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第5話 鎖錠の森精㉗

温かい飲み物のコーナーに行くと、そこではコルネが何かをしていた。


「あ、どーも」


何か、と言っても、それは間違いなく飲み物を入れているのだが、それはどうも二つ以上の飲み物が混ぜられているようだった。


「どうも。えっと、今入れてるそれは何て飲み物ですか?」

「今入れてるこれはミルクティーです」


コルネはサーバーのボタンから指を離し、そこに書かれてる文字を指さす。


「それと、コーヒーも入ってます」

「コーヒー…」

「コーヒーティーって言うんですよ。言うんですよっていうか、私が勝手にそう呼んでるだけなんですけど。おいしいですよ」

「なるほど。そうですか」


コーヒーティーという名前ではないが、コーヒーと紅茶を混ぜた飲み物は存在する。おいしいのは間違いないだろう。

コルネが空けたサーバーで僕はレモンティーを入れる。そうしているとコルネが遠慮がちにぽつりと言葉を放った。


「あの、パティのことなんですけど」

「え、パティ?」

「はい。まあ私が言うことじゃないのかもしれないですけど、その、ありがとうございます」


そう言ってご丁寧にお辞儀までするコルネだが、僕の方には思い当たる節などない。


「いや、お礼を言われるようなことをしたはずはないんですけど・・・」

「いえ。パティの夢を叶えてくれました。私にはできなかったことです」

「夢?」

「はい。アルフへイムの外の世界を見るっていう」


そういえばパティから夢の話を聞いたことがなかったなと気付くが、なるほどそれは僕らとの旅はまさにその夢が叶っている最中だったからか。


「それは僕にとってパティとオスカーの力が必要だったからで、別に力を貸したとかじゃないですよ」

「でも、夢を叶えてもらったのは事実ですから。感謝はさせて下さい」


まあ、潮離に言わせれば、助けた側の「つもり」は助けたかどうかの判断基準にはならない。それに則れば、この感謝の言葉は受け取るべきだろう。


「でも、一体どうしてコルネさんがお礼を言うんですか?」


パティの親友だとは聞いたが、それでこんなに感謝するものだろうか。


「私は今の仕事に就くのが夢だったんです」


その言葉を、パティの現状との対比と取るのは、深読みが過ぎるというものだろうか。


「でも、それはパティが私にその権利を譲ってくれたからで、順当に成績順に配属されていれば、私は今、あそこにいません」


たった一人に譲ってもらっただけで夢が叶ったってことは、それはほぼ全てコルネの実力と言える気もするが。


「だから、逆に私はパティの夢を叶える手伝いをしようって決めてたんです」


でも、とコルネは続ける。


「パティは私の力なんてなくても、アルフへイムどころか、エレツの外にさえ出て行けた。結局私は何もできなかった・・・」


だからせめてお礼を言わせてくださいと言い置いて、コルネは去った。僕の紅茶はもう淹れ終わっていたが、スプーンやコースターなどを取り、少しもたついておく。

もたつきながら考える。この先に予定される僕とパティの別行動は、彼女の夢を壊していることに他ならないじゃないかと。

パティは僕にそんなことを微塵も感じさせなかった。いや、それが単に僕が気にしなかっただけなのかもしれない。

こんな時に限ってコースターは1枚だけ取れるし、スプーンも一発でつかめてしまう。僕は諦めて思考を切り上げ、席へと戻る。


「ずいぶんとゆっくりね。アーサー」


戻ってきた僕に対して、一皿目を完食したノラが僕にそんな言葉を投げかけた。


「まあ、数量限定のものがあるわけでもないことだしね」

「珍しいわね。90分という時間の区切りがあるのに焦らないだなんて」

「90分なんて長すぎるくらいだよ。30分あればお腹の方は満足する」


それに、今からいくら食べようが、あるいは食べまいが、払う値段は一緒だ。であれば量にこだわらず食べたいものを食べたい分だけ食べればいい。

量で元を取ろうとして苦しくなっていては、お金を払ってわざわざ苦しい思いをしていることになる。まさしく愚の骨頂だ。


「そう。何でもいいけど、私はお替わりを取りに行ってくるわ」


ノラもちゃんと楽しめているようで、すっかり軽くなった腰を上げて旅立っていった。

入れ替わりにキレネが帰ってくる。すごく話したそうな目をしていたが、僕の名が呼ばれるまでは気付かないふりでプチマドレーヌを食べることにした。


「ねえアーサー!」


一つ目のプチマドレーヌは中にアーモンドが入っていた。ひとまずそれを口に入れて僕の手は止まる。


「どうしたキレネ」

「お店の人は付けるチョコは1種類だけって言ってたよね」

「ああ、そうだな」


既にチョコがついたものに別のチョコをくぐらせれば、チョコ同士が混ざってしまうからだろう。


「でもね。こうすれば3種類のチョコを混ぜられるんだよ!」


そう言ってキレネは右手に持ったお皿を僕に見せる。そこには、それぞれ別のチョコがかかったバナナが、3段重ねにされていた。

ご丁寧に、一度刺した串を抜いて、また串で3枚のバナナを貫いている。


「三段重ねか。それはおいしいのか?」

