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第4話 肺腑の死人㉓

「悪いなデュルヘルム。君を殺すことはできない」


言いながら僕は後退し、邪魔にならない位置に立つ。


「安心しろ。うまくいけば君は元に戻れる。罪は許され、僕たちの仲間になれる」


罪が許されるかどうかは実際僕の知るところではなかったが、十中八九罪に問われることはないだろう。


「甘い。何か勘違いしているようだ。今の、この吾こそが本当の吾。吾を救うというのであれば、殺せ。今すぐに!」


デュルヘルムを覆うもやが彼の声に合わせて波打つ。


「落ち着けおっさん!おっさんは何も悪くねえよ。今モナが治してくれるから。そこでじっとしてろ」


その言葉の直後、モナがシニステルの上で演奏を始めた。


「ルナ…!一体、そこで何をしている?」

「…都合によりこの位置で奏でます。お気になさらず」


デュルヘルムはシニステルの上にいるモナにこの時気が付いたようで、一瞬気の抜けた怪訝な顔でモナを見つめたが、すぐに状況を理解し、踵を返して家に戻ろうと駆け出した。

しかしそれを許すデキステルではなかった。まず一瞬でデュルヘルムとの距離を詰め、エナジードレインも構わずに彼の襟首をつかんで力任せに振り向かせる。本来ならば首から伸びる頭が引っかかっていたが、デュラハン故にその心配はなかった。ふっ飛ばさないために襟を掴んだまま、デキステルの拳がデュルヘルムの腹部にめり込む。


「ごふっ!」


それは声というよりかは押し出された空気だった。デュルヘルムはその場で膝を折り、腹を押さえてうずくまった。


「シニステル!ついてこれてるか?」

「問題ねえよ」


シニステルは返事の通り問題なく、デュルヘルムの移動に合わせて自らの体も移動させ、常に一定の距離を保っていた。


「おい。手はすぐ放せ」

「ん?おお」


ルナに言われてデキステルはデュルヘルムの襟を放し、自らの腕に絡みつくようにまとわりついていたもやを払った。


「お前すげえな…おれ、いらねえんじゃねえのか?」

「どうだろな。一人で戦うとか初めてだから、よく分かんねえ」


デキステルは首をかしげて言う。そんなデキステルを見るルナの顔には引いたような苦笑いが張り付いていた。


「おっさんのエナジードレイン、平気なのか?」

「うん。なんか変な感じはするけど、慣れればそんな嫌じゃねえよ」

「だったら、おっさんのこと向こうに引き戻してくれねえか?家に入られるとまずい」

「おう。シニステルー!こいつそっちに投げるぞー!」


デキステルはと言うと、両手でデュルヘルムの腰を掴み、枕でも投げるかのように軽々とぶん投げる。

しかしさすがはデュルヘルム、投げられるまで無抵抗だったのは作戦だったのだろう。自分の体が宙を舞いだすと体をひねって足から着地し、勢いをそのままに今度はシニステルに向かって走り出した。

人一人を抱えてその上それを支えるために両手がふさがっている。そんなシニステルを狙うのが最善手と考えての行動なのだろう。しかし、シニステルは顔色一つ変えず後退し、デュルヘルムとの距離を保つ。

ここでデュルヘルムが犯したミスは2つ。シニステルの対応できるスピードを見誤ったこと。そして、デキステルに背を向けたこと。

シニステルが距離を保って後退している間にそれを上回るスピードでデキステルはデュルヘルムに接近し、膝裏を蹴って転ばせる。それに対してデュルヘルムは受け身を取るという、僕からすれば奇跡的な身のこなしを披露したのだが、シニステルとの距離は一切変わっていない。


「やってくれるではないか…。貴様ほどの腕の者が、どうして吾を殺さない?まさか、力はあるがその度胸はないというのか?」

「別にそんなんじゃねえよ。みんがお前を助けようとしてるからだ」


幸いにもデキステルはデュルヘルムの挑発に乗りはしなかったが、しかしどうしてこうもデュルヘルムは自らを殺すように仕向けようとしているのだろうか。今デュルヘルムを支配してる人格がデュルヘルム本体の破滅を望んでいるということだろうか。


