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第5話 鎖錠の森精②

翌日の朝、出発を目前にした僕たちを見送るべく、屋敷に死人街の面々が集合していた。


「もう行くというのか」


正装のつもりか、鎧を身にまとったデュルヘルムはその鎧に負けないくらいの重々しい声でそう訪ねた。


「うん。ここでの情報収集も終わって、目標も達成したからな。次に来るのは計画がひと段落付いたときかな」

「ここには転送魔法の経路を敷いてあるからいつでも来られるわよ」


と、ノラがつっかかるように呟く。


「えっと、じゃあ…ここに泊まるのは、ひと段落付いた時だな」


この言い回しにはノラも納得したようで、つっこみが飛んでくることはなかった。


「シニステル。デキステル。今までありがとう。しばらくは別行動だから、その間ゆっくり過ごしてくれ」

「おう。こっちこそ今までありがとな」「呼ばれたらいつでも手伝いに行くからな」


僕が双子と言葉を交わし終えるとノラが進み出て言った。


「シニステル。デキステル。さっき渡したブレスレット、ちゃんと着けておくのよ。何かあった時にすぐに私と繋がるから」


シニステルとデキステルの腕を見ると確かにそこには見慣れないミサンガのようなものが巻かれていた。

いつの間にあんなものを作っていたんだ。


「でも、自分で何とかできることはちゃんと自分でやりなさい。いつまでも私に頼ってばかりじゃ駄目よ」

「大丈夫だ」「安心しろ」

「全てを賭してシニステル君のことを支えると約束します。お姉さま」

「デキステルのことは責任をもって幸せにするからな。姉さん」

「ええ。頼んだわ」


そう言ったノラの表情の穏やかさに僕は胸を撫で下ろす。どうやら「お前に姉と呼ばれる筋合いはない」ということにはならずにすんだようだ。

残りの者たちが言葉を交わし終わるのを待っていると、みんなの輪から外れたところにポツンとデイビッドが立ち尽くしていた。


「あの輪の中には入らないのか?デイビッド」

「必要ないだろう。僕に限っては別れというわけでもないし」


デイビッドはその手に黄金の籠手を現しながらそれを胸の前に置いて言った。


「僕は君の仲間ではない。だから一緒に行動はできないけど、君は僕の友達だ。求められればいつだって馳せ参じるよ」

「散らかりすぎた部屋から脱出できずに馳せ損じるなんてことはやめてくれよ」

「はは。善処するよ」


本当だろうか。善処の方に関しては疑わしいものだ。


「みんなも別れの言葉を掛け終わったみたいだ。そろそろ行くよ」

「うん。元気でね」

「お前もな」


デイビッドに手を振り、僕はみんなのところへ戻る。


「それじゃあ、また」


僕のその言葉を合図にノラが転送魔法を発動する。

一切の違和感なしに視界が切り替わった。振り返ればいつまでも見送る姿が見えるよりも、こちらの方が未練がなくていい。そう思ったのは僕だけだったか、ノラは背後を伺いみて、すぐに視線を前に戻した。

その目は僕と同じものを捉えていてだろう。僕たちの前には巨大な壁がそびえたっていた。双子が全力で飛んでもひと跳びでは超えられそうにない高さだ。

壁は金属製で、表面はとっかかりがないようにつるつるだった。それが一切の継ぎ目らしい継ぎ目がなく延々と続いている。


「これがグレートバリアウォールか」

「ああ。これが俺たちの州の象徴であり、主張」

「知識として知ってはいたが、本当に綺麗な壁だな」


一見すると金属をあの形に鋳造し、それをそのまま設置したように見えるが、実際は違う。元はバラバラだった部品を組み立て、後からそれらを完璧に溶接したのだ。それが大戦終結直後の話。

今はそれよりもはるかに発展した技術を日々進歩させている。パティが使っている技術はアルフヘイム内の電子機器に似ている。というか、多分それだろう。

個人的に恐ろしいのは、最先端の技術さえ僕の知識にあるほど一般的に浸透しているという点だ。


「それで、どうやって入ればいいんだ?入り口らしい場所は見当たらないけど…」

「この壁、普通の金属でしょ?私の魔法なら中に飛べるわよ」

「それは駄目です!」


パティがノラに向き直って言う。


「外部からの侵入、および干渉を許さないために魔力のセンサーが張り巡らされているので、無理に魔力を流してしまうと、セキュリティが来てしまいます。…と、我が内なる人格は言っている」


言い終わってからいつものポーズを取るパティ。ノラは一度ふうんとうなり、諦めたかと思えば、こんなことを言い出す。


「でもうまくやればそのセンサーとかいうの、かいくぐれるんじゃいかしら、いえ、多分できるわ」


万能の魔術師の自負からくるその意欲は見上げたものだが、今はそのために時間を取るわけにはいかないし、何より万が一にも失敗されると計画が破綻する。


「それは今度時間があるときにな。今は他にいい方法があるんだろ?パティ」

「はい。普通に入ります」


そう言ってパティはてくてくと壁に向かって歩き始めた。僕たちもそれに付き従って歩き始める。

パティが壁と一歩隔てるところまで近づくと、壁が観音開きに開いた。


「え?そこ開くの!?」


キレネが驚きの声を上げる。声を上げこそしなかったが、驚いたのは僕も同じだ。開くまでそこに切れ目があったことに気付けなかった。いや、恐らく驚くほど精密に設計され隠された扉なのだろう。

