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第1話 深淵の水魔⑯

もう一度風呂に入ってから僕とキレネは夕食前まで入れられていた部屋に戻った。

そしてしばらく待ち、僕は静かに部屋を抜け出す。ニルプの手回しか、それとも元々こうするつもりだったのか、部屋の前には誰も待機していなかった。

一応誰にも見つからないように耳を澄ませながら移動する。水魔城の通路は床が大理石のようなものでできているため、基本裸足でいるニクスやニクシー、アプサラス達が近くで歩いているとヒタヒタと音が鳴る。対して僕は靴を履いているので注意すれば音を立てずに歩ける。

僕は普通に歩くよりも倍くらいの時間を掛けてニルプの待つ最上階に到達する。

来ることは分かっているだろうが一応ノックをする。見つかるリスクを考えれば今すぐにでも飛び込みたかったのだが。


「アーサーさんですか?」

「はい」

「どうぞお入りください」


中に入るとニルプは椅子に座って僕を待ち構えていた。彼女に向かい合うようにもう一つ、椅子が用意されている。


「おかけになってください」

「失礼します」

「まず本題に入る前に、どうして千年以上も前に起こったことを知りたがっているのか、その理由を教えてください」

「真実を知りたいという、ただそれだけですよ」


僕からの答えが漠然としているためか、ニルプは小首をかしげる。


「あなたは、歴史家か研究者なのですか?」

「いいえ。違います」


物知りだけが取り柄の策士だ。


「まあでも、ある意味では歴史家や研究者と言えるかもしれませんね」


真実を追い求めるという意味では。


「僕の頭にはこの世界の全てとも言える知識があります。でも、その知識がどうして僕に宿ったのかも、その知識の源、ある一冊の本なんですが、それがどこから来たのかも僕には分からないんです」

「それを知ることと、この州の過去に何の関係が?」


ニルプがそう疑問に思うということは、触れただけで人に知識を与える本に心当たりは無いということか。


「それを答える前にまず、ニルプさんは何か心当たりがないですか?触れただけで人に知識を与える本について」

「そうですね…わたくしは生まれてこの方そんなものは見たことありませんね。過去にそういうものがあったというお話も聞きませんし」


なるほど、ニルプがそういうなら水魔城はハズレだということか。


「僕達はこれから、この質問を残る4州と、首都でもするつもりです」

「今の質問をすること、それがこの州にあなたがいらした理由ですか?」

「はい」

「そしてエレツ中を駆け回るおつもりなのですか?」

「はい。そしてできれば、首都に着く前に僕の知りたいことが全て分かればいいんですが…もしそれが不可能に終わった場合、僕は首都で情報収集をします」


簡単に言うが、実際それはとても難しいことだ。ノラによると首都では情報の制限が厳しいらしい。

エレツが出来上がった表向きの歴史さえ、首都の国民の半分程度しか知らない情報らしい。そして当然、首都から与えられた情報は口外してはならないという厳格な守秘義務もあるから、聞き込み調査はできない。


