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08 作る前と作った後のお話


 ジャムパーティーをした後日、リンゴベリーの外皮をむいて果肉だけを煮詰めたシロップを作り、自生しているリンゴベリーの実と合わせて砂糖煮(コンポート)を作っていった。


 その合間にも、冬支度の作業は続いていく。


 食糧の確保も大事だが、防寒用の薪炭(しんたん)を確保することも大事である。

 ただ、薪などの燃焼材は、体を温める用途に限らず、炊事や給湯など多岐にわたるため、すでにそれなりの量を確保してある。


 それでも何日もかけてルルエの木を伐採し、適度な長さに割り揃えていったのは、やはり念のためである。


 本来、クヌギやケヤキといった樹木がたきぎには適しているが、それらの木は伐採直後だとすぐには燃焼せず、数年は乾燥させなければならない。


 その点、麓の森に自生するルルエの木は、生木でもよく燃えるため、隠れ家のある洞窟内に置けるだけ置いておくつもりだった。


 秋も下旬に差し掛かった頃になると、前言していたとおり、オリーブの実の収穫へと向かう。


 オリーブの木は、見事に熟した黒い果実をどっさりと実らせていたが、オリーブの木は私の背丈よりも遙かに高い高木である。


 オリーブの実を収穫するには、はしごを使うか、本体によじ登っていくしかない。


 はしごは荷物になるために使えず、よじ登ることを余儀なくされるが、すると、この不安定な足場の移動には、ニケのヤマネコの特性が発揮された。


 ヤマネコ獣人である彼は、カゴを背にしょったまま、すいすいと身軽にのぼっていき、細い枝の上での作業すら難なくこなしてしまう。


 眺めているこちらは、とにかくハラハラさせられたが、わたしの役に立てて嬉しそうなニケの顔を見せられてしまうと、危ないことはやめて欲しいとは言い出せず、それでも気になって、注意散漫になっていたわたしの方が危うく足を踏み外しそうになった。


 結局、オリーブの収穫は何事もなく終わり、しかもニケがいるからだろう、やはり例年よりも倍近くの実りを得た。


 熟したオリーブの実は植物油、つまりオリーブオイルとして活用する。


 オリーブオイルは、薬用の軟膏や石鹸の材料にも使えるが、そうした備品は以前に作った物がまだ余っているので、今年のオリーブオイルは、すべて保存食やオイルランプといった生活品にするつもりだった。


 これまた手作りした石臼を持ち出し、ニケと交替にしながらオリーブの実をごりごりと磨り潰し、油をしぼり取っていく。


 オリーブオイルで作られる保存食のメインになるのは、油煮(コンフィ)だった。


 これは、食肉を低温の油で煮て作られる保存食だが、本来は脂の多い水鳥の肉を使い、その肉の油脂で加工して、保存されるものである。


 けれど、魔女(わたし)の手で品種改良されたオリーブオイルは、脂の少ない食肉ともよくなじみ、保存食(コンフィ)として適しているばかりか、従来の加工法よりも長期保存がきいた。


 ただ、実を言うと、あのオリーブの木は失敗作でもある。


 品種改良によりオイルこそ多く取れるようになったが、味や香りが薄くなってしまったため、その出来具合にふてくされて放置していたのだが、失敗だと思っていたその部分に、いまでは何度となく救われている。


 彼らがいる有り難さを、ニケと一緒に改めて噛みしめながら、石臼をまわす作業に専念した。


 オリーブオイルの採油が終われば、次は、食肉のそのものの確保である。

 ようするに、狩りをするのである。


 秋の実りでよく肥えた森の草食獣たちは、格好の獲物だった。







 麓の森には、狩りに適した草原がある。


 魔女として色々と調子に乗っていた頃、(なだ)れ滝を呪いで汚染してしまった例の一件によって、当然、麓の森も多大なダメージを受けていたが、その最たるものが、かつて森に生息していたシンリンオオカミである。


