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第4話 肺腑の死人㉘

待っていれば2,3日で帰ってくるだろうと思っていたデイビッドだが、彼が首都に帰還して5日になる今日も、まだ帰ってこずにいた。


「デイビッドは帰ってくるって言ったんだよな?」

「ああ。あの男は必ず帰ってくる。永久とこしえの凪を引き連れて、この死者の街へ再び降り立つだろう」

「荷物はまだ部屋に残っているんだよな?」

「いかにも。だからもう一度言おう。奴は必ず帰って来ると」


さっきも聞いた情報を力強く繰り返すのはデュルヘルム。僕は今彼の自宅にお邪魔している。デュルヘルムとの戦闘の翌日あたりから落ち着いた彼の悩みを聞くことを始めた。

僕としては週に1度くらいのものかと思っていたのだが、ここのところ毎日呼ばれている。その度に彼の作るお菓子をご馳走になるので、僕が忙しいときはキレネなどを送り込んでもいいかもしれない。


「ということは待つしかないか。事件が解決したとは伝えないようにしてあるし、戻ってくるだろ」


一昨日までは主に影の話をして、取り調べみたいな感じだった。その時のデュルヘルムの言うことには、どうやら彼には影としての意識はなく、影を元に戻したことで今まで影がしていたことを記憶として知ったらしい。

今は元々使っていたように身にまとう程度にしかエナジードレインは出現させられず、意図的にもエナジードレインを切り離すことはできないらしい。


「しかし一体どんな用で帰ったんだろうな。かなり急だっただけに気になる」

「ここを発つときに聞いた話では、提出した書類に不備があったと」

「あいつ…部屋の散らかりようといい、大丈夫なのか…?」


昨日あたりから僕も聞きたいことがなくなり、デュルヘルムも自分の体の不安を僕に打ち明け終わった。

にもかかわらず僕は昨日今日とデュルヘルムに呼ばれている。どうやら彼は元来寂しがりやらしく、話し相手を欲しているとのことだ。まあ、僕は特にやることもないので、望むところだが。

そして話を聞いているうちにこのデュルヘルムという男のことがだんだんと分かってきた。

彼の話し方、彼曰く闇を纏った物言い、は彼の脆弱な内面を隠すためのものらしいとか、たまにこちらが困惑するほどに卑屈なのはその内面の脆弱さによるものだとか。


「……」

「……」


互いに次の話題を探して飛び交う言葉が途切れる。今で大体40分くらい話した。もうそろそろお暇してもいいかもしれない。

席を立とうとすると、僕が腰を浮かせるよりも先にデュルヘルムが「そういえば」と口を開いた。


「昨日聞いたんだが、ルナに彼氏が、モナに婚約者ができたらしい。その相手というのはそちらのデキステル君とシニステル君、らしいな」

「ああ。聞いたのか。その話」


丁度昨日話を聞いたというのは、昨日僕が彼女たちにデュルヘルムが落ち着いてきたと話したからだろう。


「あの子らの親として…そんなものを名乗る資格など無いのかもしれないが…。どうか、よろしく頼む」

「あ、こちらこそ。よろしく。…とは言っても、僕は彼らの親じゃないんだけどね」


親と言えば彼らの両親は首都にいるとのことだが、首都に行くならばいずれ彼らの両親とも対峙することになる。報告はその時ノラがするか、あるいはしないかだろう。


「ところで、僕はあのふたりの関係が気になってたんだけど、ルナさんとモナさんがお互いに妹の称号を押し付けあってることとかが特に」


年上はモナだが先に生まれたのはルナという、非常に難解な言い合いをしていた。


「ああ、それを説明するには、過去の話をする必要がある。大昔の話だ。まだ人間と魔物が混じりあって生きていた頃のこと」


ルナとモナが僕たちよりかなり年上だろうことは理解していたが、まさか魔王が現れるよりも前のことだったとは。


「不死に傾倒した一人の人間が、数人の子供をさらった。人間の子供をだ」

「その子供の中に二人が」

「ああ。残念なことに、子供はほとんどは死んでしまった。しかし、奇跡的に生き残ったのは吸血鬼の血を入れられたルナと、ルーンを彫られたモナだった」

「なるほど。ルナさんがデキステルの血を飲んで身体能力を上げていたのは、吸血鬼の血を活性化させるためだったのか」


吸血鬼の血を体内に入れられて生きていられるのも、彫られたルーンが生命を奪わずに機能したのも、どちらも奇跡だ。普通そんなことをして生きていられることなんてない。

大昔とはいえ、そんな狂気じみた実験を行った人間がいただなんて。犠牲になった子供の数はきっと想像を超えるだろう。


「元々はモナの方が年上だったが、先に目覚めたのはルナだった。…あの子たちは、妹を押し付けあっているのではない。姉としての責務を、取り合っているのだ」

「姉としての責務…か」

「優しい子たちだ。互いが互いを守ろうと身を寄せあっていた。吾と初めて遭遇した時も、どちらも逃げようとしなかった」


相手がデュルヘルムではなく魔獣などだったら彼女たちはどちらも助かっていなかっただろうが、相手がデュルヘルムだったためそれが功を奏したのだろう。両方がデュルヘルムの庇護下に入ることができた。