「今から食べるとこ」

「そうか。答えが分かったら教えてくれ」


あまりいい予感はしないが、楽しみにしているキレネのためにも黙っておく。


「・・・・・・。うん・・・おいしいし、ちゃんと3種類全部の味はする。けど・・・」


キレネは首を傾げた。


「別に、だからどうってわけでもない」


「うん。食べてないけど、そうだろうと思ったよ」


多分、3種のチョコが混ざってしまい、味が雑多になってしまったのだろう。

仕方ないことだ。元々混ぜられることは想定していないのだから。


「やっぱり一つずつの方がいいね」


もう一つの皿の上の食材は、色々あったがどれも普通のチョコが掛かっていた。


「それが一番好きなのか?」

「うん。なんか、これが一番甘い気がする」

「そうなのか」


普通のチョコから苦み成分を無くしたのがホワイトチョコなので、そちらの方が甘い気がするが、苦味がある方が甘みを感じやすいのだろうか。まあ、本人がそう言っているのであればそれが正解なのだが。


「チョコはあんまりたくさん食べすぎると鼻血が出ることがあるから、気を付けるんだぞ」

「大丈夫だよ。食べた結果の鼻血なら、惜しくない」

「ちょっとは惜しんでくれ」


気を付けてくれるのであれば、惜しもうと惜しままいと、構わないのだが。

さっきのコルネとの話で心配になり、ふとパティに視線を向けると、僕の目は別の物に奪われる。


「オスカーそれどうしたんだ。凄いな」


僕の目を奪ったのはオスカーの皿の上城、のように組み上げられた食材達だった。


「供物によって築き上げられた漆黒の城。これの完食は魔王城陥落の暗示となるだろう」


漆黒なのに(しろ)か。なかなか洒落が効いている。いや、もしかしたらそんなことは意図していなかったかもしれないが。


「遠目だと元々そういうお菓子だったようにしか見えないな。何が使われてるんだ?」

「礎にはマシュマロと、その周りをバナナで囲んでいる」

「そして中にはプチマドレーヌが」

「中は空洞じゃなかったのか?」


オスカーとパティはしたり顔で首を振り、説明を続ける。


「そしてそのプチマドレーヌはカステラで囲まれている」

「そして頂点には・・・」

「それは分かったよ。イチゴだろ?」


紡錘形の食材と言えばそれしかない。


「その通り。やはりお見通しか」

「まさか。知ってるだけ・・・でもないか。普通に見て分かったしな」


しかし、そうはいってもやはりお見通しの称号は僕には似つかわしくない。当てずっぽうということにしておこう。


「それにしてもよくそんなにイチゴを載せられたな。5つか?カステラで支えられるものなんだな」


カステラの壁の上では4つのイチゴが四隅に並び、上のイチゴを支えている。


「フッ。いや、そうではない。実はイチゴを支えているのは中のプチマドレーヌの方。このカステラは飾り。掛かる力は・・・」

「ゼロ」


何故そこで交代したのかと思ったが、そうだ。そういえばパティの左手には虚無が宿ってるんだった。つまりは0が。


「もはやカステラの上ではなく、プチマドレーヌの上に載っていると言えます」

「匿われてるはずのプチマドレーヌに、まさかそんなに負荷が掛かっていたとはな・・・」


どこにどんな力が掛かっているかというのは、見ただけでは分からないものだ。

それからもオスカーは色やデザインが異なる城をいくつか作って持ってきた。バリエーションの豊富さに舌を巻きつつ、僕らは制限時間いっぱいまで、ショコラカーテンを楽しんだ。

コルネを送ってからテンペスト邸に帰ると、そこで待ち構えていたのは渋面を湛えた大臣だった。


「一体どこへ行っていたんだ」

「ああ・・・ちょっと街まで間食に」


それなら仕方ないな。とはならず、大臣は眉間のシワを深くする。


「別にどこに行って何をしようと構わん。あのデバイスさえ着けていればな」

「デバイス・・・あ・・・!」


ここに来た時に渡されたデバイスは、SSのことでパティに調べてもらったりしているうちに外したままにしてたんだった。

そして普段着ける習慣のないものを、突発的に外したりなどすると、また着けるのを忘れたりするものなのだ。


「すみません。色々あったりしたせいですっかり忘れてました」

「・・・そうか。そういえば、その『色々』あったのに最終的な歯止めを掛けてくれたのは、君たちだったようだな」

「ああ、それはまあ・・・」

「と同時に、元凶も君たちだったのではないかという見解も出ている」

「な、そんな馬鹿な・・・!」


僕はまだ何も証言していない。それなのに何でこんな早いタイミングで真実が暴かれ掛けているんだ。意味が分からない。


「もちろん、まだ憶測の域を出ないがな」

「そうでしょうとも」


今のは大臣が僕に対してカマを掛けただけだったのだろうか。それとも、アルフへイムの上層部ではかなりのスピード捜査が進んでいるのだろうか。


「話は一人ずつ聞かせてもらう。アーサー。まずは君からだ」


言って大臣はテンペスト邸を指さす。

大臣としての権限だろうか、どうやら取り調べは、テンペスト邸で行われるようだ。

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