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第5話 鎖錠の森精⑧

「・・・サー・・・アーサー!」


どこか遠くで僕の名前を呼ぶ声が響いている。その声に身を揺さぶられて僕は自分が寝ていたことを知る。

近づいたり離れたりしながら僕の名を呼ぶその声は、どこかで聞いたことがあるようなのに、水の中から聞き耳を立てたようにその主は判然としない。

それ故に僕は目を開けて声の主を確認したいという衝動に一層強く駆らたてられる。まとわりつく眠気との格闘の末、僕の意識はある時唐突に泡がはじけるように現実へと帰還した。


「アーサー!?もうお昼だよ!ご飯の時間だよ!?」


目を開けるとキレネが僕の肩を揺すっていた。驚いたのはその激しさでも声の大きさでもなく、彼女の浮かべる悲壮な表情だった。まるで僕が死んだかのような表情だった。


「・・・どうしたんだキレネ。昼寝してただけだよ・・・」

「はっ!生きてた!」


やはり僕は死んでいると思われたらしい。寝息は立てていたはずなんだが。


「もう、びっくりしたよ。約束のご飯の時間なのに起きてこないし、部屋の鍵は開けっぱなしだし」


こう言われて初めて、僕はこの部屋に鍵があったということに気がつく。

オスカーとペティの家ということもあって完全に油断していた。


「本当に死んだと思ったのか?」

「半分は本気だったよ」


残りの半分は冗談だろうか。


「でもよかったよ。もし鍵閉めてたら誰にも起こしてもらえないままお昼食べ損ねて、本当に死んでたんだからね」


危ないところだったんだぞと説教せんばかりにキレネは言う。これはどうも、冗談で言ってるわけではなさそうだった。


「もうみんなお出かけの準備はできてるらしいよ。行こう!」


キレネはまだ頭に血が上りきっていない僕の手を引いて外へと連れ出す。何度か目の前が暗くなったが、彼女の手のお蔭でぼくは歩くことができた。

玄関ホールに降り立つと僕以外の全員が揃っていた。


「遅かったわねアーサー。昼寝でもしてたの?」

「ああ。その通りだよ」

「そう」


聞くだけ聞いて、ノラは興味を失ったように僕から視線を外した。


「ではこれより、作戦を開始する。アーサーさん。ノラさん。キレネさん。これを」


そう言ってオスカーは僕達一人一人に滑らかに整形された巻き貝のようなものを渡した。


「これは?」

「ククッ。それは我が発明『ミミックイヤー』人型の生命体ならばどんな生物でもエルフに擬態可能」

「耳に付けるのか?」

「その通り」


僕はパティの首肯に促され、左右の耳に「ミミックイヤー」をかぶせる。

自分の耳の上で何が起きているかは分からなかったが、キレネを見ることでそれは明らかとなる。

ミミックイヤーの縁からオスカーの魔力が伸びている。それらは暫くすると互いに結合し、円錐が形成された。

このままでは耳に光るものを生やしているだけの人だが、緑色の円錐はグラデーションがかかるようにその色を変えていき、ついには本物と寸分違わないエルフの耳が現れた。


「あ、アーサーの耳。長くなってる」

「キレネもな。・・・すごいじゃないか。本物みたいだ」

「ククッ。しかし、それは本物とはほど遠い。癒着させた兄者の魔力に電圧をかけ、色を変じているに過ぎないのだ」


つまり目の前のこれはただの映像ということか。

試しにキレネの耳に指を伸ばしてみると、指が触れたところの映像は影が差したように歪んだ。

僕はそのことにおどろくつもりだったのだが、それとは別のことに驚いて指を離す。

指が触れた瞬間、僕の指には針で刺すようなチクリとした痛みが走ったのだ。


「あ、電流は魔力に直接流してるので触れると感電します。・・・僅かに」


パティが慌てて補足したが、時既に遅しだ。しかしパティの言うとおりそれは僅かなものだった。


「すごいじゃないか。実際は平面なのに立体感がしっかり表現されてる。耳の付け根との違和感もない」

「はい!・・・ククッ。その通り、接触面のセンサーが肌の色を関知し、自然な色合いに仕上げる。それが、ミミックイヤー」


口の端から褒められた喜びを滲ませながら、パティは説明を加えた。


「ふーん。付け心地も悪くないわね」


意外だったのだが、ノラは文句一つ言わずにミミックイヤーを装着していたのだ。

ノラのことだから魔法で同じことができると言って嫌がりそうだと思っていたのに。

それが視線で伝わってしまったのか、ノラは眉間にしわを寄せて言った。


「何よ?魔法を使うなって言ったのはあんたでしょ?」

「そうなんだけど、頭に何か付けるのは嫌がるかと思ってな」

「別にパティの発明品なら文句はないわ。品質は保証されてるんだから」


確かに品質に関しては折り紙付きだ。武器などになると普通の人には使いこなせないという問題はあるのも事実だが。

ノラの言葉に照れ笑いを隠せないパティの代わりにオスカーが前に出て言った。


「既に外には乗り物を用意している。乗り込み、繁華街を目指すという作戦だ」


お腹を空かせた僕らは速やかにテンペスト邸の前に停車した大型の車に乗り込み、5人仲良く繁華街まで運ばれたのだった。

繁華街の地図は知識にあった。そればかりか、「繁華街の歩き方」なる知識も僕は有していた。僕の知識は普遍的なものに限られてているはずだが、エルフにとっては街の歩き方は一般教養ということなのだろうか。

