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第5話 鎖錠の森精⑲

SSを止める。そう宣言したパティだったが、それは一体いかなる策を講じてのものなのか、SSに対して知識の乏しい僕はパティに聞くことしかできない。


「で、パティ。一体どうするんだ?」

「ノラさんに頼んで魔力脳への電力供給を中断してもらいます」

「そうすればSSの暴走は止められるのか?」

「一時的には、そのはずです。今は電力は魔法から与えられているので」


動力源が断たれれば、今や制御不能となったSSも、さすがに停止は免れられないだろう。


「SSの妨害のせいで通信は今使うことができません。だから、今からノラさんの部屋に・・・」

「いや、待て。それなら大丈夫だ」


ノラの部屋まで駆け出しそうだったパティを制止し、僕はポケットからガラス玉を取り出しその表面をこする。

これは以前ノラが僕と連絡を取るために渡してくれたものだ。今までずっとポケットに入れっぱなしだったのに割れていないのは、多分強度を上げる魔法が施されているためだろう。


「これを使えばどこにいてもノラと話せる」


僕はガラス玉の表面をこする。すると、天井の掃除用ロボットから突然、魔力を検知したときのサイレンが響いた。


「な、なんだ!?」

「その魔道具、もしかして魔力が・・・」

『何してるのよ。うるさいわね』


ノラの顔がガラス玉に映し出されて数秒後、サイレンは鳴り止んだ。


「もう手遅れかもしれないけど、そのガラス玉に込めた魔法は古いものだから、使うとばれるわよ」

「ああ。そうだな・・・」


迂闊だった。しかし、魔法を使うことを許されてはいるので、さして問題にはならないだろう。


「そんなことより、今すぐ魔力脳への電力供給を止めてくれないか?」

「ああ、あれ。はいはい。・・・止めたわよ」

「え?もう?」

「かけてた魔法を解くだけよ。そんなのに何秒も掛けないわ」


だそうだ。それはノラにとって常識らしいが、どうやらこの問題は常識の範疇で解決できる類のものだったらしい。


「で、パティ次はどうする?」

「今確認されてる他のSSを調べて、原因を解明します」

「できるものなのか?」

「成長し変異したとはいえ、思考回路は私と同じ。可能です」


力強く断言するパティ。こうも力強いと頼もしい。


「分かった。それじゃあ今回の件、リーダーはパティだ。必要な知識があれば何でも聞いてくれ」

「あ、え、私が、リーダー?それは・・・そんな大役は私には・・・」


パティが遠慮していると、それを遮るようにパティの手の中の手首財布が着信を告げる電子音を響かせた。


「・・・父、いえ、大臣からです。少し、失礼します」


言ってパティは部屋から出て行き、しばらくすると出て行った時よりも一回りしょぼくれて戻ってきた。


「どうした?何かあったのか?」

「ああ、はい。・・・さっきの魔力警報のことで、大臣から質問が」


さっき僕が迂闊にも鳴らしてしまったあの警報のことがもう大臣の元まで届いているとは。


「悪いことしたな。僕の不注意のせいで」

「いえ。お気になさらず」


目に見えて落ち込んでいるパティを前にそれは難しかったが、しかしパティと僕にはやらねばならないことがある。パティの言葉を信じることにする。


「じゃあ、次はどうする?研究所に行くか?」

「そうですね。そうしましょう」


言って部屋の外へとぼとぼ歩き始めるパティ。


「いや、待つんだ。移動ならノラに頼めばいい。もう一度ノラと連絡とってみるよ」

「分かりました」


僕は再びガラス玉をこする。さっきので魔法は修正してくれたようだったので、今回は問題なくノラと繋がる。


「何度もすまない。僕らとパティを研究室まで飛ばして欲しいんだけど、いいかな?」

『いいわよ。あの魔力脳がある研究所よね』

「ああ。そこだ」

『じゃあ飛ばすわよ。あそこにいた人、じゃなくてエルフは私が魔法使えるの知ってるのよね』

「ああ。そのはず、だよな?」

「はい。その通りです」

『なら、たとえ目の前にあんた達が現れても驚かないわね?』

「まあ、そういうことだな」


さすがに目の前に現れたら驚くだろうが、たとえの話だ。いちいち訂正することもない。


『じゃあ飛ばすわよ』


そして本当にコルネの目の前に飛ばされる僕達。訂正しておけばよかったと後悔しても遅い。


「うぇえ!?パティたん!?と誰!?・・・あ、いや?見覚えある・・・・・・」

「突然すみません。アーサーです。魔力脳の時はお世話になりました」

「ああ、あの時の。あ、魔力脳ならそこにいますよ。あれ以来一切動かしていないので、無事ですよ」


実はその魔力脳への電力はもう断たれているのだが、それを彼女に言う必要もあるまい。


「ありがとうコルネ。ちょっと見させてもらうね」

「はーいごゆっくりー」


僕とパティは物言わずに佇む魔力脳を見据える。


「なあパティ」

「はい」

「見ただけで分かるのか?」

「いえ。見ただけでは何もわかりません」


ただ、とパティは言う。


「物理的な危険がないということは分かりました。これをそのまま私の部屋に持って帰って記憶を分析したいと思います」


なるほど。確かに魔力脳自体が走って逃げたりできたら問題だ。その可能性がないということを確認したわけか。


「持って帰っても分析なんてできるのか?今の魔力脳には電力は流れてないんだろ?死んでるのとは違うのか?」


人間の脳に電流がない時、心臓は止まっている。いや、心臓が止まるから電流が止まるのか?そのあたりの因果関係は分からないが、少なくとも脳が死んでいることに変わりはない。


