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第1話 深淵の水魔⑩

目が覚めると早朝だったが遮る物のない海の上、日光はさんさんとしていた。

リビングに行くとオスカーとパティがいた。否、「おそらく」オスカーとパティと言うべきだろう。


「2人とも、どうしたんだ?」


彼らはフル装備だった。首から下はレジスタンス。オスカーは腰のあたりに巻いたベルトにナイフ4本と筒状の何かを3本、背中には金属製の箱を背負っている。

首から上はフルフェイスだった。どうやらパティは頭の防御の方も真剣に検討したらしい。


「フッ。戦の準備を」

「ククッ。もはや準備は万端」


ヘルメットをしてるせいか籠った声で2人は答える。


「それで水魔城に潜るつもりか?」

「無論」

「当然」

「今すぐ部屋に戻してきなさい」


相手と仲良くなりに行くって昨日説明したつもりだったんだが。


「王よ。私の作品の中にはステルス性のものも存在する。勘付かれずにやることは可能」

「顔を隠したよそ者が来た時点で下手人は割れてるんだよ!」


どうでもいいことだが、昨日オスカーが突然発案した、僕を王と呼ぶのがパティに伝達されていたことに気づく。


「しかし王よ。レジスタンスに接続できるヘルメットを開発したのだ」

「名はサウザンドアイ」

「ver1。これでレジスタンスは真の鉄壁を誇ることができるようになったのだ」

「これが使わずにいられるとでも?」


流れるような連携で言葉をつないでいく兄妹だが、どうか使わずにいてくれ。水魔城に潜った瞬間に捕獲対象にされかねない。


「レジスタンスは別に着てても構わない。でもその頭のやつ…サウザンドアイ?は脱いでくれ。武器も小さいのを一つだけだ」


オスカーとパティに同行してもらうのは彼らがエルフ、つまりエレツに於いて地位の高い種族だからだ。顔、というか耳を隠されては意味がない。

それに、わざわざ武装しなくても僕達の身の安全はノラが1人いれば十分だ。


「…そう言うのであれば諦めよう。兄者、武装解除だ」

「まあ、王が言うのであれば仕方ないな」


聞き分けがよくて助かる。

オスカーは背負っていた箱を下ろして蓋を開く。中に入っていたのは2人の着替えだった。

2人はヘルメットを外してレジスタンスの装着を解き、レジスタンスを脱ぎ始める。


「ここで着替えるのか?」


僕は2人に背を向ける。

同性のオスカーならまだいい。しかしパティの外見は7歳だがエルフゆえに実年齢は70歳越え。十分すぎるほどに大人の女性だ。


「鎧を変えるだけだ。すぐに終わる」

「私の体はまだ第1形態。気にする必要はない」


そうは言うがわざわざ着替えを凝視する必要もないので僕はリビングを出る。

水魔城に同行するのはあとノラとキレネだが、先にノラの様子を見に行くことにした。僕はノラの部屋の前まで歩いていき、ドアを数回ノックする。


「反応がないな。まあこの時間なら、多分寝てるんだろうな」


ノラは夜更かしをする傾向にあり、必然的に朝に弱い。


「ノラ。寝てるのか?」


ノラの部屋のドアを無許可で開けながら答えを期待していない質問を投げかける。


「やっぱり、熟睡してるな…」


近年まれに見る熟睡というやつだろうか。仰向けで、気を付けをしたような物凄くいい姿勢で寝息を立てていた。

起こすのがはばかられたが早いところ潜りたいので起こすしかあるまい。寝ぼけて致死レベルの魔法を掛けられないことを祈りながらノラの肩を揺する。


「ノラ。起きろ。朝だぞ」

「……あと5時間…」

「予定が大幅に狂う要求をするな。今すぐ起きろ」


5分くらいなら待ってやらなくもなかったが、さすがに単位を変えられると要求はのめない。


「こんな時間から潜るの?向こうにとっても迷惑なんじゃないの?」

「いや、そんな早朝でもないぞ」


7時を回ったくらいだ。


「朝ごはん食べたらすぐに潜るつもりだから、そろそろ起きてくれ。何も食べずに潜るのは嫌だろ?」

「分かったわ。じゃあもう起きる」


そう言ってノラは立ち上がり、ベッドから下りたように見えたが足が床についていない。浮遊魔法で移動するつもりらしい。

今はこんなだが、これはもう起きたとみなしていいだろうと判断し、最後に僕はキレネを起こすべく再びリビングに赴く。

そこにはすでに着替えを終えたオスカーとパティがいた。


「丁度よかった。パティ。今からキレネを起こしに行こうと思うんだけど、あいつの様子はどうだ?」

「…彼女はまだ揺りかごの中。クロウバットver4の映像を見る限り、昨日から一度も目覚めていない」


クロウバットとは監視用オートマトンのことだ。


「そうか…それにしてもよく寝るな」


海から引き上げられる前と引き上げられてからしばらくは気絶したままで、意識を取り戻してからは食事だけとってすぐに眠ってしまった。人間そんなに眠れるものなんだろうか。

僕はゴーレムに命じて通路を形成させ、キレネの部屋に踏み込む。


「キレネ。起きてくれ」

「ん…あと5秒…」


それだけでいいのか。ノラとは大違いだ。


「…待ったぞ。5秒だ」

「もう5秒…」


なるほど。これを永遠に続ける作戦か。

いや待てよ。こうしてやり取りができるということはもう起きてるんじゃないのか?


