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第5話 鎖錠の森精⑪

「何だ?」


大臣の視線がパティに注がれたが、目を伏せてそれをあまり見ようとせずにパティは続けた。


「試作品なので強度はありませんが、彼女の腕には魔封じのルーンが刻まれたリングが装着されています」

「ルーンか、過去の遺物だが、本当に使えるんだろうな?・・・いや、それは見聞で明らかにしよう」


もう少し自分の娘の技量を信じてやれと言いたくなったが、しかし判断自体は合理的だ。


「では、そのルーンがうまく機能すればそれでいくとしよう。どうだろうか。記録装置を付けて、外している間は魔法を使っていると見なすというのは」

「ええいいんじゃないかしら」


「え」と「い」の間に「どうでも」という言葉が聞こえた気がした。


「装置が組み終わりました」


装置を組み立てていた作業員が大臣に声を掛ける。

装置は真ん中にある四角い板を取り囲むように4本のアンテナがそれぞれ中央を向いて設置されている。

そこまで組み立てるのに技術が必要そうな装置でないにもかかわらずわざわざ人に運ばせてきたのは、この体格のいいエルフたちが万が一の時は大臣たちのボディーガードとして働くためだろう。

と、いう読みは少々意地悪過ぎただろうか。


「申し訳ないが、ノラ殿にはさらにこれを装着してもらう」


そう言って大臣が差し出したのは黒縁の丸眼鏡だった。


「これは噓発見器だ」


噓発見器、名前こそ噓を見抜く装置だが、そんな便利な装置は存在しない。

これは装置を付けた人物の脈拍や網膜の動きを観察して噓をつく兆候を読み取る装置。

つまり、噓がばれないかと不安になっている者ほどばれやすいということだ。

その点ノラはこの見聞のことを至極どうでもいいと思っている。どんなでまかせを口にしても、噓は一滴も発見されないだろう。

ノラは難色を示すこともなくそれを装着し、装置の真ん中に立った。


「では、まずルーンを外した状態でセンサーに探知されない魔法を使ってくれ」


ノラは健気にも魔法を使わずに自らの手で左手のリングを外し、手のひらの上で小さな火球や稲妻を出してみせる。


「そんな・・・まさか本当にセンサーに探知されないなんて…」


スーツを着たエルフの一人が計器のモニターに張り付いて目を丸くする。


「ありがとう。では次にルーンを付けて」


外したリングを手首に戻し、その手の平を上に向けたまま、ノラはじっとする。


「魔力はもう、放出しているのか?」

「いいえできないわこのリングを付けると魔力が手から出せないのよ」

「なるほど、それを確認する術がないのが残念だ」


そう言った大臣は懐に手を入れると、突如そこから取り出したハンカチを、丸めてノラへと投げつけた。

それはノラの額に音もなく命中し、ふわりと床に落下した。

ノラの反応がよかったら、反射的にルーンを突破して魔法を使っていただろう。しかし、ノラの反射神経はそこまでよくなかった。それだけのことだったのだが、


「これは済まない。それが演技なんじゃないかと疑っていた。許してくれ」


そう言って頭を下げる大臣。ノラの眉間には一瞬深いしわが寄るが、大臣がそれを見ることはなかった。


「気にしてないわ。本当よ」


噓発見器は反応しなかったようだが、本当だろうか。

それからすぐに大臣によって見聞の終了が宣言され、機材が片付けられていく。

大臣以外のエルフが次々とテンペスト邸を後にする中、何故か女性のエルフは大臣と共に残り続ける。不思議に思って彼女に目を向けると、それに気付いた彼女はこちらに向かってゆっくりと会釈した。