「そうですね。死んでいるのとは違います。電力が止まってもSSは死にません。思考は停止していますが、記憶は留まってる状態、というのが正しい表現でしょうか」

「コンピューターで言うところの補助記憶装置みたいなものだよね。パティたん」

「まさしくそれ」


聞いたことのない言葉だったが、僕の知識はその言葉を知っていた。何となく分かった気がする。


「ですので、この脳を調べれば、SSの記憶は余さず把握できます」

「なるほど。で、調べるって言うと、どうするんだ?分解すればいいってものではないんだろ?」

「はい。その通りです」


生物の脳を切り開いても記憶が見えないのと同じだ。


「なのでコンピューターでデータを解析するのですが、そのためには魔力脳に電流が流れないといけません」

「でもそうすると・・・」

「SSが目覚める可能性がありますし、もしかしたら罠を用意してるかもしれません。危険です」


脳の中に罠とは変な話だが、既にSSは自分の脳内に城を築いているのだろう。


「じゃあ、どうするんだ?」

「取り敢えずこの本体は私の部屋に置いておいて、まずは派生したSSを捕まえて調べます。本体から派生したSSは機能が限定されたもの。もし攻撃されたとしても私が負けることはありません」


確かに、与えられた機能以外の能力値が0であれば、そこにつけこめば後れを取ることはないだろう。


「本体の手先として生み出されたSSは今、指令を受けられない状態なので、害はないと思います。・・・今のところは」


いずれ指令を受けなくても自分で考えて行動できるようになるという可能性は捨てきれない。ということか。


「で、本体がいくつ自分を複製したか、それは分からないのか」

「はい。今のところ確認できているのは私とアーサーさんとキレネさんの端末、ですね」

「そうだな。それじゃあ悪いけど早速パティは調査を始めてくれるか?キレネの手首財布、いや、端末は僕が回収してくるよ」

「お願いします」


僕はみたびガラス玉を擦り、ノラにテンペスト邸まで転送してもらう。

パティと魔力脳本体は彼女自身の部屋へ、そして僕はキレネの部屋の前へ。

よく考えたらキレネごと手首財布をパティの部屋まで転送した方が手間が省けた。

しかしさらによく考えるとそれではキレネがしなくてもいい心配をすることになる。やっぱりこれで正解だった。


「キレネ。いるか?」


廊下や階段にはいないとノラが言っていたので、外にいなければここにいるはずだ。


「なにー?どうしたの?」


僕がノックしたドアを開けて、中からキレネが顔を出した。


「ああ、キレネ。手首財布をちょっと借りたいんだけど」

「いいけど、もしかしてなくしちゃったの?」


キレネが僕の手首を見て僕に問いかける。


「いや、そうじゃなくてパティに頼まれてな。調整がしたいらしい」

「ああ、そういうことだったんだ。言ってくれたら自分でパティのとこまで行ったのに」

「ああ、まあ、ついでだったから」


僕はキレネから無事手首財布を受け取り、パティの部屋まで届ける。


「キレネからもらってきたぞ」

「ありがとうございます」


僕から手首財布を受け取るとパティはそれに他のものと同じようにケーブルを繋いだ。


「それは何をやってるんだ」

「端末と私のコンピューターを繋いで、SSのデータを引き上げてるところです」

「ああ・・・なるほど」


何となく分かったので分かったということにしておく。


「さっきアーサーさんの端末が完了したので、私のコンピューター上で彼女を起動します」


パティのその言葉の後、スピーカーからは聞き覚えのある声が響いてきた。


『おはようアーサーお兄ちゃん!次は何について調べたらいいかな?』

「僕が見えてるのか?」

「いえ。アーサーさんの端末にいる前提ですので、決まった音声を流してるだけです」


さらにパティが言うことには、こちらの音も向こうには伝わっていないらしい。


「ではこれからこのSSの詳細にわたる分析を・・・」


と、言いかけてパティの部屋のドアが叩かれた。


「誰か来たな。キレネか?」


あるいはオスカーか。ノラなら直接魔法で話しかけてくるだろう。

僕が行ってドアを開けると、そこにいたのはオスカーだった。


「アーサーさん。パティと一緒だったのか」

「…!兄者。どうかしたのか?」

「ああ。今起こっていることについてだ」


オスカーは自分の手首財布をこちらに向けて画面に見覚えのあるマークを表示した。


「話は全て彼女から聞かせてもらった」

「SS!まさか兄者の所にも?」

「パティ。急がないと大変なことになる。このアルフヘイムが、滅びるぞ」

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