「おっさん!おれたちに助けられるのは気に食わねえかもしれねえけどさ、みんなおっさんには元に戻ってほしいって思ってるんだよ!」

「元に、だと?さっきから言っているだろう。今こうして魂が完全な状態としてこの体に戻った!これが吾だ。吾は、ついに元に戻ってしまったんだ!」


立ち上がったデュルヘルムを覆う鎧は、デキステルからエナジードレインによって吸い上げたであろうエネルギーにより一層厚くなっていた。


「違う。おっさんは元からそんなんじゃなかっただろ。この街の王になった時はみんなのために戦う、そういう奴だったじゃねえか」

「そうせざるを得なかっただけだ。状況が、周りが、吾にそうさせた。…吾の意思など、いつもどこにもなかった」

「ああもう!何言ってるか分かんねえよ!とりあえずモナの演奏終わるまで動くんじゃねえぞ!」

「動くな、か。いいだろう。そうしよう」


デュルヘルムは観念したかに思えた。いや、嘘だ。観念しただなんて微塵も思ってなかった。

何をするのかと思ってみていると、デュルヘルムは自らを覆うエナジードレインの鎧を薄くさせた。そしてその分のエナジードレインを右手から槍のように伸ばす。

狙いはシニステルだった。距離を変えられないシニステルは円を描くように避けようとしたが、槍はそれを追尾する。


「止めろ!」


デキステルは自らの体で槍とシニステルの間を遮ろうとしたが、エナジードレインの槍はその体を貫通してシニステルを追尾する。

それに気づいたデキステルはデュルヘルムの突き出す腕を蹴り上げるが、槍は全くそれを意に介さず伸び続ける。

その時、ルナがデュルヘルムの手を両手で捕まえ、牙を突き立てた。

その瞬間、手から先に延びたデュルヘルムのエナジードレインがろうそくの火のように揺らめき、消えた。


「うっ…!」


苦悶の声を漏らし、崩れ落ちたのはデュルヘルムではなく、ルナだった。


「お前…こんなのが平気なのか…やべえな…」


ルナは全身の力を振り絞ってようやく立てているといった様子だった。エナジードレインにやられれば、普通はこうなるということのようだ。いや、血を吸って吸血鬼側に寄ってるから普通ではないのかもしれない。


「ルナ…お前は…」

「何だよ?おれにこの力があること忘れたか?エナジードレインにはエナジードレインだろうが!」


どうやらルナは吸血鬼の特性である牙によるエナジードレインをデュルヘルムのエナジードレインにぶつけて一時的に相殺したらしい。

手の部分が相殺されたことによってそこから先にエナジードレインがいきわたらなくなってしまったため、シニステルを追っていたエナジードレインは消滅したというわけだ。


「どうして。そこまでする!?吾にとってお前たちはかけがえのない存在だ。でもお前たちにとって吾はそうではないだろう?」

「そうではないだろうじゃねえだろうが!逆だ!おれたちがおっさんに救われたんだよ!かけがえがねえのはおっさんの方だ!」

「…そうです。どこにいけばいいのかも、何をすればいいのかも分からなかったわたくしたちに、道を示してくれたのはおじさまです。…帰っていい場所をくれたのも、おじさまです」


デュルヘルムにそう告げてモナは弦の上を走らせていた指を止めた。

それを見てデュルヘルムは一つ大きく息を吐き出し、肩に入っていた力を抜くとともにエナジードレインの鎧を消した。


「終わったか…。もう少し時間がかかると思っていたが、腕を上げたな?」

「…いえ。いつまでも未熟者ですよ。わたくしは」


すっと上げた最後の指を弦の上で走らせ、モナは術を完了させた。先ほど見たのと同じ鎖がデュルヘルムの胸と繋がる。


「…ありがとうございますシニステル様。もう下ろしていただいて結構ですよ」

「おう」


シニステルはしゃがみながらまず杖を地面に下ろし、続いてモナをゆっくりと地面に立たせる。


「口の中噛んだりしてねえか?」

「…大丈夫です。…本当に、ありがとうございました」


シニステルから降りたモナはお辞儀をしてから翻り、また杖の前に立った。そしてまたいくつかの音を繋げて奏でた。こちらが目で見て分かる変化は怒らなかったが、モナはしばらくして演奏を止める。


「…それでは、始めようと思います」

「ああ。好きにすればいいさ。ただ気を付けろ。吾の魂を覗きたいがあまり、こちら側に落ちてしまうなど、あってはならないぞ?」


よく分からないことをデュルヘルムは喋ったが、それはこの場にいる誰も理解できなかったのか、応えるものはいなかった。

あたりには沈黙が立ち込める。どうやらこれから入る工程にはモナは演奏を必要としないようだ。


「モナ。なんか分かったか?」


沈黙に耐えかねたのか、ルナがモナに声をかける。その目からは既に赤みが引き、腕の筋肉などからも力が抜けているように見えた。


「…急かさないで。魂とは繋がってる。必ず何かおかしな点が見つかるはず」

「見るがいい。そして見つけてみるがいい。吾の魂に、何かがいるというのであればな」


デュルヘルムは動けないわけでもないのに、とはいえ動いたところで何もできないのだが、その場所に座り込み、両手で抱えるように持った頭は空を仰いでいた。

しばらくして、モナはルナに向けてこう言った。


「…おじさまの魂。隅から隅まで見たわ」

「それで、どこが悪いか分かったか?」


ルナは待ちかねたように前のめりになってモナに問いかけるが、なぜかモナはすぐには答えようとしない。

ややあって何かを振り切るように、モナは口を開いた。


「……おじさまの魂はどこも悪くない。誰にも操られていないし、中でこんがらがってもいない」

「は?なんでだよ。さっき殴られすぎたせいで良くなっちまったのか?」


ルナの言葉にモナはただ首を振るだけだった。


「あ?どういうことだよ!?じゃあ何がおかしいんだよ?」

「待て。ルナ。モナを責めないでやってほしい。吾が自分で説明しよう」


デュルヘルムは胸に鎖がつながったまま立ち上がり、ルナとモナに向き直る。


「だから言っただろう。吾を殺すべきだと。全て吾の意思だったんだ。ゾンビたちを襲ったのも。それを止めようとしに来たお前たちから逃げたのも。全てな」

「…いえ、そんなはずは…!」

「どうして吾があの日からずっと家に閉じこもっていたと思う?お前たちの目を欺くためだ。そう。最初からすべて吾の思惑通りだったと…」

「あの、ちょっと待って下さい。デュルヘルム。今、家に閉じこもりっぱなしだったのはなぜだって言った?」


僕がこうして会話に横やりを入れるのはよくあることだが、今回は少々気の立ってるルナのせいでいつも以上に気が引けた。

しかしそれでも言わねばなるまい。なぜなら僕の役割はこういう謎の解決なのだから。

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