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第5話 鎖錠の森精④

僕たちを乗せたエレベーターは一度も止まることなく上がり続け、最上階に僕たちを送り届けた。


「あと少しだ。あの扉を抜ければこの空気からは解放される」

「じゃあ早く行きましょう」

「いや、ちょっと待て。この先にはエルフがいる空間だろ?もっと落ち着くんだ」


が、ノラは僕の言葉が聞こえていないかのように勢いそのままで歩き続ける。


「その心配はないぞ。アーサーさん」


ノラに追いつこうと足に力を込めたその時だった。オスカーが言葉を放つ。


「というかむしろ、その心配はするべきでない」

「どういうことだ?」

「この階にはあまりエルフはいない。つまり、急いで大臣の部屋に入ってしまった方が慎重に進むよりリスクが低いということになる」

「なるほど」


しかしそれはこの通路を出てからの話であって、出る前には少なからず扉の向こう側の確認くらいするべきではないだろうか。と、思うだけでは駄目なのだ。実際に行動する、あるいはさせないと。

とはいえもう遅かった。ノラは既に目の前の扉を勢いよく開け放った後だった。

そして間の悪いことにそこから先へ延びる通路にはエルフが一人、いた。


「ノラ…!」


思わず名を呼んでしまったが、そんなことをしては余計エルフの注意を引いてしまうという理性が働き、それはすぐ目の前のオスカーにさえ聞こえないかすれ声になっていただろう。

当然ながら、ノラが勢いよくドアを開けたことでそのエルフはノラをしっかりとその目で捉えており、何か言いたげな表情をしている。

すぐに騒ぎ出したりしないのはノラがローブのフードで耳を隠しているからだろう。まあ、そのため人間とばれていないというだけで、普通に不審者には見えるので問題ないわけではない。


「久しぶりだな。メアリオウグさん」


と、ここでオスカーは素早い動作でノラを追い越し、そのエルフとノラとの間に入る。


「あら?もしかしてオスカー?久しぶりぃ!ということは…いた!パティ」


パティに向かって手を振るエルフは、近くで見ると少女というにふさわしい外見年齢で、十四、五歳に見えた。


「大臣に波斗原からの要人との謁見を希望するのだが、可能でしょうか」

「『大臣』か、今はいないけど、内線入れておくわ。応接室で待ってて」


それだけ言うとメアリオウグと呼ばれたエルフは踵を返し、フロアの別の場所へと移っていった。


「フッ。不幸中の幸いと言うべきか、あるいは一石二鳥か。手間が一つ省けた」

「ククッ。これもやはり、因果律のなせる業」


と、テンペスト兄妹はこう言っているが、ノラはそんなことを狙ってはいなかったはずだ。反省してほしい。

まあ、僕がそれを言ってしまうと角が立つので口にはしないが。


「行こう。応接室はあの扉からだ」

「そうだな。早いところ姿を隠したい」


僕はコソ泥のように身をかがめてその扉の前まで進んだのに、同じようにしてくれたのはキレネだけだった。

まあオスカーとパティに関してはその必要がなく、ノラはそもそもそんなこと絶対しないだろうから仕方ないことなのかもしれない。僕だけでなかったことを喜ぶとしよう。


「ねえアーサー。ここにも大臣がいるの?」


応接室で隣に座ったキレネが僕に尋ねた。


「ああ、ここのトップはそういう風に呼ばれてるみたいだな」

「大臣って、ルナさんやモナさんみたいな人達ってことだよね?」

「ああ、いや、肩書は一緒だけど、ちょっと違うかな」


アルフヘイムと死人街はその規模が違う。その間には最大と最小という大きな差が存在する。


「あの二人はリーダーであるデュルヘルムの補佐という意味での大臣だったけど、こっちの大臣はこの施設のリーダーという意味での大臣だ。だから、どちらかというとデュルヘルムに近いかな」

「おぉ。ということは、お菓子作りが上手な…」

「いや、違うぞ」


どうやらキレネには「リーダー」というものに対して間違ったイメージが定着してしまっているようだ。

いつかちゃんと教え直してやらないと。


「ついでに言っておくと、ここで何かを口にできることは期待しない方がいいぞ」

「え、でももうすぐお昼の時間だし、万が一ということも…」

「万が一くらいに考えておくのは構わないけど、本当に万が一だと思ってるか?」


僕にはそうは思えなかった。


「うん。アーサーと過ごしたこの時間で、万が一は意外とよく起こるって知ったから」


いらんことを知られてしまった。まあ、万が一のことがよく起こることに関しては僕にはどうしようもないことなのだが。


「キレネ。万が一っていうのは本来だな…」


と、言いかけたところで応接室のドアが開かれた。姿を見せたのは三十代前半の男だった。肩眼鏡を装着して手にはなぜか真っ白な手袋をしていた。大臣であると知らなければ、執事のようにも見えたかもしれない。

僕は立ち上がろうとしたが、皆さんはどうかそのままで、とオスカーに言われ、浮かせた腰を元に戻す。

代わりに立ち上がったオスカーとパティがやってきた大臣と向き合う。


「オスカー・テンペスト。波斗原からの要人を伴い、帰還しました」

「パティ・テンペスト。同じく帰還しました」

「ああ、ご苦労だった。と言いたいところだが、まずは説明してもらおうか」


大臣の口から放たれる言葉からは何か不穏なものが漂っていた。


「何故事前に連絡をしなかった」

「諸事情により、船の通信設備を使用できなかったためです」


船とはオスカーとパティが最初にこちらに来るときに使ったという船のことだ。


「船に何か問題でもあったのか?」

「大破しました」


これは嘘だ。二人が乗ってきたという船は今も無事に波斗原の港に停泊している。


「ここに来る途中でか?」

「あ、それは…」


嘘をつくならつき通して欲しかった。が、ここで言い淀むのはまだいい判断だ。ここで素直に「はい」と答えてしまえば、海中をさらって残骸を回収しようと言われるかもしれない。

