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第5話 鎖錠の森精③

僕たちはオスカーとパティに掴まって罪人のように歩く。道行く人は誰も僕たちのことをまじまじと見たりはしなかったが、ちらちらと好奇の目を向けていくものは少なくなかった。

人間との交流を断ってからの時間の経過を考えると、実物の人間を目にしたことがある者の方が少ないだろう。エルフの平均寿命は大体800歳。1000歳は記録に残るほどの長寿だ。それを考えるともうこの州に人間を見たことがある者はいないのかもしれない。


「さあ、ここだ」


オスカーが見上げるのは表面がガラス張りの高層建造物だった。


「入り口はあれだ」


人が来るたびにひとりでに開閉を繰り返すガラスの扉を指さしてオスカーは言った。しかしオスカーはそれとは違う方向へと足を進める。


「しかし、正面から入るには少々状況が悪い。ここは裏口からだ」


そう言ったオスカーに導かれて僕らは隣の建物との間をすり抜け、裏口へと回る。そこには見慣れた鉄製のドアが鎮座していた。

オスカーはそのドアノブを掴み開けようとするが、ガチャンという金属音を響かせるのみでその先の空間は顔を覗かせない。


「まさかこれは…」

「オスカー、何か問題か?」

「ああ。鍵がかかっている」

「鍵は持ってないのか?」


裏口は関係者以外立ち入り禁止のことが多い。つまり関係者であれば鍵を開けて中に入ることは容易と思っていたのだが、いつまでたってもオスカーが鍵を開けようとしないということは、彼らは鍵を持っていないということだろう。


「パティ。駄目か?」


オスカーはパティに尋ねるが、パティは首を横に振る。


「くっ…まさか、鍵が新しいものに取り換えられているとは…」

「こうなってはもう、正面から行くしか…」

「ちょっと待ちなさい」


ノラがパティの肩から手を離しながら声を上げた。


「鍵なら魔法で開けられるわよ」


それはしないとさっき約束したはずなのだが。

僕がそう言おうとしたのを察してか、ノラは僕を見て付け足す。


「もちろん鍵、というか鍵穴ね、鍵穴の方に直接働きかけたりはしないわ。さっき鍵が取り換えられたって言ったわよね?」

「その通りだ」

「じゃあ前の鍵は持ってるのよね?」

「ここに」


言ってパティは白衣のポケットから一枚の光沢を放つカードを取り出した。パティの首から上の写真も添えらている。

目の前に差し出されたそのカードを目にし、ノラは口をへの字に曲げて首をかしげる。


「何なの?それ」

「鍵であり、また自己を証明するものでもある。このカードに仕込まれた極小の記憶の欠片をこのドアが感知して鍵が開かれる」

「へえ、そう」


パティの言っていることを理解できているとは思えない生返事を返して、ノラは黙ってしまった。


「ノラ?」

「何?」

「いや、何でもない…」


鍵を開けることができるならノラはもうやっている。つまり、ノラにとってパティが持っているタイプの鍵を魔法で開けることは、いや、ノラの名誉のために付け加えると、魔法を使ったとばれずに魔法で開けるのは、不可能なようだ。


「しょうがないでしょ。こんな鍵見たのは初めてなんだから、開けられるわけないわよ」


言わなかったのに伝わってしまったようだ。


「一応僕の知識にはこの鍵の仕組みはあるんだけど、聞くか?」

「聞かせなさい。もしかしたらできるかもしれないから」


ノラに促されて僕は頭の中の知識を披露する。もっとも、自分の口で話してはいるものの、本を読み上げているようなもので、一切自分の頭で理解しているわけではない。


「……という仕組みらしい」

「へえ、そう」

「分かったか?」

「何て言ってるかは分かったわ」


でも、と大きく伸びをしながらノラは言った。


「言ってることは全く理解できなかったわ」

「まあそうだよな」


時間を無駄にしてしまったかに思えたが、実は僕が説明をしている間、パティはドアの前で自分の端末をいじっていた。丁度今それを終え、端末を白衣のポケットに戻した。


「どうだパティ。そっちは何とかなりそうか?」


僕の問いかけに対してパティは重々しくかぶりを振った。


「もう、正面から行くしか…」

「そうか…」


ここまでの道のりの雰囲気を鑑みれば、そこまで危険ではないと思えるが、実際中に入った時に中のエルフたちがどんな反応をするかは分からない。その点においては完全に賭けと言える。


「か、かくなる上は!わが発明、サウザンドアイズでみなさんに頭部を隠してもらえれば!」

「いや、それは多分逆効果だと思うぞ」


さすがにフルフェイスで乗り込むのはまずかろう。最悪強盗と思われかねない。


「仕方ない。大人しく正面から行こう。さっきの陣形で行くぞ」


そう言ってオスカーの肩に手を伸ばしたとき、ガチャという音を立てて一向に開こうとしなかった鉄の扉が警戒に開かれた。


「ん?」


中から出てきたエルフ、外見年齢はオスカーと同じくらいの髪をオールバックにした少年だった。年齢に不釣り合いなスーツを着ていたが、決して似合ってないというわけではないというのが違和感に拍車をかけていた。


