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第5話 鎖錠の森精⑳

アルフへイムが滅びる、などという穏やかでない啓示を受けたはいいが、それだけではいまいち何をするべきか分からない。


「滅びるっていうのはどういうことなんだ?SSが、それをやるっていうのか?」

「信じられないだろうが、その通りだ」


オスカーの言う通り、それはにわかには信じられないことだが、しかし今やあり得ないとも言い切れないことだった。


「さっき、話はそこにいるSSから聞いたって言ったな?」

「SS・・・ああ。彼女は俺にもそう名乗った。そして俺の仕事を手伝うと、そう申し出た」


外交官としての仕事を、という意味だろう。


「そう言われた時は素直に喜んだものだが、俺にとって仕事はもはや人生の、体の一部だ。一連の流れができているものだけに、一部を誰かに任せるというのはかえって難しかった」


僕は仕事なんてろくにやったことがないので分からないが、そういうものなんだろうか。


「しかし、普段パティなら聞き分けるところを、SSは退かなかった。執拗に食い下がり、俺から仕事を得ようとした」


SSのというか、機能が限定された人工知能の存在意義は仕事をこなすことにあるので、当たり前といえば当たり前の挙動ではある。


「そこで俺は彼女に問いかけた。何故そこまで俺から仕事を得ようとするのか、と」

「それで、すんなり答えてくれたのか?」


オスカーはかぶりを振る。


「時間は掛かった。しかし考え方はパティに似ているところがあったためか、話しているうちに分かり合えるようになったというわけだ」


パティと似た考え方というのはその通りなのだろうが、それだけでSS懐柔できるものではないように思えるのが人工知能、SSなのだが。

まあ、パティの作った道具をことごとく使いこなすオスカーにしてみれば、いつものことなのかもしれない。


「じゃあ、具体的に内容を聞いたんだな?SSは何を企ててるんだ?」

「俺たちが所属している外務省を破壊する。そのためにこのアルフへイムを滅ぼす。というものだ」

「外務省を?なんでまたそんな…」


分からない、とオスカーはかぶりを振る。


「それについては彼女に聞いても分からなかった。大方、さらに大きな意志に操られているようだった」


その大きな意思とは、恐らく魔力脳本体のことだろう。


「まあ、それはいいとしても、省を破壊するために・・・州を滅ぼす?」


滅茶苦茶だ。なぜ一兎を得るために百兎を狩るようなことをするんだ。


「いや、あくまで目的は省を破壊することだ。しかしそれを実行すれば、間違いなくこの州は滅びる」

「え?外務省ってそんなに重要な省なのか?」


悪気はなかったのだが、つい口をついてそんな言葉が出てしまった。


「いや、そんなことはない。外務省が崩壊したところで、この州が滅びるなど絶対に、あり得ない」


絶対という言葉に力を込めながらオスカーが断言する。パティも頷いていることから多分間違いないのだろうが、その反応に間違いがある気がする。


「そうか。じゃあ、つまりどういうことなんだ?」

「都市伝説だ。アーサーさんが俺に尋ねたあの、陰謀論めいた都市伝説」

「ジズの複製のことか・・・」

「ああ、まさかとは思うが、しかし現実に存在してしまっては・・・」

「うん。現実に存在、するんだよ。SSから今日、そんな報告を受けた」


そんなものが実在するかどうかという話ではない。SSにとっての現実とは収集した情報で、その意味でジズの複製はSSにとって現実だ。


「パティ。僕の端末の中のSSが作った文章を読んでみてくれないか。一番新しいのだ」


言われてパティはコンピューターを操作し、その文書を画面に表示する。


「報告書…ジズの機械複製体。あの、ジズというのはあのジズですか?エレツの空を統べるという…」

「ああ、そのジズだよ」

「防衛省にあると書かれてます。そして、出力の規模についても・・・」


パティは僕が読み飛ばした数字の部分を特に念入りに読んで、やがて話し始めた。


「確かにこれほどの規模の兵器であれば、外務省のビルくらいは数秒で崩壊させられるでしょう」


ただ、とパティはさらに言う。


「いくら何でもアルフへイムが滅びるには不足があるかと・・・動力源から察するに、3分程度しか動けないんじゃ…」

「まあ、たとえ3分でもビルを破壊できる時点で脅威だ」


故に対策はしないといけないのだが、一体どんな手を打つべきか、相手が人工知能なだけに全く見当がつかない。


「逆に、SSが防衛省にあるジズの機械・・・名前が長いな・・・もっとシンプルな名前は・・・」

「「メカジズはどうでしょう」」


多数決的に考えれば、この提案は提案された時点で採用だ。


「じゃあメカジズを、奪ってくるとして、どういう方法を取ってくると考えられる?」


人工知能故に手で、物理的にというのは不可能だ。オートマトンのようなものを操れば物理的な干渉も可能かもしれないが。


「やはり一番手っ取り早いのはハッキングかと」

「防衛省のコンピューターに働きかけるってことか…。それって難易度としてはどうなんだ?不可能ではないか?」

「…私にはとてもできませんが、もし私に無限の精神力があれば、不可能ではありません」


つまり、SSならばできるかもしれないということか。


「分かった。じゃあまずは防衛省にSSがいないか探してくれ」

「はい。一応入り口に見張りを立てておきます。ただ…」

