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第4話 肺腑の死人⑳

「…9年前のある日です。おじさまが今のようにずっとおうちに籠ったままになったのは」

「それまではいつも外を出歩いて、自分から仕事を探し回ってたくらいだったんだ」


デュルヘルムのことをよく知っているというわけではないが、僕の持つ彼の印象とは大きく異なる。


「…おじさまは、何かに気が付いたと言ってました。…それが何なのかは語ってくれませんでしたが、責任の取り方を変える、とも言ってました」

「それからだよ。おっさんが引きこもりだしたのは。エナジードレインが使えなくなってるのに気づいたのはその後だけど、多分その時一緒にエナジードレインも使えなくなってたんだろうな」

「…実際にエナジードレインが使えないことを確認できたのは事件が始まってからです。犯人がエナジードレインを使っていたため、確認のために調べさせてもらいました」


そうして使えなくなったエナジードレインは封じられたわけではなく、デュルヘルムから分離してメルツベルツの姿を取ってゾンビたちを襲い続けていたということか。


「まあ、その時はその時で普通に慌てたよ。まさか使えなくなってるだなんて思ってなかったからな」

「…なので、最初は普通にエナジードレインを使う種族を疑いました」

「もちろん吸血鬼は除外してな。おれ達吸血鬼はゾンビをエナジードレインすれば傷が残る」


ルナは自らの犬歯を指さしながら言う。


「…デイビッドさんと捜査情報を共有していると言っていましたが、その際一つ隠していたことがあります。…実は、被害者の出方には一定の規則があったのです」

「そんな…!」


思わず声が出てしまった。


「…一つの事件から次の事件までの距離は経過時間に比例するんです」

「毎日事件が起こったことがあってな。その時に気が付いたんだ」


あの時見せられた地図には予め全ての現場に印が付けられていた。

説明自体は時系列ごとに行われたものの、9年分の累積のせいで一つの印は直前の事件以外の事件に埋もれていた。

僕も白地図に時系列ごとに印をつけていけば気が付いただろうが、そんな負け惜しみは誰も興味ないだろう。まんまと一杯食わされたといったところだ。


「…おじさまの影がそれ自体意思を持たず、蛇行せずに彷徨っていてくれたおかげです。それが分かれば捜査は簡単でした」

「被害が起きそうなところにずっと張ってりゃいいんだからな。で、割とすぐにその姿は拝めたよ」

「…事件が起きて1か月が経とうかという頃でした。その時までの被害者は累積で16名。わたくしたちはそこで終わらせるべきだったのですが…」

「もちろんあの時はおれ達もそのつもりで全力でやったぜ」

「…大がかりな備えをした上でですが、今回のように魂を捕縛することにあの時も成功しました」

「その時うちの妹が気付いちまったんだよ。魂の持ち主が誰か」


ルナに妹と呼ばれたことにモナの眉はピクリと動いたが、しかしそのことについては特に言及せずに話を続けた。


「…その時はそれで動揺してしまって取り逃がしてしまったんですが、もちろんおじさまを問いただしました」

「当然おっさんは身に覚えがないって言ったよ」

「…わたくしたちもおじさまを疑いたくはありませんでした」

「でも被害は止まらない。それで思うことにしたんだよ。おっさんにはおっさんでどうしようもねえ事情があるってな」

「事情、ですか」


かつて生きるためにゾンビを食っていたグール達が滅ぼされたという過去があるうえでなお掲げられる事情など、あるのだろうか。


「…分かっています。許されざる依怙贔屓えこひいきだというのは、でも、わたくしたちはおじさまに返しても返し切れない恩があります。わたくしたちにはとても…」

「おっさんだってやりたくてやってたんじゃねえんだよ。本人は無自覚だけど、ゾンビを襲い続けないとおっさんの方まで弱るみたいなんだ」

「…だからわたくしたちは正しさを曲げてでもおじさまを守ると、決めたのです」


二人の言うデュルヘルムの状態について、デュルヘルムが二人に嘘を言っていないと考えると彼は相当何かに追い詰められているということになる。

ただ、デュルヘルムが二人に嘘をつき、自らの意思でゾンビを襲っていると考える方が自然ではある。その場合はその動機が新たに必要になるわけだが。


「なるほど、お二人の動機については分かりました。じゃあ次はお二人がしたことについて教えてもらえますか?ゾンビを一体だけ襲うというのは、お二人が仕組んだんですか?」

「…いいえ。それはおじさまの影が元から取っていた行動です」

「おれ達がしたのはマークを描くところだけだ。おっさんがゾンビを襲ったらそこへ誰よりも早く行って、マークを描いた」

「…たまに他の者に先を越された時は、死体の下敷きになって見えないところに描いてあった、などして、ずっとごまかし続けていました」


そんなことでよく9年間もごまかせたな、と思ったが、この事件を捜査していたのはルナとモナ。記録なんて好きに捏造できるし、それを誰に見られるでもない。

いや、それも途中からそうではなくなった。デイビッドが来たからだ。


「デイビッドが途中から捜査に加わりましたよね。それに、そういえばデュルヘルムを一度安定化させたとも言っていました」


その時はデュルヘルムのエナジードレインが使えないという症状は改善されず、本当に使えなくなったのだとデイビッドは考えていた。


「…デイビッド様がおじさまを治療しようとした際何も起こらなかったことについては、問題を抱えているのがおじさまではなく、この影自体が問題だからではないかと、わたくしは考えています」


