第5話 鎖錠の森精㉘
僕だけが書斎に通されると、大臣は前置きも無しに話を始めた。
「今回のジズの機械複製体が奪取された件について、現在調査中ではあるが、今のところは魔法による反抗と考えられている」
「それはまたどうしてでしょうか。まさか、現場で魔力が検知されたからですか?」
「それもあるが、それ以外の手口であれをやってのけるのは不可能に近いためだ」
つまり、アルフへイムは依然として自身の完璧性を疑っていないということか。いや、それを守るための主張ということか。
「なるほど。ある意味その通りかもしれませんね」
「どういうことだ?」
訳知り顔の僕に、大臣は鋭い視線と共に問いかける。
「いや、多分原理としては魔法に非常に近いのでしょうが、僕らはあれを魔法とは考えていません」
「あれ、だと?まさか、手口を知っているというのか?」
「知ってますよ。何も見えてはいませんが」
いや、本当は事の発端まで全て見ていた。まあ、見てるだけで何もしていないが。
「実は、僕達がここに来た理由はもう一つあったんです。でもそれはあの時言うわけにはいかなかった」
「なぜだ」
「刺客がどこで聞いてるとも知れなかったからです。やつらはどこにでもいる。いや、いたと言うべきですかね」
大臣は辟易したように大きく息を吐き、要領を得ないな、と小さく呟いた。
「つまり今はいないということだな。じゃあ話してはくれないか。その『刺客』について」
「分かりました。まず、僕達同盟には首都という共通の敵がいます。そして、今やアルフへイムを残すのみとなった僕たち同盟を、首都は警戒し始めています」
大臣は頷き、先を促した。
「そこで彼らはスパイをこのアルフへイムに潜入させました」
「それは不可能だ」
ちゃんと考えて喋っているのか疑問に思う勢いで大臣が口を挟んだ。
「本当にそう言い切れますか?」
「フンッ。この世に絶対はない。あるとすれば絶対を謳う愚者の妄言だな」
大臣がこのような弱気とも取れる発言をしたのには、裏にノラの存在があったりするのだろう。
「その通り。この世に絶対はありません。ちなみに、首都にはあらゆるものを無力化する力を持つ者がいるんですよ」
ついこの間できた新しい協力者のことだ。
「話を戻しますが、やつはアルフへイムに忍び込み、E3上に、とある人工知能を仕込んでいきました」
「人工知能だと?そんなものは・・・」
「不可能です。科学の力では。でも、魔法があれば存外簡単にできるものなんですよ」
「魔法か・・・ふむ」
今の大臣にとって「魔法」は思考を停止させるに十分な言葉だ。
「最終的に現実の脅威を鎮めたのはノラですが、人工知能はパティによって止められました」
「それで脅威が去ったと言えるのか?」
「ひとまずは。ただ、また来ないとも限りません」
「なるほど。その時に備えて同盟に入るべきだと、そう言いたいのか」
「そう言うことも、できますね」
「まるで脅迫だな。私には今回のことが自作自演に思えて仕方ないのだが」
さすが鋭い。実際、故意でないとはいえ、これは事実上の自作自演だ。
「確かにそれを否定できる決定的な証拠はないですね。今のところは」
「今のところ、と言うと?」
「パティが真相究明に尽力しています。いずれ納得のいく結果をくれることでしょう」
「どうだかな」
大臣は不信感の抜けない顔で短く呟いた。この男は自分の娘を信用していないのだろうか。
「何か不満でも?」
「不安というべきだろうな。娘はうちの職員で、科学者ではない。少々事情を知っているというだけで、捜査などできるものか」
一体この男は何を言ってるんだろうか。パティが科学者でないなど、何をどう評価すればそんなことになるのだろうか。
「失礼ですが、あなたは彼女の発明品を一つでもご覧になりましたか?」
「趣味で何やら作っていることは知っているが、あれはあくまで趣味だ」
こんなことがあり得るのか。自分の娘が何をしているか、何をしたがっているかを知らないだなんて。
しかし何故か僕はこの時、妙に腑に落ちてしまったのだ。オスカーとパティが波斗原に行った理由を、そしてそこで封雷としずれのことを父と母と呼び慕ったのかを。
「パティが外務省で働くために自分の夢を諦めたことを、ご存じですか?」
「外務省で働くことが娘の抱く夢であると、私は認識していたのだがな」
なるほど。そういうことか。
今ではSSの思考の方がまともとさえ思える。
いや、実際SSはまともだったのだろう。パティの脳から生まれたSSは僕が見えていなかったパティの夢のことまで全て知っていたはずだ。だからあんな考えに走った。溜め込んでいたものをそのまま形にしたんだ。
「ご存じでなければ結構です。実は、解決まではもう時間の問題ではあるんですよ」
「しっぽは掴んでいると?」
「しっぽどころか、既に全身手の平の上です」
取るべき手はこれだと、今はっきり分かった。
「実はパティは既に敵の人工知能を捕らえて解析するところまで迫っています」
「結構なことだ」
