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第5話 鎖錠の森精㉙

夕方、僕の足は早くもアルフヘイムの外の土を踏んでいた。


「本当に行っていいんですね?」


僕は振り返り、そこにいる大臣に対して問いかける。

彼がここにいるのは、恐らく見送りのためとかではない。


「構わん。すでに事態は収拾し、証拠は確保済み。これ以上の滞在は互いにメリットがないだろう?」


まあ、今の確認は挨拶みたいなものだったので、実際何でもいい。


「オスカー、パティ。しばしの別れになるけど…」

「案ずることはない。互いに互いの戦いを続けよう」

「何かあればいつでも、助けに行きます」

「ありがとう。その時は頼むよ」


もっとも、そのためには移動手段が必要だが。


「ふたりは波斗原か。みんなによろしくと伝えておいてくれ」


未だにこちらとあちらを物以外が行き来することは実現していないのだから。


「もちろんだ。…本当は、アーサーさん自身が伝えられればいいのだがな」

「はは、そうだね。でも、僕らは先に進まないと」


僕とノラとキレネの三人で。首都へ。


「首都に侵入してからの少人数というのは不安があるけど、侵入するまでは少人数の方が好都合だ」


侵入してから、仲間を呼ぶなり増やすなりすればいい。


「私の魔法があれば何人いても侵入に不都合はないと思うけど」

「それでも、人数が多いとそれだけ不確定要素になるだろ」

「不確定要素、ね。そんなものになるかしら」

「一応言っておくと、お前はよくそれになるぞ」


気分で作戦に従ったり従わなかったり、本当に不確定なやつだ。


「まあまあふたりとも、そこの料理がどんな味かなんて、行ってから味わえばいいよ!」

「…逆に、それを不確定要素だと思ったことはないぞ」


心配ではなく関心がないからだ。


「別れの言葉は済んだだろうか?」


開け放たれた壁の隙間から、大臣の焦れたような声が飛んでくる。

その言葉には誰も答えることなく、オスカーとパティは壁の向こう側へと身を戻した。

それ以上言葉は交わされることなく、アルフヘイムの壁は無情な速さで閉じられる。


「…さて、ここからは3人か」

「どうするの?まさかすぐに首都には行かないわよね?」

「ああ、まずいかないといけないのは妖精の園だ。城が必要だし、」


ずらばってんも回避しないといけないし。


「それと水魔城もだけど、それは妖精の園の後でいい」

「水魔城?あんなところに何の用よ」


あんなところとは随分な言い草だが、いい思い出もないだろうし無理からぬことだ。


「あそこにベヒーモスの体があっただろ?あれを魔力で複製できないかと思って」

「既にあるものを、何のために複製するのよ?」

「いざというときのためだよ」


魔力で複製できるなら、たとえ肉体を破壊されたとしても、ベヒーモスは戦える。

もちろん、それは物理的に、という話で、精神的には拒否されるかもしれないが。


「あと、練習も兼ねてる」

「練習?」

「ああ、首都にあるレヴィアタンの肉体の複製の」


そこまで聞いて全てが繋がったらしく、このことについて更にノラが何かを聞いてくることはなかった。


「じゃあ、まずは妖精の園だったわね。飛ぶわよ」

「ああ、頼む」


視界が切り替わり、目の前の荒野と打って変わって大量の緑が目に飛び込んでくる。


「わー久しぶり!」


メカジズとの戦いのときに一緒に来てなかったキレネが歓声を上げる。


「やっぱりここ、いい匂いだよね!」

「え、そうか?特に美味しそうな匂いはしないけど」

「違う違う。食べ物の匂いじゃなくて、緑の匂いだよ。もー、アーサーったらぁ」


食いしん坊なんだからぁ。みたいな目で見るな。お前ほどじゃない。


「アーサー。グズグズしてていいの?急がないとずらばってんなんじゃないの?」

「ずらばってんが何か知ってるようなもの言いだな」

「え、何?あなた知らないの?」

「お前もだろ」


知ってたら嬉々として説明を始めているはずだ。


「まあいい、行ってくるよ」

「あ、私も行く」

「私は城に残ってるわ」


目の前からノラが消え、僕とキレネはアニー、あるいはマザーを探して歩き出そうとしたその時だった。


「えーい!」


僕の足元から3歩ほど進んだ先の地面が盛り上がり、中からアニーが飛び出してきた。


「えっ!?えぇ!?何で!?土の中、ずっと隠れてたの!?」


キレネの驚愕ぶりに、アニーも満足げだった。


「子供の成長は早いものですね。もう土属性を習得したんですよ」


いつの間にか僕の背後に現れていたマザーがアニーに負けないくらいの満足げな表情で僕にそう言った。


「土属性…ってことは魔法を?」

「ええ。ゆくゆくは全ての属性を身に着けることでしょうね」

「全ての属性を…」


妖精の女王であるティターニアから生まれたからということだろうか。


「それにしてもそちらの彼女、少し見ない間にすっかり雰囲気が変わりましたね」

「え?」


マザーの言う「彼女」とは間違いなくキレネのことを指しているのだが、そうだろうか?全く共感できない。


「きっと、すごい冒険をされたのでしょうね」

「冒険?いや…」


直接キレネが冒険をしたわけではないが、しかし今日のような大規模な戦いは、傍で見ていただけでも冒険と言うこともできるか。


