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第4話 肺腑の死人㉕

ことが落ち着くとまず僕はデュルヘルムの家に入って中にいるオスカー達の確認をした。

オスカーの采配でパティとキレネには外の状況は伝えられていなかったらしく、部屋の奥のテーブルで優雅にビスケットとミルクティーと洒落こんでいた。

事件は解決したと言えども後処理はしないといけない。今後デュルヘルムから勝手にエナジードレインが出ていかないようにとか、デュルヘルムが取るべき責任などについてだ。

デュルヘルムに悪気はなかったが、そもそもの発端はデュルヘルムが切り離したエナジードレインを放ったままにしていたことなので、ある程度の責任はデュルヘルムにある。

その責任の取り方はデイビッドも揃ってから決めることにした。岡目八目というやつだ。首都からの指導と考えれば、この上なく妥当な判断ともいえる。

デイビッド不在のため今回はここで解散することとなった。僕は別段することはなかったので昼食まで部屋にいることにし、昼食の時間が近づいてきたところで部屋から外に出る。すると、不機嫌そうに眉を吊り上げたノラと遭遇した。穴があれば入りたかった。物理的に。

しかしもう目は合ってしまっている。無視すると火に油を注いでしまうことになりそうだったので。僕は思い切って話し掛ける。


「ノラ。どうかしたのか?」

「ああ、アーサー。…ほんとうに駄目だわあの男」


ノラの話を聞いてみると、なんでもデュルヘルムにエナジードレインを切り離したときのことを聞きに行ったらしいが、特にいい情報が得られなかったようだ。


「あいつ、当時のことはよく覚えてないっていうのよ。まるで夢を見ていたようなとか何とか言ってたけど、寝ぼけて切り離せるようなものじゃないわよ」

「まあまあ。デュルヘルムもかなり精神的に参ってる時だったんだろ」

「それが余計に腹立たしいのよ。私は精神なんてろくに操れないんだから」


仮にろくに精神を操れたとしても、それはそれでろくでもない気はするが、ノラはその信条として決して精神に作用する魔法は使わないというものがある。仮にこれを機に精神的な分野を開拓したとしても、ろくでもないことにはならないだろう。


「そろそろ昼食の時間だぞ。行かないか?」

「そうね」


昼食の時間は12時だった。12時には全員が食堂に集まるだろうと思っていると、


「シニステル。デキステルは来ないのか?」

「知らねえ。まだ部屋にも帰ってきてねえよ」


デキステルと言えばルナを家まで送っていったところまでしか見ていなかったが、まさかルナを送ってからどこかへ遊びに行ってしまったのだろうか。今まで一度もそんなことなかったのに、昼食の時間も忘れるなんて。

キレネあたりがこれをやると本気で心配するところだが、デキステルに限って何かまずいことになってることはないだろうと思っていると、


「…デキステル様でしたら、妹のところでお食事をされるとのことです」


料理を運んできたモナがデキステルの居場所を教えてくれた。


「もしかして、ルナさん憔悴がひどいんですか?」

「…いいえ。申し訳ありません。デキステル様にご迷惑だと言ったのですが、デキステル様自身も構わないとのことでしたので、妹のところで一緒に」


ということはデキステルはルナの家にいるということか。珍しいこともあるものだが、デキステルに限ってこれが色恋に発展したりなんてないだろう。ルナがデキステルのことを便利な召使として使ってくれていれば幸いだ。

デキステルは待っても来ないと分かったので、揃った者だけで食事にした。

食後、部屋に戻ろうとすると背後からノラに呼び止められた。


「ちょっとアーサー。あとで私の部屋まで来てもらっていい?」


唐突にノラにそう声をかけられた僕は何かデュルヘルムのことで追加で報告することがあるのかとも思ったが、ノラの表情を見てその考えは崩れ去った。

さっきデュルヘルムへの愚痴をこぼしたときよりもさらにノラが不機嫌だった。


「どうかしたのか?」


さっきノラから不機嫌の理由を聞いてからまだ、食事をしただけだ。それでノラの機嫌がこんなに急落することがあるのだろうか。

まさか、デキステルが食事に来なかったことを怒っているんだろうか。

いや、それなら直接デキステルを呼び出して説教しそうな気がする。


「どうかしてるからよ。どうせあんた暇でしょ。今来なさい」


そして僕からの返事を待たずに僕はノラの部屋、ソファのノラの隣に転送される。


「これ。見なさい」


そしてある映像が窓のように僕の目の前に映し出された。それはこの屋敷とは違う部屋だった。ベッドのふちに腰掛ける女性とそれに向かい合う位置で椅子に座る男性の姿が見える。