とはいえそこは知ってるだけの僕より、よく分かっているオスカーやパティに頼るべきだろう。


「おすすめのものはあるか?」

「おすすめ、か・・・。様々あるが、大まかなジャンルを指定してもらってもいいだろうか?」

「ジャンルか、そうだな・・・」


僕が知識の中からアルフヘイムにある食べ物のジャンルを探していると、


「チーズタワー!チーズタワーがいい!」


とキレネが声を上げた。


「チーズタワー?」


僕は僕の知識にないその単語を復唱する。


「フッ。あれを指定するか。さすがはキレネさん」

「ククッ。あれならばみんなで楽しめる」


知らないことで僕が置いていかれるというのは、昨今ではなかなか珍しい状況だった。


「あのね。チーズタワーはね、色んなものをチーズに付けて食べる凄い料理なんだよ!」


興奮気味に与えられたキレネからの説明で僕の脳裏をよぎったのはチーズフォンデュだが、あれは鍋でやるもの。タワーというのイメージはない。


「ひとまず移動しよう。あれは一日に提供される数が有限。全て失われる前に、行かねば」


善は急げと僕達は兄妹に誘導され、チーズオーシャンという名前の店にたどり着いた。


「チーズ・・・オーシャン?」


直訳でチーズの海。チーズ好きは入って泳ぎたくなるのだろうか。あるいは、それほどのチーズ好きでないと入店を拒否されたりするのだろうか。

そんなことを考えているうちに受付が完了し、何の問題もなく全員が席に通された。


「で、ここは何の店なんだ?チーズ料理が得意そうな名前だけど」

「ククッ。その通り。ここのメニューでチーズが含まれないのはドリンクくらいものなのだ」

「そして俺たちが注文しようとしているのがこの店の最強のメニュー」

「その名も、チーズタワーだよ!」


兄妹と息を合わせつつ、キレネがシメを飾ったが、「最強の」とはどういうことなのか、新たな謎も生まれた。


「確認するが、一度チーズタワーを注文すれば、全員で取りかからなければチーズタワーを陥落させることはかなわないだろう」

「それは量の問題か?それとも胸焼けのせいか?」


あるいはその両方か。


「前者だ」


それはキレネの実力をどう勘定した場合の話だろうか。

少なくとも彼女を、ごく普通の女性一人分と計算してはいけないと思うのだが。


「味は保証する。絶品だ」

「そうか。なら僕は構わないよ。ノラもいいか?」

「構わないわ。私は何でも」


いつもよりもだるそうな顔つきでノラはそう答えた。多分、いつもよりよく歩いたせいだろう。

その後、オスカーは魔物の召喚でもするかのように神妙にチーズタワーを注文し、僕達はその到着を待った。

その間キレネはというと、既に食べるものは決まっているというのに、ずっとメニューを食い入るように見詰め、端から端まで熟読していた。

今度来たときの計画を立てているのだろうか。それとも、メニューというものが珍しいのだろうか。

キレネがデザートのページを眺めているとワゴンに乗せられたそれは現れた。

濃厚なチーズの香りを漂わせ、黄金色の滝は絶えず滝壺を叩く。

そのタワーは僕が想像していたよりも高くそびえ立っていた。その迫力に、回りの客達も思わずタワーに見入っている。

それと同時に茹でた野菜や肉、魚介類も運ばれてくる。あれをチーズに浸して食べるということは、やはりこれは大仰なチーズフォンデュなのだろう。

