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第4話 肺腑の死人㉔

デュルヘルムはルナとモナの目を欺くために家に閉じ困っていたと言っていた。ということはふたりが事件の捜査をしてることを知っていたということになる。もちろん事件そのものについても知っているということだ。


「デュルヘルム。今日僕たちがここに来た時、あの影を初めて見たような反応をしていたな。あれは演技だったのか?」

「ようやく気が付いたか。そうだと言っているだろう。あれは仮面。お前たちは吾の手のひらの上で踊らされていたんだ。…さながら、仮面舞踏会と言ったところか」


芝居がかっている言葉選びをする奴だが、そのどれもが芝居がかっていて、欺くという意味での芝居なんて打てそうには見えない。


「そうか。じゃあ今までのゾンビの被害は全て君自身による犯行ってことかな?」

「…お言葉ですがアーサー様。おじさまは今混乱されています。魂に異常はありませんでしたから、一度落ち着てからお話を聞かれてはどうでしょう」


モナはそう僕に提案したが、しかしそれは逆効果だろう。


「そうしても構いませんよ。ただ、その間にデュルヘルムのことを見張っていないといけないと思いますよ。放っておいたら自分で命を絶つかもしれませんから」


なぜならデュルヘルムは自分の影が今までしてきたことをさっき魂が戻ってきたときに初めて知ったんだ。

ただ知っただけ。自分のせいで、自分が捨てたもののせいで何体ものゾンビが襲われたということを。自分の意思で止めることもやめさせることもできない。ただ変わりようのない事実として突き付けられた。

僕は知っている。ただ知っているだけということがどれほど無力かということを。これから先の未来に絶望するのには十分だ。


「デュルヘルム。あの影を自分の意思で操ることはできなかった。いや、捨てた時は勝手に動き回るだなんて思わなかったんじゃないのか?」

「…ああ。確かにそうなるとは思っていなかった」


しかし、とデュルヘルムは続ける。


「初めて事件のことを聞いたとき、予感はしていた。いや、確信していた。確信していたが分からないふりをしていた。間違いなく、罪は吾にある」

「罪はあるだろうが、それで死のうとしたのか?」

「他にどんな償い方があるという。吾の力で失ったゾンビたちの穴を埋めることなど到底できない。何の輝きも持たない石は、砕かれるのが一番だ」

「仮にお前が何の輝きも持たない石だとして、砕いて僕たちに何か得があるのか?」


こういう奴はよく自分がいなくなれば全て解決すると思っているが、実際そうなることは少ない。


「君はこの州の長なんだろ?だったらその長が突然いなくなって混乱しないわけがないだろ」

「いいや。吾は飾りだけの長。今となってはいついなくなってもいい存在だ」

「そんなわけがないだろ。州の長が突然いなくなって、首都にはなんて説明するんだ?デイビッドはどうする。あいつならそこから怪しんでふたりを追及するかもしないぞ」


この場にいない人間の名前を出すのは卑怯な気がするが、デイビッドには次会った時謝っておこう。覚えていれば。


「なるほど。言う通りだ。吾はいても、いなくなっても周りに害を及ぼす。災いそのものということか…」

「なあデュルヘルム。そういうのやめてくれないか。君は一度この州の長になったんだろ?そしてそれからずっと長であり続けた。それはこの街のみんなが君のことを認めてるからだ」


初日に僕たちのことを案内してくれたゴブリンの言ってたことからもそれが分かる。


「謙遜をやめろとは言わない。ただ、君のは自分を卑下してるだけだ」


どこかの魔術師ほど自信に満ち満ちている必要はないが、自分の実力を否定するほどに謙遜するのは自分自身にその実力を持つだけの器がないというだけのことだ。


「吾はただ状況に流されてことを行ったのみ。それなのに皆、吾のことを称える。…意味が分からない。どうして…ただ偶然、吾がメルツベルツを殺したというだけだというのに…」

「だけ、だなんて言うなよ。そのおかげで戦いは終わったんだよ。全部おっさんのおかげだ」

「違う!あれはひどい裏切りだった。本当なら吾が皆をなだめ、和平を結ぶべきだった…。それを、吾はできなかったんだ…!」


デュルヘルムは声を絞り出すように言った。

デュルヘルムがエナジードレインを分離した、捨てた理由は知らない。しかし恐らく彼はこの罪悪感とともにエナジードレインという自分の力を捨て、無力になろうとしたのではないだろうか。

切り離されたエナジードレインがグールの形を取り、グールのごとくゾンビを襲ったのは、デュルヘルムがエナジードレインを捨てた時、グールに関する負い目も一緒に捨てようとしたからではないだろうか。


「…おじさま。あの戦争のことを罪だというのであればおじさまは罪人なのでしょう。でも、それならわたくしたち全員がそうです。おじさま一人が抱え込むべきでは…」

「ではどうしろというのだ。後悔を誰かと共有しろというのか?」

「そう。それだ!」


僕は思わず声を上げてしまった。


「それだよ。君は悩んだ結果エナジードレインを切り捨てるということを答えの代わりにしたんだろ?それが今回こうなってしまった。でももし悩んだ時、そこに誰かがいたらそうはならなかったんじゃないのか?」

「そうかもしれない。だが、一体誰に話せる?みな吾のことを『陛下』と呼び、理想に当てはめて崇める。そんな中で一体誰が吾に辛辣な言葉を与えられる?吾が道を誤りかけた時、一体誰が吾の目を覚ますことができる?」

