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第4話 肺腑の死人㉑

以前デュルヘルムの家を訪ねた時、彼はあまり僕を待たせることなく現れた。つまり何をするか考えるために与えられた時間は長くない。

いや、考えるだけじゃだめだ。考えて指示を出さなければいけないのだ。


「シニステル。デキステル。お前たちは一番前に出てくれ。なにかあればみんなのことを守ってくれ。ただし殺すのはなしだ」

「おう」「よし」


双子はそろって前に出、両手を胸の前に構えて並んだ。


「モナさんはそのまま魂の制御を」

「…かしこまりました」

「ノラは魔力の動きに注視を。怪しいものがあれば教えてくれ」

「ええ」


そして最後にルナが残る。今のところ彼女にこちらから指示することはない。しかしルナは自分にも指示が下されると思っていたのだろう、僕の方をじっと見ていた。


「おれは?」

「えっと…」


身内なら何もしなくていい、と遠慮なく言えただろうが、相手がルナとなると聞かれた以上何か指示を出さないと悪い気がしてくる。


「デュルヘルムの動きに注意していてください」


この場でデュルヘルムに詳しいのはルナとモナ。モナが別の用事で手一杯な以上、この役を充てるのが適当だろう。

そう僕が言ったところでドアが開かれた。


「何者だ…」


自らの頭をランタンのように掲げ、家の中からデュルヘルムが出てきた。そしてその頭についた二つの瞳はすぐさまこの場にいるはずのない者を捕らえる。


「一体…何が、モナ。一体何をしているんだ?そこにいるのは、メルツベルツか?」

「…これは、その…」


やはりモナが自分の口では言いにくかったのだろう。僕は双子の間から前に進み出て、デュルヘルムに語り掛ける。


「君の体から出たものだ。返しに来たよ」

「アーサー…。お前は、訳の分からないことを言うな!吾から、だと?」


デュルヘルムの顔はおぞましいものを見るように歪み、開け放たれたドアに背を向けながら後ずさる。

その時、家の中からこちらの様子を伺っている者の存在に気が付いた。オスカーだ。

僕は「来るな」という意味を込めてオスカーに向かって首を横に振る。

幸いにも僕の意思は通じたらしく、オスカーは一度頷き、デュルヘルムに気付かれないようにゆっくりと家の中へと姿を消していった。


「モナさんによると、この影の魂はあなたのものと同じらしいんだ」

「本当なのか?モナ?」


モナはいたたまれないのか、デュルヘルムを直視しないままに頷いて応えた。


「…そうか。彼は…これは、メルツベルツではないんだな?」

「ああ。君の体から抜け出したエナジードレインだ。思い当たるだろう?」

「確かに吾のエナジードレインは数年前から使えなくなっていた。ここにその力があるというのは、ある意味では頷ける話だな」


デュルヘルムは僕の説明に納得したのか、あるいは混乱が一周回って鎮静化されてしまったのか、非常に落ち着いた口調でそう言った。


「それで、吾にどうしろと言うんだ?」

「とりあえずはこいつを体に戻してもらう。こいつは君から離れてる間色々やってたんだが、それに関しては後でいいだろ」


影のやったことを素直にデュルヘルムに伝えてしまうと、自分の体の中に戻すことを拒んでしまうかもしれない。取り敢えず戻せるうちに戻してしまって、話はその後で、ひとつにまとまったデュルヘルムとすればいい。


「了承した。頼む」

「モナさん。お願いします」


モナはわずかばかり顔を上げ、デュルヘルムと彼から逃げだした影を順に見る。


「魔力が足りないなら手伝うわよ」


ノラがそうモナに言ったが、しかしモナは首を振り、大丈夫ですと呟いたのち、杖の弦を弾いて演奏を始めた。

現在一本の鎖が影の胸に刺さっている。演奏が始まるとその鎖の根本からもう一本の鎖がデュルヘルムの胸に向かって伸び始め、最初の演奏よりも早く鎖はデュルヘルムの胸部へと潜っていった。

