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第5話 鎖錠の森精⑫

パティ曰く、改良して脳と同じ働きをするようになればその望みはあるという。

しかし、それは今までに数多くの科学者が挑戦し、失敗に終わっていたらしい。


「理論上、既に性能では実物に追いついているのですが、未だに我々の脳は、自らを機械で再現することに成功していません」


どれだけ速く走っても自分の影を追い越せないのと同じように、脳もまた、自身でその完璧なコピーを作るのは不可能ということなのだろうか。


「なるほど」


僕は自分の知識を探り、脳やコンピューターに関する知識を引っ張り出してくる。


「脳もコンピューターも、電気信号で記憶や計算処理を行ってるから、脳もコンピューターと同じく機械仕掛けで再現できる、っていう理論だよな」

「はい。その通りです」


極端な話をすれば、生物から脳を取ってきて電極を繋げばいい。

そこに外部からの刺激の受信装置を付けて、中で思考したことを外に出せるようにしてやればそれでもう完成だ。

その脳にはあらかじめプログラムが組み込まれているのだから完璧そのものだ。

もっとも、こんな方法は自立指向型汎用知能から自立指向型汎用人工知能を作ってるに過ぎない。

一番良いのは脳のデータをコピーして人工知能にそっくりそのまま与えてやることだが、それができれば苦労はないと言ったところだろう。


「なあパティ。確か魔力って、電気みたいに回路に流せたよな」

「はい。お兄ちゃんのような糸状の魔力があれば・・・。え、まさか・・・魔法で?」

「ああ。詳しいことはノラに聞かないと分からないけど、転送魔法を使えば脳に入ってるデータを転送できるんじゃないかと思って」

「脳に入ってるデータを・・・そんなことが可能なのでしょうか?」

「分からない。だからノラに聞いてみよう」


僕はパティに部屋で待つように言って、部屋を出ながらノラに手首財布で通信を入れた。

ノラが通信にでるのを待ちながら廊下を進んでいると、頭にノラの声が響いた。


『何よ』

「お前・・・普通に通信に出ろよ・・・」

『何を言ってるの?面倒くさいじゃない』


僕は嘆息しながら通信をキャンセルし、頭の中のノラに言葉を返す。

「実は今パティが面白いことをやろうとしてるんだけど、どうも魔法がないとうまくいきそうにないんだ」

『ふうん。それは面白そうな話ね』


期待通り、ノラはこの件に興味を持ってくれた。


「で、どこに行けば良いの?パティの部屋?」

「ああ、そうだ。でも待て!転送魔法は・・・!」


使うんじゃないぞ、と僕が言い終わる前に、ノラは僕のことをパティの部屋まで転送した。


「安心しなさい。誰にも見られてなかったわ」

「それは確かなんだろうな?」

「あんたの周りに人やカメラはなかった。これで満足?」

「ああ。満足だよ・・・」


今さら何を言ったって同じだ。ノラの言葉を信じることとしよう。


「パティ。SSについてノラに説明してやってくれるか?」

「はい。SSとは私が開発しているアシストプログラムのことです。改良すれば自ら考え、学び、我々を補佐してくれる存在となるでしょう」

「それってパティの発明品の話よね。私が手伝えることなんてあるの?」

「はい。それについて先ほどアーサーさんからいただいた意見というのが・・・」


パティはさっきの僕との会話を、より分かりやすくノラに伝える。

お陰でノラは話の内容を理解できたわけだが、それがあだとなって、と言うべきか、彼女は難色を示す。


「仮に頭の中の記憶とか意識とかが他に移せたとして、元々の頭の方が空っぽになるわよ」

「ああ・・・確かに」


転送魔法で僕らが飛ばされるとき、僕らは元々収まっていた空間からはいなくなる。つまり、意識をコピーしてプログラムに使わせる、ということをすると、少なくとも誰かが意識不明状態になるというわけだ。