「んん?まさか!?」


そのエルフは顔の残像をいくつも作りながらせわしなくオスカーとパティに視線を行ったり来たりさせる。


「久しぶりだな。ドレイウッド」

「やっぱりオスカーじゃねえか!それにパティも!」


名前を呼ばれ、半歩後ずさりつつもパティは会釈をする。


「実は今、中に入れずに困っていたところでな」


ドレイウッドの目がこちらに向くよりも速く、オスカーが口を開いて注意を自分に向けさせる。


「え?入れないってそんなこと…あー。あるかもな」

「何?まさか…『やつら』か?」

「いいや?」


否定しながらも不敵な笑みを浮かべるドレイウッド。彼がオスカーと友人である理由が垣間見えた気がした。


「お前たちが出発してから何回かセキュリティシステムが更新されたんだよ。俺も一時的にIDが認証されなかったりしたから、州からいなくなったお前たちの分はかなり前から機能不全に陥ってたんじゃないか?」


と推測を述べ、彼は再びドアノブに手をかけ、いともたやすくそれを開いてみせる。


「ほら行けよ。俺がこいつを押さえてる間に」

「フッ。助かる。だが、礼は言わないぞ」

「かまわねえよ。これは俺の気まぐれだ。ただし、貸しにしとくぜ」

「望むところだ」


そう言ってオスカーは扉をくぐり、建造物内部への侵入を果たす。「これぐらいのことで」と助けてもらった僕が言うのも何だが、しかしやはりこれぐらいのことで借りを作るのは割に合わないのではないだろうか。

なんてことはもちろん口にせず、僕たちもオスカーの後に続いてそそくさと扉をくぐる。

その時に彼が僕たちの耳について言及しなかったのは気まぐれか、それともただ気が付かなかっただけなのかは分からない。


「さて、まずはこう言うべきだろうか。『ようこそ、我らが職場へ』と」


カビ臭さがほのかに漂う薄暗い通路を歩きながらオスカーがこちらを振り返りながら言った。正面から見た時のイメージとかけ離れていたため、本当に同じ建物か疑いたくなったが、その余地はないらしい。


「ちょっと空気悪いわね。浄化していい?」

「駄目だって言っただろ」

「え、嘘でしょ…まさかこれを我慢しろっていうの?」


空気が悪いと言っても勝手に顔がしかめられるほどではない。故に生命の危機になど晒されるはずもないはずだ。


「いやなら袖で鼻と口を覆ってろ。ずっとこの空気が続くわけでもないだろ」

「そうなの?オスカー」


早速口元を袖のローブで覆いつつ、くぐもった声でオスカーに尋ねるノラ。しかしそれに対するオスカーの返答は煮え切らないものだった。


「いや…実はそんなことも、ないかもしれない」


どういうことだ、と僕が尋ねるよりも速く、ノラがどういうこと?と訝し気にうなった。


「俺たちはこのまま職員専用エリアを通って最上階まで向かう。他のエルフの目に触れる可能性を極限まで抑えるために」

「そう。それは正しい判断だと思うわ。でも、それじゃあこの空気を私はあとどのくらい我慢すればいいのかしら」


その場の空気が実際よりもさらに悪くなっていく。


「…ここからエレベーター、そしてエレベーターで最上階に行くまでを合わせて一分ほど。エレベーターを降りてからはほんの数十秒で目的地には到着する」

「ふーん。じゃあ一分半くらいってことね」

「いや、しかしここで一つ問題が生じる」


いいつつオスカーは通路の角を曲がり、目の前に現れたエレベーターのボタンを押し、それを呼び出す。


「今まさに上階からエレベーターを呼んだわけだが、これがここに何秒ほどで届くかは未知数だ」


こういわれて気づくが、このエレベーターは職員専用とはいえ誰かが使うものだ。呼び出したエレベーターの中に乗っているエルフが僕たち人間の存在に大騒ぎされると、かなり厄介だ。

さっきのドレイウッドのような反応をみんながしてくれればいいが、それはあまりにも希望的観測が過ぎるというものだろう。

エレベーターのドアが開く前に僕たち人間だけでも身を隠そうとしたその時だった。ポーンという大人しい音を響かせながらエレベーターのドアがゆっくりと開く。

オスカーが重々しく言っていたせいで、そこそこ時間がかかるものだと思っていたのに、エレベーターは呼び出されてから僕たちのことを全然待たせることなくやってきた。


「まずい!みんな隠れろ!」


と、僕が言うよりも先にエレベーターのドアが全開になる。

多分双子ならここで僕ら全員を担いで姿を消せただろうが、僕にはそんなスピードないし、身構えるような反射神経さえも持ち合わせていなかった。


「思ったよりも早かったな。さあ、みんな乗り込んでくれ」


が、結果的にはそれでよかった。ここで余計な反射神経を持っていたら、何もいないのに隠れようとする残念なやつになっていたところだ。

僕は何食わぬ顔をしてエレベーターに乗り込み、終始無言でオスカーが中のボタンを押して行先を決定するのを眺めていた。

またゆっくりとドアが閉まり、僕らを乗せた箱は上昇を始めた。

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