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第1話 深淵の水魔⑬

目が覚めると僕は仰向けになっていた。寝るときは大抵この体勢になる。

上体を起こして、眠っている間に回復室とは別の部屋に移されたということに気付く。まさか僕はそのことにも気付かないほどに深く眠っていたのだろうか。

僕はベッドから下りたつ。マッサージのお陰か体が軽い。


「で、一体どこなんだここは?」


異様な造りの部屋だった。窓がなく、それゆえに薄暗い。出入口であろうドアから漏れ出る光が唯一の光源だ。もしかすると薄暗いのは僕が寝ているがための配慮かもしれないが。

まずはこの部屋から出る。城の中は一通り案内されたから部屋の外に出れば自分の現在地が掴めるはずだ。


「それに、他のみんなが今どこにいるのかも気になるしな」


同じ客人だから僕がいるような部屋で寝かされていると考えるべきだろう。案外隣の部屋にいるのかもしれない。


(いるわよ)


突如ノラの声が僕の頭の中に響き渡る。

ノラか?今どこにいる。

と、僕も頭の中で返すが、しかしノラからの返事はない。


「ノラ。聞こえてるか?」

(聞こえてるわ)


どうやら心に話し掛けることができるのはノラだけなようだ。僕の声は多分魔法で直接音声を拾ってるのだろう。


「他のみんなは?」

(私が一番角の部屋で、その隣にキレネ、あんた、オスカー、パティの順番でいるわ。みんな無事)

「よかった」

(キレネは怪しい動きを見せなかったわ。少なくとも私が起きている間はね)

「そうか。…寝てたのか?」


宴会ではそう言って席を外してはいたが。


(ええ、その間見張れなかったのは事実だけど、でもその必要はなかったと思うわ)

「どういうことだ?」

(外に出てみなさい)


ノラの言葉に従って僕は扉の前まで歩いていき、ノブに手を掛けて開く。

次の瞬間僕の目に飛び込んできたのは4人のニクスだった。皆、目深に帽子を被っている。


「お目覚めですね。どちらへ?」


そのうちの1人が跪いて僕にそう尋ねる。


「あ、いえ。ちょっと外の様子を見ただけで…」

「もしどこかへ御用でしたら我々がお供いたしますので。何なりと」

「あ、ありがとうございます」


愛想笑いを浮かべたまま、僕はドアを再び閉めた状態に戻す。


「見張りってことか?」


僕は部屋の奥にあるベッドへ向かいながらノラに話し掛ける。


(そうね。彼ら自身は召使いを名乗っているけど)


確かにこれならキレネが仮に何かを企んでいたとしても、実行には移しづらい。


「ところで、今何時か分かるか?」


ドアを開けた時にあまりまぶしくなかったことから、昼は過ぎているだろうと推測できる。


(夕方の6時。もうすぐ6時半になる頃だと思うわ)


ということは、ニルプにまだ僕たちを客として扱う気がある場合に限るが、そろそろ夕飯というわけだ。


「他のみんなは起きてるのか?」

(オスカーとパティなら寝てるわ)

「そうか」

(キレネは起きてるわ。さっき一度外に出てた)

「じゃあキレネをこの部屋まで転送してくれないか?」

(いいわよ。はい)


そうノラの声が響いた直後、


「え?何?何今の!目の前がグニャってなった!」


先ほどまで僕が寝ころんでいたベッドの上にキレネが飛ばされてきた。


「キレネ。静かに」

「…あれ?アーサー。いつの間に来たの?いつからいたの?」


どうやらキレネは僕の方が飛ばされてきたと思っているようだ。まあ、どっちが飛ばされてきたかというのは大きな問題ではない。


「さっき外に行った時、どんな感じだった?」

「どんな感じっていうのは?」

「何か気付いたことはなかったか?」


僕からのその質問にキレネはすぐさま回答を始める。


「私たちって何か疑われてるのかな?ずっと見られてた。トイレに行くだけだって言ったのに、トイレまでお運びするって言われた」

「お運び?」

「あ、中まではついてこなかったよ。さすがに」


まあ、そうだろうな。

しかし僕が掘り下げたいのはそこじゃない。


「運ぶってどういうことだ?何かに乗せられたのか?」

「うん。なんか椅子を改造したやつ。椅子の下に付けた棒を前2人後ろ2人で担いで」


聞く限りでは確かにおもてなしに違いないかもしれないが、やはり監視することが狙いと考えられる。


「よく分かった。ありがとう」

「ねえアーサー。ところで晩御飯まだかな?」

「え?」

「そろそろお腹空かない?」


少しだがお腹は空いてる。6時ともなればそんなものなのかもしれないが。


「そうだな。もしかするとドアの前の召使いが食事を部屋の中に運んできたりするかもしれない。…ノラ。もう戻していいぞ」


突然出たノラの名に、キレネはきょとんとしたが、言葉を発する前に転送魔法によって隣の部屋に戻された。


「なあノラ。お前はどう思う?」

(何が?)