「初めまして。ご挨拶が遅れましたね。オスカーとパティがお世話になってます。私はあの子達の母、カトリーナと申します」

「え、あどうも。こちらこそお世話になってんす」


最後に噛んでしまったが、咄嗟のかしこまった挨拶にしてはよくやった方だと思う。


「部屋への案内は子供たちが済ませたでしょうか?」

「はい。素晴らしい部屋をありがとうございます」

「お恥ずかしながら、あれが我が家の精一杯です」


言葉を交わしながら僕はそれとなく彼女のことを観察するが、大臣の時と同様、そこまで劇的な類似点は見いだせなかった。

エルフの親子同士がどれほど似るか、という知識はないので分からないが、もしかしたらエルフは人間よりも容姿の遺伝がしにくいのかもしれない。


「それでは私は失礼します。夕飯まではご自由におくつろぎください」


そう言い置いてカトリーナは僕達の前から去っていった。

気付いていなかったが、いつの間にか大臣もその場からいなくなっていた。


「ノラ。大丈夫か」


精神的に一番消耗しているであろうノラが心配だったが


「大丈夫よ噓じゃないわ」


大丈夫とは思えない単調な口調でノラは答える。まだかなり引きずってるようだ。


「ノラ。見聞はもう終わったんだ。おかげでうまく切り抜けられた」


同じ屋敷の中に大臣がいるだけに、これであとは好きに勝手にできる。とは言えないが。


「ええそうね。・・・部屋に戻ってるわ」


そう言い捨ててノラの姿が消える。早速魔法を使ったようだ。

僕も部屋に戻り、ベッドに体を預けて天井を眺める。

ここからの計画を練らねば。


「まだ図書館には一回しか行ってないけど、移動する手間を考えると行く価値はないよな・・・」


早くも今日の成果の無さがトラウマになりつつある。

図書館はアルフへイムにいくつかあるが、どこに行っても今日と同じなんじゃないか、と考えてしまう。


「幸い図書館が駄目でも、まだ情報収集の手段はある」


僕は上体を起こしてE3に目をやる。

ここでの情報収集に役立つものは、図書館よりもあっちにありそうだ。

しかし現状僕はオスカーから基本的な説明を受けただけ。気になったことを調べられる程度で、情報収集と呼ぶには物足りない。


「こういう時は、教えを請うほかないか」


僕は手首財布を操作して通信をパティと繋ぐ。

普段からマシンを様々発明しているパティなら、E3の仕組みについても精通しているだろうし、もしかしたらいい情報収集のしかたを提案してくれるかもしれない。

暫く待つとパティが手首財布の画面に現れた。


「どうされましたか?」

「E3についてちょっと聞きたいことがあるんだけど、今大丈夫かな?」

「はい!すぐに伺います!」

「いや!ちょっと待て。大丈夫だ。通信だけで大丈夫だから」


すぐさま僕の部屋まで飛んでこようとしたパティだったが、間一髪で阻止できた。


「よろしいですか?」

「うん。図書館に行ってもあまり良い情報が得られなかったから、E3も試してみようと思ってね」

「そうですか」

「でもまだあまりE3の使い方に慣れてなくて、いまいち欲しい情報の調べ方が分からないんだ」

「そうでしたか・・・。アーサーさんならE3の使い方をご存じと思っていました」


それについては完全に同意見だ。僕自身、もう少しE3について知っていてもいいんじゃないかと思う。


「ですがそれでしたら、良い方法があります」


さすがはパティだ。


「私が作ったアシストプログラムをそちらの端末にお送りします。まだ改良の余地はありますが、情報収集のみに特化すれば、良い働きをするはずです」


そう言ってパティは暫く無言になり

そしてまた話し始める。


「送りました。メッセージにプログラムファイルを添付していますので、端末のメッセージ機能を見て下さい」


途中に分からない言葉がいくつか登場したが、とにかくコンピューターをいじればいいということは分かった。

僕はオスカーに教わったことを思い出してコンピューターを立ち上げる。

当初はそこまででまたパティにどうすれば良いか聞くつもりだったが、画面に現れた文字がそれを示してくれていた。

『メッセージを受信:1件→確認する』

ご親切に「確認する」の文だけ青く抜かれていた。

そこに手を触れるとパティからのメッセージが表示された。


「見えた。ここに書いてある通りにすればいいんだな?」

「はい。そうです」


メッセージには簡単な説明文と共に、こんな一文もあった。


「彼女の名前は『サポーティブシスター』です。SS(ダブルエス)とお呼び下さい。…これって生き物なのか?」

「はい?」


僕はメッセージに書かれている内容を実行しながらパティに尋ねる。


「メッセージに彼女、って書いてあったから」


もちろん僕自身画面の中で始まろうとしている何かを生き物だとは到底思っていない。


「ああ、それは言葉の綾というか、目標、です」

「目標?」

「はい。ゆくゆくは自立思考型汎用人工知能にまで発展させる計画です」

「人工知能、か」


僕の知識にはある言葉だったが、今パティが言ったようなものとなると実現は途方もなく困難だ。朝起きたら着替えから朝食まで全部やってくれるカラクリを考える方がまだ簡単だろう。


「それは今どのくらい・・・」

『初めまして。私はSSです』


計画がどこまで進んでるか聞こうとしたところで目覚めたSSの無機質な音声が響く。


『お求めの情報について、手がかりをいただけますでしょうか』

「手がかり?」

「今のSSは情報収集に特化した設定のため、キーワードを求めてきます」

「E3の検索みたいなものか?」

「はい。ただし自動で全ての検索結果を閲覧し、情報収集を行います」

「なるほど全部か・・・」


僕がE3を使ったときに見ようという気になれる検索結果はのは二つ三つ程度。10個見れば頑張った方だろう。


「確かに優秀だな」

『優秀についてお調べですか?』

「え?あ、いや、違う」


優秀という言葉以前にも僕はパティと様々言葉を交わしていたのだが、どうしてSSへの褒め言葉だけが拾われたんだろうか。

やはり彼女は生き物なのだろうか。

僕は端末の画面に向き直り、はっきりと告げる。


「アルフヘイム 情報 取り扱い」

『入力を受け付けました。アルフヘイム 情報 取り扱い』


という音声の後、画面には文字の羅列がぞろぞろと表示され、数秒ほどで消える。


『結果をテキストにまとめました』


その言葉と同時に画面には一つの文書が表示される。


「結果が出ましたか?」

「ああ、何か文章が出てきた。ええっと・・・」


さっと目を走らせて僕は感激する。


「何だこれ。めちゃくちゃ分かりやすいぞ」


同じ内容を自分で検索したときはこのワードチョイスが正しいのかどうかも分からなかったが、これを読めば間違っていたことが一目瞭然だった。


「なるほど。こういう調べ方をすると個人情報の取り扱い方に関する結果になるのか」


それがは分かったが、逆に、どういうキーワードを与えれば欲しい情報が得られるかは依然として分からないままだ。


「パティ。SSに聞けば欲しい情報を得るためのキーワードも教えてもらえるか?」

「いや・・・さすがにそこまでは・・・」


やはり無理かと諦めかけた僕だったが、しかしその後に続く言葉を聞き逃しはしなかった。


「今の性能では厳しいかと」


ということはつまり


「改良すれば出来るようになるってことか?」

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