「その時僕は、エレツで革命を起こすと思います」

「革命?」

「はい。もちろんあくまで平和的に、そして合法的にですけどね」


まあ、作戦の詳細は語らないが吉だろう。水魔城は敵にも味方にもしないとは既に話した通りだ。


「その時必要になるのがここの過去です。あるいは首都とこの水魔城に残った禍根」

「それで首都の方や魔王様を、脅すというのですか?」

「いえ。そんなことはしません。ただ、隠された過去を知れば革命の筋道が見えてくるはずなのではないかと」


ニルプはその僕からの言葉に相槌を打つでもなく暫く黙りこみ、やがて再び口を開く。


「どうしても、知りたいですか?」

「え?あ、はい」

「本当に知りたいですか?教えられないと夜も眠れないくらいに」

「…少なくとも数日間はもやもやすると思います」

「でしたらお教えしましょう」


だったらそれが本当だと証明しろ。

くらいのことは言われるかと思ったが、しかし予想に反してニルプは快諾してくれた。


「まず、レヴィアタンが20体そこらの悪魔にやられたという話、あれは嘘です」

「まあそうですよね」


まず第一の予想が外れなかったことに僕は胸を撫で下ろす。


「レヴィアタンが深手を負ったというのは事実です。その時悪魔と戦っていたというのも。隠された情報、それは、その時天使も一緒にいたということです」

「天使が、いた?」


歴史によると天使が駆け付け、レヴィアタンを救って悪魔を倒したとされている。


「はい。天使と悪魔が連携してレヴィアタンを倒したのです」


言葉が出なかった。想定外だったからだ。

僕はせいぜい、悪魔はもっとたくさんいたとか、悪魔以外にも水魔城に対する敵対組織が存在したとかだと思っていたのに。


「えっと、ちょっと待ってください。どうしてそんなことになったんですか?一体歴史はどこから嘘なんですか?」

「……ある日のことです。20体ほどの悪魔が水魔城にやってきました。そのすぐ後にレヴィアタンがやってきてこの城を守るために戦ってくれたのです」


ニルプは僕の質問に直接答えることはせずに語りだした。


「はじめはレヴィアタンの方が有利に立ち回っていました。あの時の彼はまだ体を持っていたため大量の海水を操れましたので」


つまり全盛期だったというわけか。


「しかし突如、魔王様が現れました。魔王様はレヴィアタンの親友であるベヒーモスの亡骸を持って彼に言いました。『降伏しなければお前の友達は全てこうなる』と」

「魔王がレヴィアタンを…!?」


つまり標的は最初から水魔城、その守りの要であるレヴィアタンだったということか。


「それで彼は降伏したんですか?」

「いいえ。むしろ逆上してより激しく戦いました。それはもう鬼神のごとく、我を失ったように」


ああそうか。よく考えればそうだ。降伏したならレヴィアタンは今も五体満足なはず。


「ここで暴れた結果、深手を負ったんですね?」

「はい。天使と悪魔がともに力を合わせた結果、レヴィアタンは体を失いながらも命に別状はなく無力化されました」

「体を失ったってどういうことですか?」


体がない状態で命に別条がないわけがない。はらわたの言い間違いだろうか。

いや、はらわたを失くしたらそれはそれで致命的だ。


「文字通りの意味です。レヴィアタンは体を失っても魂だけで生きられているようです」

「霊体ということですか?」

「いえ。実体はあります。…申し訳ありません。詳しくはわたくしもよく理解していないんです。ただ運よく助かったとしか」


僕の知識にもレヴィアタンが肉体と魂を切り離せるという情報はない。偶発的なもの、つまり奇跡と解釈するべきか。


「えっと、要するに天使も悪魔も魔王の手先」

「はい」

「そしてレヴィアタンはその天使と悪魔によって魂だけにされたと」

「はい」


天使と悪魔が実はグルだったというのは一大スキャンダルだろうが、しかしこれを首都にいる人間達にばらすぞと言っても多分脅しにならないだろう。国がひっくり返るほどの大暴露。脅しの文句を言い切る前に殺されかねない。

過ぎたるは尚及ばざるが如しというやつだ。


「というかニルプさん。これって僕にしていい話なんですか?」

「はい。魔王様と交わした約束の中には真実を国民に黙っているというものでしたから」

「いや、それって大丈夫じゃな…いや、そうか」


僕がエレツ出身でないから大丈夫という認識か。法の網をかいくぐるとはこのことだ。


「ちなみに他にはどんな約束をしたんですか?」

「魔王様とした約束は4つ。1つ目は先ほどのあれです。国民に真実を隠すということ。」


魔王としてはきっと、誰にも言うなと言いたかったんだろうが。


「2つ目は魔王様から指定された魔物、主に水に関する魔物ですね。これらを水魔城に集めるということ。そして3つ目、水魔城の民を決して本土に上げない」


言い換えると完全な隔離措置。


「4つ目。もし領域内にエレツ国民を発見すれば即座に帰還させるか、それが困難なら水魔城にて永久に保護する」

「なるほど…いやちょっと待ってください。永久に保護って言いましたか?」

「はい。あ、ご安心ください。アーサー様ご一行は異国からの来客ですのでこの限りではないと解釈しています」

「助かります」

「これで真実は全てお話ししました。いいですか。くれぐれもこの内容はあなたの仲間を含め、ここの民には口外しないようにしてください」


人差し指を口元にあててニルプは沈黙のジェスチャーをとる。

もちろんそうするつもりだ。口外した時一番害を受けるのはここの国民。それは自分が直接被害を受けるよりも寝覚めの悪い話だ。


「あの、ニルプさん。これは雑談としての質問なんですけど、最初の国民の中にはエレツの内陸の湖とかにいた魔物もいたんですよね。そういった魔物はここに住むことに反発しなかったんですか?」

「いえ。反発した方も少なからずいたようですよ。ですが少なくともここに来た者で反発した者はいませんでした。それどころではなかったので」


ニルプは当時を懐かしむように笑みを浮かべる。


「レヴィアタンが我を忘れて戦ったことにより、城が半壊…いえ、8割壊いたしましたので、みな復興作業のために尽力してくださいました」

「8割壊…?」


逆に無事だった2割って何なんだと気になってしまう。


「文句を言うために来られた者もいたようですが、復旧作業に汗を流す姿を見てそんな気は失せたようです」

「そんなにうまくいくものなんですか?」


まあ実際にうまくいったと言うのだからそこに疑いを挟む余地なんてないんだが。


「簡単なことです。アーサー様にもできることですよ」


そう言ってニルプは立ち上がり僕の方へ、正確には僕の頭の上へ手を伸ばす。


「こうするんです。…なでなで。よしよし。なでなで。いいこいいこ」

「え、あの、何を…」

「こうされて嫌な気になる者なんていません」


どうだろうか。今僕はかなり恥ずかしい思いを…いや、不思議なことにだんだんとその気持ちが薄れて行き、心地よさが頭にのさばり始める。


「よしよし。いいこいいこ。なでなで。なでなで。…どうですか?もっとしてほしいでしょう?」


視界が白く染まっていく。睡魔に襲われたのだと思って僕は目をしばたかせるが、白い靄は消えない。


バチッ!


その音とともに僕の頭に衝撃が走る。それは痛みという純粋な嫌悪感だった。と、同時に白い靄は消える。

ニルプの手と僕の髪の間で静電気が発生したのかと思ったが、そうでないということを僕は背後で響いた声を聴いて悟る。


「ちょっと。うちの策士を洗脳しようとしないで」


聞き間違えるはずもない。ノラだ。


「頭しか使いものにならないんだから」

「一言多いぞノラ」

「事実でしょ?」


事実だった。


「さあ、どういうつもりなのか説明してもらいましょうか」


鋭い口調でノラは言い放つ。

情けない話、僕はまだ状況を完全に把握はしていなかった。

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