鎖がデュルヘルムの胸に吸い込まれる瞬間、彼は小さく「ぬ…」と呻いたが、それ以降は何も言わず、身じろぎすらしなかった。

デュルヘルムの胸に鎖がつながるとモナは一度演奏を終えたが、しかしそう長く間を置かずにまた別の曲を演奏しだした。すると影とデュルヘルムの二点に繋がった鎖は根元から徐々に縒り合されるように一体化していった。

現実の質量が反映されているのか、あるいはモナがそのように操作しているのかは定かでなかったが、デュルヘルム本体は一切動かず、影が鎖に引っ張られながらデュルヘルムの方へと少しずつ近づいていった。

僕はデュルヘルムと影が接触するその瞬間を、固唾を呑んで見守った。二本の鎖が縒り合さっていき、そしてついに影の肩がデュルヘルムの肩と接触する。

その瞬間、デュルヘルムが崩れ落ち、その場で膝をついた。


「おっさん!」


ルナがデュルヘルムに駆け寄り、モナは演奏を止める。

しかしデュルヘルムはすぐに立ち上がり、ルナを手で制する。


「大丈夫だ。モナ。続けてくれ」


モナはためらったが、やがて演奏を再開し、影は完全にデュルヘルムの内に収められ、全てが終わったことを告げるように鎖が消えた。


「…終わりました」

「おっさん。体なんともねえか?」


デュルヘルムはその場に直立していたが、彼の身を案じたルナはすぐそばまで駆け寄り、彼の体に触れようとした。しかしデュルヘルムはそれを拒んだのだ。その場の誰も予想しなかった方法、ルナを突き飛ばすという方法で。


「…は?」


予想だにしないデュルヘルムの行動に、ルナはその場に立ち尽くす。


「礼を言うぞ。永らく忘れていたことを、思い出させてくれたようだ」


デュルヘルムの顔が彼の手のひらの上で口の端を釣り上げて言った。


「…おじさま?一体何を」

「気安く吾に質問をするな。吾を誰と心得る。吾はこの街の支配者。デュルヘルム・ホロウ・アーヴィング。食屍鬼を撃ち滅ぼしし闇の英雄だ」


そう言ってデュルヘルムは頭を左手に持ち替え、右手を天に掲げた。その時デュルヘルムの全身は先ほどの影と同じ色のもやに包まれ、右手のひらの上は特にそれが濃厚に集合していた。


「久しいな…。いでよ!第二の剣!」


集まったもやはデュルヘルムの呼び声に反応するように形を変え、両刃の剣になった。


「ではまずは試し切りだ」


言ってデュルヘルムは右手を掲げたままルナの前まで歩いていき、無造作にそれを振り下ろす。


「シニステル!デキステル!」


僕がそう叫んだ時にはもう二人は動いていた。デキステルはルナをさらうように抱え上げて安全なところまで退避し、シニステルは剣を抜いてデュルヘルムの剣を受けようとする。

が、デュルヘルムの振り下ろした剣は彼の影同様実体を持たなかった。剣はシニステルが抜いた剣をすり抜け、彼の脳天から正中線を切って地面に至った。

シニステルの体から糸が切れたように力が抜け、崩れ落ちたかに思えた。が、膝と地面の距離が残り10センチというところで、一旦膝をついてしまった方が楽なんじゃないかとさえ思うほどの体勢で、シニステルは持ちこたえてみせた。