 彼らの遠吠えが、ちょっと気にくわなかっただけで、わたしはオオカミの一族が森の中に入れないようにしてしまっていたのだが、すると、一掃されたシンリンオオカミの代わりに、彼らが捕食していたアナウサギが大量発生する事態におちいっていた。


 危うく森中の草木が食いつくされかねかったが、“善い魔女”による“悪い魔女”の討伐後、シンリンオオカミと入れ替わるようにして、アカギツネが住み着くようになったことで、それもどうにか終息しつつある。


 群れで動くオオカミが生態系の頂点に君臨していた全盛期ではないにしろ、アナウサギはかなり数を減らしていた。


 いろいろと反省しきりの過去ではあるが、意図しないいきさつが巡り巡って、今ではニケの狩猟に最適な狩り場を提供してくれていた。


 アナウサギの天敵であるアカギツネは夜行性のため、天敵が眠りについている早朝にウサギたちは餌を求めて巣穴から出てくるのだが、その習慣の裏をついて、ニケがウサギたちを狙い打ちしていくのである。


 「おおー」


 ウサギの喉元に食らいついた見事な瞬間に、思わず感嘆の声が漏れる。


 全身全霊の瞬発力を駆使したウサギは、黒斑のヤマネコに容赦なく組み伏せられ、わずかな抵抗も虚しく、その命の息吹を止めていく。


 ニケは獣の姿――白い毛並みに黒い縞の入ったヤマネコ姿でおこなうウサギ狩りにも、すっかり板に付いた様子だった。


 当初、わたしも狩りに参戦するはずだったが、獣の俊敏性と人間の頭脳を兼ねそなえたニケの狩猟技術は、私の手出しがかえって邪魔になるほど、またたくまに上達していった。


 この間など、飛び去りかけたトンビを空中で掴まえて見せたものだから、私は拍手付きで歓声を上げてしまった。


 今ではすっかり狩人(ハンター)で、私はただ目立たない場所からこっそり見守っているだけである。


 いずれ、あのシンリンオオカミに成り代わり、この森における生態系の頂点に立つのも時間の問題だろうと、親バカな夢想にふけっていることもしばしば。


 今日のノルマである三匹のアナウサギを、午前中に捕らえ終えたあとは、水場へと収穫物を運び、手持ちのナイフで血抜きしてから皮を剥ぐ。


 ニケは、ウサギの捌き方も板についてきて、もうほとんど一人でこなしてしまえている。


 そんな時だった、使用したナイフを洗っている最中に、ニケが言いにくそうに切り出してきたのは。


 「……あの、ボクもう一人でちゃんと狩りもできます。だから……」


 なにを言わんとしているのか、わたしはすぐに察して、首を横に振った。


 「いや駄目だ。こういうコトは慣れてきた時が一番油断しやすくて、一番危険なのだと言うぞ」


 「……でも」


 「それに、狩りの直後は興奮状態になってしまうんだから、余計に誰かが付き添っておかないと、何かあった時に対処できないだろ」


 「……はい」


 うなずきながらそう言って、ニケはナイフを洗うために視線を落とす。

 だが、彼のまだら髪から生えるヤマネコの耳もまた、不自然に下を向いていた。


 「……そんなに、恥ずかしいか?」

 「……いえ」


 ニケはナイフを洗いながら答えたが、そのシッポは憂いげにゆらめいている。


 いくら狩猟の腕前がいちじるしく上達しようとも、ニケはまだ、狩りをはじめてから半年も経っていない初心者である。


 そのため、わたし自身は狩りの役には立たずとも、不測の事態に備えて必ず付き添っているのだが、ニケは、自分が狩りをしている姿をあまり見られたくないらしい。


 とくに獲物を掴まえた直後、血の味と匂いがそうさせるのだろう、昂ぶった感情がすぐには収まらないようだった。


 以前、私の頸骨を噛み砕いたことも関係しているのかもしれない。


 牙と爪をむきだし、うなり声を上げてしまう時もあり、本能と理性の境界が曖昧なあの状態は、あの時の凶行を思い出させる一因になっていてもおかしくはない。


