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04 採取と狩りのお話

※やや残酷な描写有り


 ニケは、自分の年齢も教えてくれた。


 十一歳だと言っていたが、それにしてはちゃんとした言葉遣いをしている気がして、なんとなく想像は付いていたが、その部分にも触れてみた。


 言いたくないことは言わなくていいと、ちゃんと前置きしてから聞くと、ニケはかなりの間を空けたが、それでもわたしの問いに答えてくれた。


 予想通り、奴隷商のもとで、ある程度の教育は受けていたらしい。


 だが、幼少期は真っ白だった髪が、九つの時に黒色が混じりはじめ、今のようなまだら色になってしまった、そんな些細な理由で、愛玩動物としての商品価値が無くなってしまったのだとか。


 その時に焼き印を押され、別の用途、労働用などに使いまされそうになったところを逃げだし、追っ手の手が届かない場所から場所へと転々としていって、最後にあの“魔の森“へと行き着いたそうだ。


 ニケは、あくまでも淡々とはなしてくれた。


 しかし、それ以外のくわしい内容、たとえばニケの両親や生まれた土地、奴隷商のもとへ流れた経緯については、最後まで口にしなかった。

 もちろん、わたしも無理に聞き出すことはしなかった。


 そんな話をしたあとでも、そっけないニケの態度はしばらく変わらなかったが、ある日、どういう風の吹き回しなのか、家の手伝いをしたいと言い出してくれた。


 彼の考えは分からなかったが、少なくとも、あと半年はちゃんとウチの子として振る舞うつもりだと言われたようで、私の頬はゆるみっぱなしだった。


 料理の支度や片付け、部屋の掃除、衣類の洗濯、工具の手入れなど、ニケに家事を教える手間こそ増えたが、ニケが教えたとおりに学び取って、つたないなりに手伝いこなしていく姿は何とも言いがたく、胸が震える光景だった。


 そんな生活がひと月ほど経とうとしていた時、ニケのためにこしらえていた編み上げのサンダルが完成した。


 まずは履き心地を確かめてもらい、それから履き慣れてもらうため、家の中をぴかぴかのサンダルで過ごしてもらう。


 そこまでしっかりと準備をととのえてから、何をするのかと言えば、あばら家までの山道に慣れさせる意味も込めて、麓の森まで一緒に下りるのである。


 当面の目的は、麓の森での採取だった。


 食べられるものを主に、たきぎや家具、衣類に使えるもの、高額で売れるものなども、折に触れて教えていく。


 とくに、この“魔の森”には、危険といえなくもない奇怪な生き物がうろうろしているので、それらと出くわした時の対処法も教えていった。


 とはいえ、わたしと一緒に居れば、彼らの方が逃げていくのでさほど問題ではない。もしろ、森に生息している野生の動物たちのほうが危険だろう。


 この森の捕食獣といえばアカギツネくらいだが、鋭い爪とくちばしを持ったタカや、フクロウなどもいる。


 不思議だったのは、ニケはそういった肉食獣よりも、キジバトやアナウサギなど、自分より小さな草食獣に怯えのような、それとは少し違うような、おかしな態度を見せた。


 もしかして、もっと肉類がたべたいのかと聞いてみたが、ニケはなぜか青い顔で首を横に振るばかりだった。


 念のため、これからの採取に肉類を多めにしようと心に留めておくが、それよりも心配なのは、ニケの主食とすべき穀物が圧倒的に足りないことだろう。


 足りないものは外から調達するしかなく、買い出しのため、一度町に出る必要があった。


 お金は持っていた。ここら一帯に点在する周辺の町で、数年の間隔で開かれる闇市を見付けては保存食や加工品を売っていたので、それなりに蓄えはあった。


 ここらか一番近い町でも、往復で丸二日は家を空けることになるので、ニケに一緒に来るかと聞いたが、彼は、町へ出ることにまだ忌避感があるようだった。


 ので、ニケはあばら家にてお留守番ということになる。


 いつものように、山奥の村からはるばる買い出しに出てきた田舎者というフリをして、一番近い町まで赴き、小麦粉と普段は買わないライ麦粉を多めに買い込む。


 一度の買い物では、それくらいしか持ち帰れないため、一度家に帰り、それからもう一回、別の町へと足を運んで、塩やビネガーはじめとした調味料を買い、新しい衣服のためのより糸も手に入れていく。


