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第5話 鎖錠の森精⑥

話が終わってから「大臣」は仕事が残っているからと僕たちだけを自宅へと送った。

会社の前に二人用の自動運転車両が手配されていた。

この車は魔力で動いてはいるが、その制御のされ方は魔法とはまた違ったものだ。

技量に関係なく、スイッチを押せば魔力が動く。汎用性の高い技術ではあるが、ノラに言わせてみれば「弱い」魔法に過ぎないのだろう。


「これは放っておけば目的地に運んでくれるの?」

「そうみたいだな」

「ふぅん」


魔法の方が早いわね。ノラはポツリとそうこぼした。

この車に心があれば間違いなくへそを曲げていただろうが、幸いにもそんなことはなかったようで、僕たちは無事にテンペスト家の邸宅に辿り着いた。


「ここが、そうなのか?」


目の前に現れたのはつい先日まで死人街で僕たちが宿泊していた屋敷と同等の大きさの屋敷だった。

こちらは死人街と違って庭に噴水や生け垣があり、生き生きとした雰囲気だ。


「ええ。中にキレネがいるわ」

「そうか…。いや、ちょっと待てどうしてみんなが中にいるって分かるんだ」


断りなく魔法を使ったんじゃないかと疑ってしまったが、そうではないということをノラの指先が教えてくれた。


「あれ。あそこで手振ってるのキレネでしょ?」

「え?あ、本当だな」


見上げるとキレネがこちらに向かって激しく手を振っていた。そして窓を開けると今そっちに行くねと叫んで姿を消した。


「ここまで来るのにどれくらいかかるだろうな」

「さあ。普通に歩くとかなりかかるんじゃないかしら」

「走って来るんじゃないか?」

「普通に走ってもそこそこかかるわよ」


確かに。


「れに迷わないとも限らないしな」

「そうね。で、どうするの?歩いて屋敷に入るの?」


はじめはそのノラの発言の意図が分からなかった僕だったが、しかし数秒して意味を悟る。


「駄目だぞ。魔法は当分控えるんだ」

「『当分』『控える』ね。分かってるわ」

「見分の日まで、目に見えてそれと分かる魔法は使うな」


ノラの場合だと数秒を「当分」とか言いそうなのでこうやっていちいち釘を刺しておかないといけないのを忘れていた。


「分かったら行くぞ」


僕たちはテンペスト宅の庭に渡された石畳の上を歩く。

中ほどまで来たところで屋敷の扉が開かれ、中からオスカー、パティ、そしてキレネが現れた。


「思ったよりも早かったね!二人とも」


そう言ってキレネは子犬のように駆け寄ってきた。この活発さをノラにも見習ってほしいところだ。

まあ、子犬のようなノラというのもそれはそれで違和感があるが。


「元気ね。キレネ」

「え?いつも通りだよ」


ノラの言葉にキレネは首をかしげる。確かに彼女の言う通り、これはいつも通りのキレネだ。


「そう。私は今こうやって歩いてるだけでも疲労するわ。そしてこの疲労がじわじわと私をむしばんで、いずれ死に至らしめるでしょうね」

「え!?た、大変…アーサー!大変だよ!」


この狼狽はキレネなりの社交辞令なのだろうか。いや、多分本気で狼狽してるな。これは。


「大丈夫だ。この程度の疲労じゃ人は死なないし。疲労しなくても人はいずれ死ぬものだ」


逆に、あまりに歩かないとそれはそれで不健康だ。


「アーサーさん。大臣との話は…」

「大丈夫だ。あまり人目を引くようなことはしないようにと釘を刺されただけだよ」

「それよりも、大臣とあなた達って本当に血が繋がってるの?あまり似ていないし、そんな素振りもなかったじゃない」


それは僕も感じたところだ。なんというかオスカーの大臣との話し方は父と子のそれではないように思えた。

まあ、仕事場での会話だから公私混同を避けるためかもしれないが、僕ならどうだろう。久しぶりに母さんや潮離と慎瑞に会ったら、仕事の場でも少し舞い上がってしまいそうな気がするが。