食材はそれだけではなかった。さらに皮付きのポテトフライや一口大に切られたバタートーストもやってくる。

最後に味付けのされていないパスタが運ばれてきて配膳が完了し、店員から一通りの食べ方の説明がされたが、やはりそれはチーズフォンデュそのもの。

その説明によるとパスタはシメにチーズを絡めて食べるらしい。

店員が去ると、僕達は思い思いの食材をピックに突き刺して取り、チーズへ記念すべき第一投を行う。

チーズはそこまでクセが強くもなく、程よい塩味が食材によく合う。

チーズタワーを楽しんでいると、オスカーが僕にあることを教えてくれた。


「このチーズタワーは最初と最後ではチーズの味が変わっているのだ」

「チーズの味が?もしかして、浸した食材の出汁か?」

「その通りだ」


今僕が食べているポテトも、粉末のコンソメがまぶされている。これをチーズの流れに浸せば、多少のコンソメがチーズの滝に流れ出る。

肉や魚介類も焼きたてで肉汁が滴っている。それらはチーズに絡まり、また違った味を演出するのだろう。


「なるほど。だからチーズを絶えず循環させているのか」


循環については分かったが、ここまで高くそびえ立たせる理由は未だに謎だ。

結局、一番食材の消費に貢献したのはキレネで、そのお陰で僕はパスタを胃袋に余裕を持ちながらいただくことができた。

先ほどの出汁も手伝って、中々いい味に仕上がっている。


「あーおいしかったね」

「そうだな」


デザートのチーズケーキを目の前にしながら、キレネは満足げなため息を漏らす。

ここでお腹いっぱいだからとデザートを辞退しないあたりさすがだ。


「またみんなでこようね」

「ああ。ここでの用事が済んだらな」

「用事?」


何のことだと首をかしげるキレネ。まあ、キレネにはそんなものないかもしれないが、僕らにはある。


「この後僕はここの図書館に向かおうと思っている。夕方までには帰るつもりだけど、構わないかな?」

「無論だ。ゆっくりしてくれ。一応、アーサーさんの帰還よりも早くに両親が帰ってくれば、その時はデバイスに一報入れるようにしよう」

「ありがとう。助かるよ」


そう言って僕がケーキに戻ろうとすると、キレネは好奇心を滲ませながら僕に向き直って言った。


「その図書館ってとこ、私も行って良い?」

「いいけど、おいしいものはないぞ?」

「いやいや、さすがにもう食べられないよ」


お腹をさすりながら言うキレネだが、さっきから僕と僕のチーズケーキに交互に視線を注いでいるのは、食欲のためではないということだろうか。

ちなみにキレネは自分のケーキを既に平らげている。


「まあ、一緒に来るのは構わないよ。場所は僕の知識にあるから」


ここで、僕はもしかしたら魔術のいい本があるかもしれないと考え、


「ノラも一緒にどうだ?」


と訪ねてみたが、ノラからの答えは


「遠慮しておくわ。行ってもどうせ邪魔になるだけだし」


だった。


「いや、邪魔ってことはないよ」


と一応返しておくが、歩いた疲労のせいでご機嫌斜めなんだろうと考え、しつこくは誘わない。僕達はテンペスト邸行きと図書館行きに分かれ、各々の目的地へと向かった。

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