「これは…。ん?これもしかして…!」

「ええ」


ルナとデキステルだった。


「この女、何を考えているんだと思う?」

「何を考えてるのはお前だ!これ、ふたりは見られてることに気付いてるのか?」

「気づくわけないじゃない。何のための魔法よ」


少しは悪びれてほしかった。もはや開き直ってる素振りさえ感じさせない、当たり前のことを言っているという態度だった。


「何をしてるんだ。魔法の悪用とはお前らしくもない」


それもこんな覗きだなんてちんけなことに。


「悪用じゃないわ。デキステルの様子を見ようとしたらこの部屋が見えたのよ」


ノラは目の前の映像を指さして言う。あくまで自分に落ち度はないと言い張る気のようだ。


「それでこの女、デキステルと二人で何してるんだと思う?」

「いや、疲労が残ってたからデキステルに食べるのを手伝ってもらって…」

「そんな風に見える?」


見えなかった。ルナもデキステルも自分のお盆を自分で持って食事をしている。


「見えないけど、体が大丈夫でも心細いから誰かにいてほしかったとかじゃないか?」

「それなら妹だったか姉だったかのモナに頼むでしょ普通」

「モナさんは忙しかったんだろ」

「絶対デキステルに色目使ってるわ。あんたもそう思うでしょ?」

「知らないよ」


そういえばデキステルは彼女に対していい奴だとかいう評価を下していた。それをふたりの関係が良好という風に解釈すれば、あり得ない話でもないかもしれないが。


「仮にそうだとしてもそれはデキステルの問題だ。そっとしておいてやれ」


こういうことにまで介入したがる姉なんて聞いたことがない。


「あの子にはまだ早いわ」

「早いって、デキステル今年でいくつだ?」

「16よ」

「それならいいだろ。恋愛の一つくらいさせてやれ」

「何言ってるのよ。私だってまだなのよ。デキステルには早すぎるわよ!」


ノラの略歴はこの場合どうでもよいのではないのだろうか。ノラはどちらかというと恋愛をできないというよりは、してこなかった人間だろうし。


「落ち着けノラ。話が逸れてきてるぞ。…いや、その前にこれ、そもそもどういう話なんだ?」


ノラは結局このふたりをどうしたいのだろうか。ルナは悪い奴ではないのだからノラの警戒は過剰としか僕には思えないのだが。


「それは…」


ノラ自身よく分かってないようだった。大方、弟が予想外に自分の知らない異性と親密にしてるところを目の当たりにして驚いてしまったのだろう。


「一度見守ってやったらどうだ?ルナさんは別に悪意なんてないだろ」

「…いいわ。仮にこの女に何の落ち度もないとして」


いや、仮にではなく、確定的にルナに落ち度はない。むしろ落ち度があるのは勝手に人の部屋を覗いてやり取りに聞き耳を立てているノラの方だ。

一緒になって聞いているという時点で僕も共犯な気がするが。


「どうして私に何の挨拶もしに来ないのよ。弟さんを私に下さいって言いに来るものでしょ?」


面倒くさい姉がここにいた。というか「弟さんを私に下さい」を言わせようとしてる時点でもうふたりの仲をみとめているようなものだと何故気が付かないのだろうか。


「あ、ふたりが部屋を出るぞ」


食べ終えた食器を持ってふたりは下の階に降りて行った。映像はその背後を追う。

追った先はキッチンだった。ふたりはシンクで使った食器を洗っていく。デキステルが食器を洗い、ルナがその食器を拭いて食器棚に直していく。シニステルとのものほどではないが、なかなかの連携だ。


「食器を洗い終わったな。…デキステルが外に出るぞ」


どうやらもう帰るようだ。


「ほらな。食事をしていっただけだよ。ノラが心配するようなことはないって」

「ちょうどいいわ。外に出てくるなら。直接聞きに行けるじゃない」

「え?」


ノラの言ったことの真意を確かめるよりも先に、転送魔法が発動され、ノラはルナの家の玄関前まで飛んでいた。ちなみにどういうわけか、僕も一緒に連れてこられていた。

隠れようにも既に玄関は開かれ、外に出てきたデキステルと、それを見送るルナにしっかりと姿を見られてしまった。


「あれ?姉ちゃんとアーサーじゃねえか。どうしたんだ?」

「え…?てめえら…どこから?」


けろっとした顔のデキステルと混乱した表情のルナ。ノラはそんなルナを睨みつけて言う。


「あんた。うちの弟とはどういう関係なの?」


しばらくの間、沈黙がその場を支配した。まあ、突然目の前に、それも自分の家の玄関の前に人が現れて、今まで一緒にいた人との関係を疑われたら、誰だってそうなるのが自然というものだ。


「どうしたの?答えられないのかしら?」

「え、あ、いや。こいつとだよな?デキステルとは友達だぞ。おれが血を飲んだ反動で動けなくなって、デキステルが家まで助けてくれたんだ」


ふうん。とうなってなおも訝し気な視線でルナを見つめるノラ。もう小姑のつもりなのだろうか。その時点で負けを認めてる気がやはりするのだが。


「姉ちゃん。俺がこいつと仲良くしたら駄目な理由でもあるのかよ」


そんなノラに対して、デキステルは低い声でそう問いかけた。


「なんでこいつのこと悪い奴みたいな目で見るんだよ。こいつは悪いやつじゃねえよ」

「それはあんたのことを心配してるからよ。世の中には友達になっていい人とそうじゃないのがいるのよ」

「姉ちゃんこいつと話したことないだろ?」


今までこんなことなかったから気が付くのが遅くなったが、デキステルは今怒っている。


「姉ちゃんはなんか最近変だぞ。この間はアーサーのこと明らかに避けてるのに何でもないって言うし」


それは半分ほどは僕のせいだったりするので、言われると僕もいたたまれなくなってしまう。


「違うの。デキステル…!」

「こいつはエレツに戻って初めてできた俺の友達なんだよ!それを姉ちゃんが駄目だって言うなら俺は…姉ちゃんのこと嫌いになるぞ!」


僕が見てきた中でデキステルがノラに反抗して自分の意見を言ったのはこれが初めてかもしれない。最後は締まらなかったが、デキステルは今ここで確かに自らの意思を主張したのだ。


「ノラ。デキステルだってもう自分で色々考えられるんだ。お前にとってはいつまでも弟かもしれないけど…」

「もういいわ。好きにしなさい」


ノラは僕の言葉を最後まで聞かず、転送魔法によってその姿を消した。

残されたのは僕と、息巻くデキステルと、未だに混乱の覚めないルナだった。

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