「僕に話せばいい。これから先何か悩めば僕に話せ。僕ならそう頻繁に会わないし、立場も対等だ。何も飾る必要はない」


州の長に対等とは大した言い草だが、この対等はデュルヘルム本人が望んだものだ。問題あるまい。

説得にはよく失敗する僕だが、しかし自己肯定、自己弁護は僕の十八番だ。デュルヘルムが思い詰めている時、立ち直らせてやることはできるだろう。


「それは…いや、待て。それは可能なのか?いずれこの街を出るんだろう?」

「それなら大丈夫よ」


と、ここで魔法のことならとノラが声を上げた。


「私の転送魔法は一度行ったことのある場所に有効。それに、今回影を捕まえるのに使った魔法を鋳型にして魔力の通り道を作れるわ。それを使っていつでもこの街に転送できる」


誇らしげな表情で語るノラ。こいつの説明も、こうして定期的に聞いてやらないとへそを曲げてしまうなと思い出された。


「それに喜びなさい。この魔法を実際に使うのはこの街が初めてよ。将来何らかの記念碑がこの街に建てられるかもしれないわ」


ノラの饒舌は止まらない。説明がいつのまにかよく分からない自慢と未来予想になっていた。


「とにかくだな、デュルヘルム。ノラもこう言ってるんだ。悩んだらいつでも話を聞いてやれる」


ただデュルヘルムの心に平安をもたらすのであれば、デイビッドの力を使うのもいいかもしれないが、悩みそのものを克服しなければ根本的な解決とは言えない。やはり悩みを打ち明けることで解消するのがいいだろう。


「それはありがたい話だ。しかし…吾にはそこまでしてもらうような価値は…」

「あると言ってるだろ。この州の長というのもそうだし、それを抜きに考えても君はかなり重要だ」


デキステルも手加減はしていただろうが、力加減まではしていなかったはずだ。見た限りでは一発当たれば出血か、悪ければ骨折するような打撃を放っていた。にもかかわらず現在のデュルヘルムに一切の流血や重症がないのは、戦士としての彼の能力を如実に語っていると言える。

それに、エナジードレインを操る腕前もなかなかのものだ。あれを最初から攻撃に使っていれば、デキステルともいい勝負ができたのではないだろうか。


「デュルヘルム。以前約束したな。僕たちがこの街を無事に出られたら同盟に入ってくれると」

「ああ、そういえば…そうだったな」


デュルヘルムの顔はぎくりとしたような表情を浮かべる。まさか有耶無耶にするつもりだったのだろうか。

あるいは彼のことだから、僕たちを襲おうとして正当防衛的に殺されようとでもしていたのだろうか。まあ、未然のことをあれこれ考えても仕方ない。


「今のでより分かっただろ。僕と仲間になること、つまり同盟に入ることは君にとっても、この街にとってもいいことなんだ」

「しかし、今回の借りすら返せるか分からない。そんな吾と…」

「自分が気に入らないなら、この街のことを考えろ。この街はどうだ?同盟に入る価値はないか?」


デュルヘルムは目の前に立つルナとモナを見、そしてふたりの後ろに広がる州の光景に目を向けた。


「そうだな。吾はともかく、ここは素晴らしい街だ。必要とするに値する。だが、この街を同盟に入れていいと、吾が決めていいのだろうか」


じゃあ一体誰が決めるんだ。

望んでなったわけではないとのことだったが、しかしやってる以上やるべきことはやってもらわないと。


「自分で決められないなら、側近の意見を聞いてみたらどうだ?」


僕はルナとモナに順に視線を送る。


「同盟、いいと思うぜ。てめえらと仲間になれるんだよな」

「…私も賛成ですが、ルナ。これから仲間になる方よ。てめえはやめなさい」


多数決の原理ならば、この時点でデュルヘルムが何と言おうと仲間入りは決定だ。


「そうか…では、誘われよう。同盟に」

「じゃあそういうことで、ようこそ」

「ああ。よろしく頼む」


デュルヘルムは頭を左手に持ち替え、僕の手を握った。


「とりあえず一件落着か?」


僕とデュルヘルムが手を放すと、ルナがそう口にする。


「そうですね。一件落着です」


今思うと、デュルヘルムより下の立場のルナとモナには敬語で、デュルヘルムに対してのみそうでないというのはおかしな感じがする。近いうちにタイミングを見つけて敬語をやめなければ。


「そっか。よかったよかった。お疲れさ…おっと…」


そう言って笑みを浮かべたルナだったが、足元がおぼつかないようによろめき、倒れそうになる。幸いそばにいたデキステルが支えたが。


「悪いな。…なんか、急に疲れが来たみてえだ…」

「大丈夫ですか?デキステル。家まで送ってやってくれ」

「…いえ。わたくしの妹ですので、わたくしが家まで連れていきます」

「いやいや、姉が妹に運ばれる何て恥ずかしいだろ。だからデキステル。頼むわ」

「?…おう」


ルナの家と言ってもここのすぐ隣なのでそんなに時間はかからない。デキステルがルナを連れて行ったあと、恐らくデキステルも抱いたであろう疑問を、シニステルは口にした。


「なあ。お前らってどっちの方が姉ちゃんなんだ?」

「わたくしです。わたくしの方が年上なので」

「なんだ。そうなのか」


その場にいたのがルナだけだったおかげか、その場はそれですんなりと終わってしまったが、しかし僕はこの姉妹の関係がより一層気になってしまった。

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