 それを、ニケ自身が自分の恥だと感じているのなら、わたしが付き添うことで、恥の上塗りをさせているのだろうか。


 ひいては、自尊心を傷付けることになっているのだろうか。


 だとしたら、それは、何かあった時に対処できないこと以上に、由々しき事態に思えた。


 「――――……わかった」


 ニケの耳がピクリと動き、彼は顔を上げる。


 「ただし、条件を付けさせてもらうぞ。捕獲していいのは、今までどおりアナウサギだけだ。もしキツネや他の捕食者と鉢合わせすることがあったら、狩り場をかならず相手に譲って様子を見ること」


 ニケは、私が全て言い終わらぬ内に、すでに笑顔を浮かべていた。


 「この約束を絶対に守れるなら、わたしも、お前に狩りの全般を任せてもいい」

 「はい、守ります。絶対に。だから、ボクに任せてください」


 いきおいよく答えるニケは、耳とシッポをピンとのばしていた。


 分かりやすい彼の変化にわたしも笑みがこぼれ、そして、ひそかに安堵する。

 ニケは不本意かもしれないが、その素直な耳とシッポには、とても助けられている。


 とりわけニケは、本心を押し殺してしまいがちだから、あれほど分かりやすい意思表示があるのは有り難かった。


 きれいに洗ったナイフを布巾でぬぐっていくニケは、うって変わって楽しげに手入れをしている。これからは、彼が管理していく狩猟道具になるのだから、今から意気込んでいるのだろう。


 そうしたニケのやる気を心から応援してやりたいのは山々なのだが、やはり、一抹の不安は拭えない。こう言う時に、今の自分が魔女ではないことが悔やまれる。


 「……どうしてですか?」

 「――え」


 「……今、魔女じゃなくて残念だとか…言いませんでしたか?」


 心の中で呟いたつもりだが、どうやら声に出ていたらしい。


 「あ、いや。ただ、ちょっとそう思っただけだ。その……やはり、魔女だと色々と便利になるからな」


 何を考えていたのか悟られたくなくて、話を濁そうとしたが、ニケはそれをどう受け止めたのか、しょんぼりと耳を伏せた。


 「……やっぱり、頼りないですか?」

 「いや、違う違う。使い魔のことだ。魔女と使い魔の契約が出来ればな、って」


 「……使い魔?」


 あ、と思い、手で口を塞いだが、時すでに遅しである。

 前にもこんな事があった事を思い出したが、それはニケも同じようだった。


 「使い魔って……前に言ってた、あの使い魔ですか?」


 「……すまない。お前を便利に使いたいとか、そういう意味じゃないんだ。……うーん。わたしは、お前の狩りの腕前を認めているし、頼りにもしているよ。でもな、やっぱり心配なんだ。でも、使い魔として契約できれば、私とニケの間に強い(えにし)が結べるから、色々と安心できるというか……たとえば、互いに離れていても、危機に直面した時には連絡が取れるようになったり、居場所が分かったりするようにもなる」


 「…………そう、なんですか」


 「まあ、ただの無い物ねだりだよ。魔女ではないわたしには、過ぎた望みだ」


 冗談めかしながらわたしは言ったが、こちらを見つめるニケの顔つきは妙に真剣だった。


 その表情に少しの引っ掛かりを覚えたものの、この先は、本当に無い物ねだりの不毛な会話にしかならない。


 さっさと話題を逸らそうと、わたしはウサギ肉の燻製について語り出した。


 洞窟にある隠れ家に帰ったら、しぼったオリーブオイルでウサギ肉の油煮(コンフィ)づくりをする手筈だが、もうすこし気温が下がってきたら、燻製肉もつくる予定なのである。


 ただ、コンフィより保存がきく食材ではないので、これは早めに消費することになるだろう。


 今はとにかく、雪が降りはじめる時期を見計らい、冬じたくを着々と進めていかなくてはならないのだ。






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