「ついてきてほしいところがあるんだ。起きてくれ」


昨日同様、布団を引き剥がす。

キレネも昨日同様、剥がされた布団を探して右手が空を掻くが、やがて眼を開く。


「何?もう朝ごはん?」


どうやらキレネは朝だから起きるのではなく朝ごはんだから起きるようだ。昨日あんなに食べたのにまだ食べられるのだろうか。


「朝ごはんの後に僕達と一緒に海に潜ってもらうんだけど…まあ話は食べてからでいいだろう」


お腹が減って頭が回らないとかだと大変だからな。

僕はキレネを部屋から連れ出し、ダイニングに待たせて厨房に行く、朝はみそ汁とご飯、そして故郷から持ってきた漬物で済ませた。

朝食後、キレネに然るべき説明をし、僕たちは海に潜るべく昨日彼女を引き上げた時にも使った門の前に集合していた。


「パティ。お前の言ってた『ブラッドバルーン』の準備はいいか?」

「調整は完了した。いつでもいける」

「よし。じゃあシニステルとデキステルは留守番を頼んだぞ」

「おう」「任せろ」


そう応えるものの双子はすでにレジスタンスに身を包んでいた。水鉄砲などをパティが作ってくれたらしく、両手に持ったそれらで遊ぶつもりなようだ。

実際、留守番というならこの城そのものがそれを果たしてくれるので城から出て海をふらついたりさえしなければ問題ない。


「それじゃあ出発だ。パティ。頼む」

「御意。これぞわがしもべ、その名もブラッドバルーン…!」


そう言ってパティが指さしたのは赤くもなく風船でもない金属の円盤だった。厚さは50センチくらい。直径が2メートル弱。


「これがブラッド…バルーンか?」

「まだ起動していない。皆が乗り次第起動するので皆の者、搭乗せよ」


水魔城に降りる僕を含めた5人は円盤の上に立つ。パティを中心にしてぎりぎり5人全員が立てる広さだ。


「じゃあ行ってくる」

「お土産頼んだぞ」「待ってるからな」


お土産か。何か持って帰られそうなものがあれば持って帰ろうかな。


「まあ期待せずに待っててくれ」

「…起動!」


中心でやや窮屈そうにしながらもパティは起動を宣言し、手に持った端末を操作する。

直後、僕らの乗っている円盤の淵から緑色の布が現れ、僕たちを覆うように広がり頭上で互いに結びつく。


「王よ。準備はできた。投下を願う」

「え?これでいいのか?」


確かに僕たちは外から見ると風船の中にいるように見えるが、しかしその色は緑だ。赤ではない。


「普通の繊維に魔力の糸を織り込み、強度と密閉力を高めている。心配はない」

「そうか。…Golem, release us」


小さな心残りを感じながらも、僕は城に命じて床を開かせる。

僕達は真下、青く暗い海へと沈んでいく。この闇の先に目的地、水棲魔物の巣窟である水魔城が待ち構えているのだが、深さのためか目視はできない。

はじめはゆっくりと沈んでいたブラッドバルーンだったが、そのてっぺんが水に浸かった瞬間、下降は突如その勢いを増す。

僕は思わず壁に手をついてしまいそうになり、慌てて手を引っ込める。それを見てパティは


「強度は保証します。もたれかかっても破れないほどにはしてある」


と言う。しかし躊躇ってしまう。いくら安全と言われたって万が一破れてしった時のことを考えると気が気ではない。

しかしそんな僕とは裏腹にノラは


「じゃあ着いたら起こしてね」


と言って何の躊躇もなく内壁に身を預け、目を閉じる。

肝が据わりすぎてはいないだろうか。

かと思えばノラに続いてキレネ、オスカー、パティ、続々と内壁にその身を預けだす。


「王よ。目的地までは時間がある。壁に身を任せるのが得策かと」

「ああ、いや。僕はここでいいよ」


そう言って僕は円盤の上に座り込む。

立てている計画の大きさに反した自分の肝っ玉の小ささに自己嫌悪に陥っている間にブラッドバルーンは順調に下降し、30分後、ついに水魔城に到達した。


「到着だ。みんな。起きろ」


僕は立ち上がり、他のみんなは体を起こす。ノラに至っては意識の方も起こしてやる必要があった。異国に寝ぼけた頭では踏み込めまい。


「では、解除する」


僕らを覆っていた緑の膜と言うか幕と言うかが下りていき、だんだん景色がはっきり見えてくる。


「ようこそいらっしゃいました!!!」


その言葉の後、突如四方八方から歓声が湧き上がる。

何事かと周囲を見渡して唖然とした。僕達は取り囲まれていたのだ。優に100を超えるニクス、ニクシーが半馬半魚の魔物ケルピーにまたがっておのおの手に持った槍を掲げたり手を打ったりしている。

事態を把握できないままに立ち尽くしている僕達、否、立ち尽くしているのは僕だけだったようだ。他のみんなはブラッドバルーンを降り、目の前に広がる岩石の足場に降り立つ。陸に比べてやや薄暗いが、ほとんど地上と変わらないような陸地だった。


「こちらへどうぞ、この城の主のもとへ、ご案内いたします」


衆人の中から他の者より豪奢な服を着た黒髪の女が僕達の前に進み出てそう言った。

水に濡れることを想定しているためか、基本的に男女ともに衣服は簡素で布面積の小さいものなのだが、目の前の女はドレスのような衣服をまとっている。裾が長く引きずっているが、当人は気にしていないようだ。


「ねえアーサー」

「何だ?」


ノラが僕の隣に進み出て口を開く。


「私たち今歓迎されてる?」

「…みたいだな」


身の潔白を示すための言い訳を相当数用意したというのに、早くも想定外だった。

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