第5話 鎖錠の森精㉕
メカジズの暴走は止まり、外務省の、ひいてはアルフヘイムの危機は回避された。
アルフヘイムには再び平和が戻り、僕らは一躍アルフヘイムの英雄となった。
何てことにはもちろんならない。
「さて、大臣や、それ以上に偉い誰かが来て僕らを逮捕する前に、言い訳を考えておかないとな」
なぜなら僕ら以外の誰も、メカジズの狙いは知らないのだから、外務省が救われただなんて、誰も思っていない。
「まずは被害状況を確認しよう」
それによってこちらが取るべき態度が変わってくる。
「はい。オートマトンたちから映像を取得します」
モニターには各オートマトンの視点が映し出される。
まず第一に目が引かれたのはメカジズが崩れ落ちた場所だ。メカジズの頭部はなかなかの高さから叩きつけられたこともあり、その下の地面がひび割れている。さらに体は数台の車を下敷きにしている。
「メカジズのレーザー兵器、かなりの熱量だったんだな。地面にクレーターができてる」
メカジズに穿たれた穴から覗く地面は熱で溶けたようにえぐれていた。
「…気のせいか?メカジズの周り以外はそんなに大したことないように見えるけど…」
メカジズの周囲のダメージのせいで相対的にそう見えてるのだろうか。しかし、メカジズの周り以外の被害と言えばビルの壁面に傷がついたり窓が割れていたりする程度。
「私もそんな気がします。…SS。映像を解析して』
『はーい。破壊されてるものをカウントするね』
「お願い」
暫くしてSSが答えを返す。
『解析してみたけど、アーサーお兄ちゃんの言う通り、メカジズの周り以外はそんなに破壊されていないよ。合計してもお姉ちゃんの給料1年分で賄えるレベル』
レベルの表現がパティにしか分からないものだったが、そこまで大それたものでないこともないことは分かった。
「まるで、他人様に迷惑かけないように配慮してたみたいね」
と、ノラが呟く。同感だ。
「もしかして、SSは本当にパティのことを思って外務省を破壊しようとしたんじゃないのか?」
外務省を破壊するという目的以外での破壊は最小限に抑え、ことが終わってからのパティに迷惑が掛からないように。
「私のことを思って、ですか?そんなはずはありません。そもそも外務省が破壊されたところで私に得なんてありませんし」
『多分、アーサーお兄ちゃんの言ってる通りだと思うよ』
パティの端末からSSの声が響いた。
『暴走した本体がどうだったかは分からないけど、少なくとも私は今までもこれからも、私の存在意義はお姉ちゃんを守ることだよ』
「守る?私はそんな風に作ってない。あなたに求めたのは私の手伝い」
「いや、待てよ。もしかしてポイントはその認識のずれにあるんじゃないのか?」
「手伝い」が「守る」になる拡大解釈。それがSS内で勝手に起こるという前提が成立するなら、話は変わってくる。
「パティ。外務省で働くことを嫌だと思ったことはないか?」
「え?」
もしパティにそのような気持ちがあり、脳のデータを送る際にその気持ちが混入していれば、そして、その気持ちを拡大解釈され、パティを救うためには外務省を破壊するしかないという結論にSSが至ってしまったら、今回のようなことは起こるんじゃないだろうか。
「もちろん、いくらか不満はあります。…でも、それで破壊するなんてことには」
「あるいは、外務省の破壊は手段に過ぎないのかもしれない」
「手段、というと?」
「外務省を破壊するとどうなるか、パティに居場所はなくなり、さらにその責任が自分の発明したSSにあると判明した場合、アルフヘイムにはいられないだろう。いや、いなくてよくなると言うべきか」
とオスカー。彼の口から出る言葉なだけに、妙な信ぴょう性が漂ってくる。
「まあ、程度の差こそあれ、俺もパティも、外の世界に興味はある。それに、そろそろあそこが恋しくなってくることだろう。その気持ちが伝わったとしても不思議はない」
「…確かに、その可能性は、捨てきれない」
そんなところを落としどころにして、話は次へと進む。
「とにかく、死者が出ていないことは数少ない救いの一つだな」
一応、方針は決まった。どこまでも食い下がって言い逃れをする、だ。
「今このアルフヘイムでSSの存在に気付いてるのってどれくらいいるんだろう」
「既に異変には気付いている者もいるでしょう」
『でも、それが私たちのせいだってことにまでは、気付いてないと思うよ』
このSSの言う私「たち」というのは、今ここにいる僕たちのことだろうか。それとも細分化し複数の思考へと分岐したSSのことを言っているのだろうか。そこにどんな意図が込められているかは、何をどう解析しても分からないのかもしれない。
「なら先決なのは、その異変と今回の件を結びつかせないことだ」
一番手っ取り早いのは犯人を用意して今回の件を終わりにしてしまうことだが、本当の原因を探るためにも、SSを差し出すわけにはいかない。
「だから、SSは今回の件の犯人ではなく、ヒーローとして大臣に紹介しよう」
「そんなことをすればSSは詳細に調べられます。そうすれば…今回の主犯との共通点を見出されるに違いありません」