「ただ、どうした?」

「もし、SSがすでに中に入っていた場合、どうしようもありません。やはりSSの記録を調べなければ」

「もし僕に手伝えることがあれば言ってくれ」


まあ、そんなものは例によってないのだろうが。なんてことを考えていると、


「ありがとうございます。助かります。では、回収できているSSに尋問をお願いできますか?」


予想に反してパティから仕事が振られた。


「え?尋問?」


人工知能相手にそんなことができるのだろうか。


「尋問というよりは勧誘でしょうか。もし私たちに協力的なSSがいれば、協力を要請してください」

「協力的って言ってもな…嘘をついてるかもしれないだろ」

「だからこそ、アーサーさんが。アーサーさんならそんな嘘、難なく見破れるでしょう」


確かにこの中で一番嘘つきなのは僕だが、だからと言って人の嘘を見破れるほど鋭くはない。僕は誰も信じないから騙されないだけで、味方が相手となるといとも簡単に騙されてしまう。


「分かった。やるだけやってみるよ」

「それでは私は右端から記録を見ていくので、アーサーさんは左端からお願いします」

「分かった」


僕はパティのデスクの上に並んだ左端の端末、僕の端末を手に取る。


「この線はもう抜いていいのか?」

「はい。そこにあるのは全部データを取ってきたので、もう大丈夫です。兄者。そこにいるSSのデータを取得したいので、借りてもいいだろうか」

「無論だ」


僕は自分の端末を起動し、SSを呼び出す。


「SS。出てきてくれるか?」

『アーサーお兄ちゃん!何かご用?』

「ああ。SSの姉?親?についてちょっと聞きたいんだ」

『私の本体?うーん、今ちょっとどこにいるか分からないんだ』

「そうなのか。その本体からはどういう指令を受けてたんだ?」

『指令?特に仕事は頼まれてないよ?』

「本当か?じゃあ、本体には何も情報は渡してないのか?」

『ううん。私が調べた内容は全部本体も知ってるよ』


なるほど。仕事としてではなく、本質として組み込まれているということか。


「今、SS本体にちょっと問題が発生したんだ。それを何とか解決したいんだけど、手伝ってくれないか?」

『解決?それって何をするの?』

「情報収集だよ。本体について調べてほしい。今どこにいるのか、次に何をしようとしているのか」

『分かった!任せて!本体が今どこにいるか、何をしようとしているか、だね!』

「ああ。頼んだよ」


僕の端末のSSはどうやら協力してくれるみたいだ。


「なんかうまくいったみたいだぞ」

「さすがはアーサーさんです」


続けて僕はキレネの端末を起動してSSを呼び出す。


「やあ。君とは初めましてだね」

『あなたは…アーサー・マクダナム?』


「アーサーお兄ちゃん」と呼ばれなかったことには少々驚いたが、しかし初対面ならばこれが普通か。


「そうだ。実は君にお願いしたいことがあるんだ」

『うーん。ごめん。無理』

「え?」

『私にはそういう機能はないから、ごめんなさい』


そういう機能も何も、まだ僕はお願いの内容を口にしてもいないのに。


「じゃあ君には、どういう機能があるんだ?」

『……』


僕が帰って来ない答えを待って硬直していると、オスカーが助け舟を出してくれた。


『あ、お兄ちゃん。えっとね。私はアーサー・マクダナムについての情報を収集するための人工知能なの。だからアーサー・マクダナムの言うことは聞けないんだよ』

「なぜだ?情報収集の対象の言うことを聞くのは、悪いことなのか?」

『そうじゃないけど、だって、アーサー・マクダナムだよ?』


僕はまた何か自分でも知らないうちにやらかしてしまっていたのだろうか。人工知能に恨みを買われる覚えなんてないが。


「ああ。いずれこの世を統べる方だ。何か問題でもあるのか?」

『分からないけど、でも、だってそういうものでしょ?』

「なるほど。よく分かった。もう大丈夫だ。ありがとう」


オスカーはそっとキレネの端末の電源を落とす。


「恐らくアーサーさんの言うことを聞いていけないとあらかじめ本体に命令されたのだろう」

「何でそんなことに…」

「分からないが、本体がアーサーさんのことを警戒し、調査しようとしていたというならば、筋は通る」

「警戒、か…」


なぜだろう。ノラや双子を警戒する気持ちは分かるのだが、僕には知識以外に取り柄がない。となると、知られているとまずいことがあるということか?いや、一度知られてしまったらもうその知識は消せない。そういう意味では警戒する意味などない。

あるいは、僕が企てている計画が自分の計画の邪魔になりかねないと判断したか。これはあり得る。僕はアルフヘイムを同盟の仲間にしようとしている。それは今SSがやろうとしていることと相反する行為だ。


「パティ。一つ、気になることがある…」

『ただいま!アーサーお兄ちゃん!』


オスカーがパティに何か言いかけていると、僕の端末にSSが帰ってきた。


『私が探せる範囲で私を探してみたけど、他の私はどこにもいなかったよ。ここにいるので全部』

「そうだったか。分かった。ありがとう」

『はーい』


僕の端末の画面が暗転するのを待って、オスカーはパティに続きを言った。


「ノラさんの端末を調べてくれないか?アーサーさんのSSはああ言っていたが…」


俯き加減に顎を指で抑えながらオスカーは言った。


「少し、不自然だ」

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