第5話 鎖錠の森精㉒
作戦会議のためにノラにはパティの部屋まで飛んできてもらった。一応、避難の意味も込めてキレネにも同じ部屋にいてもらっている。
「あのメカジズのルーンは物理的に何とかしないとどうにもならないのか?」
「無理ね。模様を保ったまま動いてるから、ルーンをかいくぐる術式が通用しないわ」
「パティ。物理的に何とかするとしたら、どうすればいいんだ?」
「電流です」
パティによると、ナノマシンに電流による過負荷が掛かると中の回路が焼き切れて停止するらしい。
しかしノラの放電魔法は標的にメカジズを指定できないし、その上この州にあるパティの武器を収納したボックスはSSのせいで解錠不能らしい。
「それなら落雷レベルの放電魔法を使えばいいじゃない」
「それは…周辺の施設への影響を考えると、避けていただきたいです…」
「周辺の施設への影響?」
「はい。落雷が原因でデータが消えてしまう機材もあるので…。仮に防衛省のデータが消えでもしたら、この州の保安が…」
メカジズを標的にしてそこから外へ流れないようにできれば何の問題もないのだろうが、ルーンのせいでそれも叶わない。
「となると、他に何か奴に強い電流を掛ける方法はあるか?」
「私のオートマトンです。今は城の中に格納しているのですが」
その城は今、妖精の園に木の姿で置かせてもらっている。ノラの魔法で転送すればすぐにでもこっちに呼べるだろう。
「ノラ。妖精の園まで飛ぶぞ」
「あんただけじゃなくて私も行くの?」
「ああ。念のためにな」
確かフェアリーグラマーで変形された城から転送魔法で物を取り出すのは危険だったはずだ。ノラなら心配ないと言いたがりそうなところだが、急がば回れだ。
「すぐ戻る。それまでオスカーとパティはここで監視を続けてくれ。危ないと思ったらすぐ逃げるんだぞ。キレネ、ふたりが無理しないように見ててやってくれ」
「任せて。アーサーも気を付けてね」
「ああ」
間違いなく、今から僕が行こうとしている場所はここよりも幾倍安全な場所だ。そんな事実に胸を刺されながら、僕はノラとともに妖精の園へと飛ぶ。
視界が切り替わると、すぐ目の前に城が変形した巨木が現れた。
「いつものことながら無駄のない転送だな」
「当然でしょ。万能なんだから」
「そうだったな。…マザーはどこだ?」
マザーことフェアリーゴッドマザーを探して首を巡らせると、こちらに駆け寄ってくる小さな物体が僕の視界に入る。
「わーい!アーサーだーー!!」
それは少女だった。10歳ほどの幼女が、猛然と僕に向かって駆け寄ってくる。
「ぐふっ…!」
そして彼女の新緑のごとき髪をたたえる頭部は僕の腹部に激突し、強制的に僕の肺から呼吸ではあり得ない勢いで空気が飛び出す。
彼女の勢いを受け止め切れるはずもない僕は、そのまま後ろに倒れるかに思えたが、見えない何か、恐らくはノラの魔法によって転倒は免れる。
「久しぶりだべなあ。元気だった?」
「えっと…君は…?」
再開の挨拶に頭突きをもらうような少女を、この妖精の園に残してきた覚えはないのだが。
「え!?うそぉ!うちのこと忘れたの!?」
「え、いや…それは…ん?もしかして、アニーか?」
髪と目の色は一致する。しかしあの時のアニーは3歳くらいの乳児だったはず。まだあれから1年も経ってないというのに、乳児が幼女にまで成長するだろうか。
いや、彼女は人間ではなく妖精。人間ではあり得ない成長のスピードでも、彼女にとっては何も不思議はないか。
「そうだべ。うちのこと忘れるとか、ほんとずらばってんねぁアーサーは」
「ごめんごめん。急に大きくなってたから分からなくて…」
どのよのようなニュアンスの非難かは分からなかったが、何に対する非難かは分かった。
「ちょっと城に用事があって来たんだけど、マザーはいるかな?」
「いますよ。ここに」
問いへの答えはアニーではなく音もなく現れたマザーによって答えられた。
「直接ここまで飛んでくるとは、腕を上げたようですね」
「上がったのは腕だけじゃないわ。全身よ」
魔術師二人で二人なりの挨拶を交し、マザーは僕に向き直った。
「お城に用と言っていたわね。もしかして、もうお城を隠す必要が無くなったのかしら」
「いえ。お城は引き続きかくまってもらいます。今回は中にいるオートマトン、機械を取り出したくて」
「それなら中に入って転送魔法をしてくれればいいわ」
「ええ。はじめからそのつもりだし、今の私なら中に入らなくてもできるわよ」
言うとノラは城に手のひらを向け、僕の前の前にオオカミ型のオートマトンを出現させる。
「さすが。素晴らしいわ。すっかりフェアリーグラマーも習得したのね」
「習得というか、進化した私の魔法が、似たようなことをできるというだけのことよ」
「じゃあノラ。残りも全部頼む。一緒にアルフヘイムに帰るぞ」
ルーンでノラの魔法が完全に打ち消される前に、オートマトンたちをこっちへ連れてこなければ。
「え?遊んでいかんの?」
アニーが僕を引き留めるように僕の手を両手で引っ張る。
「ごめんね。すぐ戻ってやらないといけないことがあって」