「何故…立っていられる…!?」


その光景に一番驚いたのはデュルヘルムだろう。彼は振り下ろした剣を構えなおすのも忘れ、シニステルを凝視していた。


「足があるからに決まってるだろそんなもん!」


シニステルは強く踏み込み、剣ではなく拳でデュルヘルムの腹を突く。


「ぐはっ!」


とデュルヘルムの頭は手の上でそんな声を発し、そのまま玄関まで吹き飛ばされた。

幸いにもドアが開け放されていたため玄関周りの小物が落ちた程度だったが、もしドアが閉じられていたら、多分ドアを取り換えることになっていただろう。


「ふっ…面白い…」


しかしデュルヘルムもそこまでやわではなかったようだ。不敵な笑みを漏らしながら、ゆっくりと立ち上がる。


「どうやら、エナジードレインに耐性があるようだな」


いや、違う。シニステルにそんなものはない。単にデュルヘルムがエナジードレインを行った量がシニステルにとって大した量ではなかったというだけの話だ。


「何言ってるか分かんねんよ!」


シニステルは先ほどので相手には剣よりも拳の方が有効だと思ったのだろうか、剣を鞘に納め、今にも飛び掛かろうと身構える。


「待てよ。俺もやらせろ」


ルナを安全な場所に移したデキステルがシニステルの右に並び立ち、剣を構えた。


「やめとけデキステル。あいつ剣効かねえぞ」

「まじか。ならやめとく」


シニステルの忠告によってデキステルも剣を納め、徒手空拳の構えに入る。


「待てお前たち」


しかし僕はそんな双子に待ったをかける。


「何だよ。あいつは敵だろ?」「心配しなくても殺さねえよ」

「分かってる。でもちょっと待つんだ」


僕はデュルヘルムに確認したいことがある。それに、暴力というのは物事を物理的にしか解決しない。


「君が本物のデュルヘルムか?」

「本物だと?それは、いい得て妙な表現だな」


デュルヘルムは僕の質問に直接答えることはしなかったが、しかし玄関から一歩外に出てきたデュルヘルムは手に先ほどの剣も持っていなければ、もやも纏っていなかった。


「そうとも。今の吾こそが真のデュルヘルム。永らく切り離されていた魂と一体化することで、その力を取り戻したのだ」

「じゃあ、さっき彼女を切ろうと、いや、エナジードレインしようとしたのも、君の意思ということでいいんだな?」

「ああ。その通り」


ではついでに今まで影が犯していた罪も彼のせいにしてしまってもいいかもしれない。

そういう風に首都にデイビッドに伝えれば首都もこの件に満足してしばらくこの州は放任される。第二の拠点にするには丁度いい。


「…違います!」


なんてことを考えていると、モナが声を上げた。


「…おじさまはさっき、ルナを切るつもりはありませんでした」

「面白い。なぜそう思った」

「…おじさまのエナジードレインならば、わざわざ振りかぶってから振り下ろさなくても、ただ棒で突くように触れさせるだけで、エナジードレインはできます」

「なるほどな。だからどうしたというのだ?吾は所詮、剣の振り方も思い出せない雑兵ということではないか」


僕はその時の状況をそこまでちゃんと観察できていなかったのだが、しかしもしデュルヘルムにルナを襲う気がないのだとしたら、一体何が目的なのだろうか。こんなことしたって無暗に敵を作って自分を危ぶめるだけだというのに。


「シニステル。デキステル。一旦下がってくれるか?」


デュルヘルムの真意は分からない。ただもしかしたら、今のデュルヘルムを支配しているのが彼の本来の精神でなかったとしたら、ルナを襲わまいとした方こそが彼の真意のはずだ。


「下がってどうすんだよ」「こいつまだやる気だぞ」

「分かってる。だから守りに徹してもらうんだ」


デュルヘルムの精神に異常がきたされているとすれば、それは間違いなくさっき入れた影の魂の影響だ。


「モナさん。さっき入れた魂を取り除くことは可能ですか?」

「……それは…」

「できるんですか?」

「…もう一度おじさまの魂と共鳴することができれば、可能ですが…」


言い淀むモナ。難しいのだろうか。


「無理じゃないならやりましょう。必要なことがあれば言ってください」

「…ではおじさまを、動かないようにさせてください」


意気込んでおいて恥ずかしい限りなのだが、それは僕には無理だった。

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