第5話 鎖錠の森精⑦
「では、この部屋の設備について、僭越ながら俺から説明をさせてもらおう」
そう言ってオスカーは部屋の灯りから空調、お風呂の使い方などについての説明を始めた。しかし驚いたことに、それらは全て僕の知識にあったのだ。
僕の知識のことだから機構を把握しているのみで詳細な操作方法までは知らないと自分で決めつけていたが、なんと製品の詳細な内容、説明書に記載されているレベルの内容を僕は知っていたのだ。
まあ、この州ではこのレベルの知識は普遍的ということなのだろう。
「そしてこれが最後の設備だ。このエルフの地に関する全てがここから得られる」
僕達の目の前にあったのは縦横が40センチと50センチ程の画面と、そこにケーブルで接続された金属製の箱だった。
僕はそれが何か、そしてどのような用途でどのように使うのか、知っていた。
「これはこのディスプレイに様々なものが映し出されるが、本体はこの、箱の方だ」
「騙されたでしょ?」
オスカーまだしも、どういうわけかキレネまでしたり顔だった。仮に騙されたとして、それは間違いなく二人の術中にはまったわけではないのに。
「悪いけど知ってたよ。この機械についての知識は、僕の頭の中に既にある」
「フッ。やはり、さすがというほかにないな」
「いや、あくまで知ってるだけだよ」
「であれば、もう俺ごときからの説明は不要であろう」
「いやいや、僕は知ってるだけ何も見えてないんだ。説明はお願いしたい」
もしかすると大事なことを知らなかったりするのだから。
「御意。起動の仕方は簡単だ。この現実と異世界をつなぐ窓に手を触れる。それだけだ」
言いながらオスカーは画面に手を伸ばし、それを点灯させる。
「この機械は我が妹よりも矮小ながら、それに匹敵するほどの能力を有する。例えば・・・」
言ってオスカーは画面の左下に表示されている四角の中に木が描かれた紋章に触れる。するとそこから様々な紋章や文言が記された枠が展開された。
「これは計算機だ」
言ってオスカーはその中の一つに触れ、机の上のキーボードのいくつかを押した。
それに呼応して枠には数字が入力されていく。
この枠というのは僕の知識によれば「ウィンドウ」と呼ばれるらしい。先ほどオスカーが言った窓というのはこれに由来するのだろうか。
「他にも色々機能はあるが、やはり一番便利なのは検索システム『Edge of Elf Extention』だろう」
オスカーはそう言いながらまた別の紋章に手を触れ、新たなウィンドウを開く。
「これはまたの名をE3(イースリー)。エッヂと呼ぶ者もいる」
「この空白の部分に調べたい言葉を入れればいいのか?」
「その通りだ」
試しに知識にあるE3の使い方を言ってみたが、当たりだったようだ。
「何か調べてみてもいいか?」
「無論だ」
キーボードを譲られた僕だったが、いざ目の前にするとどうしたものか悩んでしまう。
調べたいのは情報が集まりそうな場所だが「アルフヘイム 情報」と調べてもいい情報は得られそうにない。
悩んでいるとキレネが僕に助言するように呟いた。
「アルフへイム、おいしいもの」
「アルフへイム、おいしい・・・いや助言じゃないのかよ」
おいしいまで打ってしまったので最後まで打ってから検索にかける。
「え、すごい!こんなにあるの!?」
検索結果として表示された画像の数に舌を巻くキレネ。
「すごいよ。こんなにあるなら何日かはずっと違うもの食べて暮らせちゃう・・・」
驚愕に打ち震えながら発されたこのキレネの言葉の裏を返せば、ものの数日でアルフへイム内のおいしいものを網羅できるということになる。僕にはそっちの方が驚愕だが、キレネならそれも可能だろうという気がしてならない。是非頑張って欲しいものだ。
「ねえアーサー。ふたりのパパママが帰ってくるまで時間あるよ!一緒に食べに行こう!」
「駄目だ。僕らはここのお金を持ってないだろ」
僕は意図的に「まだ」という言葉を省く。妖精の園に置いている僕達の城の一部を削り取ればそれなりのお金にはなるはずだ。あれはダイヤモンドでできているのだから。
なぜその事実を今明かさなかったかというと、キレネからの誘いを断るための方便だ。しかし
「いや、案ずることはない・・」
と、オスカーが僕を制するように声を上げた。
「このアルフへイムにおける経済活動はその手首のデバイスに記録され、清算は忘れた頃にやってくる」
つまり今からキレネが外でどれだけ飲み食いしようと問題ではないということだ。
「この手首時計ってそんなことできたんだ。これはもう手首時計じゃないね。手首財布だね!」
と、キレネが先ほど自分が立てたそれなりに重いと思われた決意を軽々と翻し、それと同時にキレネがおいしいもの巡りをやめる理由が霧消した。
「よし!行こうアーサー!」
「待て。僕は別にお腹空いてないし、お金は後から払わないといけないんだ。どれくらいのお金が用意できるか分かるまで、そういうのはやめておけ」
「え?じゃあお昼ご飯とかどうするの?生きてたらお腹は空くよ?」
生きてたらお腹が空くに関しては当然僕の知るところだったが、それ以前の本日の昼食については一切考えていなかった。