「別にいいんじゃない?あんたがここで遊んでるうちに、私とあの子たちで問題の方は何とかするわよ」
「いや、駄目に決まってるだろ」
その場合、消去法的に指揮を取るのはノラになるだろう。作戦なんてあってないようなものだ。
「ごめんなアニー。仕事が終わったら、必ず戻ってきて遊んであげるから」
「本当?」
「ああ。約束だ」
「嘘ついたらずらばってんだからね」
「もちろん」
できればずらばってんが被るべき汚名なのか、受けるべき刑罰なのかは確かめておくべきだったが、しかし破るつもりのない約束だ。確認の必要はない。
僕とノラは城から全てのオートマトンを引き連れ、再びアルフヘイムへと飛ぶ。
「待たせたな。大丈夫だったか?」
「アーサーさん、ノラさん!オートマトンはどこに」
「外にいるわ」
パティは窓から庭に整列したオートマトンを確認し、板状の端末を取り出すと全機起動させた。
その向こう側ではメカジズが、移動こそできていないものの、その場での身動きは取れているようだ。
「放電機能はオンライン。今のうちに数で押します!」
目覚めたオートマトン達はメカジズに向かうが、5体のオートマトンがその場に残る。ゴリラ型が1体、オオカミ型が1体、トラ型が1体、シャチ型が2体。
「あの5体はどうしたんだ?」
「一つ、試したいことがありまして」
そう言ってパティはその5体に向けて端末で指示を出す。
「この5体、実は合体して人型になることができるのです」
ゴリラ型の四肢が変形して接続パーツになったかと思うと、シャチ型がしゃちほこのような体勢を取りながら変形して脚に、オオカミ型とトラ型がともに四肢を折りたたんで腕となる。
「おお…確かに人型になった…で、これって何か利点があるのか?」
「…放電量は単純に5倍になります」
「なるほど…」
まあ、放電量が減っていないのであれば、いいか。
「兄者。操縦は頼んだ」
「任せろ」
そう言ったオスカーの手には奇妙な形の物体が握られていた。それは蝶のようにも、逆さまになったウサギの頭のようにも見えた。
オスカーの親指は2本のキノコ型のスティックに添えられ、人差し指は両端に取り付けられた引き金のような部分にあてがわれる。
さらにどの指で使うのか見当もつかないが、左側には十字型のボタン、右側には丸、バツ、四角、三角が印字された4つのボタンがある。パッと見ただけではどれでオートマトンの進行方向を決めているのか、僕には分からなかった。
「あと数秒で魔法は全部解除されるわ。パティ。大丈夫?」
「はい!前線のオートマトンは間に合わせます」
飛翔タイプのオートマトンがスピードを増し、メカジズに迫る。しかし到達するよりも先にナノマシンはメカジズの全身を覆い終わり、ノラの魔法は完全に解除される。
ナノマシンがメカジズの不完全な部分を補強したのか、最初よりは安定した飛行を行う。そこへ飛び込むパティのオートマトンは、メカジズというワシに飛び込むスズメのようだった。
数回の攻撃には成功し、その度にメカジズの表面から停止したナノマシンがパラパラと剥がれ落ちるが、程なくしてメカジズの各部に仕込まれた迎撃用の機関銃がオートマトンを鉄くずに変えていく。
「くっ…やっぱり反応しきれない…」
遠隔での操作には限界があるようで、後からやってくる他のオートマトンも次々撃破されていく。
『お姉ちゃん。私も手伝っていい?』
パティの眉間の皺が深さを増していると、オスカーの端末からSSの声が響く。
「駄目に決まってる。この制御装置はSSに汚染されていなのに、それをおめおめとあなたに晒すわけないでしょ」
『大丈夫だよお姉ちゃん。私はちゃんと何が大切か分かったから』
「信じられない。それも嘘でしょ?」
「いや、信じてやってくれないか?」
せわしなく指を動かしながら、オスカーは言った。
「パティもSSも、隠し事はするけど嘘はつかない。そこはさすが、同じ脳なだけはある」
『最初から全部言ってしまうと心配されちゃうから、だから今は黙っておいて、終わったら全部報告しようと思ってたの』
「…そんな思考、AIには許されない。そんなことをするAIから生まれたあなたも、私には信用できない」
パティはSSを一顧だにしようとせず、さらに眉間の皺を深くしながら端末の上で指を滑らせる。
『確かに私達は間違った。自分の力でどうにもできなかったらもう諦めるしかないと、思ってた』
「だからSSは、父や母を説得することを諦め、パティがここにいる理由の方を消そうとした」
「何で…それを、そんなことまで喋ったの?」
『私は喋ってないよ。お兄ちゃんの察しが良すぎるの』
いくつかの図星を突かれたパティだったが、しかしどうしても決めきれない様子で押し黙る。
「私から言うことがあるとすれば…」
と、ここでノラが口を開いた。
「信じてあげればいいんじゃない?最悪その子の言葉が全部嘘で、オートマトンが乗っ取られても全部まとめて落雷で撃てるんだから」
「それは…取りたくない方法でしたが、そうですね。どうしようもなくなったら、お願いします」
パティは大きく息を吸い込んで小さく吐き、オスカーに、オスカーの手首財布に宿るSSに端末を差し出して言った。
「力を貸して。SS」