つまり、この影を消したければ本体であるデュルヘルムではなく、この影そのものを安定化させるべきだということか。


「ま、あいつに事件のことを知られた時はちょっと面倒だったけどな。なんだかんだでおっさんから注意を逸らすことはできた」


その結果ルナとモナの2人が疑われていたりもしたのだが、それは彼女たちにとってむしろ望むところだったのだろう。


「他に何か、この事件の裏で二人がしたことはありますか?」

「…わたくしはありません」

「おれもだ」


こうして二人からの自供は終わり、僕は今度はノラとの意見交換を行う。


「なあ、ノラ。どう思う?」

「まあ、本当のことを言ってるということでいいんじゃない?何か腑に落ちないことでもある?」

「いや、それに関しては大丈夫だよ。ただ…」


この事件はこの二人を押さえることで表面的には解決する。しかし、デュルヘルムからエナジードレインだけが抜け出しているというこの状況、これを解明しないことには事件は根本的には解決しない。


「デュルヘルムにこの影を直接見せるか?本人に無自覚っていうのがそもそも問題だと僕は思うんだけど」


この場にデイビッドがいれば影に安定化を施してデュルヘルム本体に強制的に戻すということもできるのだが、いない人間のことを言っても仕方ない。


「ええそうね。それが…」

「駄目だ!」


ノラが僕の意見位首肯しようとすると、それを遮ってルナが声を上げた。


「それだけは駄目だ!頼む。やめてくれ!」

「…やめなさいルナ。わたくしたちにそんなことを言う権利はないわ」

「でも…!」

「あの、なんで彼に直接見せるのはまずいんですか?」


モナがルナを制したということは多分、危険があるとかそういったことではないように思えるが、念のために聞いておく。


「多分、おっさんにとってあのエナジードレインはいらないものなんだよ。そんなものを無理矢理だなんて、いくらなんでもひどすぎるだろ!」


僕は言葉を失った。そのいらないもののせいで何人ものゾンビが犠牲になったというのに、それでもまだデュルヘルムのことを第一に考えるだなんて。

この二人はデュルヘルムに大恩があると言っていたが、それは優先順位を倒錯させるほどのものなのだろうか。


「悪いけどそれはできないわ」


何とか穏便に済ませられないかと言葉を選んでいると、ノラが切り捨てるようにそう言った。


「あんたち分かってるの?犠牲者が出てるのよ。かわいそうとか言ってる場合じゃないでしょ?」


さすがはノラ。歯に衣着せぬ物言いで完全に二人を黙らせてしまった。


「そういうわけで僕たちはこれからデュルヘルムのところへ行きます。できればおお二人に付き添って欲しいんですけど、いいですか?」


もちろん邪魔をされるというリスクはあるが、何よりデュルヘルムが思いもよらない暴走をしてしまった場合、彼についてよく知る人間が必要になる。


「…わたくしはご一緒します。魂の取り扱いもありますから」

「ああ。おれも行くよ」

「ありがとうございます。…それと、シニステルとデキステル」

「お、何だ?」「帰っていいのか?」


それまで道端に座り込んでいた双子が腰を上げ、やれやれというように伸びをする。


「いや、お前たちにも来てもらう」

「何でだよ!?」「もうういいだろ!?」


二人には申し訳ないが、一緒に来てもらわないと不安だ。デュルヘルム本人が暴れた時は、ノラよりも反射神経に優れる双子の方が対峙するのに向いている。


「頼むよ。今回協力してくれたら何か一つずつくらいなら言うこと聞いてやるから」

「じゃあ今帰らせてくれ」「もう疲れたんだよ」


こいつらは欲がないから逆に扱いにくい。強いて言えば求めているのは自由。その自由を奪って何かをしてくれと頼むのだから、見返りとして与えられるものなんてそうそう見つからない。


「ノラ。お前からも言ってくれないか?」


だから双子を制御するにはしばしば姉の力を借りることになる。


「別にいいんじゃないの?帰らせてあげなさいよ」


しかしこの手段の抱える大きな問題。それは姉にも意志があり、それが僕のものと一致しないことがあるということ。

ノラも姉として、弟たちが嫌がることをさせたくないという意志があるようだ。


「私がいれば十分でしょ?」

「それがそうじゃないかもしれないから頼んでるんだよ」

「そう。確かにね。私だけじゃ不満よね。分かるわ」

「いや、そういうことを言ってるんじゃないよ」


こんな時に新たに敵を作っている場合じゃない。それでなくともノラとの関係がやっと修復できたところで新たに溝を作りたくない。


「ノラの力は頼れるけど、正直言ってやりすぎな時もあるんだ。あまりに絶望的な力の差を見せられると相手がヤケを起こす場合だってあるだろ?」

「ということは何?うちの弟たちの力はそこまで大したことなくて丁度いいって言いたいの?」


もうどうすればいいんだ。何を言っても不正解な気がする。


「嘘よ。分かった。弟たちも連れていく」

「そりゃねえよ姉ちゃん」「帰らせてくれよ姉ちゃん」

「あんた達何か用事でもあるの?」

「それは…」「ないけど…」

「じゃあいいでしょ?」

「「…うん」」


さすがはノラ。双子も最初から抵抗する気がない。多分僕がノラと同じ言葉を言ったとしても、多分この結果にはならなかっただろう。


「じゃあ、ここにいる全員でデュルヘルムのところへ行けばいいのね」

「そうだな。頼む」


直後、視界が変わり、デュルヘルムの家の前に転送されていた。しっかりとデュルヘルムの影は鎖でつながれたままだ。


「もうベルは鳴らしてあるわ」


ノラの魔法のなせる手際の良さだろう。わざわざ僕がベルのボタンを押す手間を省いてくれたのだ。

ただ、


「で、ここからどうするの?」


それを決めてからやってほしかった。

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