「幸いにも食べるものは吾と同じものだったおかげで、彼女たちを養うことができた」

「体内の器官は人間のまま機能してるんだな」

「いかにも。それにモナは吸血鬼でありながら血液を必要とせず、ルナはリッチでありながら経箱を持たない」


リッチの経箱とは、リッチの本体とも言うべきもので、その中に魂が入っており、破壊されると死ぬ。形状は壺だったり箱だったりと色々だ。


「そしてふたりとも非常に緩やかにだが、老いてもいる」


デュルヘルムのような不死の魔物はエルフや獣人と違い、老いや世代交代を行わない。それは吸血鬼やリッチも同じだが、ルナとモナは違うらしい。


「あのふたりの年齢なら、それは老いというより成長、だろうけどな」

「そうだな。吾が引き取ってすぐの時は、あの子たちの身長が伸びていくのを日々見守るのが嬉しかった。少しずつだったが、それでも目覚ましい変化だった」


不死の存在たるデュルヘルム。そのデュルヘルムにとって成長する存在というのはなるほど新鮮だっただろう。


「よく分かったよ。彼女たちの関係も、君をかばおうとした理由も」

「ああ、だがその『理由』は、間違ったものだった」

「…確かに事件の隠ぺいは褒められたことではないけど、その気持ちまでが間違いにはならないだろ」

「いや、そういう意味ではない。吾は欺いたのだ…」


デュルヘルムは首を振っていった。もっとも、首から上はないので、実際に動いたのは肩だけだったのだが。


「吾はずっと自分を偽っていた。内なる自分と他者に接するときの自分。それを切り離していた。吾はデュルヘルムを演じていたのだ。いや、デュルヘルムが吾を演じていたのかもしれない」


はじめはデュルヘルムが言ってることを単に余所行きの言葉遣いのことを言ってるのかと思ったが、どうやらそういうことではないようだ。

多分そのようにして切り離していた自分の一部が、今回のようなことになった。物の例えではなく、実際に切り離してしまったのだ。それが今回の事件の原因なのだろう。


「あの時彼女らを助けたのも、その嘘の一つだ。そうすることがあの時演じていた自分のとる行動だった。そうするべきだという打算があったから、そのようにした」

「別に打算があること自体は問題じゃないだろ」


無策で人を助けるよりは、打算でも何でも考えがある上で助ける方がいいに決まっている。


「いいや、吾は所詮善人の顔、いや、頭を装って彼女らを助けた。それはあの時の彼女らの安堵に、感謝に背くことだ。そんなことが…」

「落ち着け。それは君が勝手に思ってるだけだ。助けられた者の気持ちは、助けられた者にしか分からない。どれだけ感謝してるかっていうのも同じだ」


仮にどんな打算があったって、助けられたことそのものに対する気持ちは変わらない。

まあ、さすがに太らせて食べるためだった、とかならさすがに変わるかもしれないが。


「彼女たちは。助けられたという事実に感謝してるんだから。それはそれ、これはこれ、だ。君は自分というものを演じてきたことを後悔したいならそうすればいい。でもその後悔は向けられる感謝や愛情を薄めることにはならない。してはいけない」


自分に都合のいい面ばかり見るのはよくないが、自分の見たくない面ばかりにこだわるのもそれはそれでよくない。

反省は悪いことではないが、反省ばかりではいつまでも進む方向が見えないというものだ。


「…うむ。今の言葉、こうなる前の吾なら、素直に受け入れられただろうな。しかし、既に吾の手は血塗られている」


デュルヘルムの言う通り、既にことが起こってからではいまさらという感じはある。

とはいえ、ことが起こる前にこう言われて素直に受け入れられるかという話だ。反省というものは二度と起こらないようにしかできない。一度起こってしまったという事実を変えるためのものでは、ない。


「確かにそう簡単には立ち直れないだろうな。でも、君が一番分かってるんじゃないか?もうこの間のようなことは二度と起こらないと」


以前モナから影については詳しく聞いた。デュルヘルムのエナジードレインがメルツベルツのような行動を取った、すなわち主人とは違う行動を取ったのは、その主人から離れてしまったことこそが原因だと。つまり、彼の中に戻った今、もう暴走のしようはない。


「…いいや。それは、分からない。一度あったことだ。二度と起こらないとは吾にも、誰にも分からない」

「それは確かにそうかもしれないな。でも、それで怖いからって、ずっとひきこもっているわけにもいかないんじゃないのか?」

「では、どうすればいい?」

「まずは外に出てみたらどうだ?長いこと街の人たちと交流してなかっただろ」


デュルヘルムは余所行きと本来の自分を切り離してしまったことが原因だと言っていた、しかし僕はそうは思えない。むしろ、両者をうまく切り離せなかったからこそ彼の苦悩は始まったのではないだろうか。だから逆に外に出るようにして付き合い方を練習すれば、彼の生きづらさも改善されるのではないだろうか。

少し荒療治という感じはするが、備えは万全だ。今回ノラが使った魔法はまだ残しているらしい。また今回のような事件が起きればすぐに対応できる。

もちろん次は、ルナとモナも全力で協力してくれることだろうし。


「外に…」

「ああ。少しずつでもいい。もちろん、僕がここにいるうちは一緒についていくよ」


と、そんな風にお出かけの約束をしていると、玄関のドアが勢いよく開かれ、中に風、否、デキステルが入ってきた。


「アーサー!デュルヘルムのおっさん!」


「どうした」と僕が聞く前にデキステルは言った。


「あいつが帰ってきた。えっと、あいつ、なんか…金髪の」

「デイビッドか!」


僕は立ち上がる。待ちくたびれた。ようやく戻ってきたようだ。


「頼むデキステル。連れてってくれ」

「おう!」


今回僕には新たにデュルヘルムとデイビッドという力強い味方ができた。

双子の人生にも大きな転機が訪れ、僕とノラの関係も修復された。色々あったが、十分に勝ちと言えるだろう。

そんな順調なオチで今回のお話は幕を下ろす。そして僕たちはアルフヘイムを目指す。

これで第4章は終わりです。

第5章はまたしばらく時間をおいてから投稿します。それまでに吸血鬼の方を完結させて、ウサギとカメも更新(出来たら完結までいきたい)しようと思ってます。

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