 さらにもう一度、家と町を往復して、庭の畑で育てることができ、そのうえ、半年で輪作が可能なライ麦の種と種芋用のジャガイモを買い込んだ。


 四十年かけて貯めていたお金は、その時の散財でほとんど無くなっていた。

 かまいはしなかった。わたしの時間はいくらでもあるのだから、また貯めればいいだけなのだ。


 ニケの居る生活は、本当に毎日が忙しく目が回りそうになる。


 毎日の水汲みのうえ、料理や洗濯などの家事をこなし、庭の畑を大きくしつつ世話をして。糸を編んで織られた布でニケの衣服、上着から下穿きまでを作り、ニケを連れて森での採取や、鳥獣用の罠を仕掛けたりもした。


 そうしてニケと接していく内に、ニケという子供が少しだけ見えてくる。


 良く言えば、何に対しても思慮深く考える子で、悪く言えば、頭の中で自己完結してしまう、そんな子供だろうか。


 だから、口答えをほとんどしない分、自分の意見もなかなか口にはしない。


 いつまでも他人行儀な受け答えが続いたが、なるべく気にしないようにした。

 ニケはいずれ、はやくても半年には、ここを出ていこうとしているのだから、無理に距離を縮める必要はないのだと。


 形だけはどうにか整えた二人の生活は、いつの間にかさらにひと月をかぞえていて、ニケと暮らし初めてからの二ヶ月は、あっという間に流れていた。


 季節は初夏、水簾が冷気を噴き上げる、涼やかな夏へとさしかかっていた。


 ある日のこと、そろそろ夕飯が出来上がろうというのに、ニケの姿がどこにも見当たらなくて、わたしは首を傾げていた。


 「ニケー?」


 彼の名前を呼びながら、あばら家の外に出てほうぼうを探し回っていると、近くの雑木林から悲鳴のような音がきこえてくる。


 それは、獣の特有の断末魔に聞こえた。


 嫌な予感が背筋を駆け抜け、はじかれるようにして雑木林へと走れば、すぐさま出くわしたのは、今日ニケに着せていたはずの衣服。


 上着のチュニックと下穿きのズボン、それからサンダルまでの一式が落ちていたが、奇妙なのは、きちんと畳まれた形跡があって、隠すように木陰へと置かれていたことである。


 彼の身に何が起こったのか引っ掛かりを覚えながら、それらを拾おうとしたが、悲鳴のような声がふたたび響き、体が動くままに走り出す。


 それほど行かずして、大きな獣と遭遇した。


 麓の森にはいない、はじめて見る獣だった。

 わたしの腰ほどもある、白地に黒い縞模様が入った巨大なヤマネコ。


 鋭い歯列と牙を剥き出しにしたヤマネコは、キジバトらしき鳥を口にくわえていた。


 「――ニケ?」


 どうしてそう思ったのか説明できる根拠はなかったが、わたしが発した声に、ヤマネコは口から獲物を放した。


 ぼとりと地に落ちるが、キジバトはまだ生きており痙攣しながら最後の抵抗を見せている。


 大きなヤマネコは、わたしとキジバトの両方を気にしていたが、わたしはかまわず彼へと歩み寄った。


 その時のわたしは、すっかり失念していたのだ。


 見るからに荒ぶったあとの肉食の獣は、たったいま狩りを成功させたばかりで、彼の戦利品は足下で必死に羽毛を撒き散らしている。


 そんな状況下で、獣に手を伸ばすことがどれほど危険なことか。


 真っ赤な口内が、視界にいっぱいに広がったと思った瞬間、あ、と圧迫された呼気と共にわたしの首の骨は砕かれていた。


 もう魔女ではなくなった脆弱なこの体は、いともたやすく機能を停止させた。






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