「フッ。わざわざ声を大にして言う必要はないと、そう考えたまでだ」

「ふうん。そんなものなのかしらね」


ノラはひとまずそれで納得することにしたようだ。


「あの、アーサーさん。ノラさん。こちらをどうぞ」


パティが進み出て、僕たちに何かを手渡した。


「これは…腕時計か?」

「ククッ。否。それ以上のものです」

「以上?」


腕時計という存在の上位互換が何かは僕には分からなかったが、確かによく見ると本来文字盤となる部分には今は何も映し出されていない。普通の腕時計とは違うみたいだ。


「私ももらったよー」


とキレネは左の袖をまくって同じ端末を見せた。


「へえ。で、これ何なんだ?」

「そうそう。それ私も気になってた」


ということはキレネは今の今まで何か分からないものを装着していたということか。


「パティの発明品なのか?」


僕からの問いかけにパティは首を振る。


「このデバイスはアルフヘイムの技術によって生み出されたもの。わが発明ではありません」

「ということは、多分追跡機能もついてる、よな?」

「…はい。その、申し訳ないですが」

「いや、パティが謝ることじゃないよ」


それに、キレネの付けてるのを見たところ、一度つけると外せない類のものでもなさそうだ。これで勘弁されてるうちは大人しく従っておこう。


「そういうことだからノラ。ちゃんと着けるんだぞ」

「いやよ。鬱陶しい」


なんと、ここでノラが装着拒否だ。いや、そんなに驚くことではないか。


「ノラ。頼むから付けてくれ。これを拒めば次はもっと鬱陶しいことになるぞ」

「分かってるわよ。常に持ち歩いていればいいんでしょ?」


確かに位置情報を送信するものならば、必ずしも手首に巻く必要はないが。


「それで大丈夫なのか?パティ」

「うむ……。おそ、らく…」

「ほらね」


なにがほらねだ。「恐らく」でも不安だというのに、さっきのは「おそ、らく」だ。大丈夫でない可能性の方が高い。

しかしノラはそんなことはお構いなしで杖を手の中に呼び出し、そこにデバイスを巻き付けた。


「これでいいわ」

「いや待てノラ。今かなり自然流れだったから見逃しそうになったけど、魔法使ったよな?」

「証拠でもあるの?」


何とここでノラはしらを切る。いや、しらを切るというよりはただ単に僕に反論したいだけのようにも見えるが。


「この目で見たんだよ!魔法以外に遠方の杖を取り寄せる手段があるって言うんなら説明してくれ」


ひとまずあの警報は鳴り響いていないのでよしとするが、やるならせめて僕の感知している範囲内でやってほしい。


「ふん。ええ、お察しの通り魔法よ。でもこれで証明できたでしょ?ばれずに使えるって」

「ああ。そうだな。そういうことにしておくよ」


この話はもうしない方がいいだろう。落としどころなんてどこにもないのだから。


「そういえばアーサー」


僕が屋敷に向けてまた歩き始めると、キレネが僕に声を掛けてきた。


「何だ?」

「これって腕時計っていうの?」


キレネは手首のデバイスを指さして言った。


「ああ。パティ曰くそれ以上のものらしいけど、そういう形の時計は腕時計って言うな」

「ふーん。でもここ、手首だよね」


だから本当ならば「手首時計」だと、そう言いたいのだろうか。


「お前が『手首時計』って呼びたいならそうすればいいと思うけど、呼びにくくないか?」

「呼びにくいけど、それは多分腕時計に慣れたせいだよ」


一理ある。手首時計という単語そのものはそこまで言いにくいものでもない。


「確かにそうかもしれないな。じゃあキレネは今度からこれのことを手首時計って呼ぶか?」

「そうだね。そうするよ。忘れてたら言ってね」


忘れるくらいのことならその時は諦めてしまってもいいんではないだろうか。


「分かったよ。その時僕がそれを忘れていなかったら、な」


言い出しっぺのキレネが忘れているのに僕が覚えているということはないだろう。つまり、キレネが忘れた時点でこの挑戦は終わりということだ。


「うん。お願い」


その言葉は予想外に真面目な顔つきで紡がれたが、この約束が実際どのくらい持続するかというのは見物といったところだった。

その後僕はオスカー、ノラはパティに導かれて部屋に通された。その際一人手持ち無沙汰になるキレネは何故か僕の後に着いてきた。

着いてきたところでもちろん支障はないのだが。


「この部屋のドアは自動で鍵がかかる。硬く、な。もしそれを解き放ちたいというのであれば、それを使うんだ」


オスカーが僕の手首を指差す。


「手首時計だね」


そしてキレネが一言添える。


「そうだな」


おざなりに返事をして僕はオスカーに問いかける。


「使うっていうのは、どういうことだ?まさかこれが鍵に変形するのか?」

「フッ。それは物事の捉え方にもよるだろう。しかし、今最も重要なのは形ではない」


足りない知識で彼の言葉を要約すると、鍵はやはりこの手首時計なのだが、これが物理的に鍵穴に刺さって回るということではないらしい。


「かざすと自動で開くのか?」


そしてそこから導かれた結論を試しに投げかけてみる。


「フッ。さすがだな。その通りだ」


どうやら当たりだったようだ。


「なるほど。じゃあ早速試しにやってみるよ」


僕は手首を内に曲げ、手首時計を扉に向けて突き出す。

するとドアの奥で小さくコトリという音が響いた。


「さあ、鍵は解き放たれた。あとはただその扉を蹴破るのみ」

「いや、折角鍵が開いたんだ。普通に開けるよ」


それ以前に僕にはそうするための脚力など持ち合わせていない。ドアはごく単調な木でできているように見えたが、侮ってはいけない。僕の背丈よりも高く、肩幅よりも広い木の板だ。僕の体を支える両脚では、質量でも体積でも負けている。勢いを付けて衝突したとき、どちらが有利かなんて考えるまでもない。

僕はドアノブに手を掛け、そのひんやりとした感触を手で吸い込みながら奥へと押しやった。

部屋に一歩踏み入ると廊下との空気の違いを感じる。そこは過度な香りを避けるように素朴な樹木の香りで満たされていた。

足を下ろせばわずかに体が沈むような絨毯は、土足で踏むのを躊躇してしまう。今日はこの上で寝ろと言われても僕は別段不平を口にしたりはしないだろう。


「いいのか?こんなにいい部屋に泊まらせてもらって」

「フッ。俺もパティも普段お世話になっているのだから、これくらいは当然のことだ」


そんなことを言ってもらえるようなことはしていないはずだが、だったらうちから出て行ってくださいと言われても困ってしまうので、ありがたく厚意は受け取っておく。


「それじゃあ部屋の確認も済んだことだし、家の人に挨拶させてくれないか?」


父親はまだ仕事をしているだろうが、母親か、これだけ大きい家なら使用人くらいはいるだろう。


「あいにく二人ともまだ帰っていない。父とは既に会っただろうが、母も同じ場所で働いている」

「そうだったのか。…お手伝いさんとかも、いないのか?」

「いない。必要が無い。そういった単純労働は全て、自動で済ませているからな」


そう言ってオスカーが仰ぎ見た天井には、電灯とは違う丸いものが4つ、等間隔に配置されていた。


「あれは…」

「パティが発明、否、改造したものだ。この家のあらゆる場所に取り付けられ、掃除などを自動で行う」


そしてオスカーは続けていった。


「故に、この家には長らく、誰もいないのだ」

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