これまでの傾向から、あの大臣が振る舞ってくれるのかと勝手な期待をしていたが、仕事から帰ってくる夜まで好きにしろということは、きっと昼食は僕ら自身で何とかするものと期待されているのだろう。
「そう考えると食べに出るのもありか・・・」
「そうでしょ?」
「滞在中に発生する支出については全てうちの経費が下りるだろう。どうかお金のことは気にしないで欲しい」
「本当!?」
「いや、遠慮はしろ」
一等星のごとく目を輝かせるキレネに、僕はすかさず釘を刺す。
「お前が本気を出せば、この州の財政を傾けることくらいはできるぞ。多分」
「本当?じゃあ、いざというときは頼ってね」
「ああ、その時が来たらな」
こうも無邪気なことを言われると突っ込みづらいのだが、もちろんそんな地味な攻撃をアルフへイムに仕掛ける予定はもちろんない。
「でもオスカー。本当に大丈夫なのか?一応滞在の許可をもらったとはいえ、人間の僕らが外を出歩いても」
通報されても逮捕されないとはいえ、通報されること自体が問題だ。
「実はそれについてはすでにパティが対策を講じている。それがあれば皆問題なく出歩くことができるだろう」
「なんだそうなのか。それならよかった」
いや、よかったのだろうか。結局キレネの食べ歩きを断る理由がなくなってしまう。
それならばと僕はこうキレネに言葉を掛ける。
「よかったなキレネ。今日のお昼は外に食べに行けるみたいだ」
「やったぁ!」
「みんなで揃っていこうな。正午にここを出発するぞ」
「うん。分かった!」
諸手を挙げて喜ぶキレネ。何とか日の昇りきらないうちからの食べ歩きは回避できた。
正午まではあと2時間ほど。それまではこのE3を使って情報が集まってそうな場所を探すとしよう。
「ありがとうオスカー。この部屋については大体分かったよ」
「ああ。何かあれば腕のデバイスで呼び出してくれ」
「分かった」
そう言ってオスカーは部屋から去っていった。だがキレネは部屋から出て行こうとしない。
「どうしたんだキレネ。まだ出発までは時間があるから、部屋でゆっくりしてたらどうだ?」
「ああ…そうだね。うん。じゃあ戻ってる。また後でね」
キレネは小さく手を振って部屋から出て行った。別にいてくれてもよかったのだが、自分の部屋の方がくつろげるだろう。
僕はコンピューターに向き直り、検索を再開する。
先ほど打ち込んだ「アルフヘイム おいしいもの」を削除し、「アルフヘイム 情報集積施設」と打ち込んで検索をしてみる。
「さっきも思ったけど結果が出るのが早いな。僕の頭とは大違いだ」
僕だとこんなにたくさんの情報を一度に引っ張ってこようと熱暴走を起こしてしまうだろう。最悪頭痛じゃ済まない。
「さて、どんな結果が出てるんだ?」
表示された検索結果に目を通して見る。
青く強調表示された検索結果を上から順に目で追っていくが、視線が下りるにつれて僕の気分に曇りがかかる。
「あれ?なんか、いい感じのものがないな…」
一番上に表示されているのは「集積回路」を開発している企業の広告だった。三つほど下に目をやると、ゴミの集積施設とかいう検索結果まで見て取れた。
「もしかして、情報の漏洩が起こらないようにある種の隠ぺい工作でもされてるのか?」
情報の集積施設を探していてゴミの話が出ている時点でその線は濃厚だろう。普通に考えて情報の話をしているのにゴミの話を持ち出すなんて、後ろめたいことがあるからに違いない。
試しに検索する言葉を変えてみる。
「もう少し詳細に検索してやればいいのか?『アルフヘイム国内 情報集積施設 一般開放』。これでどうだ」
検索結果には輪をかけてまともなものが出てこなくなった。
「こうなったらある程度決めつけてかかるか。『アルフヘイム 図書館』。さすがにこれで出てこなかったら、隠ぺいは確実だな」
図書館には書物という情報の塊が集まっている。僕の本やデイビッドの籠手のような過激な情報は手に入らないだろうが、このアルフヘイムの情報の管理体制くらいは分かるだろう。
検索結果を見ると、検索結果の一番上には素直にこの文字が表示されていた。
「アルフヘイム中央図書館」
「これだ。思ったよりも素直に出てきたな…。もしかして僕って検索するの下手なのか?」
そんなはずはない、と根拠もなくその考えを否定し、検索結果に出てきた図書館の場所を調べようとしたところであることに気が付く。
「場所は僕の知識にあるな。ここからそう遠くはないし、昼食後に寄り道していくか」
そう決めて僕は立ち上げていたE3のウィンドウを閉じ、画面の電源を落とす。
「まだ正午までは時間があるな。それなら…」
僕はベッドに飛び込む。柔らかくていい匂いがする。ほっとするような新緑の香りだった。
枕に頭を預けてふっと目を閉じる。このアルフヘイムについては情報が多すぎるせいか、知識の巡り悪い気がする。
一度落ち着いて自分の知識と向き合うべき時だろう。僕は先ほど頭に現れた図書館の情報に集中し、その周辺に湧き上がってくる情報に意識を向ける。
「やっぱり情報が多いな。これまでの州だと情報の密度はすかすかとさえ言えたのに、今回はろくに身動きが取れないほど多い」
それほどこの州に蓄積されている情報が膨大ということだろうか。こんなことならあらかじめ情報を整理してから来るんだった。いつもその場で何とかなっていたからと言ってここにきておごりが出てしまったか。