パティはさらに前に進み、少し背伸びをして壁の内側の基盤に取り付けられた鏡のような部分に顔を見せた。続いてオスカーも同じようにした。

僕の知識によると、こうすることで前に立った者の顔を判別しているらしい。


『パティ・テンペスト様、オスカー・テンペスト様。確認しました』


壁から平坦だが人のものと思われる声が聞こえてくる。

そしてその声に対してオスカーが言った。


「波斗原からの客人を3名連れてきた。承認を頼む」

『かしこまりました』


僕たちはオスカーに促されて同じように鏡に顔を写した。


『登録しました』


その音声の後に壁内側がさらに二つに割れ、壁の向こう側の景色が目に飛び込んできた。

知識はあったが、実際目の当たりにするとやはり驚いてしまう。本当に土の地面が一つもないとは。


「フッ。ようこそ。エレツ第1州、アルフヘイムへ」

「我らの生誕の地へ」


オスカーとパティに導かれて進む僕の靴は硬質な大地を踏みしめる。薄灰色の金属板。そんな人工物が本来の地面のようにずっと広がっている。そしてその脇には互いについになるように等間隔で並ぶ街灯。

それを目にした途端、僕の脳内で情報がにじみだす。あの街灯には街灯という機能に加え、防犯目的の監視カメラという機能と、魔力の測定機能がある。


「ノラ、ひとまず目的地に着くまでは魔法を使わないようにしてくれ」

「それだと歩くことになるわよ。私たち」

「悪いけど今だけはそれで頼む」


そこら中に魔力センサーがあるというのなら、それに引っかかるような非常識な量の魔力の使用は控えたい。


「では、まずは我々の上司に会ってもらうとしよう」

「上司って言うと、君たちを波斗原に派遣した人たちのことか?」

「いかにも。今は俺たちの権限でみんなを客人として侵入させたが、それより上の権限で追い出されてしまう可能性は残っている」

「ああ。ならば最優先事項だな。それは」


そこでここでの滞在を認めてもらえば情報収集なんて余暇を過ごすようなものになる。


「そしてそこでノラが魔力を大量に消費することに対する理解も得るとしよう」

「それなら大丈夫じゃないかしら。多分ばれずに魔法を発動する術式なら作れるわよ」

「いや、それは…最終手段ということにしておこう。許可をもらえるならそれに越したことはない」


ノラの実力を疑うわけではないが、ノラの腕前でアルフヘイムの魔力検知器をかいくぐれるかどうか、僕は知らない。


「ねえアーサー」


キレネがちょんちょんと僕の肩を叩く。


「何だ?」

「今から偉い人の所に行くんだよね?」

「まあ、そうだな」

「ここの偉い人もおかし作るの上手いかな?」


ここの偉い人「も」というのは、デュルヘルムのことが前提にあってのことだろう。しかし、そんなこと、もちろん僕の知るところではない。


「それは知らないけど、多分ここの偉い人は自分でお菓子を作ったりはしないと思うぞ」

「なぁんだ」


露骨にがっかりするキレネ。作らないからといってお茶菓子を出してくれないと決まったわけでもないのだが、それだといざ訪問してお茶菓子が出なかったとき酷な気がしたので、言わないことにした。


「一応参考までに聞かせてほしんだけど、どういう人なんだ?ふたりの上司っていうのは」

「上司としては有能」

「されど親としては最低」


息ぴったりに答えるふたり。しかし僕はその息の合いようよりも、内容の方に驚く。


「親?」

「フッ。その通り。俺たちの父親は同時に俺たちの上司。二つの顔を持つということだな」

「特に珍しい話ではない。親と同じ職場に勤める者など、流星の数ほどいる」


流星の数は日によって多かったり全く無かったりするが、パティが言いたいのが「たくさん」であるということは何となく分かった。


「もちろん志望すれば他の場所に勤めることも可能だ。しかし、友人は大体、親と同じ進路を選んでいる」

「へぇ、そうなのか」


この情報は僕の知識にはない。まあ、一般的に普及する知識とは違った性質の情報だからだろう。


「それでは行こう。アーサーさんは俺の肩を掴んで、ノラさんとキレネは髪で耳を隠しながらパティの肩を」

「耳?」

「一応ここは、人間はいない場所だからな」


なるほど。僕たちは何もせずに歩き回るだけでここの民にとっては精神的脅威であるということか。気付けば既に数名のエルフがこちらの様子をじっと伺ている。

僕は速やかに両手でオスカーの肩を掴む。ノラもキレネも結んでいた髪を下ろして耳が見えないようにし、それぞれ片手でパティの肩を掴んだ。

キレネに関しては何の意味があるのか、空いたもう片方の手で僕の肩を掴む。


「キレネ。僕の肩は掴まなくていいと思うぞ」

「ううん。念のため。万が一のことを考えてだよ」


彼女の考える「万が一」で何が起こったのかは知らないが、そうしたいのならそうさせておく。

こうして奇妙な五人衆はパティの道案内に導かれ、オスカーとパティの上司にして父親の元を訪ねるのであった。

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