノラの言葉の直後、僕たちの目の前から食器が消える。

ちなみにノラの当番は皿洗いと洗濯。どちらも魔法で行えるためノラの負担はほぼ0だ。


「じゃあ、このまま始めようか」

「始めるって」「何をだ?」

「お前ら、もう忘れたのか?」


あるいは本当に聞いていなかったのだろうか。

作戦会議に決まっている。

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