「ニルプの目的。僕たちのことを録に調べもせずに城に入れるどころか歓迎して宴まで始める。…変だよな」

(そうね。変ね。でも何を考え…)


ノラの言葉が止まったと思った次の瞬間、僕の部屋のドアがノックされた。

どうぞ。と答えるとドアが開かれ、


「晩餐の用意ができたそうですが、いかがなさいますか?」


と、先ほど会話したのと同じニクスが部屋に入ってきた。


「ご馳走に預からせていただきます」

「かしこまりました。それではどうぞこちらへ」


彼は部屋の前に置かれたキレネの言ってた例の「椅子」を示す。


「あ、いえ。自分で歩いていきます」


マッサージのお陰で足の疲労は一切ない。


「いえ。ニルプ様のご指示です。お客様を自らの足で歩かせるようなことがあってはいけないと」


昨日は散々自分の足で歩かされたんだけどな。いや、もしかするとそれがあってのこの対応かと僕は勘繰る。

何にせよ目の前のニクスはニルプの指示に従っているだけだから彼に抗議しても仕方ない。今回はお言葉に甘えることにした。


「分かりました。それじゃあお願いします」


言って僕は部屋を出て椅子に腰を下ろす。4人のニクスがそれぞれ配置について僕の椅子を持ち上げた直後、僕の横を、仏頂面のノラが運ばれていった。

担がれて運ばれて、僕たちは今朝宴会をした大広間に着いた。


「お飲み物は…」


昨日と同じようにニルプの隣の席に座ると右からアプサラスが現れ、飲み物の注文を聞きに来た。


「あ、水で大丈夫です」


水で大丈夫というか、水が欲しかった。起きたばかりの僕の体は水分を欲していたのだ。

すぐさま僕の目の前には水の入ったコップが出される。そのふちに口を付け、喉の奥に流し込む。

口を離すと同時にため息が口から飛び出す。


「冷たくておいしいですね。この水はどこの水ですか?」


水というのならば水魔城の周囲に海水として山ほど、いや、海ほどというべきか、あるのだが、僕が今飲んだのは紛れもない真水。海水を真水にするには海水を煮沸させるのが常とう手段だが。それをここまで冷やす手段があるというのだろうか。


「地下水です。大陸からの水脈で一本この城のある洞穴どうけつに繋がってるのがございまして、そこからのものです」


そんなものがあったのか。やっぱり僕の知識にあるのは大まかな地形だけで、細かいのは無理みたいだな。

そんなことを考えているとオスカーとパティが遅れて運ばれてきた。


「では、皆様お揃いなようですし、いただきましょうか」


そう言ってニルプは胸の前に手を合わせた。僕たちもそれに合わせて合掌したが、ニルプは手を合わせてから何を言うでもなく食事に手を伸ばした。どうやらここはそういう文化らしい。

納まりが悪い気がしたので僕はいただきますと唱えてから食事にありついたが、思えば純粋な波斗原人は僕だけなんだった。


「どうしたのよアーサー。食べないの?」

「いや。ちょっと考え事しててな」


今一度異国に来たということを意識しながら僕は汁物から手を付ける。湯気を立てる緑色をした水溶液だった。香りからその緑は海藻由来のものと思われる。

一口すすると、料理当番をやって研ぎ澄まされたとまでは言わないでも多少敏感になった味覚が魚介ベースの出汁の存在を告げる。


「ところで皆様。皆様からお好きな料理などをお伺いしたいのですが。よろしいでしょうか」


固体の料理にも手を出そうとしたその時、だしぬけにニルプがそんなことを言った。


「私は全部好き。ここでは全部初めて食べる料理だから」


キレネは迷うことも無く、そして恐らく何を考えることも無くそう答えた。


「それはありがたいお言葉です。ですが、どうかご遠慮なさらずに。人間の方は特に、生きているうちに食べられる料理の数は限られています。だからこそ好きなものを食べて、好きなことをしておかないと」

「できれば誰だってそうしてるわよ」


ノラは茹でられたエビを口に放り込みながら、突っかかるようにそんなことを言う。

愛想よくできるって言ってたよなこいつ。

しかしニルプは気分を害した様子もなく、微笑をたたえながら口を開く。


「ええ。それを実現させることは確かに困難です。しかしここはそれが可能となる場所。わたくし達はそのためであれば何でもいたします」

「ニルプ殿」


ノラが何かを言うよりも先に、オスカーが声を上げた。


「一つ尋ねたいことがあるのだが、構わないだろうか」

「何なりと」

「一体何の義理があって我々にそこまでする。どんな見返りを求めている」

「わたくし達は皆様と面識もなければおっしゃる通り義理もありません。見返りというのは、そうですね…わたくし達を必要とすること。それが何よりの見返りと言えましょう」


どうもうまくはぐらかされている気がする。それはオスカーも同感だったようで次の言葉を出しあぐねている様子だ。


「そんなことよりも、お料理が冷めてしまいますよ」


オスカーは追及を諦め。食事を再開した。僕も敢えて問答に加わることはしなかった。

そこからは皆黙々と食事を喉に通し続け、朝に開かれた宴が嘘のように夕食は慎ましやかに行われた。執り行われたと言ってもいいくらいに淡々としていた。

一つ、また一つと空の皿が増えていき、ついには全ての皿の上から料理が消え失せ、晩餐は終了された。


「さあ皆様。お夕食は済んだようですので、次は大浴場へご案内いたします」

「あ、えっとお風呂ですか?」


確かに一日の終わりには汗を流したい。これはありがたい話なんだが、しかしどうも嫌な予感がする。


「ありがたいわ。最近お湯に浸からないとよく眠れないのよね」

「液体からの熱エネルギー充填。丁度我もそれを求めていた」


浮かれる女子2人だが、まだこの2人は気づいていないのだろうか。

この流れだと風呂も確実に


「はい。わたくし共が皆様のお体を隅々まで清めさせていただきます」


こうなるというのに。

ニルプの言葉を聞いてノラとパティの表情が固まる。キレネはどこ吹く風といった様子だが。


「あの、その前にニルプさん。一つお伺いしてもいいですか?」

「はい?」


僕は話題を逸らす狙いもあってニルプに問いかける。


「この国の成り立ちと、その経緯について」


思えば今までがだらだらしすぎていたんだ。いい機会だ、本題に移るとしよう。

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