そして「いいえ」と答えればここに来るのに使った手段を聞かれるに決まってる。オスカーが言い淀んだのはこの手段を何にするか決めかねていたからだろう。

だからここは僕が出すべきだろう。助け舟というやつを。


「それには僕がお答えしましょう」

「…。それは助かりますが、あなたは?」


そして何故お前が、という視線を投げかけながら、大臣は黙って続きを待った。


「彼こそが波斗原の要人の一人。アーサー・マクダナム氏です」

「アーサー…マクダナム。報告にはそのような名前は一度も出てこなかったはずだが」

「それは僕が要人の代理という立場だからですよ。伝令役と言いましょうか」


そう言うことにしておけば分からないことや都合の悪い質問に対しては「分かりません」が通る。


「なるほど。それで、先ほどの質問に対してはどのような答えを与えてくれるのですかな?」

「まず、質問の答えについては『いいえ』です。波斗原で停泊していたところ、強風とロープの劣化が重なり、流されて岩礁に衝突するという事態が起こってしまいました」

「なるほど。それで使えなかったと、だが、それなら一体どのような方法でここに来たと?」


読み通りの質問。僕は待ってましたとばかりに答える。


「彼女です」


僕はノラのことを手で指しながら答えた。ノラはちらりと視線を上げたが、すぐに興味なさげに視線を外した。


「彼女は魔法に精通してまして、そのおかげで波斗原からここまで無事にやってこれました」

「ここまで?アルフヘイムの港に着港したのか?」

「いえ。進路の取り方を誤ったようで、隣の死人街から上陸しました。そこからは陸路を取ってここまで」


細かい話をすると水魔城、妖精の園、獣人帝国のことも話さなければいけないが、全ての州を巡っていると知られると変に目を付けられるかもしれないし、何より説明が面倒くさいので省略した。


「なるほど。ではオスカー。君に聞くが…」


大臣は視線を僕からオスカーへと切り替え、彼に尋ねた。


「何故エルフ以外の者を私からの許可なくして招き入れた?」

「それは」

「お前たちには外部の物や生物、時には人物さえも我が州へ迎え入れることが可能だ。しかしそれは大臣たる私の許可があってのこと。それを忘れたか?」

「…いえ」


部外者ながらオスカーに助け舟を出してやりたい衝動に駆られたが、しかしそれは不要とばかりにオスカーは続けた。


「忘れたわけではなく、そうするべきではないと判断したからです」

「何?」


ぐっと大臣の眉根が寄る。しかしその表情の変化にもオスカーは臆さない。


「許可を取ろうとすれば、どうしても無線では送るべきでない情報がその説明に含まれてしまいます」

「送るべきではない、とは?まさか傍受されると?」

「ええ。具体的に何者に、というわけではありませんが、少なくともアルフヘイムの暗号化技術をものともせず情報を奪取できる存在を、我々は知っています」


オスカーの発言を真に受けなかったのか、大臣はフンッと鼻で笑う。


「波斗原や、ここ以外の州がそんな高度な技術を持つと、お前はそう言っているのか?」

「ええ、というか、今ここに」


オスカーはソファに深く腰掛けてぼんやりと窓の外を眺めているノラに見てそう言った。


「その者の名はノラ・カタリスト。『万能の魔術師』の異名を持つ」

「魔術師?だと」


そう言った大臣の口元には苦笑が滲んでいた。


「何か問題でもあるのかしら?」


ノラはそれに敏感に反応して不穏な視線を大臣に向ける。


「いや、失礼。魔術師というのは大いに結構。しかし、我々はその魔術に対抗するべく技術を高めてきた。その技術を魔術で打ち破ろうというのは、錠前を石でこじ開けようとするようなものだ」

「そう」


ノラは右手を上げるとふわっと風に舞わせるように魔力を放出した。直後、けたたましいサイレンが室内に鳴り響く。


「ノラ!」


止めるんだと僕が言う前にサイレンは鳴りやんだ。大臣が手にパティが持つような端末を持っている。どうやら彼が止めたようだ。


「分かってくれましたかな?この州内には魔力を感知するセンサーがある。傍受など、しようと思った瞬間に気付けるのですよ」

「そう。ならこれならどう?」


もう一度、ノラが掌から魔力を放出する。


「おい、ノラ。お前はまた…」


しかし、今度はサイレンが鳴り響かない。


「あれ?」

「そんな…馬鹿な…」

「分かった?別に難しいことじゃないわよ。これくらい。…よくいるのよね。石の使い方も分からないくせに、錠前を使いこなしてる気になってる奴って」


こんな生き生きしたノラのしたり顔を、僕はかなり久しぶりに見た気がする。


「お分かりいただけたでしょうか。このように我々の技術を突破される危険性がぬぐい切れなかったため、事後承認をいただくという方針を取りました」

「なるほど。いいだろう。では聞かせてもらおうか。その傍受されてはまずい情報とやらを」

「ええ。それは彼から」


と、オスカーは僕に向き直る。


「…え」


ここで僕に振るなら前もって言って欲しかった。とんでもない話をしなければこの大臣は納得しないだろうに。

まあいいだろう。とんでもない話をするのは得意だ。

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