「じゃあ反射魔法はどうだ?意識は物体じゃなくて音や光みたいなものだから、それで複製できないか?」

「意識を反射するって、ちょっと何を言ってるか分からないわ」


それに、とノラは続ける。


「もし仮にそれで意識がコピーできたとして、その意識は自分のことをコピーだと割り切れるのかしら」

「それは倫理的な問題ってことか?」

「そうよ」


まさかノラがそんな発言をするとは思っていなかったので僕は面食らう。


「それに何より、頭に魔法を使わないっていう私のポリシーに反するわ」


そういえばあったな。そんなポリシー。これに比べれば科学者たちが直面している課題が可愛いものに見えてしまう。


「いや、ちょっと待て。さっきの念話、あれはいいのか?」

「いいのよ。あれは魔力じゃなくて魔力で起こした念を頭に届けてるだけだから」

「念?」


確かにその二つのものは僕の知識の中では別とされているが、いまいち魔力と何が違うのか分からない。


「あの、ノラさん。私の友人のラボに脳をスキャンする装置があります。それを使えば頭に傷を付けることも魔力を流すこともなく、脳の構造を把握できます」

「そう。それはすごいけど、それなら魔法を使わなくても脳なんて作れるんじゃないの?」

「はい。スキャンした情報を基に回路を組んでみたという例もあったのですが…」

「なるほど。駄目だったのね」


パティはノラの言葉を首肯する。

つまりここらで大きな方針転換が求められるということだ。多分今回の挑戦はその最たる例になるんじゃないだろうか。


「私のポリシーに反しないというなら、別に私はそれ以上何も言わないけど、誰の脳を使うつもりなの?」


そこは大した問題と思っていなかったのでちゃんと考えていなかった。しかし、それはやはり大した問題ではないのではないだろうか。


「立候補者がいないなら僕の脳を使えばいいと思うけど…」

「いえ。その時は私の脳でお願いします」


確かに僕とパティの脳とを比べれば、パティの脳の方に軍配が上がるだろう。


「まあ、同じ複製するなら性能が良いものの方が良いのは確かだな」

「そうね。アーサーと同じ考え方をする知能なんて、あればあるほど碌でもないわ」

「あ、いえ、そういうつもりじゃなくて・・・!」


僕がノラに抗議するよりも先にパティが弁明をする。


「もし完成したら彼女は私のコンピューターの中にしばらく置いておきます。そこには私が作ったプログラムが溢れ返っているので、私の脳を使った方が彼女も動きやすいかと」

「なるほど。それじゃあ、方針としてはそのようにしておこう」


あとはいつ実行するかだ。


「パティ。その友人と会えるように打診してほしんだけど、お願いしていいか?」

「はい」

「ノラ。都合の悪い日とかないよな?日取りが決まったら頼むぞ」

「はいはい」


こうしてこの話はここで一旦お開きとなる。僕は自分の部屋にノラの魔法で送り届けられ、夕食の時間までは部屋から出ずに部屋のコンピューターをいじって過ごした。

頭の中の知識に従って何となくいじっていただけだが、システムの全体像というか根本的な理念については理解できた気がする。


「アーサー。ご飯だってー」


僕を呼びに来たのはキレネだった。


「ああ。今行く」


少し前までだと大体こういう時はノラが念を送ってきたり勝手に転送したりしてたんだが、状況が状況だけに魔法を使うのをためらっているんだろうか。

僕はコンピューターの電源を切って席を立つ。


「どんな料理だろうね」

「なんだろうな。この州は加工食品が優れてるから、色々考えられるな」

「加工食品って…お昼のチーズみたいな?」

「そうだな。あとはフリーズドライとか冷凍食品とか」


どちらもおいしくするための調理というよりかは、保存し、手軽に摂取するための調理だが。


「へー。今日はどっちだろうね」

「あー、いや。客人に対してフリーズドライとか冷凍食品はあんまりないんじゃないかな」


波斗原で言えば客人に対して漬物とお粥を出してるみたいなものだ。今回はこちらが押しかけているので咎めることなどできないが、大臣の名目というものも考えると、その選択をするとは考えづらい。


「そっか。何にしても楽しみだよ」

「そうだな。それに、きっとおいしいよ」


少なくともキレネは、そう言うだろう。

僕たちが食堂に着くとそこにはおよそここに揃った人数では埋めきれない長さのテーブルと、その上をほぼ埋め尽くす量の料理が用意されていた。パスタ、ピザ、揚げ物、サラダ。カロリーが高そうなものが圧倒的多数派なのが気になるところだった。


「いっぱい…!いっぱいだよアーサー!」

「そうだな。いっぱいだな」


多分オスカーとパティがキレネの胃袋を満足させられるように気を回してくれたんだろう。


「いらっしゃい。あなたはキレネさんね」


オスカーとパティの母、名はカトリーナ、がキレネに微笑みかける。


「はい!嫌いな食べ物はありません!」


そんなことはまだ聞かれていなかったが、キレネは元気よく答え、さらに目を輝かせてカトリーナにこう尋ねる。


「この料理は、もしかして全部お母さんが作ったんですか?」


その問いにカトリーナは一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、しかしすぐに笑みを戻して言った。


「いいえ。これは全部デリバリーよ」

「デリ、バリイ?デリバリイっていうんですか?この料理」

「いや、デリバリーっていうのはお店の料理を家まで持って来てもらうっていうことだよ」

「え!?そんないい人がいるの?」

「いい人っていうか…それを仕事にしてる人だよ」


キレネがデリバリーサービスのことを慈善事業か何かと勘違いしてそうだった。


「へー、いいなあ。そんな風に人を幸せにできる幸せがあるんだ」


料理のデリバリーにそこまでのやりがいがあるかどうかは分からないが、きっとキレネのような客がいるとそれもあるんだろう。


「ふむ。皆、そろったようだな」


キレネとそんなやり取りをしていると大臣が食堂に姿を現した。今の彼はスーツから普段着に着替えて、大臣というよりもお父さんという感じが増している。


「さあ。皆席へ。いただくとしよう」


大臣の言葉に従って各々が席に着き、晩餐が始まった。食事中大臣はあまり話さず、話題は主にカトリーナからもたらされ、思ったよりも朗らかな空気のまま食事は終わった。

一応、用意された大量の料理は綺麗に平らげられたことは記しておく。

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