確かにパティの言う通り、ヒーローだと言っても無条件で祀り上げてくれたりはしないだろう。ノラの時のような見分が行われるに違いない。もしかすると相手がプログラムだから、ノラの時よりも遠慮のない見分が行われるかもしれない。
そうすれば間違いなく共通点が発見される。いや、同一個体なのだから、共通点も何もと言ったところか。
「だから、それについても先手を打つ」
「それについてはそれらしいシナリオを用意すればいい」
「シナリオもいいけど、要はまたみんなで嘘をつくんでしょ?だったら、もう一人口裏を合わせないといけない人物がいるんじゃない?」
「もう一人?」
ここにいるのは僕、ノラ、オスカー、パティ、キレネの5人。ここにSSも含めると6人となるが、これでもまだ足りていないとなると、ノラは一体誰のことを言っているのだろうか。
「ほら。魔力脳を作った時に一緒にいた」
「ああ!そうだった」
「コルネですね。連絡してみます」
連絡の結果、こっちに来てもらえるとのことだったので、ノラの転送魔法でこちらに飛んできてもらった。
「い、今のが魔法…。やばい、ついに経験しちゃった…。なんか思ったほど衝撃はないけど、でも、なんかすごかった…」
「お、落ち着いてコルネ」
何だかんだとコルネをなだめ、パティは事情を説明する。ことの発端を把握していることもあって、コルネはすんなりパティの言葉を呑み込んでくれた。
「OK。口裏合わせね。協力するよ」
そして二つ返事的にこの返答だ。
「ありがとう。でも君はいいのか?せっかく発明したナノマシンがあんなことになったのに」
恐らく乗っ取られたものは全滅しているだろう。加えて、乗っ取られていないナノマシンがあるかどうかも定かではない。
「ああ、あれはいいんです。研究の過程で製作されたものを一応保管しておいたものなので、企業とは違ってデータさえ取れれば完成品に興味ないんですよ。うちは」
あっけらかんと言い放つコルネ。気を遣ってくれているのか、それとも本当に別によかったのだろうか。まあ、いいと言われたのでいいということにしておく。
「了解です。というか、今のところうちとしてもそういう報告上げるつもりでした」
「え、そうなの?」
「うん。だってうちは情報系の研究室じゃないから、サイバー攻撃されたことは分かっても、それがどこからなのか逆探知なんてできないし、報告書には『何者か』以外、書きたくても書けないよ」
それは好都合だが、そんな都合がいいのはコルネの研究室くらいのものだろう。メカジズを奪われた防衛省はそうもいくまい。
「コルネさん。SSに攻撃されたそちらのコンピューターを見せてもらうことはできますか?」
「え、ああ、いいですよ。いいですけど、サイバー攻撃なので、物理的にはどうにもなってませんよ」
「ああ、そうですよね。なので外観というかデータの方です。確か、サイバー攻撃をされた端末にはその痕跡が残るらしいですから」
今知識から引っ張り出してきただけの情報だが、知識にあるなら事実なはずだ。
「それももちろん大丈夫です。私のアドレスとパスがあればここから遠隔でもいけるので、パティたん。そこの端末使ってもいい?」
言ってコルネはデスク上のコンピューターを指さす。
パティが了承するとコルネはそちらへ歩いて行き、数秒キーボードをカタカタし、どうぞと言い残してまた離れた。
「ありがとうコルネ。アーサーさん。それで、何を見ましょう?」
「ああ、そうだな。SSの痕跡を探ってみてくれるか?それでもしここが特定されたら、防衛省にもここを特定される可能性があるから」
「分かりました。それじゃあSS。調査をお願い」
『はーい。研究室の端末はどこまで触っていいの?』
「研究室の端末に直接触るのは駄目。私の端末経由で覗くだけ」
『覗くだけ、OK!覗くのはどこまで覗いていいの?』
「コルネ。見られるとまずい領域はある?」
コルネは考えるそぶりも見せず、首を振る。即答だ。
「ない。さすがにE3の海に放流されたら困るけど、見るだけなら好きにしてくれていいよ」
「じゃあ、そういうことで」
『はーい。行ってきまーす』
少し脇に逸れそうになった話を元に戻す。
「じゃあ、これからシナリオを考えるので、一応コルネさんも把握しておいてください」
もっとも、完璧に把握しすぎるとそれはそれで怪しいので、程々にしてもらった方がいいのだが。
「まず、犯人は謎の人工知能。そして、それに立ち向かうため、パティがその人工知能を基に新しいAIを作った」
「なるほど。なのでメカジズを乗っ取ったプログラムとSSが似ていること説明するわけですね」
似ているどころか同じなのだろうが、その通りだ。間違いなく向けられる疑問はこれで解消できる。
「あの…それって無理ないですか?」
コルネが遠慮気味に声を上げた。
「謎の人工知能って言えば、その人工知能の正体を突き止めようと全力で調査が行われますよ」
「なるほど、それもそうか…」
そして調査が進むほどに真実は明るみに出る。
「隠そうとするから見つかる心配をしなきゃいけないんでしょ?」
「隠そうとするから…なるほど。確かにそうだな」
つまり、隠すことなくここでも先に答えを与えればいいわけだ。
「だったら答えは簡単だ」
選択肢は一つなのだから、考えるまでもない、いや、考えようがない。
「ここを脱出するのに利用しよう。僕らが悪者になればいい」