当然のように言ってのける大臣。感心すらしないのか。まあ、仮にしたとしてもそれを僕の目の前で表現する必要はないのだが。
「ただ、それにはリスクが伴います。ふとした拍子に逃げ出して、また今回のようなことになるリスクがあります。電子機器の溢れるこのアルフへイムにおいては」
「ハッキングか…その道の専門ではないが、そういうことができるということは知っている」
であれば話は早いと思ったのも束の間だった。
「だが、しかるべき機関に行けば、それに対する対策も十分にされている。そのリスクについては問題ない。専門家に引き継がせるべきだな」
もしかしてこの男は僕の話を聞いていなかったのだろうか。それとも、聞いてはいたが不都合な部分は耳を塞いでいたのだろうか。
「あの、マシンやプログラムに関してはパティより腕が立つものもいるでしょう。でも、今回調査対象にしているのは魔法の手によって進化した科学です。その研究については、パティが最先端のはずです」
「言ったはずだ。彼女はうちの職員であって、科学者ではない」
「肩書は問題じゃありません。むしろ、科学者であるとかえって危険です」
「どういうことだ?」
「相手は人工知能。つまり操られているわけではなく、自分で考えて行動するんです。そんな奴にこの州の技術を見せれば、間違いなく技術を奪われるでしょう」
「人工知能を実現させるほどの技術を持ちながら、我々の技術を?」
「人工知能は魔法との融合で生まれたものです。別に首都が技術面でアルフへイムを超えたということではありません」
「ふむ」
多分、僕が言ってることに噓はないだろう。僕の知識を信用するならば。
「疑うようであれば、一度SSにアルフへイムの技術に触れさせてみればいいですよ」
「SS?」
しまった。口が滑った。
「パティが敵の人工知能を基に新しく生み出した人工知能です。もちろんこれはパティが完全に制御下に置いてるので暴走の心配はないはずです」
だから、とここで僕は本題を切り出す。
「安全かつ確実に研究が行えるよう、パティとオスカーとSS、そして敵の残骸的データをエレツ外に隔離するべきでしょう」
パティを、こんなところに置いてはいけない。例え友がいたとしても、大きすぎる敵がいる。
「エレツ外だと?」
「エレツの他の州だと、立場上首都はどこも自由に行き来できますから」
まあ波斗原も、行き来は自由だろう。ただ、海に囲まれているため、侵入に気付きやすい。
それに、オスカーとパティが帰るべき場所があるとすれば、やはりあそこしかない。
「波斗原か・・・」
しかし大臣の顔には、幾分か薄められたような難色が浮かび上がる。
「そもそもあそこはオスカーが無理を通す形で派遣した島だ。それなりの理由がなければ、もう一度あそこに行くことなど叶わん」
「波斗原が良い理由、ですか」
つまりは波斗原に行ったことで彼らが得られた進歩、か。
そんなもの
「ありますよ。それはもうたくさん」
オートマトンは大幅にアップグレードされたし、確かルーンもノラとの戦いを経て改良されたとのことだ。
それになにより、向こうは魔力とは異なる妖力が溢れる島だ。
「ただ、それについては僕よりもオスカーの方に話してもらうのが適切でしょう」
「フンッ。その通りだな」
時間稼ぎなどではなく、これについては本当にオスカーの方が適任だ。
「ふむ。では、聞くべきことはこのくらいだろう。事件については取りあえず解析の結果を待つとしよう。…ああそれと、君たちには悪いが、今日中にここを出て行ってもらうことになるだろう」
君たちが犯人と無関係だと分かればな、と大臣。本当に悪いと思っているのだろうか。
予想していたことだったので、分かりましたとだけ答えて僕は部屋を後にした。
「さてと・・・」
僕はポケットからガラス玉を取り出し、そこに話し掛ける。
「ノラ。僕達の会話、拾えてた?」
実は僕は取り調べの最中、ずっとノラと通話していたのだ。
ノラが疑われていそうな雰囲気だったから、事前に大臣の胸の内を見させておいたということだ。
『拾えてるわけないでしょ』
「え!?」
ガラス玉から衝撃の答えが返ってくる。もしかしたらドア一枚隔てた大臣にも聞こえたかもしれない。
しかし考えてみればその通りだ。通話が始まってからノラは多分、何なの?とか何の用なのよ?とか聞いていたはず。その声がこちらに聞こえてこなかった時点でこちらの声も届いてない可能性が高いというのに。
『だから、その通話とは別で盗聴魔法をその部屋に仕掛けてるわ』
「あ、ああ、さすがだ」
助かったけど、本当に自分の中のルール以外には縛られないんだな。こいつ。
『一応途中から外の全員にも聞かせるようにしたわ。関係ありそうな話題だったから』
「それって、具体的にはどの辺りだ?」
『パティが人工知能を捕らえてるっていう話からね』
「そうか。ああ。今後の作戦に関わるのはあそこからだからな。助かるよ」
よかった。パティの夢の話とかは、何となく本人には聞かせたくなかったものだ。