「まあ、そうかもしれないですね」

「これが望ましい変化になるかどうかはあなた次第ですが、それは、言うまでもないことでしょうね」

「僕次第…」


僕がマザーからその言葉の真意というか深意を聞く前に、キレネの手を引いてアニーが僕の前までやってきた。


「アーサー。約束、覚えてるよね?」

「うん。何して遊ぼうか?」


その僕の言葉に、アニーはぱあっと花を咲かせる。比喩ではなく、彼女の感情に呼応してか、足元の緑のコケが実際にぱっと開花したのだ。

ちょっと生物学的にあり得ない色と大きさの花のような気がしたが、フェアリーグラマーが働いている。何でもありなのだろう。


「えっとね、えっと、鬼ごっこ!」

「鬼ごっこか。いいぞ。キレネも一緒にやるよな?」


というかやってくれ。僕だけじゃきっと体力がもたない。


「うん、やるー」

「じゃあ、最初の鬼はアーサーね」


よーい、どん。の号令で僕ら3人は鬼ごっこを始めたのだが、何がどうというよりも、アニーの逃げ方がすごかった。地面をトランポリンのようにうねらせて、縦横無尽に跳び回るのだ。

そんなことをされては当然アニーに指先がかすりすらしない。

一応追いかけはするが、程なくしてキレネに鬼を移す。

キレネもまずはアニーを追いかけようとするが、やはり力尽きて僕が鬼となる。

さすがにこれではまずいかと思っていると、次第にアニーが不満げな視線を僕に向けるようになってしまった。


「はぁ、はぁ…やるしか、ないか」


アニーは鬼になりたいわけではないだろう。しかしだからといって追いかけられたくないわけでもない。

いや、むしろ追いかけられることこそがアニーの目的、この遊びの醍醐味だ。それを僕が体力を理由に途中で諦めてキレネを捕まえているようじゃ、アニーの不満も当然というもの。

アニー風に言うならば、ずらばってんだ。


「大丈夫?アーサー」

「はぁ、はぁ…いや、大丈夫じゃ…ない」


実際、僕だけの力で捕まえられるような相手じゃない。間違いなく魔法がいる。ノラに来てもらえばよかった。


「でも、やるしかない。ちょっと頑張るよ」


そう。僕にできるのは頑張ってアニーを追いかけ続けることだ。たとえ捕まえられなくても、追いかけ続ける。

僕は駆け出し、アニーを追いかけ続けた。

そして


「アニー…はぁ、はぁ、はぁ…こうさ…ぐっげほっ!…降参、だ」


2時間は経っただろうか。ついに僕の足は動かなくなり、地に膝をつく。

実際は20分くらいな気がしないでもないが、ここでは時間は無意味。2時間だということにしておく。


「え〜もう終わり?」

「ごめん…もう、走れ、…そうにない…」


ああ、これはもう、ずらばってんでも仕方ない。依然としてそれが何なのか見当もつかないが、甘んじて受けよう。


「ありがとうアーサー!うち、楽しかった!」

「ほ、ほんとうか…?よかったよ…」


立ち上がれないままだったが、しかし全てが報われたような気持ちになった。


「大丈夫?」


今や同じ高さの目線となった僕を気遣って、アニーが僕の顔を覗き込む。


「大丈夫、だよ…?」


語尾が上がって何故か疑問形になってしまったが、あながち間違いでもないかもしれない。


「お水飲む?」


どこから掬ってきたのか、アニーが両手で作ったお椀に水を汲んで僕に差し出す。


「ああ、ありがとう」


手渡し、というか手移しで与えられたその水は、人肌を感じさせない冷たさと、花のような甘い香りがこもっていた。


「まあ!水属性を!」


それを見ていたマザーが感嘆の声を上げる。


「今のはアニーの初めての水属性です。ああアニー。素晴らしいわ」


アニーは何のことか分かっていない様子だったが、マザーが喜んでるからと自分も顔を綻ばせる。

というか、そんな記念の水を僕が飲んでも良かったのだろうか。


「今の水、アニーが出したんだね。どう?アーサー。おいしかった?」

「うん。おいしかったよもちろん」


そんな物欲しそうな目で見られても、僕が与えられるのは感想だけだ。


「では、アニーの水属性修得のお祝いをしましょうね。みなさんも一緒に」

「お祝い!やったねアーサーお祝いだよ!」

「あ、うん。ありがとうマザー。ご相伴に預かるよ」


キレネは何故祝われる本人よりも喜んでるんだ。

まあ、大方出される料理に対する喜びがその根底にあるのだろう。


「ノラも誘っていいですか?」

「ええ。もちろん」


僕はガラス玉を取り出してノラと通話を試みる。


『どうしたの?』

「アニーが水属性を習得したお祝いをするんだけど、一緒にどうだ?」

『状況が全く分からないのだけど、お祝い?私もいた方がいいの?』

「それはもちろん。マザーも是非って言ってるし」


あまりいい返事は期待できないかとも思ったが、しかし予想に反してノラは来るとの意向を示した。

直後、その姿が僕の目の前に現れる。


「アニーって、あの子のことよね。水属性とか習得とか、一体何をしてたのよ」

「何をって言うと鬼ごっこなんだけど、何が起きたかは、本人に聞いてみてくれ」


すぐそこにいるアニーを視線で指して言う。そういえばノラは、子供嫌いじゃなかったよな?

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